第42章 小さな一歩と種

第42章 小さな一歩と種


アンダースはアッシュが彼の肩に掛けた鞄の中で、居心地良く丸まっていることをもう一度‐実際には3度目‐確かめてから、ようやく彼の馬に乗った。セバスチャンとカレンは既に騎乗し静かに語り合っていた。フェンリスはまだアリアンブレイドと、鼻先を付き合わせるようにして見つめあって、何事かを雄馬に語りかけていた。
セバスチャンは周囲を見渡し、他の皆が既に騎乗して待っているのを見ると、コホンと咳払いをした。フェンリスは彼に視線を向けて微かに恥じ入るような顔をすると、ようやく彼の馬に乗った。

セバスチャンの衛兵も含め全員が騎乗し、代え馬も引き綱に繋がれていた。荷車や徒歩の衛兵によって足が遅くなることが無いため、砦には前回のように午後遅くなってからではなく、正午過ぎには到着すると思われた。一行は街の中こそ控えめな速度で進んだが、街の門から出るや否やかなりの速度で走り出した。

アンダースはマブの大きな背中に乗っかっていることに集中していたが、そのうち多少は安心して、辺りを見回す余裕が出来た。ハエリオニとガンウィンは、街道沿いの背丈の高い草が生えた野原を勢いよく走り、壁に囲まれた庭の外で思い切り走れるのを喜んでいるようだった。彼は最初、馬で長く走るのに犬達が着いてこられるかと心配していたが、セバスチャンが、一行は時折走る速度を緩めるから、犬達にも何の問題も無いだろうと請け合ってくれた。そして確かに、しばらく走った後で馬達は速度を落とし、少しの間並足で進んでから、また速度を上げた。こうして速度を変えることで、馬と犬に息を継いでしばらく休憩する機会が与えられた。彼らは午前半ばには既に砦までおよそ半分の距離に来ていて、そこで小休止を取ると、代え馬に乗り換えた。

フェンリスはアリからエアへ彼の馬具を何の問題も無く乗せ替え、巨大な剣を振り回す時と同様に重い鞍もごく気安い様子で扱っていたが、アンダースは衛兵の一人に手伝って貰わなくてはいけなかった。彼は馬具の留め金や紐をきちんと整えて、馬の腹帯がちゃんと締まっているのを確かめる方法くらいは知っていた。しかしそれも他の誰かが片付けてくれて、その間引き綱を持って立っている以外何の役にも立っていないことに、彼は恥ずかしさを感じて少しばかり顔を赤らめた。

それから彼らは再び馬を進め、アッシュの頭が彼の肩掛け鞄から覗いて周囲を見回した。犬達は元気よく馬の側を駆けていて、天候は少し寒かったがまだ突き刺すような寒さというほどではなく、良い天気だった。この馬たちの一歩一歩は、二度と訪れなくて済むように願っていた場所に彼を近づけているにも関わらず、この旅を、本当のところは今日の日を彼自身が楽しんでいることに気付いて、彼は漠然と驚いていた。

これだ、そう彼は思った。これこそ、自由の感触だ。こういう風に……自分を受け入れてくれる人々‐セバスチャンは厳密には彼の看守だったし、もし必要と信ずるならばフェンリスは二の足を踏むことなく彼を殺しただろうが‐多少なりとも友人と呼べる人々と一緒に、集団の一員としてどこかへ出かけるように。彼は以前にも確かに、短い間ではあったがグレイ・ウォーデンとしてこの感触を感じていた。少なくともソリアが一時居なくなって 状況がどうしようも無くなるまでは。

もしジャスティスと彼が、他の人々と距離を置くようにしていなければ、カークウォールでもホークの仲間に対して同じように感じることが出来たかも知れなかったが、ジャスティスがホーク以外の全ての人々と距離を保たせていた。それも、他の人間との友情、仲間付き合い、交流が無くては彼は気が狂ってしまうということを、ようやくかの精霊が理解した後のことだった。その後でさえ、彼らの究極の目標、メイジの自由に対してホークがどれほど彼の気を散らしているかと、苦々しく不平を言ったものだった。

メイジに自由を与えようと彼らが望んだのは、必ずしも悪いことでは無かったにせよ、しかし……彼らがそれを、正しい方法でやろうとしていなかったのは間違いなかった。そう、確かに、彼はメイジ地下組織で活動して、何年もの間に多くのメイジを救い出した。しかしお尋ね者のアポステイトとして逃亡生活を送るのは、サークルに閉じ込められて過ごすのより自由だと本当に言えただろうか?もちろん多くの場合、アポステイトであることと、死または更に酷い状況に陥ることとの、二者択一であったのは事実としても……それでも、彼らの命を救ったとして、逃亡によって彼らは本当の意味での自由を得ていたのだろうか?

その時は、彼はそう信じていた。しかし今となっては自信が持てなかった。彼はホークの、アポステイト・メイジの子であり兄としての人生を、あるいは彼自身のアポステイトとしての経験を、あるいは彼が知るアポステイトの多くが体験した、窮屈で怯えた人生のことを考えていた。
確かに、彼らはサークルに入ってはいなかった……しかし彼らが本物の自由を得ていたとは、彼には思えなかった。見知らぬ人と会う度に、街へ行き食物や衣服を買いに行く度に怯えていなければならず、どんな魔法も、それがどんな些細なものであってもテンプラーを呼び寄せ、チャントリーが全力で彼らに襲いかかることに対して常に怯えていた。彼らは単に一つの籠から別のより大きな籠へ移されたに過ぎず、確かに格子はより見え辛くなったが、しかしやはりそこに有った。

それこそが、彼とフェンリスが共に進める議論が、極めて大切で重要な理由だった。それによって未来のいつの日か、その籠の格子を永久に取り払う可能性が、例え僅かであっても与えられる。いつの日か、彼のようなメイジも本物の友人達と共に暮らし、共に働き、受け入れられるのが自然なことになる。普通になる。

それは恐らく、彼の生きている間には起こらないだろう。

辛い思いだった。しかしなお……奇妙に晴々としていた。彼は今になって、彼とジャスティスが取ってしまった道がどれ程誤っていたか理解出来た。彼らは何世紀も掛けて大きくなり、何世紀もの間、背後に恐怖を深く染みこませた慣習という慣性の付いた問題に対して、即効性の解決策を見つけようとしていた。彼らはその症状に即効薬を与えようとしたが、実のところ即効薬など無いのだった。

もし運が良ければ‐大量の運が必要だろうが、アンドラステ信仰が徐々に広がっていったように、彼とフェンリスとセバスチャンはここスタークヘイブンで、時と共に広がる変化の種を蒔けるかも知れなかった。歩みの遅い、しかし無くてはならない変化だった。

セバスチャンが大声で何か言っているのが聞こえ、彼は顔を上げると、一行が既に砦の門に近付いていて、大公が壁の上のテンプラーに門を開けるよう手を振っていることに気が付いた。馬上で自分の考えに没頭している間に、旅の後半部分が過ぎ去っていたことにさえ彼は気が付いていなかった。彼は考え込みながら、砦の外の中庭に居るテンプラーを見た。そこにはメイジも居て、驚くべきことに、彼らは共に何かの仕事をしていた。

恐らく彼らもその変化の一部となるはずだ、そう彼は思った。彼らのようなテンプラー、その任務をメイジを罰することではなく、護ることにあると見なす人々。二人のメイジと、その周囲に居るテンプラー達の何かが彼の興味を引きつけ、彼は馬から下りて突然立ち止まった。

フェンリスは、アンダースがまたテンプラーに囲まれるてどう反応するかと漠然と心配しながら、彼のことをじっと見ていた。彼はアンダースが突然馬を留めると考え無しに馬を下り、中庭の向こう側で一緒に何か作業をしている人々の方を興味深げに見ているのに気付いた。メイジはアッシュの顎を掻いてやっていたが、それ以外は……ごく落ち着いた様子だった。これほど多くのテンプラーが側に居ることに動揺した様子はなく、どちらかと言えば、彼らに興味を持ったかのように見えた。

彼はセバスチャンにちらりと眼をやった。大公は既にカレンとロレンス両方と話を始めていた。セバスチャンはフェンリスと眼を合わせると、アンダースの方を横目で眺めやった。フェンリスは彼に向かって一度短く頷いてみせると、彼らがここに居る間は、彼がアンダースの側にいるという暗黙の了解に基づいて、メイジの方に何歩か近づいた。セバスチャンは一瞬彼に向かって笑顔を見せると、再び注意をカレンとロレンスの方に戻し、それから三人は砦の扉の方に向かっていった。彼らは明らかに砦の中で、どこか話をするのに適した場所を見つけるつもりの様だった。

フェンリスが面白いと思ったのは、アンダースはセバスチャンがその場を離れたことにさえ気づいていない様に見えることだった。彼はさらに近付くと、メイジと彼が見ている集団との間で視線を行ったり来たりさせた。一体メイジが何をそんなに興味津々で見ているのかと不思議に思いながら、フェンリスもその集団の方を眺めた。
数名のテンプラーと、一組のメイジが、共に何か仕事をしていた……古井戸を囲む低い壁を作っている、最初はそう見えたが、それからメイジの手から発せられた揺らめく魔法の輝きが眼に入り、井戸から石が持ち上げられて、男の手の中に収まるのが見えた。ああ、なるほど。井戸の周りの壁が中に崩れ落ちていたのだった。彼らは井戸から石を取り出して清掃し、石は積み上げておいて、多分後で壁を作り直すつもりなのだろうと彼は想像した。

「アンダース?」数分経ってから、彼は興味深そうに尋ねた。「俺達が見ているのは何だろうな?」

ほんの微かな笑みが男の顔を過ぎった。「未来だよ」と彼は静かに言った。

フェンリスは再び共に働く男達の方を振り返ると、それからゆっくりと頷いた。
「俺達はこう言った事柄について討論しなかったか」と彼は言った。
「人とメイジが、双方の利益のために共に働くことについて」

「ああ」アンダースは言うと、ようやく振り返ってフェンリスを見て、にっこりと笑った。
「そうだな。ほら、見てみろ‐出来ることなんだ。僕達はどうすればああいうことを、より大きな規模で進められるか、その方法を見いだすだけでいい」
その行動の意味を気にも留めていない様子の男達に向かって、彼は頭を振って見せた。

フェンリスはゆっくり頷いた。
「少なくとも、正しい方向へ向かう小さな一歩ではある」と彼はメイジに同意した。

アンダースは明るい笑みを浮かべた。
「小さな一歩が沢山積もれば、とても長い道程になるさ」と彼は言うと、ようやくセバスチャンが居ないことに気付いて周囲に目を走らせた。
「彼は……?」

「騎士隊長と団長と一緒に中で話をしに行った。彼らのところへ行こうか?」

「いや、まだいい」とアンダースは決心したように言った。
「とにかくここに居る間に、あのテンプラーとメイジ達と話をしようじゃないか。僕は……彼らがアンズバーグを離れてから、どんな風にお互い協力することを学んだのか、とても興味が沸いてきた。彼らと一緒に始める方がいいかもしれない」
彼はそう言うと、その混じり合った集団の方に向かって頷いた。

フェンリスも頷き、断固とした足取りで中庭を横切っていくメイジの後を付いていった。

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第42章 小さな一歩と種 への4件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    フェンリスデレッデレですやんw

    そしてぼちぼちフェンリス君お勉強の時間ですね!
    ガンバレ1年生www

  2. Laffy のコメント:

    原文は”Commune”ですからね、この単語が(コミューンではなく)本来の意味で使われてるの初めて見ましたよw もうアリとの精神交流の世界に行っちゃってます。フェンリスのお勉強……なんのことかなー。ああ!おしゃれ装備ですね!(違

    アンダースぼんやり説、第二弾発動です。馬に乗ったまま数時間考え事って、どんだけー。

  3. EMANON のコメント:

    すたーくへいぶんようちえんで
    ひらがなお あんだーすせんせいに
    ならいます いっしょうけんめい かいた
    てがいたい

    ノートとかきかた鉛筆を進呈したいw
    そしてやはりアンダース先生にはエプロンをw

  4. Laffy のコメント:

    あああ、そうだそれがありました!
    ゼブランの字と比べて子供っぽいのが気に入らなくて落ち込んだり、もう超可愛すぎます。あと多分、自分の名前のサインだけは先にアンダース先生に教わってるんですよw

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