第44章 カークウォールからの知らせ

第44章 カークウォールからの知らせ


犬の吠える声を聞いて、セバスチャンは寝室の窓際に行って外を眺めた。アンダースが雪で覆われた庭を横切って彼のコテージへ戻ってきていて、ガンウィンが彼の足の周りで飛び跳ねていた。朝の診察からちょうど戻ってきたところと思われた。彼はふとアッシュはどこに居るのかと思ったが、それからメイジの肩の上に猫が頭を覗かせているのが見えた‐ 猫は外套のフードにすっぽりとはまり込んでいたのだった。セバスチャンは面白そうに鼻で笑うと身を翻し、今朝のギルドマスターとの会議に着ていった着心地の悪い礼装から、何かもっと気楽で友人との昼食に適当な服に着替えようと衣装棚を探した。

友人。もちろん、彼はもう長いことフェンリスのことは友人と思っていたが、アンダースをそう考えることになるとは、彼は想像さえしたことが無かった。しかしそれでも、あのメイジのことを「アポステイト」あるいは「私の囚人」として考えるのは、最近の彼にとってはもはやごく希なことだった。彼ら三人がそれぞれの事情の許す限り、ほとんど毎日共に昼食を取る時に、あの男と共に過ごす時間を彼がどれほど楽しみにするようになったことか。アンダースは今でもカークウォール時代よりずっと物静かだったが、しかし随分長い間そうだったように、もう萎縮し怯えた静けさでは無くなっていた。今や彼は落ち着いた様子で座って、セバスチャンとフェンリスが話し合う幅広い事柄に静かに耳を傾け、時折彼が何か役に立つことや、面白いことを知っていた時だけ会話に加わっていた。今の彼が静かなのは、考え事に忙しいせいだった。

最後に彼がフェンリスとメイジについて話した時、エルフはアンダースの回復状態について控えめながらも楽観的な見通しを述べていた。彼は今では、確かにアンダースが回復しつつあると思っていて‐セバスチャン自身にも、メイジの自信が戻りつつあるのが見て取れた‐ 最後の問題は、次に何か衝撃的な出来事に直面した時、彼がどれほど耐えることが出来るか、ということであった。

彼は再び窓から外を眺めて、アンダースがまた庭に出ており、ガンウィンに雪玉を投げて追いかけさせているのを見て笑みを浮かべた。あのディアハウンドは、何かちょっとでも面白そうなものがあれば飛びつくいつもの元気を見せていた。彼は数分の間それを眺めて、それから書斎へと向かった。まだ昼食までには少なくとも半時間はあったから、その間少しでも仕事を進めておけるだろう。

彼が机の前に座ると、いつものアンダースの机からの書き損じを集めたしわくちゃの紙の束が眼に入った。最近では彼とフェンリスが話し合ったことやテヴィンターの話に関するメモや下書きがほとんどだった。彼は素早く紙の束を選別し、一番下の方に絵が描かれた頁を何枚か見つけて喜んだ。今でもアッシュや、ガンウィンとハエリオニの絵が一番多かった。フェンリスの習作も何個か描かれていて、大抵は肩から上だけだったが、中には上半身を描いた物も有った。エルフが話しているところ、頭を傾け何かを考えている姿、怒ったように眉をひそめる顔、笑顔、何かに声を出して笑っている様子の絵さえあった。

セバスチャンはその絵を見て微笑んだ。スタークヘイブンに来てから、フェンリスはカークウォール当時より遙かに度々笑顔を見せ、時には声を出して笑うこともずっと多くなった。当時の彼を支配していた、ダナリアスが再び彼を捕らえるのではという心配と怖れ、元主人から逃げ出しても真に自由とはならなかったことに対する怒りからようやく彼が抜け出して、新たな人生を歩み出したという良い徴だろうと、セバスチャンは受け取った。

二枚目の頁を見て彼の笑みはさらに大きくなった。その頁には、彼とフェンリスが冬の礼装を着て、何事かを話し合っている姿が大きく描かれていた‐ 彼は遠くの何かを見ていて、エルフは少し顔を横にして彼の方を見つめ、暖かな笑みがその顔に浮かんでいた。その頁の端には更に幾つものスケッチが描かれていた‐またもや動物達、フェンリスが何か話している顔、眉間に微かにしわを寄せていた。歯を見せて笑っているセバスチャン自身の顔、また別のスケッチは彼の斜め前からの絵で、何か考え込んでいる様子だった。
彼はほとんどホークの絵を見逃すところだった。ごく小さなスケッチがアッシュの絵の間に挟まっていて、走り書きの男の横顔は、もじゃもじゃの髪と辛うじてそれと判る顔の輪郭が描かれていた。彼は微かに眉をひそめると、その頁を机に置き、残りの書き物の頁をさっと眺めて思う通りの内容であることを確かめてから、暖炉の火に始末させた。今の時点で、もはやアンダースが新しいマニフェストや、そういった類の何かを書いているとは思えなかったが、とは言ってもあのメイジを見守るのを止める理由も見つからなかった。

ちょうど紙の束を始末し終えた頃に、居間の方から微かに食器がカチャンと言う音が聞こえ、召使い達が昼食を並べ始めたのが判った。彼は机の上をざっと見て緊急の用件がないことを確認したあと、居間へ向かった。ちょうどその時、フェンリスも居室の正面扉から入ってきた。エルフは明らかにまたアリに乗って出かけていたようだった。彼は外出用の服を身に付けていて、雪埃が外套の肩でまだ光っており、風で乱れた髪と寒さに紅潮した頬、明るく輝く眼、そして微かに馬の匂いがした。彼は普段は馬に乗った後で身体を洗うと言った言葉を守っていたから、出先で何か起きて、当初予定していたより長く外に居ることになったのだろうとセバスチャンは推測した。

彼が尋ねるとエルフは頷いた。「ああ。街から数マイル離れたところで、雪の中で道を見失った避難民の小集団とぶつかって、彼らを避難民キャンプまで連れていった。二家族ともネヴァラ人で、子供も居た‐ そこそこ良い服を着ていたし、荷物や食料をいっぱいに積んだ手押し車も引いていた」

セバスチャンは頷いた。彼とフェンリスがちょうど皿に料理を盛り始めた時、寝室の扉が開いてアンダースも居間へ入ってきた。彼は明らかに直前まで犬達と表で遊んでいた様子で、外套は脱ぎブーツもセバスチャンの寝室に上がって来る前に履き替えていたが、彼の頬はエルフと同じように寒さで紅潮し、髪の毛の上に溶けつつある雪の結晶が煌めいて見えた。メイジはにこやかに二人に笑いかけると軽く頷いて挨拶し、それから自分の席に座った。

セバスチャンは二人を眺めやった。寒さに頬を赤らめた二人の姿は、それぞれ別の方向に同じ位魅力的に見えた。それから、もっと若い時分の彼がこれほど顔立ちの良い男性二人と向かい合ったらどんな風に反応しただろうかと想像して、面白くなって微笑んだ。両方と寝ようとしたに違いない、彼はそう信じて疑わなかった。若かりし頃の彼はむしろ精力的な快楽主義者とさえ言っても良かった。
その異国情緒溢れる銀髪と銀色の紋様を度外視したとしても、フェンリスは凛々しい美形のエルフだったし、アンダースのより色白で整った顔立ちも、やはりとても魅力的だった。それとちょうどフェンリスが言った何かに対して、にこっと笑ったアンダースを見て彼が認めざるを得なかったのは、このメイジは驚くほど素敵な笑顔をしているということだった。

アッシュがテーブルの上に飛び上がると、大皿の一つの匂いを丹念にフンフン嗅ぎ始めた。アンダースは声を立てて笑うと猫を捕まえ、行儀の悪さを叱りつけた。セバスチャンが見る所、子猫は随分と美しい雄猫となり、そして全く飼い主と同じくらい美形だった。とはいえその長くしなやかで優雅な体付きと、淡い灰色の毛皮、そして何よりも大きなエメラルド色の目は、彼にアンダース自身よりはむしろフェンリスを思い起こさせた。エルフが喜びそうな比較では無かったにせよ、いつかエルフかアンダースをからかう機会があれば使おうと、その考えを脇に避けておくことにした。

「ああ、忘れる所だった」フェンリスは唐突に言うと、ベルトの小物入れを探った。
「今日カークウォールから来た商人と会った。彼は君と俺に伝言を託されていて、ヴァイカウント・アヴェリンからだと言っていた」

彼は折りたたんだ封緘のある手紙を取り出すと、セバスチャンに手渡した。セバスチャンは封筒の表書きを眺め、そこには彼自身とフェンリスの名前が記されていた。
「間違い無く彼女の手書きだ」と彼は言いながら封緘を破り、中身を素早く読んでいった。

「何が書いてあるかというと……彼女は君がここに居ることを聞いたそうだ、フェンリス、無事で良かったと書いてある。ふーむ、それと彼女から私達に、カークウォールにもシーカーが現れて、ちょっとした問題があったから気を付けるようにと……いや、レイナードではない。女性で……ヴァリックを引っ捕らえたと!」

「何だと!」フェンリスが驚いて叫び、顔を強ばらせた。アンダースもびっくりして心配した様子だった。

セバスチャンは片手を彼らに向けて上げると、更に先を素早く読み進む内に、最初のしかめっ面は徐々に明るさを取り戻した。
「その女性はネヴァラ人で、ペンタガスト家の一員だと言ったそうだ。カッサンドラ……ああ、彼女のことは覚えている、今の統治者の従姉妹に当たる女性で、私より幾つか年下だ。私と婚約させようという話も一時有った、私の評判が地に落ちる前のことだが……どうやら、彼女はヴァリックを捕らえて長々と尋問したようだ、ホークと私達についてと、カークウォール教会の破壊へと繋がる一連の出来事に関して。ヴァリックは彼女に、彼お得意の真実と嘘が入り交じった話をたっぷりと聞かせ、そして彼女は立ち去ったそうだ。ヴァリックは無事だ、随分怒っては居たようだが。アヴェリンが言うには、彼女とヴァリックが持った印象としては、シーカー達*1は、お前のカークウォールでの行動の背後に居たのがホークだと考えていたようだ、アンダース‐ 何か長期的な計画の類があったに違いないと。それとシーカー達はホークを、また別の彼ら自身の理由で探しているという」

「馬鹿な連中だ」アンダースは呟いた。

セバスチャンはニヤッと笑って見せた。「同意せざるを得ないな」

セバスチャンは再び手紙を読み続けた。
「彼女は私宛てに、公式な使節団か何かを春が来たら送るつもりだと書いている、スタークヘイブンとカークウォールの結びつきを更に強化するためにと……おお!それと良い知らせだ、彼女とドニックに子供が出来たという、そちらもこの春に誕生予定だ」彼はにっこりと笑いながら言った。
「他の誰にも増して何より二人が一番驚いたようだな、しかしながら彼女のヴァイカウントとしての地位を考えれば跡継ぎが産まれることになるから、街の皆が心からとても喜んでいるという」

「それこそ良い知らせだ」とアンダースは同意したが、心配そうに眉をひそめた。
「彼女に何事も無ければ良いけど……最初の妊娠には彼女は少しばかり年を取っているから」

セバスチャンは頷いた。「ヴァイカウントとして、彼女にはハイタウンの最良のヒーラーが側に付いているだろう」

アンダースは鼻を鳴らした。「あんまり当てには出来ないな。あそこに皆が居た時分から人が変わっていない限りは」

セバスチャンは微笑んだ。「まあ、彼女ならきっと大丈夫だ。それに私は、彼女か彼かいずれにせよ、赤ん坊が産まれた時の良い贈り物を今から考えておいた方が良さそうだ」

その食事の残りの時間を、彼らはカークウォールからの知らせについて考えを話し合いながら過ごした‐ あるいは、少なくともフェンリスとセバスチャンは -アンダースはもっぱら沈黙していて、微かに難しい顔をしていた。間違い無く、ホークのことを心配しているのだろう、そうセバスチャンは思った。


*1:”The Seekers”(of the Truth)の組織のこと。ちなみにDAの映画では「シーカーズ」「テンプラーズ」と複数形になっていた。非常に正しい。

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第44章 カークウォールからの知らせ への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    何キミたちお互い萌え萌えしてるんですか。

    それはそうと相変わらず長いw
    お疲れ様です。負けてはならじと
    新作絵をUPしましたw是非w

  2. Laffy のコメント:

    ああ、だんだん話が(私の)苦手な方向へ……w 頑張ります。この後は一気に話が走り出す感じなので、読んでて楽しいですし。やっぱりモチベーションが違います。

    イラスト拝見いたしました(^.^)うわーいうわーいフェンリスだー(踊る)
    このくらいがっしりした体格の方が良いですねえ、あんまりやせっぽちなのはどうも。だけどフェンリスが夜中に葡萄を収穫してたらちょっと恐いかも…。

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