第27章 解毒剤

第27章 解毒剤


アンダースは彼の長い足で可能な限り、しかし護衛を置いてきぼりにしたり、胸に抱えたアッシュを落とす事の無いようにしながら城の敷地内を大急ぎで走っていた。どんな緊急事態なのかと彼はいぶかしく思った。彼の護衛が告げたことと言えば、騎乗した近衛兵*1が衛兵詰め所に現れて、大公の命により彼を可能な限り急いで診療所に連れてくるように、暗殺未遂事件があったと言ったという事だった。そして彼らは再び駆け足で戻っていったという。

暗殺未遂……もし怪我をしたのがセバスチャン本人だとしたらと思うと、彼の胸は痛いほど動悸がした。しかしもしそうなら、近衛兵はきっと何か言ったに違いない……彼は診療所の中庭へと通じる潜り戸の手前で足を止め、沈鬱な顔をした近衛兵達がそこに立っているのを見た。

「大公の命である、通せ!」と彼の護衛の一人が呼ばわり、近衛兵は頷いて道を開けた。彼らは急いで潜り戸を通り、中庭に出ると、そこにも更に多くの衛兵と馬が立っていた。彼は診療所の扉を開けて大急ぎで中に入り、辺りを見渡した。診察台の側で、ドゥーガルとシスター・マウラが誰かを診察しているのを見ているセバスチャンの姿が目に飛び込み、彼は安堵の念が押し寄せるのを感じた。セバスチャンは顔を上げると、同じくらいの安堵の表情が彼の顔を過ぎった。彼は大股で近づくと腕を掴み、ほとんどアンダースを引きずるように診察台へと連れて行った。

「アンドラステよ感謝します、間に合った!」と彼は叫んだ。「彼が毒にやられて…ナイフの傷口のような物がある、そこに……」

「誰が…?」とアンダースが尋ねようとした時、診察台に横たわった人影の頭に、見慣れた銀色の乱れた頭髪と、尖った耳があるのが視界に入った。
フェンリス!」彼は息を飲むと、アッシュをセバスチャンの手に押しつけて、ドゥーガルとシスター・マウラの間に割り込み彼らが何をしているのか確かめた。彼はすぐにエルフの上腕部の傷口に気付いた。ドゥーガルが傷口を水で洗い流し、そこから取り込まれた毒物が何であれ、残りを洗い流そうとしていた。シスター・マウラは片手に湿布、もう一方の手に一般的な解毒剤のポーションを持って、不安げな顔をしていた。
「何の毒にやられたか判るか?」とアンダースは気がかりそうに尋ねた。

「いいえ、何だったか判るような痕跡は何も残っていません」とシスター・マウラが不安げに言った。

アンダースは頷くと、診察台の頭の方へ移動した。彼はフェンリスの顔を覗き込み、優しく瞼を開けると小さく締まった瞳孔を見て眉をひそめ、彼の息の臭いを嗅ぎ、それからドゥーガルの側へ移動して腕の傷口からまだ流れている血の臭いを嗅いだ。

「何かお考えは?」とシスター・マウラが尋ねた。

アンダースは首を振った。「いや。とにかく今は彼を生かしておく事に集中して、毒が自然に体内から排出されることを望むしかない。解毒剤は飲ませ続けてくれ、少なくとも害にはならないし、ひょっとすると効果があるかも知れない。一体何が起きたんだ?」と彼はセバスチャンの方を振り返って尋ねた。

セバスチャンは急いで城門での出来事を語った‐待ち構えていた避難民、フェンリスの叫びが彼の命を救ったこと、その後の戦闘、そしてフェンリスが戻ってきて崩れ落ちた事。

アンダースは自信ありげに頷いた。
「表に山ほど居る衛兵を幾らか走らせて、君を狙った矢を探させてくれ、それとフェンリスが路地で戦って、多分死んでいるだろう誰かの武器と。それと見つけた矢や武器は絶対素手では触らないように‐恐らく毒が塗ってある」

セバスチャンはしばし顔をしかめて考え込んだが、やがて頷いた。
「その通りだ、連中も運良く一撃で致命傷になると信じる事は出来なかっただろうから」彼はそう言うと表に向かった。

彼の姿が扉の向こうに消えるのとほとんど同時に、フェンリスの呼吸が止まった。アンダースは悪態を付くと、エルフの両肩を掴んで、彼の治療魔法を呼び起こし生命力を彼に注ぎ込んだ。突然フェンリスは胸一杯に息を吸い込むと、それから再び自力で呼吸をし始めた。

「くそっ。もし彼がしょっちゅうこうなる様だとリリウム・ポーションが要るな」とアンダースは罵り声を上げ、診察台の端によろめいてもたれ掛かった。シスター・マウラが慌てて彼を助けて近くの椅子に座らせると、彼女の薬剤室に戻って何本かのポーションを急いで持ってきた。

後で必要な時に何時でも飲めるようにと、アンダースがそれらのポーションをポケットに突っ込んだ時、セバスチャンがセリン隊長と一緒に急ぎ足で部屋に入って来た。
「賢い隊長はお前の考えを予測していたよ、アンダース」と彼は言った。

アンダースは慌てて立ち上がると彼らの方を向き、男が矢を一本と短剣を、共に素手ではなく折りたたんだ布に覆って持っているのを見た。彼は大股で近寄ると、注意深く一つ一つを眺め、矢尻とナイフの刃先を覗き込んで臭いを嗅いだ。
「両方とも毒が塗ってある」と彼は言った。「何の臭いかはっきりとは判らないが、何か独特の臭気がある……シスター・マウラ?」

彼女も近寄ってそれらの武器を詳しく調べた。「この臭いは……こういう特徴ある臭いの毒物について読んだ事があると思います……私、資料を調べなくては」
彼女は確証ありげに言うと、様々な資料を揃えている自室に急いで戻った。

アンダース!また息が止まった!」とドゥーガルが叫んだ。

アンダースは悪態を付くとフェンリスのところに飛んでいった。


「彼は助かりそうか?」
長椅子のアンダースの隣に腰掛けながら、セバスチャンは静かに尋ねた。あれから既に一時間は優に経過していた。フェンリスの呼吸はその間に三回止まったが、今のところ多少は容体が安定したように見え、最後に息が止まってから既に半時間以上過ぎていた。しかし彼の顔色はまだ青白く、浅く速い呼吸をしていた。

「判らない」とアンダースは疲れた様子で答えた。「ともかく、まだ生きているのは確かだ。毒が永久的な損傷を与えない限りは……」

セバスチャンは頷いた。

「アッシュはどこに居る?」とアンダースが尋ねて、頭を上げると不安げに辺りを見渡した。

セバスチャンは眉をひそめた。この男が同じ事を聞くのはこれで少なくとも5回目だった。子猫の居る方を眺め、先の4回と同じく答えが正しいことを確かめてから、彼は「ほら、手術台の上で寝ている」とそちらを指さした。
「連れてこようか?」

「いいや、寝かせてやっておいてくれ」とアンダースは言うと、大儀そうに彼の膝に肘を突き、頭を両手で支えると前屈みになった。

セバスチャンは彼を見て眉をひそめた。「本当にもう一本ポーションを飲まなくて良いのか?それか、お前も横になって休んだらどうだ?」
男の明らかに疲れ果てた様子に彼は心配になって尋ねた。

「リリウム・ポーションは飲み過ぎると毒になる。どうしても必要な時には飲むけど、それまでは駄目だ」とアンダースは答えた。
「それに横になってもし眠ってしまったら、彼がまた発作を起こした時に間に合わないかも知れないし……」

「判ったよ」とセバスチャンは言った。「なら横になるのも無しだ」

アンダースは鼻を鳴らすと、頭を横に向けてセバスチャンの方を見た。「機嫌を取ってくれてるのか?」

「セバスチャンは微笑んだ。「そうかもな。ほんの少しだけ」

「辛うじて暗殺を逃れたばかりにしては、えらく上機嫌だな」

「辛うじて暗殺を逃れたからこそ上機嫌なのだろうな、私が思うには」とセバスチャンは答えると、やや上体を反らせて壁にもたれ掛かり、両腕を組んで考え込んだ。
「私は今日、あっさりと死んでいても良かったはずだ。ところが、古い友人がどうやってかその瞬間、その場に現れて私に警告し、お陰で私は致命的な矢を避けることが出来た。それに彼もまた、今日死んでいてもおかしくなかった。もし私がお前の命を救わず、共にこの診療所を作ることも無かったとしたら。しかし彼はまだ毒が残っているにせよ、ともかく生きている。
まさにこの瞬間、我々三人が全て生きているのは、純粋に運が良かっただけなのだろうか。それともこれは運命、あるいは宿命、何らかの目的がそこにあって我々の人生に影響し、この混乱多き時代にいくばくかの安全をもたらしたのだろうか。そう、カークウォールであのような敵意を抱いて別れた時には想像さえしなかった姿で、我々三人がまたここに居るのを見るからこそ、私は上機嫌なのだろうね。そのお陰で生きていたことに感謝出来る」

彼はアンダースの方を興味深げにちらりと見た。「お前はどうだ、アンダース?時には、生きていて良かったと思うか?それともまだ、私のところへ来た時に殺されていた方が良かったと思うか」

アンダースは眉をひそめると考え込んだ。「僕は……」

診療所の扉が勢いよく開き、シスター・マウラが飛び込んできた。ここに持ち込んだ資料には役に立つ情報が無かったため、彼女は教会の図書室まで戻っていたのだった。
「判りました!」と彼女は叫んだ。「本当に希にしか使われない毒で‐健全な皮膚からでさえ簡単に致命量が吸収され、極めて慎重な取り扱いが必要ですので、経験を積んだ暗殺者は使うのを避ける代物です。『静かなる死』と呼ばれています」

「それで、解毒剤は?」とアンダースは心配そうに尋ねた。

「特にありません、ですが毒に冒されてから最初の一時間に起きる生命の危機を乗り越えれば、ほとんどの場合患者は完全に回復出来ます」

「メイカーよ感謝します」とセバスチャンが静かに言うと、安堵の余り一瞬低くうなだれた。「ならば、彼は助かる」

「はい」シスター・マウラは同意した。「彼の身体が毒物を分解して排出するのを助けるために、幾つか与えられる調剤があります。大量の液体、牛乳か水に石灰岩を溶かしたものが良いでしょう。それと炭の錠剤と」

「判った」とアンダースは言った。「そちらは君とドゥーガルに任せるよ‐僕はしばらく眠った方が良さそうだ、その後で彼の他の怪我を手当てすることにしよう。彼の足がどんなことになっているか見たかい?」と彼は二人に頼むと、心ここにあらずと言った様子でセバスチャンの方を振り返った。
「まるで生肉だ。何だってこの忌々しいエルフはを履こうとしないんだ……」
彼は頭を振ると手術室へ向かい、アッシュを抱き上げて、大部屋を通り抜けると最寄りの馬房改造寝室へと姿を消した。おそらくはそこの寝床を利用するつもりだろう、彼の護衛が静かに付き従い、寝室の扉の外に立哨として立った。

セバスチャンはため息をついた。「さて、今日の襲撃について何か判ったことがないかセリン隊長と話をしてきた方が良さそうだ」
彼は言うと、ドゥーガルとシスター・マウラの方を見た。「何か変化があれば直ちに伝言を寄こしてくれ、良い方でも悪い方でも」

「了解です、閣下」とドゥーガルが言った。

セバスチャンはしばらく立ち止まって、眠っているエルフを見下ろして優しく微笑むと、身体を翻して立ち去った。


*1:Royal Guardと聞くとついStarWarsのこんなのを思い出してにんまりしてしまうのだが、この場合は単にセバちゃん始めヴェイル一族の護衛を担当する衛兵というだけである。
アンダースの台詞によると衛兵は皆「そこそこハンサムな男性」だそうだ。

カテゴリー: Eye of the Storm パーマリンク

第27章 解毒剤 への2件のフィードバック

  1. MR のコメント:

    お疲れ様です。
    早速読ませていただきました!
    読めば読む程引き込まれて行きます! 流石ドラゴンエイジ2
    読めば頭の中に鮮明なイメージ(想像?)が浮かび上がり、景色、建造物、動物、キャラ達など••• etc。
    嬉しいです! Age2クリアしてしまってからと言うもの心ここに在らず(言い過ぎ)、もう会えないのか••• ハァ~ みたいな感じでした。
    でも、Laffy’s MMORPG blogに来ればまた会う事が出来る!! 幸せです♪
    それはさて置き、Laffyさんが言っていた、『ここら辺りからようやく物語が大きく動きだします。』
    私もそう思います! スタークヘイブン、メイジ、テンプラー、難民、診療所、アンダース、セバスチャン達の苦悩などなど••• etc。
    平和な感じで(一部危険でしたが)話が進む様でしたが、 『第26章 欺瞞』で、暗殺、フェンリスなどの登場を起点に物語に変化が生まれたのを感じました! 
    フェンリスが何故そこに居たのか?理由を早く知りたいです!
    だから死ぬな!頑張れアンダース!(普通の流れだと大抵は死にませんけど••• )

    長々とすみませんでした。毎回ワクワクしなが読ませてもらっています!
    Laffyさん、翻訳ありがとうございます! 

  2. Laffy のコメント:

    MRさま、コメントありがとうございます(^.^)大丈夫、だれも死にません!(笑)
    ようやく、フェンリスの話が訳せて自分でも嬉しいです。楽しんで頂ければ幸いです。

コメントは停止中です。