第58章 聞き慣れた声

第58章 聞き慣れた声


「……にはどれくらい?」
「一晩寝かせるくらいだね。もうすぐ目覚めるはずだ」

アンダースは顔をしかめて、それから眼を開けた。真っ白だった。彼は瞬きすると、白いものは彼の目下にある雪だと判った。彼は……まるで狩りの獲物のように、頭を下に手足をくくられて、棒に釣り下げられていた。そしてまさに狩りの獲物のように彼はどこかに運ばれていく途中で、担ぎ人の足が雪をしゃりしゃりと踏みつける音と共に、身体が微かに上下していた。

前に向かって棒が少しばかり傾いていることから判断して、彼を担いでいる二人の身長は明らかに差があるようだった。彼の頭がぶら下がっている角度からは、棒の後ろ側を担いでいる人物の、使い古された黒革のブーツがかろうじて見えるだけだった。

二つ目の声――こちらは棒の前から聞こえた――が、まだ何か話していた。特徴的なアクセントで、確かに聞いた覚えのあるはずの声だった。
「ともかく、この方がずっと運びやすい、そうだろう?」

ゼブラン!」アンダースはあえぎながら言った。

彼らの足が止まった。
「ああ、眠れる美女が目を覚ましたね。気分はどうかな、親愛なる友よ」

「暖炉で炙られる肉のような気分だ、ありがとうよ。ゼブラン、ブラックシティの名に掛けて一体全体どういうことだ!」

「救出作戦だ」背後の背の高い人物が、声に微かに面白そうな響きをさせて答えた。
「しかしながら、あの可愛らしい牢屋の様子を考慮すると、あるいは我々は誘拐作戦に参加していたのかな」

そして彼はこの声も知っていた。「ナサニエル」とその名を思い出して言うと、それから唐突に犬達を呼んだこと、返事が無かったこと、そして彼を捕らえた二つの影を思い出した。
「もし犬達に何かしていたら、二人とも内蔵を全部摘出してやるぞ」

ゼブランが滑らかな声で笑った。
「心配するな友よ。僕は無能なアサシンでは無いし、ネイトは駄目なローグでも無い、そのようなあからさまな侵入の痕跡を残すような真似はしないよ。君の犬達は、君を……あー、回収する間だけ、予定外のうたた寝をしているのさ」

アンダースはほっとして溜め息を付いたが、それから少しばかり手足を縛っている紐の強さを確かめるようにもがいた。
「それで、いつ僕を放してくれるんだ?僕は完璧に自力で歩けるよ、判ってると思うけど」

「うーん、いや、もうキャンプはすぐそこだから、このまま最後まで君を運んでいくのが一番良いだろうね。それからソリア自身に君を解き放つ喜びを味わって貰おう」

「うう、メイカー……彼女に殺される」アンダースは呻いた。

ゼブランとナサニエルは短く笑って、再び歩き出した。
「間違い無くそうするだけの正当な理由があるな、彼女には」ネイトは冷たく指摘した。
「脱走兵、殺人犯……それもこれも、お前がアマランシンから逃げ出す前の話だ」

アンダースは顔を赤らめたが、反論するのは我慢した。ともかくナサニエルの非難はもっともだと、渋々認めざるを得なかった。棒から伝わる振動と雪のちらちらする白さに微かな吐き気を感じて、彼は眼を閉じた。メイジベーンの痺れるような感覚と、まだ残っている眠り薬からの目まいも、気分を悪くするのに一役買っていた。

どこか近くからソリアの笑い声が響いてきたとき、キャンプがもうすぐ近くだということが初めて判った。
「ゼブラン!ナサニエル!本当にこうする必要があったの?」と彼女の呼ばわる声が近付いてきた。彼は固く眼を閉じ、彼女が雪を踏みしめながら近付く足音を聞き、更に顔が赤らむのを感じていた。

「あるいは必要無かったかも知れません、ウォーデン、ですがこれが彼を扱うに一番容易い方法でした」

それから彼は肩に触れる手を感じ眼を開けると、ソリアが屈み込んで逆さまになった彼の顔を覗き込んでいるのが判った。彼女の編んだ漆黒の髪がほとんど雪に付きそうだった。彼女が冷静に彼の様子を見定める目つきに、彼の顔は更に赤くなった。

「とにかく、彼を降ろして紐を解きなさい」彼女は唐突に命じると、立ち上がって彼の視界から消えた。
「屠った鹿のようにくくって釣り下げられていては、話も出来やしない」

彼はそれから地面に降ろされ、彼を釣り下げていた紐の輪から棒が引き抜かれた。ゼブランは彼の側に屈み込むと器用な指で結び目を解き始めた。彼もすぐにまっすぐ座り直すと、凍える手で足の周りを縛っている紐を解く手伝いをしながら、その小さなキャンプを見渡した。きちんと風よけされた小さなたき火、テントが二つ、背の低いスギの木立が風よけとして、まだ吹きすさんでいる吹雪の一番ひどい風向きからテントを守っていた。

テントの一つから誰かが這い出して来て立ち上がったのを見て、彼は顔から血の気が引くのを感じ凍り付いた。

「ホーク」そう言った彼の声は、擦れたささやき声にしかならなかった。

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