「いいや」アンダースは吐き捨てるように言った。
「僕はこれを『仕組んで』なんかいない。もしそうだったら、そもそも僕にメイジベーンを山ほど打たせたりするもんか。このひどい怪我の手当てを始めることさえ出来ないぞ、ゼブラン!」
エルフは無理矢理微かな笑みを浮かべた。
「ちょっとした計算違いだね、どうやら」と彼は震える声で言った。
「だけどその時は君に手当てして貰う必要があるなんて予想してなかった」
ソリアもゼブランの横に膝を付いて、彼の怪我の様子を調べながら何か悪態をつき、アンダースは恐らくデーリッシュ語だろうと思った。
「どのくらいひどいの?」と彼女は心配そうに尋ねてアンダースを見た。
「死ぬことは無い」とアンダースは言った。
「だけどこの折れた骨を元に戻すのは相当厄介な仕事になる。僕の魔法が戻るまでは始めるのは無理だ。それにきちんと治るまでは、数週間は掛かるだろう。僕が治療したとしても……」
彼は頭を振った。
「骨が自然にくっつくまで待つほうを好むのは知ってるだろう、緊急事態で無い限りは」
ソリアは溜め息を付くと自分の踵の上にしゃがみ込んだ。
「忌々しいったら……」彼女は呟くと、ゼブランに向かって顔をしかめて見せた。
「かがまないからよ」と彼女は叱りつけた。
ゼブランはニヤッと笑った。明らかにその言葉は、何か二人だけの内輪の冗談のようだった。
「次の時のために覚えておきますよ、ウォーデン」と彼はかろうじて囁きより大きい声で言うと、頭を巡らせてアンダースの方を向いた。
「すると魔法無しでは僕を眠らせるのも無理かな?こいつは……結構痛くてね」
アンダースは残念そうに頭を振った。
「その通りだ。何だか知らないが、僕を眠らせるのに使った薬はどうなんだ?もう無いのか?」
エルフは微かに頷いた。
「ベルトの右側の小物入れを見てくれ。ごく小さなガラス瓶が手前左側にあるはずだ。蓋に一本線と三つの点が浮き彫りになっている。注意して……そこにあるものは全て素手で扱うのはとても危険だ。もし僕が倒れた時に何か壊れていたり、漏れていたら、触らないように」
アンダースは険悪な顔つきで彼を一睨みすると、大層注意深くその固い革で出来た小物入れの留め金を外し中を調べた。中には柔らかな詰め物が詰まっていて、その間に様々な大きさのガラス瓶が並んでいた。彼はガラス瓶を色々な角度からじっくり眺めたあと、前屈みになって用心深く匂いを嗅いでみた。
「どれも壊れてはいないと思う」と呟くと、目を細くして瓶の蓋を見比べ、やがて一本の小さなガラス瓶をそっと取り出した。
「これか?」と彼は尋ねた。
ゼブランは右手を差し出した。
「蓋を触らせてくれ」と彼は言うと、その手触りを確認して頷いた。
「これだ。一滴で大人を数時間眠らせることが出来る。二滴で一晩、三滴で丸一日、だけどこの量は危険だ。四滴で死ぬ」
「結構な話だね」とアンダースは冷たく言った。
「一滴かな、それで君が次に目が覚めるまでにメイジベーンが抜けているのを期待することにしよう」
ゼブランは微かに頷くと、アンダースが大層注意深くその毒の一滴を短剣の刃に載せるのをじっと見つめていた。彼は再び右手を挙げると、頭の向きを戻してソリアの方を見た。
「眠っている間僕を守ってくれるね」
疑問というより単に事実を述べるかのように、彼は静かに言った。
「もちろん」彼女は頷くと真剣な表情で言った。
「あなたに触れようとする者はまず、私を倒してからということになるわね」
ゼブランは彼女に向かってごく微かに微笑んだ。
「ありがとう、ウォーデン」と言うと、彼はアンダースに頷いて見せた。
アンダースはその短剣で彼の皮膚に浅い切り傷を付けると、その毒が切り口に染みこむのを見守った。彼は心配そうに唇を噛んでいたが、やがてゼブランがほとんど瞬時に眠りに落ち、顔から痛みによる皺が消えて行くのを見てほっと溜め息を付いた。
彼は顔を上げると、ホークとナサニエル、それにフェンリスが側に立っていたことに気が付いた。
「すまない。質問に答えて無かったっけ、フェンリス?」
フェンリスは鼻を鳴らすと、その場に居る人々の顔を見渡した。
「誰か一体何が起きているのか説明しろ」と彼は冷ややかに言った。
「アンダース?」
「ホークは、僕がセバスチャンの囚人となっていることを聞いたんだ」
アンダースは気怠げに答えた。
「彼は……僕がひどい目に会わされているのでは無いかと恐れた。それで救出計画を手配した」
フェンリスは唸った後、ゆっくりと頷いた。
「俺達がカークウォールでセバスチャンと別れた時の激烈な様子を考えれば、無理もない話ではあるな」
彼は言うと、再び顔をしかめてホークを見た。
「セバスチャンも、もうそう遠くない頃にここに来るはずだ。アンダースが居なくなったのを見つけた時、彼に跡を付けていくと伝えた。俺の馬が残す足跡は、俺が付けてきた微かな痕跡より遙かに判りやすいから、彼はずっと速く進めるだろう」
ソリアは苦い顔をすると立ち上がり、レギンスに付いた雪を払い落とした。
「更にややこしいことになる訳ね……まあ、今更どうしようも無いけど。アンダース、ホーク、どちらでも良いけどあなたの友人を紹介して?」と彼女は言うと、フェンリスを率直な好奇の目で見た。
ホークは頷いた。
「もちろん。カークウォールで俺の仲間の一人だったエルフのウォーリアー、フェンリスについて話したのを覚えているだろう?それが彼だ」
「ああ、もちろんそう――テヴィンター帝国から来た元奴隷の戦士、そうでしょう?」
彼女は言うと、エルフに向かって明るく笑いかけた。
「その紋様から想像してしかるべきだったわね」彼女はそう付け加えると、彼女の喉元におおざっぱな手真似をして見せた
フェンリスは落ち着かない様子で頷くと、不思議そうにホークを見た。
「フェンリス、こちらはソリア・マハリエルだ。フェラルデンの英雄、フェラルデン方面ウォーデン司令官、アマランシン伯爵……君の称号全て、ちゃんと言えたかな?」
ホークはそう言うと、エルフの女性に向かって温かく笑いかけた。
彼女は鼻を鳴らすと微かに笑みを浮かべた。
「充分過ぎるほどね。さて、どうやらこの大騒ぎを解決しようとする前に、とりあえず座ってセバスチャン・ヴェイル大公の到着を待ったほうが良いみたい。ナサニエル、ゼブランに毛布を掛けてあげて頂戴」
アンダースは頷くと彼もさっき放り投げた自分の毛布を取りに行き、その間にナサニエルはゼブランの寝袋をテントから引っ張り出すと、毛布と一緒に出来るだけエルフの怪我に触らないよう注意しながら、身体の周りに押し込んだ。皆それぞれたき火の周りに座る場所を見つけたが、フェンリスは火の側に寄ったものの立ったままで居た。ソリアは不思議そうに彼を見上げた。
「セバスチャンが到着した時、俺が立っている方が誤解する恐れが少なくて済むだろう」と彼は穏やかに言った。
「俺の姿がはっきり見えて、囚われの身で無いことがすぐに判る方が良い」
ソリアは頷くとアンダースに向き直った。
「カークウォールを離れた後、どうしていたのか聞かせて、アンダース――カークウォールに居た時に何をしていたかは、大体ベサニーとホークから聞いているから」
アンダースは頷くと話し始めた。その話自体が彼の不快な記憶を思い起こさせて、最初は詰まりながらゆっくり話したが、ソリアが熱心に聞き入る様子に彼の緊張も次第にほぐれていった。
雪が次第に止んできたと気付いてセバスチャンは喜んだ。視界は劇的に改良され、向こうの雪に覆われた丘も雪で微かにけぶっているだけで良く見渡せた。彼はフェンリスの進路が、その向こうの丘の片側へと廻っているのを見て取ることが出来た。彼らはしばらくの間馬達を並足で進ませ、足跡を見失うこと無しに出来る限り馬を休ませるようにしていた。
「速歩で」と彼は呼ばわると、自分の馬を押してより速く歩かせ、彼の衛兵の一行も滑らかに速度を上げて進んだ。
風に揺れる松明のごく小さな光の輪だけを頼りに、暗闇と雪の中フェンリスの跡を追うひどく長い夜だった。彼らは数回止まっては、疲れた馬から馬具を載せ替えて進まなければならなかった。漸く夜が明ける頃には誰もが凍えて体中が痛んだ。フェンリスとアンダースの身を心配するあまり、セバスチャンには更に夜が長く感じられた。あのメイジが、単にその場で殺されるのでは無くどこかへ連れ去られたという事実が、彼らが生きた彼を見つけられるだろうという希望を彼に与えていた。
それでも、彼の心はアンダースが即決裁判のために引きずりだされた時に想定されるような、無数の場面を彼に示していた……結局は彼らは、絞首刑に処せられ木からぶら下がる彼を見つけるのでは無いか、あるいは燃えつきた薪の上の黒焦げの遺体として、あるいは雪の中にぼんやりと座り込み、彼の額にはトランクィルの焼き印が押され……
いや、アンダースがそのような忌まわしい最後を迎えると信じるわけには行かなかった。彼らは必ず彼を見つける。彼は無事でいる。彼を再び家に連れ帰り、そして万事上手く行く。
彼はそう信じずにはいられなかった。
彼らが丘の周囲を巡って進むとすぐに、小さなスギの木立が目に入った。その風下に数珠つなぎになって立つ二頭の馬は、その色の取り合わせから明らかにアリとエアで有ることが見て取れた。そしてその側には小さなたき火を囲んで座る人々がいた。一人は立っていて、その横に毛布にくるんで雪の中に寝かされている、明るい金髪の……彼の胸は鋭く締め付けられ痛みが走ったが、毛布にくるまった一人が立ち上がって、それがアンダースだと判って彼は再び呼吸が出来る様になった。立っていた人物はフェンリスだった。
彼は踵を馬に打ち付けて全速力で走らせ、二人が明らかに無事で縛られてもいず、フェンリスが武装しているのを見分けられる距離まで近付いた。彼は溜め息を付くと馬の歩みを遅くし、彼の護衛達に用心しつつ攻撃はしないよう手真似で伝えると、その一団から注意深く距離を取って立ち止まった。二人の他にはまだ三人が、たき火の側に座ったまま彼の方を見ていた。エルフの女性は明るく澄んだ瞳で彼を見つめていて、彼の知らない黒髪の男が用心深げな表情でこちらを見ており、そして……
「ホーク」三人目の男を冷静に認識すると、彼は言った。
彼はホークとアンダースの間で目線を行き来させると、深く息を吸い込んだ。
「君がこの一件の背後にいたのだな?」と彼はホークに向かって尋ねた。
60w章wヽ(゚∀゚)ノ ワー
ここのところハイペースでの更新ですが
ご無理なさいませんようにw
それにしてもフェンリス君落ち着きなさいw
お座りッ!お手ッ!伏せッ!
よしよしよしw
コメントありがとうございます(^.^)一言一言がモチベアップでございます。
常在戦場な人、いやエルフのはずなのに、もう
「きゅぅ~ん」(で俺は何時までこうしてれば良いんだ?)
とか鳴きながら伏せてるフェンしか思い浮かばないwww