第32章 相談

フェンリス達三人がイザベラの船に移ることについて、もちろんラヴェル船長に異議は無かった。それどころか、フェンリエルとアンダースが荷物を取りに戻る間にも、オーレイ船から奪い取った貴重品の数々を、彼の船員達が元船室に隙間なく積み上げていっていた。

オーレイ船にそれほど大量の貨物が積まれていた訳では無かったが、船長始め士官の船室は驚くほど豪勢で、それ以下の船員達が住まうみすぼらしい船室とは際だった対照をなしていた。とりわけ広大な船長室は、まるでヴァル・ロヨーの貴族の邸でもあるかのように、華麗かつ優雅な装飾がなされていた。

イザベラはフェンリスを連れて船長室に入ったが、寝室と巨大なベッドを一目で気に入り、その部屋の中の物すべてを彼女の取り分と即座に宣言した。もっとも実際に家具を動かすには、アマランシンへ入港するまで待たなくてはならなかったが。

その間、ラヴェル船長は他の部屋から装飾品――オーレイの有名画家の絵、スタークヘイブン名産のタペストリーや絨毯、繊細な磁器に銀製の食器、ろうそく立て等々――をてきぱきと運び去った。イザベラも、船長室の長びつから発見した金貨や宝石、ネックレスに指輪を少しばかり彼に分け与えたが、しかし大部分は後で彼女自身の部下に与えるために取っておいた。何といっても、この戦いで一番苦労したのは彼らだったから。

船長室でもう一つ、上等の武器をたっぷり仕舞い込んだ長びつを見つけたイザベラはにんまりと笑い、そばに屈んであれこれ検分していたが、やがて彼女は一振りの長剣を掲げた。その柄はことさらに美しく宝石が散りばめられ、刃を下に立てた時にドラゴンの長い首と頭のように見える装飾がなされていた。彼女は人差し指で、そっとアーチ状の首を撫でた。

「ペンタガスト家に、これは戻さなきゃね」と彼女はふと真面目な声で静かに言った。
「これが殺された孫息子の剣よ。オリージャンの連中は彼をもてあそんだ後で、この剣で彼自身にとどめを刺したの」
イザベラは、その剣と他にも持ち主が判りそうな剣を幾振りか寄り分けると、後で彼女自身の船室に持って来させることにした。


アンダースとフェンリエルはイザベラの――つまり船長室の――隣に、小さな続き部屋を割り当てて貰った。そしてフェンリスはいつものように、彼女の居室の一角に陣取った。そこに置いたままの彼の木箱には、前回別れた時に置いていったあれやこれやがまだ残っていて、背負い袋からその上に物を放り込みながら、フェンリスはまるで家に帰ってきたような気分になっていたが、ある意味でそれは正しかった。イザベラの部屋は彼の部屋でもあった。

もっとも彼は、今では他にも多くの家を持っていた――スタークヘイブンの城にある、彼の居室。ハングド・マンのヴァリックの部屋の屋根裏に、あの日置いてきたままの寝床と替えの服と、予備の剣。そこも彼の家だった。アヴェリンとドニックの家の二階の一室も、あるいはそうなっていたかも知れなかった。とはいえ、彼にあの部屋に戻るつもりはなかったが。

必要とする時に彼を迎え入れてくれ、しかし彼が地平線の向こうにあるものを見ずには居られない時、再び旅に出たくてたまらなくなった時に、その場に押しとどめようとはしない場所は、彼にとって大事なだった。苛立つ足を押さえられないという点で彼とイザベラは似通っていたが、彼女の場合は家を自分の行きたいところへ連れて行くことが出来た。

フェンリスが部屋から出ようとした時にイザベラが表から入ってくると、すれ違いざまに手のひらで彼のレギンスの前をそっと撫で、唇に短くキスをした。
「あの二人は、あなたが居なくても寂しがったりしないでしょ?」と彼女は嬉しげな笑みを浮かべながら尋ねた。

彼も笑って、お返しに彼女の頬にちらっと舌先を当ててキスをした。
「俺の居ない間、君が寂しがったりしない位には」
イザベラは一つ大きく笑い声を上げると、彼の上腕に軽くパンチを入れ、驚いた彼の顔を見てまた笑った。

「なあに、その言い方。つまり、本当にそういうこと?あの二人?」と彼女は、片方の眉を優雅につり上げて聞いた。

フェンリスは肩をすくめた。
「そうだと思うが。いずれにしても、ごく最近の話だ」

「ふーん」とイザベラは言って、一つ頷いた。
あのアンダースならやりそうだわね。あんな美味しそうな子、一体どこで釣って来たの?」

フェンリスは微笑んだ。
「長い話だ。夕食をしながら話そう。それとも、ラヴェル船長も食事に来るのか?」

「聞いてみたけど、明日出来るだけ早く出られる様に荷積みを急かせるので忙しいそうよ。まあ気持ちは判るわね、小さい方の船はとっとと逃げ出したでしょ。あいつがオーレイの援軍を連れて戻ってこないって保証は無いもの」

フェンリスは頷き、足を進めて甲板へと向かった。かつて一緒に働いた顔見知りの船員達と笑顔で頷き合いながら、彼は再びオーレイ船に戻って、またしばらくの間船内を見て回った。士官船室の華麗さは目を見張るべき――あらかた装飾をはぎ取られていてさえ、その豪華絢爛なオーレイ様式は彼がこれまで見たどんな部屋にも劣らなかった――もので、下っ端の船員達が押し込められたせ船室とは、まさに対照的だった。壁一面に据え付けられた寝床の間はひどく狭く、身体を滑らさなくては寝返り一つ打てないように思われた。

下っ端の船員達――運良く襲撃を生き延びた少数の――は船倉の一区画に閉じ込められていたが、それでも元の彼らの船室よりはずっと広々としているだろう。そして士官達は皆、ネヴァラの法廷に引きずり出されるまでの間、逃げ出したり自らを傷つけたり出来ないよう手鎖と足かせをはめられてイザベラの船に繋がれていた。フェンリスは彼らに同情しようとは思わなかった。当然の報いだ。

フェンリスは自分でもちょっとした土産物を手に入れた――金箔を施した木製の壁飾りで、ラヴェル船長の部下が荷物を運び出した時に剥がれ落ちたものだった。壁飾りの表面にはオークの葉が、葉脈に至るまで繊細に彫り込まれていた。彼は半ば空っぽになった船室に立って、その壁飾りの欠片を手に持ち、一体誰がこれを彫ったのだろうと考えていた。ヒューマンか、あるいはエルフか。この仕事に誇りを持っていただろうか。

wood_mold壁に巡らされた飾りを眺め回して、彼は一人頷いた。エルフに違いない。一連の紋様はデーリッシュ様式と言って良く、ありとあらゆる種類の木の葉が丁寧に彫り込まれ、彼にもその内のいくつか――カエデやオークのような特徴ある葉は――見分けられたが、他の多くは見覚えが無かった。この船がフェラルデンで競売に掛けられた後、この壁飾りはどうなるだろうかと、彼は考えた。
丁寧に剥がされた後、誰かの家を飾るために売られるのだろうか。それとも捨て置かれ、時と共にやがて朽ち果てるのか。あるいはその出自への憎しみから、美しさに目もくれず壊されるのだろうか。これらを作り出すに費やされた労力と、その美しさに目を止める者の手に渡れば良いが。
フェンリスはしばらくそう願った後、壁飾りの欠片を小物入れにしまい込み、十二分に見たという気分でイザベラの船へ戻った。

アンダースとフェンリスは甲板に出ていて、少し離れた場所に座って忙しげに働く船員達を眺めていた。フェンリエルは戻ってきたフェンリスの姿を見て微笑み、アンダースもお帰りというように頷いて見せた。

「今日の夕食はイザベラの船室でだ」とフェンリスは二人に告げた。
「少しマシな服に着替えた方が良いな」

二人は揃って頷いた。アンダースが立ち上がってフェンリエルの腕をはたはたと叩くと、彼らの船室に降りていった。フェンリエルはその後ろ姿が見えなくなるまでずっと眺めていたが、やがて振り向き、フェンリスが彼自身を眺めているのに気がついて顔を赤らめた。

「アンダースに、君と話すようにって言われたんだ」と、フェンリエルはさらに顔を赤らめながら小声で言った。

「何の話だ?」とフェンリスは不思議そうに眉を上げて尋ねた。

「何のって…つまり、彼と僕について。それとその……セックスのことを」
フェンリエルは、居心地悪げに小声でささやいた。

フェンリスは当惑して眉をひそめたが、やがて一つ頷いた。
「付いて来い」と彼は言うと、先に立って甲板から降りイザベラの船室に向かった。彼女は部屋におらず、彼はフェンリエルに身振りで座るように示すと、彼の物入れからワインを一本とゴブレットを2脚取り出し、ワインを両方に注いでから彼も椅子に座った。

「それで、その事で俺と何を話したいのだ?あるいは聞きたいというのは?」と彼は尋ねた。

フェンリエルはしばしの間、下唇を噛みしめていたが、やがて手の中のゴブレットに目を落として、ため息をついた。
「アンダースは僕の初めての人なんだ。ええと、初めての男性というだけじゃ無くて……つまり、初めての。テヴィンターに行く前は全然まだ若かったから、誰とも付き合いなんて無かったし、その後はあまりに危険だった。僕にとって危険なだけじゃ無くて、その、相手にとっても。判るだろう」
そう一気に言うと、彼はフェンリスに問いかけるような視線を向けた。

「ああ、よく判る」とフェンリスは頷いた。
「誰かと関係を持つということは、あそこでは君を操る手段になりうる。とりわけ、他の誰かに何か起こることを、君が恐れると判った時には」

フェンリエルは判って貰えたことに安堵する様子で頷いた。
「とにかく、昨日の晩僕たちは話したんだけど――アンダースの夢の中でね、その方が楽だから――それで、彼が言うには、僕はもっと、その……ええと、経験を積んだ方がいいって。僕のことは好きだし、喜んでその……関係を続けるつもりだと言ってくれた、もし僕がそうしたいなら。だけど同時にもっと幅広く経験を積まないといけないって言うんだ、勘違いしないように。友達への愛着と欲望を、愛情と勘違いしないようにって。
もし僕が、他のメイジみたいにサークル・タワーの中で育てられていたら、僕の年になる頃には、ずっともっとそういう経験を積んでたはずなんだ――多分、良いことばかりじゃ無いだろうけど、だけど少なくとも判断することは出来ただろうね、僕自身が何をしたくて、何をしたくないのか」

フェンリスは眉毛をつり上げた。
「それで俺のところに君を送ってきたのか?つまり……?」

「うわああ!違う、そうじゃない、君と何かしようって訳じゃ無いんだ。つまり、君が魅力的じゃ無いと思っている訳じゃ無いけど、だってそうだから、だけど……メイカー、僕には無理だ」
呻くようにフェンリエルは言うと、ゴブレットをテーブルに置き、彼の真っ赤になった顔を両手で覆った。

フェンリスは声を立てて――決して悪意からでは無く――笑うと、フェンリエルの肩をぽんと叩いた。
「判っている。俺のことは友人だと思っている、そうだな?」

「そう!」フェンリエルは熱心に頷いた。
「一番の友達だ。それに、友達と寝ることが悪いと思っている訳じゃ無いんだ、だってそれって僕がアンダースとやっていることだから、でも……」

「だが俺たちは良い友人で、それ以上の何物でも無い」

「そう」

「では何故、アンダースが俺に相談しろと言った?」とフェンリスは元の質問を繰り返した。

「彼が言うには、僕が信頼していて、かつ深い関係ではない誰かにこの件を話すべきだ、そうで無いと時々話がややこしくなるからって。それに君は、アンダースのことを良く知っている、一番悪いところも一番良いところも。だから間違いなく、僕に正直に話してくれるだろうって。それと……もう一つ、もし女の人がどんな感じかを僕が知りたかったら、やっぱり君と話すのが一番近道だろうとも」

フェンリエルの不思議そうな顔つきを見て、フェンリスは再び笑い出しながら説明した。
「彼が言っているのは、俺の友人のイザベラについてだ。俺と彼女は、皆カークウォールにいた時代から続いている関係だが……つまり、一般的な用語では開かれた関係ということになるのだろうな。イザベラはセックス全般について、とても熱心で研究心が高い。俺はそうでは無いが、信頼できる相手となら楽しい思いが出来るというのは知っている――そういった相手はごく少ないし、彼女はそのリストの最上位にいる。俺たちが距離的に近いところにいる場合、良く一緒に彼女と寝ているのはそのためだ」

フェンリエルはまた、少しばかり顔を赤らめた。
「うん、そのことは何となく気がついてた、君が僕たちと一緒の部屋に入る代わりに彼女の部屋に移ったから」

フェンリスはまた笑った。
「たいしたことでは無い、俺は彼女の部屋に持ち物を置いているからな。二人ともその気になれば彼女のベッドで寝ることもあるが、自分のハンモックでただ寝るだけのことも多い。彼女に客人がいれば、船員達の部屋で寝ることもある。だからもし、君がイザベラに興味があれば、俺から一言、彼も興味があるようだと言うだけで良いだろうな。すぐ近い間に、彼女から君に誘いがあるはずだ」

フェンリエルは驚いたようにぱちぱちと瞬きをすると、難しい顔になった。
「待って、彼もってどういう…つまり彼女はもう……?」

フェンリスはにやりと笑った。
「イザベラが俺にさっき聞いたときには、君のことを『美味しそうな青年』だと言っていたな。これまでの経験からすれば、君が彼女の好みに入っているのはまず間違いなさそうだ、もっとも彼女の好みはひどく幅広いが。
今から返事をどうするか考えておいた方が良いだろう。つまり、彼女と共に船旅をするのは、アマランシンに到着するまでせいぜい数日間だから、初の恋人と初体験をしたばかりの君にとって、驚くほど短い間に次の誘いが来ることになる。だが彼女ほど素晴らしい女性は、そうは見つからないだろうな。いろいろな意味で、彼女は俺の初めての体験だった。初めて、楽しいと思えた相手だったのは間違いない」

「判った。うん、ありがとう」とフェンリエルは明るい笑みをひらめかせて言った。
「考えてみるよ」

フェンリスは頷いた。
「決心が付いたら、知らせてくれ」

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第32章 相談 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    どうしてこうアンダースさんっていつも上 か ら 目 線なんだべか

    いやあ良いんですけどねッ!経験豊富でいらっしゃるんでしょうしッ!
    しかし、今回はフェンリスさんもなんだか自信満々(何の

  2. Laffy のコメント:

    EMANONさま、コメントありがとうございます(^.^) 
    Deep Roadの方もいつも拝見しております。コメントつけられないけど>< いいね!ボタンくらいは無いものかしらん。
    ほらやっぱり、アンダースはお姫様ですからw

    今回フェンリス君は遊びまくりですよっ(えー

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