第57章 追跡
フェンリスは城の正門に近づくにつれ更に激しさを増す雪に顔をしかめた。雪さえ降り出さなければ、彼は少なくとも数時間前には戻っていたはずだった。雪のせいでゲヴィンとサークルを出発するのがそもそも遅れ、残りの道程も遅くなった。アリとエアはどんどん深くなる雪を掻いて進むせいでずっと疲れやすくなり、始終小休止して馬具を載せ替えてやらなければならなかった。
それから彼らが街に着いた後、彼はゲヴィンの家に行って、少年が母親と弟たちにこの数日間に起きた出来事を興奮して話す間、ずっと側に座って彼の話を保証してやる羽目になった ‐ 間違いなく彼らはヴェイル大公と食事を、しかも一度だけで無く幾度か一緒に食べ、それからカイラは彼女の人形と一緒に、メイジ達の居る良いところに、無事に落ち着いたと。
しかしようやく、家まではあと少しだった。家か、微かに笑みを浮かべながら彼は考えた。例えそれが誰かの館の中の、ほんの数部屋に過ぎなくとも、彼が本心から家と思える場所をついに持てたのは良いことではなかったろうか。僅か数ヶ月の内にそこは、彼が数年にわたって逼塞していたダナリアスの屋敷に比べて遙かに家らしく感じられた。彼のための居場所があり、安全で、友人がいて、役に立てる仕事があった。セリン衛兵隊長は急速にフェンリスが教えた警備の原理原則を吸収し、もはやそれほど彼の手助けを必要としなくなっていた。今の彼の仕事は主に衛兵達に、彼が好んで使うような両手持ちの剣を使う侵入者と戦う方法を教えるのと、アンダースと共に行っている討議であった。
彼は正門の衛兵に頷いて城の中庭に入り右に折れると敷地内を進み、アリとエアが普段入っている厩へと向かった。その道を通る時ちょうどアンダースの庭の横を通るので、庭の入り口に置かれた詰め所にいる衛兵達と挨拶を交わすのが彼の習慣になっていた。その日の間中、彼は強い風と吹き付ける雪を避けるためずっと俯いていたが、衛兵詰め所を通り過ぎる時にいつものように顔を上げ、詰め所の見張り台に居る立哨と小さい覗き窓越しに挨拶しようとして――そして眉をひそめた。見張り台は空っぽだった。
あるいはこのひどい天候のせいか?この雪と風の中では庭の壁のほんの一部しか見えないだろう、全体を見渡すわけには……
いや、どのような天候であろうと、例えアンダースがどこか別の場所に居たとしても、彼のコテージが侵入者から護られていることを確実にするために、そこには常に衛兵が居なくてはならなかった。フェンリスはアリの手綱を牽いて止まらせると、馬から下り歩いて扉の所へ行くとノックした。静かだった。
何か間違い無く良くないことが起きている。誰かが覗き穴をそっと開けて、そこに誰が居るか確かめた形跡があった。彼は扉の取っ手を引いたが、鍵が掛かっていた、当然そうで有るべきように。扉を幾度か大きく叩いたが、やはり答えは無かった。彼は顔をしかめると、アリを牽いて壁に沿って立たせて、鞍によじ登り、更にその上に立った。そこから彼は屋根の端に手を伸ばすと、天窓の一つから衛兵詰め所の屋根裏へ身を滑り込ませた。床にある上げ蓋を引き上げて、そこから彼は階下を覗き込んだ。
部屋の片隅に置かれた暖炉には、まだ石炭が小さく燃えていて、衛兵達が床に倒れ込んでいるのが見えた。死んでいるのか?いや、すきま風が上げ蓋を通して、馴染みのある特有の臭気を微かに運んできた。誰かが催眠ガスを詰め所に仕掛けたに違いなかった。彼は冷たく新鮮な空気を大きく吸い込むと、段ばしごは無視して上げ蓋から階下に飛び降り、急いで庭に通じる扉を開けた。外の風が吹き込み、残りのガスを散らした。
そこから、彼はアンダースのコテージの玄関が僅かに開いているのを見ることが出来た。彼は罵り声を上げると大股で走り出すやいなや、雪の下の何か柔らかいものに足を取られて危うく転びそうになった。一瞬彼の背筋に冷たいものが走り、屈み込んで手を伸ばすとそれが何かを探った……毛皮だ。犬達のうちのどちらか。いや、両方だった、温かく呼吸もしていたが、明らかに何か眠り薬にやられていた。
犬達はここに寝かせておいても大丈夫だろう、彼はそう判断すると再びコテージに向けて走り出した。まだそこに辿り着く前から扉の周囲には、今からしばらく前に争い事のあった様子が雪の上に残っているのが見て取れたが、激しい雪と吹きすさぶ風に煽られ、その痕跡のでこぼこも既に微かになっていた。彼は玄関の手前で立ち止まると、扉と近くの窓から漏れる微かな光を頼りにその周囲を調査した。
そこで何らかの争いが起きた、そう彼は推定した、それからそれに加わった者はここから歩き去った。雪の上に極力足跡を残さぬよう、一人は別の一人の後ろに付いて行った。彼らの足跡は既に雪に埋もれ始め、彼らが通り過ぎた雪の上に漸く目に見える程度の浅い窪みとなっていた。彼は隠し通路を通ってセバスチャンに何が起きたかを知らせようと、コテージに入りかけたが、それからためらい再び微かな足跡を振り返った。彼が見つめるうちにも更に風と雪が跡を吹き消そうとしていた。城の中に入って、説明して、セバスチャンと何人かの衛兵が追跡の準備をするのを待つ間に何分必要か……彼はひときわ酷い悪態を呟いた。足跡は既に見分けるのが難しくなっていて、そうこうするうちにも完全に吹き消されてしまうに違いない。
待っている暇は無い。彼は身を翻すと庭を横切り、衛兵詰め所を抜けて馬達が辛抱強く、風から頭を背けて待っていた場所へと走り戻った。彼はアリの手綱を牽いて馬達を壁沿いに導くと、地面に屈み込み雪の上を透かし見て、侵入者が庭の周囲の壁を乗り越えて来たと思われる場所から、雪に覆われた城の敷地に続いている足跡を見つけた。彼はその後を追って走り、そこで彼らが城の外壁を乗り越えたに違いない場所を発見した。彼は急いでアリに飛び乗り、その場所を脳裏に刻み込むと馬の脇腹を蹴って、驚いた馬を最寄りの城門へと走らせた。
城門でごく短い間馬を止め、彼は衛兵にセリン隊長とセバスチャンに彼の発見を伝えるよう命じると、松明を一本取って、再び城壁に沿って馬を早足で駆けさせた。彼は侵入者が乗り越えた壁の反対側の場所へ戻り、足跡を松明が投げかける揺らめく光の輪の中に見つけ出して、馬首を巡らせその後を追い始めた。
彼と馬達はずっとくっきりした跡を残していくだろう。彼が夜の暗闇と、雪と風の中で侵入者の足跡を見失わない限り、彼はいずれアンダースを連れ去った連中に追いつくはずであり、そしてセバスチャンも、間違い無く、彼の跡を遅れること無く追ってくるに違いなかった。
セバスチャンは椅子に前屈みになって座り込み、半分空となったブランディのグラスを片手に抱えて、ただ雪が窓に吹き付ける静かな音を聞いていた。フェンリスはまだサークルキープにいるのか、それともこの悪天候の中、どこか外に居るのだろうか。安全で暖かな所に居れば良いが、と彼は思った。外で動き回るには適した天候では無かった。
エルフがここに居てくれたら、と彼は願った。アンダースとの夕食の席での大失敗から既に二日経っていたが、彼はまだ動揺を抑えられないでいた。仕事をしている間、会合や書類の山に埋もれている間は大丈夫だったが‐とはいえ、彼はあまりに心が容易く目の前の仕事から逸れようとするため、同じ量の仕事をこなすのにほとんど二倍以上時間が掛かることに気づいていた。彼が一人で居る時はなおさらだった。
あまりに静かな、あまりに空虚な彼の居室での、一人きりの食事……ここ数年でこれほど彼が孤独を感じたことは無かった。彼がスタークヘイブンに戻った最初の頃、ここに一人きりで、かろうじて彼をろくでもない三男坊として覚えていただけの人々が、新しい大公を不安げに見つめていた当時でも、これほど孤独では無かった。確かにカークウォールの人々が居なくて寂しく思ったことは一度ならずあったが、その当時の彼の心は怒りと目的意識に満ちていて、それらの日々はあっという間に過ぎ去った。
その前、カークウォール当時には彼の周囲には常に人々が居た――ホークと彼の友人達、教会のブラザーやシスター、彼が聖職者として奉仕する人々、エルシナ大司教。その前にも、やはり彼の周りには常に誰かが居た、彼の家族、あるいはまだ彼に友情らしきものを示そうとしていた同じ年頃の貴族の若者達、あるいは金で買ったその夜の遊び相手。そして今は……まあ、実際の所本当に孤独というわけでは無く、扉のすぐ外には彼の衛兵が居たし、そもそもこの城の中には全部で100人を超す人々が居て、彼が望めば誰の所でも行って話が出来ただろう。
しかし本当の友人というと?
フェンリス。セリン隊長も、多分。アンダース。
時を巻き戻すことが出来ればと彼は願った。メイジがあのような情熱を彼に対して抱いていると判る前、更に悪いことに、彼があのメイジに欲望を抱いていると判る前に戻ることが出来たなら。彼ら二人の双方にとって、知りうる中でもっとも相応しく無い個人にお互いが恋心を抱くというのは、ほとんど人生でも最悪の冗談に近かったのではなかっただろうか。アンダースは男で、アポステイトで、大量殺人者で、彼の囚人であった。しかし同時に優しく、愛情深い、親切で思いやりのある、ヒーラーで、しかも美しい男性だった。魅力的だった。
そしてこの二晩、男が夢の中に現れる時の様子から考えて、もはや彼はあの男を求めていないと自分自身を誤魔化すことは出来なかったし、今晩も疑いなくそうなると思われた。彼はグラスに入ったブランディを飲み干すと、更にいくらか瓶から注いだ。
その欲望に屈し、心の命ずるままに行動するのは実に容易いことだろう。再び階段の下へと戻り、メイジの眠る寝室へ、あの男のベッドへ……彼が大歓迎されるだろうことに疑う余地は無かった。そう考えただけで彼の胸は強い願望に疼いた。
しかし、彼はそうしてはならなかった。それは間違いだった。彼には誓約があり、もしそれが無かったしても彼の良識がそれを止めた。いかにアンダースを彼が望んだとしても、その欲望に負けることはあの男を利用しその弱点と依存心に付け入ることに他ならなかった。それは基本的に、メイジを護ると言いながら彼らの保護すべき対象を、メイジを、彼を傷つけた男達と何ら変わりない行動だった。全ての力が彼の側に、そして全ての脆弱さがアンダースの側にあった。例え彼らが共に望んでさえいてもそれはやはり間違いであり、彼自身の自意識の、同じくメイジの自意識の誤りでしかなかった。
彼はフェンリスがここに居てくれればと願った。
廊下に響く急ぎ足の足音が、突然彼の注意を引いた…彼はセリン隊長の声が聞こえる前に既に姿勢を正し、外の衛兵に彼を通すよう命じた。扉が開かれるとほとんど同時に彼は立ち上がって、その方に振り向いていた。セリンは慌てた様子で部屋に飛び込んで来て、一団の衛兵が彼の後ろに続いた。
「何があった?」と彼は尋ねた。
彼がまだ鎧の最後の金具を止めながら部屋を飛び出したのは僅か数分後のことで、衛兵の一人が彼の外套と弓と矢筒を抱えて後に続き、大急ぎで正面の中庭へ出ると、そこではセリンが彼の馬と灯火を持ってくるよう既に指図していた。
アンダース。メイカー、どうかあの男が無事であらんことを。そしてフェンリスにアンドラステの祝福あれ、よくぞまだ跡が付けられる間に、メイジが居なくなったのを発見してくれた。もしあのメイジが、何が起きたかを示す徴候すら無いまま行方不明に、消え去って居たとしたら……セバスチャンの背筋を冷たいものが走り抜けた。
彼はアンダースに安全を誓ったのに、それを果たせなかった。彼は全身全霊を傾けて、彼らがメイジを生きたままで、出来る限り無事に取り戻せることを祈った、ともかく生きてというのが、何より重要だった。
彼らは騎乗すると城門を出て、壁に沿って進んだ。フェンリスの追跡が始まった地点には、既に騎乗した衛兵達が松明を持って待っており、そして彼らは雪の吹きすさぶ暗闇の中へ、追跡を開始した。
アリ&エア頑張れ超ガンバレwwwwwww
フェンリスもガンバレw
アンダースもまあもうちょいだガンバレw
誰かわんこ達もお部屋に入れたげて><
セバスチャン…えっと…あー…お祈りでもしようか?w
それは私も思いましたw>わんこ
雪の中で寝てたら凍え死んじゃうよ!まあ、ロシアンボルゾイだから大丈夫か?
セバスチャンはいつもお祈りしながら待ってるか、後を付いていくだけで可哀想です(>_<)もっとも彼が先頭に立ったら他の人の立場が無いけどwww