第26章 欺瞞

第26章 欺瞞


マイナンター川沿いの街道から、街の外壁を取り囲む道路へと続く幅広の小道を、馬が勝手に辿っていくのに任せてセバスチャンは考えに沈み込んでいた。彼の護衛も同様に馬に乗ってゆっくりと付いてきていた。この日の朝早く、彼はメイジ達を収容するために適当と思われる建物について、近場の二つを見にいく事にした。街から数マイルほど下流に下ったところにある荘園にはかなり大きな屋敷があり、最初に検討候補として上がっていた。その屋敷は状態も良く保たれていたが、川に非常に近いうえに、単なるヴェイル一族の手軽な夏の別荘以外の何物でも無く、侵入者を阻止できるような防御は何も無かった。

街に戻る途中で、彼らは丘陵の上に立てられた古い砦に立ち寄った。ここもヴェイル一族の持ち物で、メイジ達を住まわせるには適当と思われたが、嘆かわしいことに相当みすぼらしい状態となっていた。管理人と、わずかばかりの衛兵が砦を取り囲む壁の内側に建てられた兵舎に住んでいて、砦が盗賊や無宿者の住み処とならない様監視していたが、それ以外は特に手入れもされず、年月と共に緩やかに荒れ果てるに任されていた。
管理人はとうの昔に引退しているべき年老いた男で、砦に天候と自然が与える影響への対策は何も取られておらず、砦の内部は厚く埃に覆われ、そこら中に石の欠片や蜘蛛の巣が散らばっていた。しかしその薄汚れた状態を除けば砦は適当な場所にあり防御も容易と思われた。砦は切り立ったくさび形の丘の頂上に鎮座し、丘の二辺はその下を流れる細い川に鋭く落ち込んでいて、その流れる先で合流して、遙かに大きなマイナンター川へと流れ込んでいたため、その砦に近付こうとすれば三辺目の側しか無かった。その週に彼が確認して回った中で、メイジとテンプラー達を収容する場所としてはこの砦がもっとも適当であろうと思われた、再び人が住めるように手入れと清掃を行うのは手間の掛かる作業となるだろうが。

彼は街の外壁の門をくぐりながら、振り向いてそこに立っていた衛兵の敬礼に頷いて見せ、最初の角を曲がって城へと続く登り道を上がっていった。彼は城門の正面で騒動が起きていることに気付くと、眉をひそめて馬の歩みを遅くした。馬を止めると、彼は護衛の一人を走らせて何が起きているのか見に行かせた。男は急いで戻ってきた。
「アンズバーグからの避難民の一団が、殿下と話がしたいと申しているようです」と彼は報告した。
「彼らは殿下が城には居ないと告げられたのですが、面会するまでは立ち去らないと申し立てているそうです。何人かは随分いきり立っていると」

セバスチャンは顔をしかめると、頷き再び前へ進み出した。
「ともかく、彼らの願いが何なのか聞く必要がありそうだ」と彼は言った。「騒ぎが起きた場合に備えておけ」

門の衛兵と避難民の一団‐皆比較的良い服装をした男達で、外見からは裕福な商人か貴族の何れかと思われた‐は、彼が近づいてきたことに速やかに気付いて静まりかえった。セバスチャンはその集団から、少しばかり離れたところで馬を止めた。

「私がセバスチャン・ヴェイル大公である」と彼は良く通る落ち着いた声で呼ばわった。
「私と話がしたいと言っているそうだが?」

「そうだ」と一人のとりわけ良い服を着た男が、集団の前に進み出てセバスチャンを見上げ、手を腰に当てて肘を張った喧嘩腰の様子で答えた。
「メイカーに呪われたメイジ共に対しどう対応されるおつもりか、説明して頂こう!」

セバスチャンは男に向かっていぶかしげに頭をかしげた。
「説明しろと?それで、どう言った権利で私に対して説明を要求されるのかな。あなた方は誰一人として、私の守護下にあり、その代わり私に忠誠を誓うスタークヘイブンの領民ではない。もし仮にそうだとしても、先のような態度で説明を要求されるようでは、あなた方の主張する大義が何であれ、私の支持を得ることは非常に難しくなるだろう」

二人目の男が押し分けて前に出ると、最初の男をしばらく睨み付けてから言った。
「どうぞお許しを、サー‐ここに集まった誰一人スタークヘイブンの者ではありません。アンズバーグの戦闘と破壊から逃れてきた避難民でございます。多くの者が、あそこの火災で全てを失いました。家も、富も、家族の命も……今や我々は貧しい難民として、スタークヘイブンの中に住まう親類縁者の寛大さ、あるいは街の人々や教会の善意にすがるばかりです。
私共の中には、先に別の街から同様の危機を逃れてあそこに避難していたいた者もおります。アンズバーグの人々だけで無く、ワイコム、オストウィック、そしてカークウォール、更にそれ以外の街からも。私共が恐れるのはひとえに、かつての生活を破壊したのと同様の緊張関係が、この街にもやがて訪れて、ようやくここで見いだそうとした安全がどうであれ破壊してしまうのでは、ということです」

セバスチャンは頷いた。「あなたの言うことはよく判る」と彼は賛成するように言った。
「本当に、カークウォールでの破壊と争乱を自ら目撃した者としてそのような緊張がこの街にも広がるのでは無いかというのは、私がこの街へ戻り大公位を継承した後最大の気がかりとなって……」

「セバスチャン!伏せろ!

長らく聞くことの無かった、しかし聞き覚えのある深く響く声。カークウォール以来使われることの無かった神経が目覚め、セバスチャンは即座に馬の背中に身を伏せると、頭上を微かな唸り音と共に矢が掠め去るのを感じ取った。

彼は腰を浮かせて鞍の片方に身を倒しながら、攻撃を受けていることに気づいた護衛達が叫ぶと防御のため馬を彼の回りに集める音を聞いた。門の衛兵達も大声を上げて突進し、話をしていた男達の一群を押し戻そうとした。男達のほとんどは衝撃を受け怯えた様子で既に後ずさりしていたが、何名かの男達は隠し持っていた武器を引き抜くと、罵り声を上げながら彼の方に突撃してきた。

「屋上に注意せよ、アーチャー、二人以上!」と彼は即座に叫ぶと、周囲を見渡して他に隠れて居る者はいないか察知しようとした。見覚えのある銀白色の頭が、近くの家々の正面を走り抜ける姿が一瞬視界を掠めたが、すぐにその姿は狭い路地に隠れて見えなくなり、それから男達が彼の護衛に襲いかかり、周囲は大混乱となった。

彼は武器が手元に無い事に罵り声を上げた。弓は彼が身を寄せている鞍の反対側に結びつけてあり、手元にはベルトに差した小さな短剣があるだけだった。しかし馬から下りて居るのは、周囲で彼の衛兵と男達が剣を交わし、馬たちが興奮して跳ね回っている状況ではとりわけ安全とは言えなかった。彼は急いで騎乗すると弓を手にとったが、あいにくその時点で既に弓矢の使い道は無くなっていた。そこで彼は騎乗したまま、周囲の家々に警戒の眼を配ることに集中した。

戦闘は始まったのと同様、速やかに終熄した。攻撃者のほとんどは倒れ伏すか既に死亡し、生き残りと偽装のために利用されたと思われる男達は彼の衛兵の剣先に取り囲まれ、更に増援が城から駆けつけてきた。

彼は周囲を見渡し、フェンリスが彼が見失った路地から再び姿を現すのを見た。エルフは血に染まった剣を片手に持ち‐長剣で、いつもの彼の両手剣では無かった‐痛々しく足を引きずっていた。数名の衛兵が同時に彼に気づくと剣を抜き、接近を阻もうと前に進み出た。

「待て!」セバスチャンは彼らの背後から叫ぶと、馬首をそちらに急いで向けた。「そのエルフに手を出すな」と彼は大声で命じた。「下がれ!」

彼の衛兵は不安げに剣を収めた。彼はフェンリスの側で馬を止めると、エルフの薄汚れ疲れ果てた様子を見て眉をひそめた。彼は馬から下りると引き綱を側の衛兵に投げ、大股で近付いた。
「フェンリス!また会えて嬉しいが、一体全体君は何処から来たんだ?」

エルフは顔を上げると、一度瞬きをし、目の焦点を合わせるのが難しいかのように見えた。「アンズバーグから」と彼は疲れた様子で言った。「ナイフに毒が塗られていたようだ」と彼は囁くように言うと、膝から崩れ落ちた。

セバスチャンは驚愕すると大急ぎで二歩ばかり前に進み、道の敷石にエルフが顔から倒れ込むのを何とか防いだ。左腕にまだ血の流れている傷口が有り、彼は青ざめショック症状を起こしているようだった。セバスチャンはその他に、エルフが歩いてきた道路の丸石に血塗れの足跡が残っている事にも気が付いた。エルフを抱え上げた時に眼に入った裸足の足は皮が剥けて真っ赤に染まり、まるで水膨れを通り越して歩き続けたようだった。

「そこの!」と彼は一番近くの衛兵に振り向くと命じた。「そこの二人、中庭の詰め所に走って、衛兵にあの囚人を診療所へ出来る限り速く連れてくるように伝えよ。急いで、私の馬を……」

彼は再び騎乗すると、フェンリスを彼の前に抱えた。セリン衛兵隊長もそこに来ている事に気づき、彼は側を通りながらこの争乱に関わった者全てを捕らえておくようにと大声で命じると、隊長に後で診療所の彼のところに来るよう伝えた。それから彼は出来る限りの早足で城門をくぐり抜け、城の敷地内は全速力で走り抜けて診療所へと向かった。彼の護衛達も騎乗してその後を追った。

フェンリスが警告を叫んだお陰で命が救われたと彼は確信していた。エルフの体内に入っている毒物が何であれ、今度は彼の命を救うため、急がねばならなかった。

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第26章 欺瞞 への2件のフィードバック

  1. MR のコメント:

    初めまして、MRと申します。
    Dragon Age: Origins • Awakening • Age2シリーズ全てにハマりました!
    あまり関係ないんですが••• 私感動しました!
    まさかAge2の続編の話しが見る事ができるなんて!
    攻略サイトを探してるさなか、偶然見つけたのがきっかけです。色々と活用させてもらっています!
    Eye of the Stormの訳頑張って下さい!毎日見に来るのが楽しみです!
    長くなりましたが、ありがとうございます!

    • Laffy のコメント:

      MR様、コメントありがとうございます(^^
      そうですね、同人小説の中でも後日談は割と珍しいと思います。全部台詞をスクラッチで書かないといけませんからね。
      元著者のMsBarrowさんはこれ以外にも数十編の小説を書かれていますが、各キャラクターの描写もかなり現実味(現実じゃないか、ゲーム内の登場人物の姿に沿ったと言う意味で)あって好きなライターです。ここら辺りからようやく物語が大きく動き出しますので、楽しんで翻訳してます(^^

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