第59章 似たような話

第59章 似たような話


ホークがゆっくりと数歩彼の方に近付き、濃褐色の眼がアンダースの全身を心配げに見渡す間、彼はそこに座ったまま凍り付いていた。
「アンダース」とようやく、静かな優しい声で彼の名を呼んだ。
「お前は……元気そうだな。驚くほど」と彼は付け加えると、ゼブランとナサニエルの方を訝しげに振り返った。

ネイトは肩をすくめた。
「俺が見るところ、彼が閉じ込められていた場所はいかなる牢獄とも似ていなかった」と彼は冷たい声で言った。

「僕にもそうは見えなかったね」ゼブランはより愛想良く同意すると、再び立ち上がった。彼は紐をまとめながらながら、思わせぶりにアンダースの方を見た。
「確かに警備は固かったけどね。だけど僕が見た限りでは、牢屋にしては随分居心地が良さそうだったよ。君が恐れていたような、拷問のための場所ではないということだけは確かだ」

「拷問の……?」アンダースはぽかんとして言うと、ホークの顔を見上げた。
「どうして君は僕が……」

「お前がセバスチャンの手の内にあったからだ!数週間前にその話を、彼がお前を捕らえたと聞いて……カークウォールでの彼の脅迫を俺は全て思い出した。お前を、彼の思うがままにさせておく訳には行かなかった」
張り詰めたひび割れた声でホークは言った。彼はもう一歩前に進むと、不思議そうな表情に変わった。
「しかし今のお前を見ると……実際の所、救出する必要は無かったように思えてくるのは何故だ?」

アンダースは溜め息を付いた。
「その必要が無かったからだよ。そう、確かに僕はセバスチャンの囚人としてあそこにいる、だけど……彼が僕を捕らえたわけじゃない、ホーク。僕自身で彼に自首したんだ、それに……」
彼は横を向くと、顔を赤らめた。
「彼は立派な男だ、ホーク。僕を殺したって良かったはずだし、実際僕は、彼の手に掛かって死ぬことを予期していた。そうするだけのあらゆる理由が彼にはあった、僕がカークウォールでしでかしたことに対して。だけどそうする代わりに彼は赦しを選んだ」

ホークはじっと立ちつくしてただ彼を見ていたが、それから溜め息を付いた。
「死ぬことを予期していた?じゃあどうして……」

「逃げるのを止めるべき時だったからだ。僕がカークウォールで行った行動は間違っていたからだ。ジャスティスでさえ、僕達の行動の結果あらゆる所で沸き起こった事柄を聞いたあと、それを悟った」
彼はそう言うと、ホーク、それからジャスティスまでが彼を去った後に感じた、見捨てられたという思い、次いで惨めさ、さらには罪と恥の意識を全て思い出して、涙が彼の目を突き刺すのを感じた。彼の声は先を続けるに連れて苦々しく変わっていった。
「ジャスティスは僕から去った、カークウォールの後でね。『我々は過ちを犯した』それが彼の最後の言葉だった、それから彼は単に……消え去った」
アンダースは声を平静に保とうと苦闘しながら語り続けた。
「それで、僕も、セバスチャンの言葉を思い出した。それからスタークヘイブンに向かうと彼に自首した、少なくとも彼がこれを終わりにしてくれるだろうと思って」

「しかし彼はお前を生かしておいた」とホークは静かに言った。

「そう」アンダースは同じく静かな声で答えた。
「彼は……僕に居場所を与えてくれた。確かに牢屋にしては大きいけどね、だけどあれは牢屋だ。覚えているかも知れないけど、僕は暗くて狭い場所が苦手だから」
彼は小さくニヤっと笑うと、微かに震える声で言った。
「怯えて訳の判らないことを喋っているよりかは、正気でいる方が僕には使い道があると彼は考えたのさ」

ホークはゆっくりと頷いた。ソリアは側に静かに佇んでいて何も言わなかったが、アンダースには彼女が本当に小さく頷くのが見て取れた。ホークと同じく、彼女は彼が辛い過去について全てを語ったごく僅かな人々の一人だった。

「彼は僕にするべき仕事を与えてくれた ‐ 他もさることながら、僕の治癒魔法の力を無駄にすることは無いと考えたから」とアンダースは続けた。「僕はとても静かな、堅く護られたコテージに、猫一匹と犬二匹と一緒に暮らしていて、ここしばらくは毎日診療所で働いている。それからセバスチャンも、避難民キャンプの衛生管理といったようなことについて僕の頭を時々借りに来る。僕はここで働いて人々の命を救うことで、カークウォールで奪った全ての命に対して少しでも償いをしようとしている。セバスチャンは……予想していたより遙かに、僕に親切にしてくれた」
彼はうつむきながら、そう静かに語り終えた。

皆ただ黙っていた。ソリアが漸く沈黙を破った。
「あなたを見ているだけで寒くなってくるわ、アンダース……さあ、みんな私のテントの中へ、少なくとも風は来ないし」

「茶を入れてくるよ」ゼブランが申し出て、既に小さなたき火の方へと歩き出していた。

アンダースは立ち上がるのに手助けを借りなければ行けなかった。寒風吹きすさぶ夜中、室内用の服を着たままでぶらぶら棒から釣り下げられ一晩を過ごした後で、彼の身体はかちこちに固まりあちこちが痛んだ。ナサニエルとソリアがそれぞれ抱えて彼を立ち上がらせると、ソリアが抱えるようにして彼女のテントの中へと連れて行った。中には寝袋が二つ、床のほとんどを覆っていて寝袋の間の狭い隙間からは、剥き出しの地面を覆う敷布が覗いていた。ソリアは彼をテントの一番奥へ進ませると、分厚い毛布を寝床から引っぺがして、それで彼をくるんだ。
「まるで氷のようじゃない」と彼女は言うと顔をしかめた。「自分で身体を暖めるのは出来ない?」

「いいや、残念ながら。ゼブランが昨晩メイジベーンを打ってくれて、それがまだ抜けきってない」
彼がそう説明すると、ソリアが彼の側に座りながら苛立たしげな顔つきをした。

ホークとそれからナサニエルが共にテントに入ってくると、ホークは注意深くアンダースから距離を取って腰を下ろした。アンダースは、ホークの眼差しに用心深げな様子があるのを見逃さなかった。あるいはナサニエルがホークのすぐ側に座る時の様子、一瞬彼の肩に触れる指先、二人がちらりと見交わした目線が、見る目がある者には多くのことを語っていた。

彼は傷ついても良いはずだった。何と言っても彼ら二人が恋人だった頃からまだ一年も経っていなかったのだから。しかし……そうはならなかった。彼はその当時とは、色々な意味で大きく違う人間になっていた。彼とホークの間にあった愛情はとうの昔に、カークウォール教会の爆発と共に、その時その中にいた人々の命と同じく死に絶えていた。実際、ホークが救出作戦を手配する程、未だに彼のことを気に掛けてくれていたのは驚きでもあった。とは言ってもいかにもそれはこの男らしい、彼はしばらくの間そう思うと、唇に暖かな笑みが浮かぶのを覚えた。その笑みを見てホークは居心地悪そうに目線をそらし、一方ナサニエルは冷ややかに彼を一睨みした。

「そうすると、僕を救出しようとしてくれたのは君だったのか」
と彼はホークに言うと、それから不思議そうにソリアを見た。
「そのために君まで、遙々アマランシンからここまで来てくれたことには驚いたけど」

ソリアはホークと陰鬱な目線を交わし、唇を強く結んだ。

「あなたがここにいることを聞いた時、私達は既にフリーマーチズに居たの」ソリアは静かに言った。
「どのみちこの近くを通ることになっていたし。その上、」と彼女は付け加えると彼を厳しい顔で睨んだ。
「あなたは私の部下の一人。誰にも連れて行かせはしない」

「君が……ロランにそう言ってくれていたらな」
アンダースはそう言うと、再び俯いて彼の手を見つめた。彼は再び、長年彼を苦しめている悪夢を思い出していた、ロランと名無しのテンプラーを素手で引き裂き、まるで彼が理性ある人では無く、何か忌まわしい、野蛮なダークスポーンであるかのように、彼らの肉に食らいつき噛みちぎり……それから炎と、引き裂かれた血まみれのウォーデンとテンプラー両方の死体のただ中で正気に戻る夢。本当はそんな風なことは起きなかったと、それはただの悪夢で、詳細は全てねじ曲げられ歪んでいると彼は知っていたが、それでもその記憶と罪の意識が彼を圧倒し、彼は身震いを押さえることが出来なかった。
テンプラーの一群がグレイ・ウォーデンのメイジを待ち構えて、その力を失わせて拉致し、確実に連れ去って誰にも邪魔されない所で殺させるための罠を作り、そこにロランが彼をおびき寄せた。確かに彼はその男を殺した、テンプラーも殺した ‐ 彼とジャスティスで。彼らが共に行った一番最初の行動だった。最初の大きなつまずきと言っても良かったかも知れない、彼は過去を振り返ってそう思った。もし単に彼がそこから逃げ出して、ヴィジルズ・キープへ逃げ戻っていたとしたら……しかし済んだことを変えることは出来なかった。

彼はソリアをちらっと見た。彼女はひどく怒っているようだった。それからしばらくして、彼女が怒っているのはに対してでは無いことに漸く気付いた。
「あいつが何を企んでいるか判っていたら、私がこの手で殺してやったのに」彼女は怒った声で言った。
「そもそもあいつを受け入れるべきでは無かったのよ……だけどその当時は至極まっとうな男に見えたし、それにチャントリーも、あなたがマレフィカラムでは無いとする報告を、彼らが信用出来る独立の情報源から受ければ、あなたを追いかけるのを止めるだろうと期待していた。連中は私を決して信用しようとはしなかったから」
彼女は声に微かに苦々しさを滲ませて付け加えた。

エルフで、デーリッシュで、アンドラステとメイカーの信者でもない ‐ そう、チャントリーは決してソリア・マハリエルが何を言おうと信じようとはしなかっただろう。そしてその率直と正直さを、例えそれが彼女個人に大きな負担となる時でさえ、自らの人格の中心に据え決して揺るがない者として、チャントリーの態度は著しい侮辱であった。

こうも長い年月を経た後に、今でも彼女がロランの裏切り行為に対して彼のために怒りを覚えていることに大きく心を動かされて、彼は瞬きをすると涙をこらえた。彼が何か言おうとする前に、スズのマグカップと、もう一方の手には湯気の立つポットを抱えて、ゼブランがテントに肩から押し入ってきた。豊かな紅茶の香りと、何かのスパイスと、甘い香りが漂った。それから数分の間、彼らは紅茶を注いで次々手渡すと、みんなマグカップを手に持って座り込んだ。

アンダースはようやく、大きく震えだしていた。それまではあまりに冷え過ぎて震えることさえ出来ず、ヒーラーとしての彼の一部は、それが彼が危険なほど凍えていたことを意味するのを知っていた。ソリアもそれに気付いて、ゼブランとナサニエル両方を、何故彼を運び出す前に暖かな服装をしていることを確かめなかったかと静かに叱りつけた。

ゼブランは達観した様子で肩をすくめた。
「ほんの僅かな時間しか無かったのですよ、ウォーデン。でももう彼は大丈夫、そうでしょう?」

ソリアは彼に向かって顔をしかめて見せたが、彼の平然とした態度に苛つくというよりはむしろ面白がっている様子が見て取れた。

アンダースは実際、彼女とこのアサシンの間にどのような関係があるのか本当のところよく判らなかった。そもそもゼブランは、彼女が最初にアマランシンに来た時には側にさえいなかったのだ。しかし数ヶ月後彼が現れた時には、彼女は本当に希にしか見せないような輝く目をして幸せそうに見えた。彼らが恋人同士だとは思えなかった、しかしこのクロウはまるでそうであるかのように、彼女にぴったりとくっついていた。二人が共にアマランシンから離れることになる時まで、彼はそれについて頭を捻っていた。ソリアはブライトの間のフェラルデンでの出来事についてファースト・ウォーデンに報告するためにワイスホプトへと呼び出されていった。それから何もかもが、彼にとって上手くない方向へと進んだ。

彼は溜め息を付くと、手に抱えたマグカップを見おろした。
「すると、これから僕はどうなるのかな?」と彼は不安そうに尋ねた。
「今度は、僕は君の囚人ということになるのかな?」

ソリアとホークは共に苦い顔をすると、再び陰鬱そうな目線を交わした。

「それはお前次第だろうな」とホークが静かに言った。
「お前を連れて行ってもいい……我々の行く所へ」

「どこへ行くんだ?」とアンダースが尋ねた。

ソリアが微かに頭を振った。
「あなたが私達と一緒に来るつもりで無ければ、どこに行くのか言うことは出来ないわ。アンダース……あなたに付いてきて欲しい訳では無いの。この計画にあなたを加える予定は無かった。この救出はそう……近くを通り掛かった二次効果というところね。もしあなたに私達と一緒に来るつもりが無ければ、ヴィジルズ・キープへ送り返しましょう。グレイ・ウォーデンがその一員としてあなたを保護するでしょう」

彼は頷くと、選択肢を考える間熱い紅茶を少しすすった。名の知れぬどこかへ、ソリアと、そしてホーク……彼を信じた女性と、彼を愛した男性、そして共に裏切られた……彼から既に去った男性と共に旅立つか。あるいはアマランシンへ、ヴィジルズ・キープへ、友情を育みつつあった仲間の元へ戻るか。

彼は眼を閉じて、カイラに対する彼の希望を思い出した。サークルで育てられる間も、彼と違って楽しい思い出だけを持って欲しいと。ドゥーガルとシスター・マウラ、診療所のことを。アッシュと、犬達と、フェンリスも。そしてセバスチャンが彼を拒絶する前、じっと彼の側で立ちつくしていた間の、彼に伝わる身体の熱さを思い出していた。

「それでもし、僕がスタークヘイブンに戻りたいと言ったら?」彼は自分が、擦れた震える声でそう尋ねるのを聞いていた。

沈黙が辺りを支配した。死のような沈黙。

彼は再び眼を開けると、頭を上げた。ホークは……当惑した表情をしていた。ナサニエルは顔をしかめ、ソリアは全く無表情だった。ゼブランは……いささか面白がっているように見えた。

「それが牢獄へと戻る事だとしても?」とホークが、静かに尋ねた。

「さっきも言ったが、牢獄らしくは見えなかったな」とナサニエルが言うと、アンダースを冷たい表情で見た。
「グレイ・ウォーデンとしての務めを果たすよりも、囲われた檻の中での人生が良いと言う訳か?」

「違う!」彼は驚いて叫ぶと、声を落として続けた。
「そうじゃ無い。だけど……僕はセバスチャンにもう逃げるのは止めると約束した、彼に降伏した後で。また裏切るのは嫌なんだ。それに……僕はようやくここで、スタークヘイブンで、良いことをしている」

ソリアはひときわ鋭い視線を彼に投げかけた。
「私のウォーデンに囚われの身となることを許すべきかどうか、難しいわね」と彼女はゆっくりと言った。
「例え彼がそれを正しい道だと信じ、自ら望んだとしても。とても悪い前例になってしまう」

アンダースは少し肩を落とすと、再び頭を下げ彼のカップを握りしめた。

ゼブランが突然声を上げた。
「アンダース ‐ 君は本当に、そのセバスチャンが君を殺すと信じていたのか?彼に降伏した後に?」

彼は顔を上げ、軽い驚きと共にエルフを見つめて瞬きをした。「ああ」

「彼が君を殺すのを望んでいた?」

「ああ」その時に、彼がどれ程死を望んでいたかを思い出して、くぐもった声で彼は答えた。

「それでも、彼は全く予想外に君の命を救った?そして、君に為すべき仕事を与えた?」

「そう……」彼は再び、ゆっくりと答えると、ゼブランの問いの行き着く先は何だろうと不思議に思った。

ゼブランは軽く頭をかしげた。
「君は彼のことが好きなのかな?その、慈悲深い大公殿下を?」

アンダースは顔を真っ赤にすると、落ち着かない様子でちらりとホークを見て、それから随分長い間紅茶のカップをじっと見つめていた。

「ああ」彼はようやく、ひどく静かな声で認めた。

「彼を行かせるべきだよ、ソリア」とゼブランは言うと、同じように静かな、しかし力強い声で言った。
「彼の心が示す道を行かせるべきだ」

びっくりして、彼は顔を上げると、ゼブランが熱心にソリアを見つめているのに気付いた。彼女は微かに顔をしかめるとアサシンの方をじっと見つめ返しながら下唇を苛々と噛みしめていた。
「それは……よく考えなければ」彼女は突然言った。
「出ていきなさい、あなた達みんな。テントから出ていって」

ゼブランは立ち上がると、テントの低い天井を避けて身を屈めながら、どうやってか優雅に彼女に一礼すると出ていった。ホークも立ち上がると、多少優雅さを欠いた礼をして彼に続いた。ネイトは頑固にその場に留まって、眉をひそめてソリアを見ていた。

「行きなさい、アンダース」彼女は静かに言った。
「また後で話しましょう」

彼は頷くとよろめきながら立ち上がり、紅茶のカップを片手に握りしめ、別の手は彼の被った毛布をしっかり持って、屈み込むとテントから出た。

ホークの姿は既に見えなかった ‐ 多分別のテントに戻ったのだろう。ゼブランはたき火の側に立って、片手に持った短剣の刃を確かめるように眺めていたが、顔を上げてアンダースに頷いて見せると、たき火の側に置いてある、雪に覆われた丸太に向けて手を振った。
「座ったら」と彼は勧めた。

アンダースはそちらに歩いて行くと、丸太の上の余計な雪を足の片側で蹴り落として腰を下ろし、毛布の中で縮こまると急速に冷めつつある紅茶の残りをすすった。彼は眉をひそめると、アサシンの顔を見上げた。
「あれは一体何の話だ?」と彼は疑問と好奇心に駆られて尋ねた。

微かな笑みがゼブランの唇に浮かんだ。
「知ってるかな、僕がソリアとアリスターを殺そうとしたことがあるのは?実際の所、僕達が出会ったのはそれがきっかけだった。二人を暗殺するために雇われたんだ」

彼は歯を剥き出してニヤリとアンダースに向けて笑った。
「見てお判りの通り、僕は失敗した。本当を言うとね、わざと失敗したんだ。僕はその日死を求めていた、そう、だけど彼らのでは無く、僕自身の死を求めていたのさ」

アンダースは彼を驚いた眼で見つめた。

ゼブランは手の中で短剣を幾度もひっくり返し、その鋭い刃をじっと見つめながら、低い声で話し続けた。
「僕はウォーデンが僕を殺すと予期していた。だけどソリアは、僕を赦した。君が大公について語ったように、彼女は赦しを選んだ。そして僕に為すべき仕事を与えてくれた ‐ 彼女の元で戦い、ブライトと戦うために必要な同盟者を得て、そしてフェラルデンを救うための」

「彼女のことを愛しているんだな」
それは確かだと彼には思えたが、しかし同時にゼブランと彼女が恋人だったことは一度も無いのも、また確かだった。

「そう。だけど報いられる愛じゃない。それに、いつかそうなるとも思えない」彼は悔やむような、とても優しい声で言うと微かに肩をすくめた。
「彼女は二回、人生を掛けた恋をして、そして二回とも破れた。一度目はテイントのため、二度目は相手の運命によって。彼女はまだ彼のことを愛している。多分、彼が生きている間は決して、他の誰かを愛することは無いだろうね」

アンダースはせわしなく瞬きをすると、幾つかのヒントと噂に、あの気違いじみた多事多端な日、彼が徴集されたあの日に彼が目撃した二人の様子を結び付けた……
アリスター王!

「そう。もっとも君は、僕からは聞かなかったよね」とゼブランは短剣の先を彼に向けながら言った。
「彼女が僕を助命した時、僕は彼女に従うと誓った、彼女がその誓いを取り消す時が来るまではね。もっとも彼女は幾度かそうしようとしたんだけど、あいにく僕はひどく強情な男だから」
彼は開けっぴろげな笑みを浮かべて、そう付け加えた。

アンダースは思わず立ち上がると、顔をしかめながら辺りを数歩歩き回った。
「それでその……君の話と僕のが似ているから、彼女は僕をスタークヘイブンに戻すべきと考えたってわけか?」
彼は頭がこんがらがるのを感じながら尋ねた。

「そう。彼女が僕を助命した、そのせいで皆に良いことが起きた、彼女にも、僕にも、他の人達にも。その大公殿下は君を助命した。多分それからも、また良いことが起きるだろう、ね?」

アンダースはどうにも抑えられなくなった – 彼は声を上げて笑い出した。
「君は気違いって言われたことは無いか、ゼブラン」

「もちろん!だけど僕は鋭いナイフを持った気違いだからね。それにとても影響力の大きな女性の耳でもある、出来れば他の部分にもなりたいものだけど」
アサシンは彼のナイフで身振りをしながらそう言った。

そしてその時、フェンリスが吹きすさぶ雪を突いて現れ、彼の目前に示された光景に気付いて鋭く馬の手綱を引いた。アンダースとゼブランが彼の方に振り向き驚いて見つめる中、彼は既に怒りの声を上げながらアリの鞍上から飛び降り、その間にも背中の剣を抜きさっていた。

ゼブランは自らに迫る危機を察知して身を守ろうと動いたが、アンダースはまだこの情景がフェンリスにどう見えたか理解出来ないでいた――まるでゼブランが短剣で彼を脅しつけているように見えたに違いないと。彼は驚きと衝撃のあまりぽかんと口を開けたまま、フェンリスがアサシンの投じた短剣を軽々と避けるのを見た、そしてその巨大な剣は、致命的な円弧を描いてもう一人のエルフを鋭く薙ぎ払おうとした。

「止めろ!」アンダースは恐怖のあまり叫んだ。

フェンリスが剣を止めるには遅すぎたが、アンダースの叫び声を理解すると彼はどうにか剣を引き、刃の角度を変えた。致命的な刃の端では無く剣の平たい面が、もう一人のエルフに衝突した。それでもアンダースには、ゼブランが衝突の勢いで激しく横に投げ出されると共に、骨がバキッと折れる音がはっきりと聞こえた。彼はマグカップも毛布も放り出してゼブランの側に駆け寄ると、彼の怪我の範囲を見て取った。エルフの左腕はひどく折れ曲がり、上腕骨が砕け散っていた。恐らく左側の肋骨も何本か折れたかひびが入り、肩と鎖骨も衝撃で傷ついているだろう、アンダースはそう推測した。

騒ぎに気付いた人々が、それぞれの武器を手に二つのテントから湧き出て来た。

ホーク!」彼はフェンリスが衝撃を受けた声で叫ぶのを聞いた。

「フェンリス!」ホークも同じように、驚きと喜びの入り交じった声で叫んだ。

「一体ここで何が起きているのか、説明してくれ」フェンリスは怒った声で要求した。
「君が仕組んだことか、メイジ?」と彼は尋ねた、声には冷たい疑いの響きがあった。

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第59章 似たような話 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    アンダース←元カレ→元カレの今カレ
    元上司←上司に片思い中の元同僚→ここに居ないけど元上司の元カレ

    ………………………アンダースじゃなくても
    こんな居心地の悪いとこは御免被りたいw
    どっちむいてもいたたまれないじゃないかっ!w

  2. Laffy のコメント:

    うはははh、それは考えつきませんでした。確かにすごく居心地が悪そうです。良かったねアンダース、みんな追いかけてきてくれて(>_<) あ、アンダースぼんやり説撤回。他が超人過ぎるだけだw ゼブランが至近距離から投げるダガーをサクッとかわすとか、どんだけ~。

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