第25章 遙かなる凶兆

第25章 遙かなる凶兆


アンダースは教会に行くために、彼の上等の服を身に付けていた。彼はセバスチャンと共に初めて教会に行った時よりも、まだ落ち着かないものを感じていた。テンプラーが、更に悪い事にはシーカーが、彼の後をスタークヘイブンまで追って来ているという事を知った後では……例えセバスチャンと一緒にであっても、城の敷地から離れる事により不安を感じていた。

とはいえ、彼はまたセバスチャンと会えるのを楽しみにもしていた。彼とは犬を連れてコテージで別れてから一度も会っていなかった。少なくとも犬達はそれなりに良い仲間だと判った、と彼は考えている自分に気が付き、振り向いてガンウィンが彼のベッドに長く伸びているのを見て笑みを浮かべた。アッシュは犬の頭の側に座り込み、その柔らかく垂れた耳をひたすら舐めていた。

彼は……ここに戻って来て最初の晩は相当動揺していて、寝室に入ることも、ましてやベッドに横たわる事さえ出来そうになかった。しばらくして庭を探検していた犬達がコテージの玄関で中に入れてくれと鳴き、中に入るやいなやハエリオニは居間兼食堂の大きな暖炉の前で伸び伸びと横たわり、一方ガンウィンはそこら中の全ての物に鼻を突っ込んで匂いを嗅ぎ回った……彼は何かしら胸の中が少しばかり安らいだのを感じ、ガンウィンが寝室の扉の下を興味深げに鼻先で突っついた時に、そこに行って扉を開けてやると、犬に続いて部屋の中へ入った。

ガンウィンは汚い足も何のその、即座にベッドに飛び上がるとその場で寛いだ。ハエリオニも彼らの後に続いて入ってくると、クローゼットの扉とベッドの間の壁に身体を沿わせて長く横たわった。二匹の犬とアッシュのせいで寝室はひどく狭くなったように感じられたが、しかしどういうわけか、より心地良いようにも思われた。彼は服を着たままベッドに入り、少なくともどうにか横たわることは出来た、そしてアッシュが彼の腹の側で大きくゴロゴロと喉を鳴らし、ガンウィンは伸び伸びと側で横たわって、温かな茶色の眼で彼の方に注目していた。

彼はそれでもようやく眠りにつくまで数時間は転々と寝返りを繰り返した。翌朝、彼が庭から聞こえる鳥の声で眼を覚ました時には、アッシュは彼の腕の下で丸く眠っており、ガンウィンは脚の下で長く伸びていて、長く優雅な鼻先を彼の尻に乗せていた。ハエリオニはすぐ側の床の上でゆったりと座り込み、用心深げに頭を上げていたが、それ以外は全くのところ落ち着いているように見えた。二匹の犬のこうもあからさまに寛いだ様子は、表の衛兵や扉の掛け金や窓の格子よりも遙かに、彼の気持ちをどこかしら安らかにさせるものがあった。

それからというもの、彼らの朝の日課はすぐに定まった。朝一番に犬二匹と猫は彼らの仕事をするため表に出して欲しがり、ガンウィンは熱狂的に辺りを走り回って彼の有り余る活力を少しばかり消費し、一方ハエリオニは遙かに落ち着いた様子で庭の隅々を回り、明らかに夜の間に何も壁をすり抜けて来た者が無いかどうか、境界線を確認して廻った。

それから彼らは共に朝食を取り、アンダースがテーブルに座って紅茶とパンとチーズを食べる間、二匹の犬達は犬舎から見習いの少年が椀に入れて届けてくれた餌をガツガツと勢いよく食べた。アッシュはテーブルの上に座ってアンダースからチーズの欠片をねだっていたが、下に飛び降りると犬達の朝食を調べに行き、ガンウィンのすぐ側に小さな頭を突っ込んで食べ始めた。

ガンウィンは驚いた様子で彼の朝食が小さなネコの中へと消えていくのを心配そうに見ていたが、アンダースのチーズとパンのお裾分けで簡単に機嫌を直した。それからハエリオニも、不公平が無いようにとお裾分けを欲しがり、ようやく朝食が終わった時にはもの凄い量のパンとチーズが消えて無くなっていた。それから彼は屋根裏部屋に上がって、彼のすぐ側でラグカーペットの上に長く横たわる大きな犬と、アッシュとガンウィンが家具の回りで何やら込み入った追いかけっこをして遊ぶのを眺めながら、少しばかりの文章と沢山の絵を描いた。

彼はどこかの時点で恐がるのを止め、それほど孤独でもないように感じた。しかしまだ話し相手が居なくて寂しいと思っており、犬達二匹は庭に置いて行かなければならなかったにせよ、次の日に診療所に行けることをとても嬉しく思った。彼はしかし、アッシュは連れて行った。ようやく自分の猫を手に入れた今、何物も彼と猫を別つことは出来ないように感じられた。そんな事は考えるのさえ嫌だった。アンダースがシスター・マウラとドゥーガルから、彼が二週間ほど「具合が悪かった間の診療所での出来事を聞き、何時間か患者を診ている間、子猫は診察室の隅のベンチの上で静かに昼寝していて、それから一緒にコテージへと帰って行った。

そして今日は、少しの間とはいえ、セバスチャンと再び会う日だった。とは言う物の、どうやってアッシュを彼と一緒に教会に連れて行くかという問題が残っていた。彼は外套のポケットに入れるには脚が長く大きすぎた。彼の外套の袖は、かなりゆったりしてゆとりがあったが……少しばかり試行錯誤した後、彼は片腕を注意深く折り、肘と手首の袖の中にアッシュが満足げに横たわる事になった。

ちょうどその時、犬達が突然辺りを見渡すと、ハエリオニは姿勢を正して座り、ガンウィンはベッドから飛び出すと正面扉の方に行き、二匹とも扉の方を注目した。ガンウィンが一声大きく鳴いた。

「私だ」と聞き慣れた声が呼んだ。セバスチャンだ。アンダースは急いで扉の鍵を空けると表に出た。犬達は一緒に外に出ると、セバスチャンを見て大きく尻尾を振って喜んだ。セバスチャンは随分疲れているように見え、少しどころではない悩みを抱えて一睡もしなかったかの様に目の下に隈を作り、髪は乱れたままで口元を僅かにしかめていた。彼は犬達の頭を撫でてやってから、アンダースの方に向き直り頷いて見せた。
「準備は出来ているようだな、結構」と彼は言うと向きを変えた。

「何があったんだ、君はその……ちょっとばかり疲れているようだけど」とアンダースは心配そうに尋ねた。

セバスチャンは庭を急ぎ足で横切りながら顔をしかめて言った。
「アンズバークからの避難民が昨晩遅く到着した。後からももっと大勢来るだろう、川と陸路の両方から。どれだけを受け入れる事になるのかメイカーのみがご存じだ。沿岸部は既に大混乱に陥っていて、異なる派閥が至る所で戦う中でテヴィンターの奴隷商人が勢いを増しているとも聞く、だから下流に逃げようとするものはごく少数だろう」*1

「何てこった」とアンダースは口走った。

「全くだ、まあ、少なくとも避難民が大勢到着しても対応出来るよう準備は整えてあるが」とセバスチャンは言うと、まじめくさった顔に笑みを浮かべた。
「検疫所に入る必要の有る人々はごく少数だった、だがそれも恐らく、徒歩で逃げてくる人々が到着するに従って増えるだろう。本格的な冬が到来する前に逃げ延びて来られれば良いと思うが。幸いなことに、まだ本格的な雪は降っていないが、冷たい雨でも悲惨な事になるし、この時期にはしばしば霧が出るから道を見失うのも十分あり得る話だ」

アンダースは頷くと、彼の側に従い城の建っている丘陵から下って教会へと急いだ。教会の中は、彼が今まで見たよりもずっと混み合っていて、そこここで人々が固まって熱心に話し込んでいた。上等の服を着込んだ男女が数名、セバスチャンが教会に入るやいなや、彼に直接話をしようと急いでやって来た。セバスチャンは何名かには慌ただしく答えを返し、他の物には後でまた話をするようにと答えた。それでも彼らが王家専用区画にたどり着くまでにおおかた半時間を要した。その時になってようやく、残りの人々は渋々彼らの席に戻り、ようやっと礼拝の儀式が始まった。

礼拝が終わりに近づき、合唱隊が聖歌の詠唱のため立ち上がった時に、セバスチャンはアンダースの方を見て眉をひそめた。
「腕をどうかしたのか?」と彼は低い囁き声で尋ねた。「今朝からずっと、腕を折り曲げているようだが」

「いや、何でも無いよ」とアンダースは慌てて打ち消すと、合唱に大層興味を持っている振りをした。実際歌声は大層美しく、収穫祭の喜びと感謝を高らかに歌い上げていた。

礼拝の終い頃になると、アッシュは袖の下に隠れているのに飽きてきたようだった。アンダースは猫が身動きして、それからもぞもぞと這い進むと、袖口から顔を覗かせたのを感じた。彼は慌てて袖口をもう片方の手で遮り、子猫の顎を宥めるように優しく掻いてやった。

その動作がセバスチャンの注意を引いた。彼は肩越しにメイジの方をちらっと見ると、眼をほとんど滑稽なほどに大きく見開いた。「お前、猫を教会に連れてきたのか!」と彼は信じられないと言った様子で囁いた。

「もちろん」近眼のシスターが試練の頌歌を苦労して朗読している説教台から注意を逸らそうともせず、アンダースは囁き返した。
「彼をひとりぼっちにする事なんて出来ないさ。ほら、朗読を聞き逃すよ」

セバスチャンは彼をじろりと睨め付けると、礼儀正しく朗読者の方に注意を戻した。
「この事は後で話をしよう」と彼は呟き返した。

しかし説教がおわると、セバスチャンは再び彼と話をしようとする人々に取り囲まれた。それから、若いプリーストが一人群衆を押しのけて近付いてくると、セバスチャンに大教母の元に来るよう尋ねた。

「もちろんですとも」と彼は言うと、彼の注意を引こうとする人々に軽く頭を下げた。
「申し訳ありません、皆さんとはまた後で話す時間を作るようにしましょう」と彼は言うと、やや高めの良く通る声で付け加えた。「大教母グリニス様がお待ちです、それではまた」

教会から既に大部分の人々が退出した中で、最後まで彼と話そうと残っていた集団は失望した様子であったが、ようやく引き下がった。セバスチャンはそのプリーストに従って行き、アンダースと彼らの護衛も必然的に彼に付き従う事になった。彼らは礼拝堂の側面の扉を抜け、廊下と階段の迷路を通り抜けて、大教母の執務室へと案内された。彼女は暖炉の側に幾つか並べられた椅子の側に立っていて、彼らの衛兵が廊下に残り二人だけが部屋の中に入ったのを見て、セバスチャンに温かく笑いかけた。
「ヴェイル大公、お越し頂き感謝しますよ」

「どう致しまして、閣下」と彼は言うと、二人は礼儀正しく小さな礼を交わした。グリニスは椅子の方を指し示すと、「どうぞ、お座りになって」と言い、自らも椅子に座った。セバスチャンも同じく椅子の方に向かった。
アンダースはためらい、果たして彼も座るべきか、立っているべきか、それともいっそ広間に衛兵と一緒に残っていた方が良かったかと悩んだ。セバスチャンは彼も一緒に座るようにと、側の椅子を無言で指し示して彼の窮地を救った。グリニスは興味深げに彼の方に眼を向けて‐この男と目覚めて正気の状態で会うのは、今回が初めてだった‐それからとりあえず彼のことは頭から追い払った。

「あなたとお話がしたかったのは、もちろんアンズバーグの避難民の事についてです」と彼女は言うと、僅かに眉をひそめ、椅子から身を乗り出した。
「彼らがここの不安定要因となるのではと私は恐れています、特に、彼らの中にテンプラー、そしてメイジ双方のあらゆる派閥からの代表者が居ると考えられる場合は」

セバスチャンは陰鬱そうに頷いた。「そのような事が起こりうるのではと、私も恐れています。大教母様には、ここに到着するテンプラーが誰であれ、彼らを監督して頂く事をお願いしたく。同時にメイジについても‐彼らを最善に取り扱うにはどうすべきか、頭を抱えているところです」と彼は言うと、スタークヘイブンにメイジを監督するための適当なサークルが無い事、及びそのようなサークルがあった場合の攻撃の標的となる可能性について、共に説明した。

「何かの解決策を速やかに見つける必要があるようです、残念ながら」とグリニスは言った。
「アンズバークのサークルを守護していたテンプラーが派遣した使者が、昨日舟に乗って避難民と共に到着しました。そこのサークルの粛清から逃れたメイジと、彼らを監督するテンプラー達が、ここへ来る道程の途中にあると言っていました‐川沿いの船着き場に辿り着く事は望めなかったため、彼らは徒歩で旅をしていると。彼らは少なくとも後二週間は掛かるだろうということです。徒歩では長い道のりですし、まだ小さな子供も共に旅をしているようですから速度は遅くならざるを得ません。それに、メイジを傷つけようとする者達の眼を逃れるため、彼らは街道から離れて注意深く旅をしなくてはなりません。対立する派閥のテンプラー同様、怯えた街の人々もメイジを攻撃しようとするかも知れませんから」

彼女は唇を固く引き結んだ。「この使者とは別に、そこの『正当な』派閥の騎士団長と称するテンプラーから、幾分鼻持ちならない言葉遣いの手紙も受け取って居ます。彼はスタークヘイブンに到着する全てのメイジを、正義の裁きに会わせるため彼に引き渡すよう、要求しています。何に対しての正義の裁きなのかは、明らかにしようとしませんが」

「メイジで有る事に対して」とアンダースは苦々しく、静かな声で言った。セバスチャンは会話に割り込んだことをたしなめるような眼差しを向けたが、アンダースは彼の方を見ておらず、うつむいたままアッシュを熱心に撫でていた。子猫はどこかの時点で彼の袖から出て、今は静かに彼の膝の上で香箱座り*2をしていた。グリニスはアンダースに同じように鋭い目線を向けたが、子猫に気づくと少しばかり面白そうな顔をして片方の眉を僅かにつり上げ、それからセバスチャンの方に向き直った。

「残念ながら、そのメイジの言うことが正しいようです。聖職者の中にも、そして一般の人々にも、メイジの能力を呪いであると解釈し、メイジが生きることを許される限りゴールデン・シティは蘇らず、そしてメイカーからの注目と愛情も我々に戻ることはないと考える人々が居ます。ブラック・シティの誕生とブライトの発生はメイジが引き起こしたものであるが故に、彼らの血のみがその罪を清める事が出来ると、彼らは思っているのです。私はこのような意見に同意しませんが‐彼の子等が相争い、彼らの兄弟姉妹を殺害する事をメイカーが望んでおられるなどとは、私には到底信じられません」
グリニスはそう言うと、背筋をピンと伸ばした。

「長期的には、我々は平和裏に共存する方法を見いださねばなりません」と彼女は続けた。
「そして短期的には、アンズバークのサークルの生き残りがここに到着した時にどうすべきかを、決定しなくてはなりますまい。それと今の所は野放しとなっている、他の大勢の中に紛れたメイジについても。既に大勢居るだろうと思いますよ、ここのサークルが焼け落ちた後に育った者や、それからずっと隠れて居る者、カークウォールや他の場所からの避難民の中にも」

セバスチャンは眉をひそめた。
「そもそも、ここのサークルの火災をもたらした原因は何だったのですか?」と彼は尋ねた。
「私が知っている事と言えば、それがブライトの年に焼け落ちたという事と、いくらかのメイジが混乱に乗じ逃亡したという事‐私は自らそのメイジ達と、カークウォールで対峙する事になりましたが‐生き残ったメイジとテンプラーは、カークウォールのギャロウズに移されたという事くらいしか」

グリニスは眉をひそめると、先を続ける前にアンダースの方にちらりと不安げに目をやった。
「私とて、完全に確信が持てる訳ではありません。フェラルデンでブライトが発生したという知らせを聞いて、恐慌に陥った街の人々がサークルタワーを攻撃したことが、その原因の一部であったように思われます。ブライトはメイジのせいであって、それを引き起こすことさえあるかも知れないという、古くからの恐怖心が蘇ったのです。しかし同時に、暴徒を率いてタワーを攻撃した首謀者達の中には、後から正体が掴めなかった者も居ると聞いております。それが、彼らが同士を守ろうと隠したに過ぎないのか、それとも外部からの扇動者が紛れ込んでいたことを意味するのかは……ともかく、いずれにせよその火事によって、タワーは崩れ落ちました。火事の原因については様々な報告があり、アプレンティスが恐怖のあまり魔法の制御を失ったとも、怯えたメイジ達が組織的に暴徒を押し戻すために行ったとも、あるいは暴徒自らがメイジを火であぶり出すために行ったとさえ」

彼女の唇は薄く引き結ばれ、しばらく言葉を切ると溜め息をつき、再び話し始めた。
「いずれにせよ、タワーは焼け落ちました。暴徒の中には、タワーから火に追われて逃げ出してきたメイジ達を更に傷つけようとした者も居ましたが、彼らの中に子供が居るのを見て多くの者が当初の怒りを忘れ、彼らと生き残ったテンプラーとの協力で、多くのメイジが救われました。無論、混乱の中多数のメイジが逃げ出しました。スタークヘイブンのあちこちに留まったものも居ますが、少なくとも二つの異なる組織だった集団が旅立っていった事が判っています。一つは南のカークウォールへ、そしてもう一派は北方へ、テヴィンターへと向かうのが目撃されました」

アンダースはそれを聞いて、驚いたように顔を上げた。
「ここがどれ程帝国に近いか忘れていたよ」と彼は静かに言った。

グリニスは彼に向かって頷いた。「ええ。タワーの火災には余所者の関与があり、彼らは恐らくは帝国出身だったであろうと私は確信しています。以前から私達はテヴィンターのマジスター達との問題を抱えていたうえに、破壊される前はここが彼らの領土に最も近いサークルで、ネヴァラ・シティやホスベルグ*3のサークルより容易な標的であったのは間違いありませんからね。私達の中のメイジは、彼らにとっては自らの領分に属するべきと思われたのでしょう」

アンダースは口を歪めて笑った。「ほとんど同意だね。マジスターとしての人生は、少なくともサークル・メイジとしてのそれより間違い無く有意義だろうから」微かな挑戦の雰囲気を漂わせながら、彼は明るく言った。

グリニスは鼻で笑った。「スタークヘイブンからテヴィンターへ愚かにも逃げ出すようなメイジを待っているのがマジスターとしての人生だと考えるなら、あなたも愚か者ですよ」と彼女は鋭く答えた。
「マジスターは常に奴隷を必要としており、メイジとして産まれた者達はその中でも高値が付けられます。あるいは、千人のメイジの内一人がマジスターになるかも知れません‐残りの者は召使い、奴隷、そして生贄となるのです」

「ブラッドマジックはテヴィンターでも違法で……」アンダースはほとんど怒ったように言い出した。

グリニスは声を出して笑った。
「それで、それに何の意味が有ると思っているのですか?強制力が無ければ、法は無意味なのですよ。いいえ、アンダース、もしあなたが帝国での人生について本当のところを知りたければ、そこに行きたいと望む者や、あるいはそこに逃げ込もうとする不用意なメイジ達をおびき寄せようとする者では無く、そこから逃げて来た者と話をしなくてはなりません。私の蔵書の中には、帝国との国境を越えて逃亡して来た者達への聞き書きに基づいた書物が数多くあります。それらを自由に見る事をあなたに許しましょう。本当に、全てのメイジにそれらを読ませるべきだと私は思っているのですよ」と彼女は付け加えると、声を硬くした。
「しかしまさに最も目を開く必要のある者達は、逃亡奴隷や亡命してきた普通の人々の言葉を信用しようとせず、あそこのチャントリーの宣伝文句と嘘を信じたがるのです」

「フェンリスがこの件で話をしていたのを知っているだろう、アンダース」とセバスチャンは柔らかく言葉を継いだ。
「帝国での人生が、本当はどんなものかについて。お前は単に彼の言葉が信じられず、彼の主人は最悪の、極端な例だと思いたがっていたにすぎない」

アンダースは勢いを削がれ、しかめ面をした。「僕は……あなたが集められたそのような書籍を読ませて貰えるなら有難い」と彼はグリニスに、驚くほど謙虚な様子で答えた。彼はセバスチャンの顔をちらっと見た。
「どうすればメイジと普通の人が平和裏に共に生きることが出来るかについて、僕に考えて欲しいとセバスチャンは言った。そうする前に、まず色々情報を得ておく必要があるだろう」彼は静かに言うと、再びアッシュに視線を戻して、子猫の背中に優しく手を滑らせた。

グリニスは笑みを浮かべた。「それなら、これは良い機会ですね‐自らの無知を認めるのは決して容易いことではありません」

彼女は立ち上がると、呼び鈴の紐を引いて彼女の秘書を呼び、それから机に向かうとメモを書いた。秘書が入ってくると、彼女にメモを手渡した。
「これらの本を持ってきて下さいな」と彼女は頼むと、再び元の席に座った。
「必要な限り、いくらでも借りていて構いません。後日、あなたの考えを聞きたいと思います」と彼女は言って、それからセバスチャンに向き直った。

「それはさておき、ここへ向かって来つつあるメイジとテンプラー達について、どうすべきか決めなくてはなりません。他の避難民の中に取り込むのは良い考えとは言えません、何よりも彼らの身の安全のために。カークウォールやアンズバーグの出来事で彼らの家と暮らしを失った人々の中には、まだ強い感情が渦巻いているでしょうから」

セバスチャンは頷いた。「彼らを住まわせるために、ある程度安全が確保された場所が必要となるでしょう、長期的な解決策が見いだされるまで、しばらくの間は」と彼は同意した。
「スタークヘイブン大公として、荘園の屋敷や要塞化された砦を私は幾つか所有しています‐通常であれば、これらの建物にはヴェイル一族の傍系の縁者やその子供、兄弟親族、近しい従兄弟といったような者達が住まうのですが、ハリマン一族がそう言った者達をほとんど全部殺害したため、今の所はそこを管理し警護している衛兵と使用人を除けば多くが空き家となっています。それらの中に、どれか適当なものがあるかも知れません」

グリニスは頷いた。「良い考えですね。チャントリーも、スタークヘイブン中に幾つか小さな建物を所有しています、しかしほとんどが小規模で人里離れた場所にあり、シスターやブラザーが引退後に静かな生活を送り、自分たちの生活を簡単な工芸品や農産物で賄うためのものです。どれ一つとして、メイジとテンプラー全てを一度に引き受けられるようなところはありませんが、いずれにせよ彼らを小分けにした方が安全かも知れません」

セバスチャンも頷いて言った。「ともかく、あなたがおっしゃったように少なくとも二週間の猶予はあるわけです。今週中に、私の所有する建物で適当な場所を探すことにします、それから来週の礼拝の後で、選び出した建物について討議出来るでしょうね?」と彼は提案した。

グリニスは同意して頷いた。「それがよろしいでしょう」

彼女の秘書が頼まれた本を持って部屋に戻って来たところで、彼らは今日の会合を切り上げる良い頃合いと判断した。セバスチャンは正式な別れの挨拶を告げると、二人の男は城に戻っていった。


*1:アンズバーグは同じくフリー・マーチズの都市国家で、マイナンター川沿いにスタークヘイブンより下流側にある。オシノがここの出身。ただし都市の規模としては、スタークヘイブン(実はフリー・マーチズ最大の都市)やカークウォールに比べるとかなり小さいようである。

*2:猫専門用語かも知れない。猫が落ち着いて寒くも暑くもない時の座り方で、前足を身体の下に折り込むのが特徴。下の写真は、少し体勢が崩れている。

hakoneko

*3:もちろん、アンダーフェルスの首都。ワイスホプト(ウォーデンの本拠地)からは結構離れている。

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