第31章 再会

ラヴェル船長は一等航海士と頭を寄せ合い、三隻目の船を避ける航路をどのように取るか、海図を睨みながら相談していた。フェンリスはメイジ達が肘をつつき合っているのに気づき、アンダースとじっと視線を交わした。やがてアンダースが唇を結ぶと、一つ頷いた。

近付くエルフの姿に気付いた船長は、苛立たしげな目を向けた。
「何か用か?」と彼は鋭く尋ねた。

「船長。俺の同行者について知らせておきたいことがある――彼はグレイ・ウォーデンのメイジで、ヴィジルズ・キープへ戻るところだ。あの船を片付ける上で何か出来ることがあるかも知れない、もし魔法の届く範囲に入ることが出来れば」

「ほう?」
船長の苛立たしげな表情が、即座に興味をひかれた様子へと変わった。
「どちらだ?若い主人の方か?」

「いや、年上の方だ」

船長は不審げに僅かに眉を上げたが、やがて甲板の上を慣れた足取りで二人に近寄り、値踏みするような視線でアンダースを見つめた。
「君がメイジか?」と彼は尋ねた。

アンダースはただ頷いた。

「だが、船に向かって何が出来る?」

アンダースはフェンリエルの方を見つめ、彼が船長に答えた。
「色々あるけど」と若いメイジは素早く言った。
「あの船に火を付けるとか、船体を氷で覆って船足を遅らせるとか。一時の間だけど、一人だけなら眠らせることも出来る、例えばあっちの船長とかね。相手が視界に入るまで、充分近付く事が出来ればの話だけど」

「ふん、なぜ自分で答えない?」とラヴェル船長は怪しむように顔をしかめた。

「出来ないからだ」と背後からフェンリスが言うのと同時に、アンダースが口を開けて何か言って――恐らくは「出来ない」と――彼の断ち切られた舌に船長の視線を向けさせた。

「なんてこった」と船長は声を上げると驚いた様子を見せたが、すぐに厳しい顔に戻って頷いた。
「判った。一番遠くから使える魔法は何だ?」

「火かな」とフェンリエルが答えた。

船長はにやりと笑った。
「ふふん。火事が怖いのは、どの船も一緒だ」と彼は自分の船の帆桁を仰ぎ見ると、そこから布製の帆と、それを張りつめ船体と結びつけているロープを示すように手を振った。
「どのくらい近付けば良い?この船の長さで言えば何個分だ?」

アンダースは顔をしかめて彼らの乗る船の船首から船尾までを見渡し、それから急速に近付いてくる三隻目の船を振り返った。彼はうーんと呻くように鼻声を出し、やがて指を三本立てると、それから捻れた手を揺すって、もう一本指を付け足した。

「三つか四つ?かなり近いな、だがさっきのよりは随分ましだ」とラヴェル船長は自信ありげに頷いた。
「決まりだ。このまま南西に進むぞ、彼女から逃げ出すフリでな。それで充分近付いたら、なるったけ多くの帆に火を付けてやれ。そのまま通り過ぎて西へ向かう。それから、さっきの二隻から充分距離が稼げたところで南に進路を変え、フェラルデンの岸が見えたらその時点で、アマランシンかハイエヴァーの近い方へ付ける」

皆同意して頷いた。船長と一等航海士は操船のために戻り、アンダースは舳先の、真っ先に火の玉を投げられる場所に立った。他の二人も彼の後ろに立ち、黙って近付く船を見つめていた。彼らの方へ航を寄せるため、ずっと風に逆らって進んでいるにも関わらず、その船は素晴らしい速さで距離を詰めてきた。

さらに近付くにつれてラヴェル船長も彼らに加わり、相手の船を凝視した。アンダースは近寄る船から視線を離そうとせず、やがて更に一歩前へ出ると船側の手摺りをしっかりと握り、心を集中するように目を細めた。

「待て!」
フェンリスが突然叫び、アンダースの腕を掴んだ。
「あれはシー・スピリットだ!」

彼自らも手摺りから身を乗り出して向こうの船員に目を走らせ、やがてまばゆく光る白基調の服に目を留めて顔をほころばせた。そして両手を口元に当てて大声で叫んだ。
「イザベラ!」

海の向こうで彼女が片手を上げて大きく振り、彼らにも彼女が大きく笑ったのが見て取れた。彼女が叫び返した声は、だが風の音に打ち消されて聞こえなかった。

「あちらさんは俺達をかすめるつもりだ」と突然ラヴェル船長が言った。
「近いが、乗り込めるほどじゃあない」

フェンリスにも顔見知りの船員の顔が幾人か見て取れ、彼らもエルフの姿を見つけて笑顔で手を振り返した。今度は彼らにも聞き取れる声でイザベラが叫んだ。

「そのまま西へ!あんたの尻尾にくっついてる、オリージャンを狙ってんの!」
そう言いながら、彼女はシー・スピリット号を彼らの眼の前で見事にすり抜けさせた。その距離は僅か数フィートに近付いていた。

「オリージャン、だと?」とラヴェル船長が不思議そうな顔をしたが、すぐに罵り声を上げた。
「それで判った!手を貸すぞ!」と彼はイザベラに向けて怒鳴り返した。

イザベラはすれ違いざまに大きくニヤッと笑って手を振り、身を翻した。

ラヴェル船長も大声で船員達に命じながら歩き去った。だが彼らが東へ進路を変えるにはしばらく時間が掛かり、転回した頃には小さい方の船は、既に大慌てで北東へと逃げ出していた。イザベラは逃げる船には目もくれず、大きい方の船に鈎を投げさせて動きを止めた。相手の船も応戦の準備に入っているのは明らかだった。

フェンリス達の乗った船からも鈎が投げられ、幾人か――ラヴェル船長とフェンリス、それに幾人かの戦意溢れる船員達――が飛び移るや否や、勝負は決した。乱戦に加わった彼らの姿を見て、その時点で生き残っていたオーレイの船員達はほとんどが降伏し、それでもなお戦おうという少数の者も、すぐに殺されるか怪我を負って捕らえられた。

イザベラはにこやかな笑みを浮かべながら、甲板の上あちこちに散らばる肉片や壊れた装具を避けて近付いて来た。
「ラヴェル船長、でしょ?」

「そして君が、かの悪名高きイザベラ船長だな」と彼はにやりと笑って言うと、意外にも優雅な身のこなしで深々と礼をした。
「時を得た救助に、心からの感謝を」

「ふん、よしてよ。ほとんど逃げ切ってたくせに」とイザベラは素っ気なく答えたが、その顔は嬉しそうだった。
「あたしがずっと狙っていた船を連れ出してくれたことに、こっちから礼を言うわ。積荷で欲しいものがあったら何でも持っていって。あたしは船の士官と、船本体だけ貰えればいいの」

ラヴェルは顔中に大きく笑みを浮かべた。
「そいつはまた、随分と気前の良いことだな?俺が察するに、そっちにネヴァラから賞金が出てるんだろう?」

イザベラも大きく口を開けて笑った。
「そう。たっぷりとね、生死に関わらず。ちょっと前までこの連中は、カークウォール西の海峡で悪さをしてたんだけど、ペンタガスト一族がこの船の船長以下を、是非ともネヴァラのカタコンベにご招待したいそうよ。あそこの領主が可愛がっていた孫息子が、初航海に出ていたのね。そしてそれが最後の航海になった」

「ふん、ご貴族様か」とラヴェル船長は吐き捨てるように言うと、実際に甲板につばを吐いた。
「荷物は喜んで引き受けよう。あんたらの方も休みたいだろうしな」

イザベラはにやりと笑い、船長の背後のフェンリスに向き直った。
「フェン!まーあ、こんな所で会えるなんて!」と彼女は言って近付くや否や、熱烈なキスと共に彼を抱きしめた。フェンリスは彼女の船員達からの口笛と笑い声に耳まで赤くなるのを感じたが、彼としてはかなりの感情を込めて抱き返し、イザベラからまばゆい笑顔を勝ち取った。

「ま、随分元気そうじゃない?」と彼女は耳元で囁くと、するりと姿勢を正してラヴェル船長に向き直った。
「どう、一緒にアマランシンまで行きましょうよ。重い荷物は港に入ってからじゃないと運べないでしょ?それに下っ端の船員達はフェラルデンが喜んで引き受けてくれるでしょうよ。船本体もね。そっちの大事な船員にこの重い船を動かすのを手伝わせてくれたら、船の代金の分け前をあげる」

「いいとも。分け前はどのくらいだ?三分の一?」

「あらん。五分の一を考えていたんだけど?戦いのほとんどはあたしの部下が片付けたのよ」

「四分の一というのはどうだ?」

「いいわ」とイザベラはあっさりと言い、二人の船長はにんまりと笑って握手を交わした。

「君の船だと気付いたのは、運が良かった」
イザベラの手伝いに船員を何人か呼び寄せた後で、引き受けるだけの価値のある荷物がどれくらいあるかと――何しろ、船に積める重量には限界が有った――オーレイ船の船室へと降りていくラヴェル船長を見送りながら、フェンリスがイザベラに向かって静かに言った。

「あら、どうして?あたしの船に乗り込もうとしてたの?」とイザベラはそう言うと面白そうに笑った。

「いや。君の船の帆柱に火を付けるつもりだった」と彼は言うと、ラヴェル船長の船に振り返り、ロープにもたれたまま彼らを見つめるアンダースの方を指さした。隣にはフェンリエルが、待ちくたびれたといった様子で立っていた。

「ビリビリ指!」
イザベラはまさしく驚愕したという様子で叫ぶと、大股で甲板を横切り、船のロープに足を掛けて二隻の船を隔てる数フィートの海面を軽々と跳び越え、危うく押し倒す勢いでアンダースに両腕を投げかけた。メイジはその勢いによろめきながらも、彼女を固く抱きしめた。

フェンリスはずっと落ちついた足取りで彼女の後に続き、アンダースの嬉しげな表情と、フェンリエルの驚いた顔付きに微かに笑みを浮かべた。

「治ったの?また元気になったのね?」とイザベラはまだアンダースの首に腕を掛けたまま、彼の顔を見上げて尋ねた。メイジは彼女の身体に片腕を廻し、驚きと喜び半々と言った様子で頷いて見せた。それから何か言おうとしたが、上手く話せない事に苛立たしげな声を上げ、もう一度彼女を抱きしめる事で我慢したようだった。

「長い話だ」と彼らの側にやって来たフェンリスが言った。
「立ち話で出来るような話でも無い。港に着いてから話そう」

「それか、みんなあたしの船に来れば良いじゃない」とイザベラが指摘した。
「ラヴェル船長は構わないと思うけど?」

「そうだろうな」とフェンリスも同意した。
「とりわけ、俺達の船室もまた貨物室に戻せるとくれば」

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