第106章 束の間の一時

コテージの扉が開く音を聞いて、アンダースは作業の手を止めて顔を上げ、セバスチャンが庭へと出て来るのを見て笑顔になった。しかしその笑顔は、セバスチャンのしかめ面と服装に気付いてすぐに心配顔に変わった。大公の服装は、およそ庭仕事に向いた服とは言えなかった。

「何かまずいことでも?」と彼は尋ねた。何かあるのは間違い無かった。

セバスチャンは唇を固く引き結んだ。
「沢山な」と彼は言い、アンダースが作業していた所の側にある木の長椅子へ歩み寄ってそこに腰を降ろした。
「今日の昼過ぎに、大教母から私に会いに来て欲しいという伝言を受け取った。彼女はある知らせを伝えたかったのだ。ディヴァインが、フリー・マーチズに新たな大司教を任命した。オリージャンだ。オディール 1 という名前だそうだ。今この瞬間も、彼女はどの教会を彼女の司教座とするか決めるために、マーチズの主要な都市を視察する途上にある」

アンダースは難しい顔をすると、頭の中でフリー・マーチズの主要都市の一覧を数え上げ、それからセバスチャンを見つめた。
「すると、ほぼ確実にここかタンターヴェイルなんだな?」

セバスチャンはゆっくりと頷いた。
「ああ。私とグリニスも、それについては同意見だ。以前の私なら、司教座を置く街となるのを大いなる名誉と見なし、勇んでタンターヴェイルとその座を競ったかも知れないが……」
大公の声は途切れ、下を向くと両足の間の地面を見つめた。
「今となっては、もはやそうは思えない」と彼はようやく、静かに言った。

「それは単にその大司教がオリージャンだからか?それとも……他に理由が?」
アンダースも長椅子へと向かい、セバスチャンの横に腰を降ろしながら尋ねた。

「それも大きな理由ではあるが、全てでは無い」とセバスチャンは答えた。
「グリニスの知らせによれば、この大司教は相当な数のテンプラーの軍勢と共に旅をしているという。その話とイザベラが伝えてくれた知らせを考え合わせると……シーカーが彼女と共にいる可能性を考えなくてはならないだろう。とりわけ、ある特定の個人が」

「レイナード」

「ああ」とセバスチャンは言って、長椅子に座り直すと髪の毛を掻きむしった。
「メイカー!あるいは、何も心配する必要は無いのかも知れないのだ。新たな大司教は、グリニスと同様に道理の判る人物かも知れない。テンプラーの軍勢は、この不穏な情勢の中で長旅をする彼女を守るための、単なる保護措置かも知れない。それなら、何事も上手く行くだろう」

「だけど、最悪の場合は?」とアンダースは静かに尋ねた。その答えに彼の思う内容が含まれるのは、尋ねる前から彼には確信が持てた。

セバスチャンはちらりとアンダースに視線をやり、それからまた地面を凝視した。
「その場合、彼女はお前への報復を求めるだろう。アンズバーグのメイジ達の新たなサークルや、スタークヘイブンの中でのメイジの扱い方、例えばここの書写室のような事柄を、環境を整え育て上げる代わりに、蕾の内に摘み取るべき徒花だと見なすだろう。そして彼女に同行するテンプラーが、彼女に代わりその意志を遂行する」
彼は再び言葉を切り、それからかすれた声で続けた。
「その場合、私はチャントリーと争う立場になる。私の人生で、本当に重要な位置にあったものと」

アンダースは彼の両手をじっと見つめた。
「すまない」と彼は言った。

セバスチャンはびっくりして彼を見た。
「何だって?」

「僕は……僕のせいで君をそんな立場に追い込むことになるのではないかと……」

セバスチャンの唇の片隅が微かに上がった。
「お前に責任がまるきり無いわけでは無いが、ほんの一部だ。例えお前がここに居なかったとしても、それでもやはりチャントリーと争うことになったかも知れない。私達が今ここで行っている事柄は正しいことだからだ」と彼は、ひどく真剣な顔で言った。
「チャントリーの教義を満足させる、それだけのためにひっくり返されるのを、黙って見ているつもりは無い」

セバスチャンの予想もしなかった言葉に感動して、思わずアンダースは大きく息を呑んだ。
「君はどうするつもりだ?」

「まだ判らない」とセバスチャンは言って溜め息を付くと、再び座り直して両腕を胸の前で組んだ。
「このオディール大司教が、どのような人物かによって大きく左右されよう。彼女の意図が何かによって。彼女が到着するまで私達には判らないだろうな。ともかく、騎士団長ロレンスとカレンに伝令を送って、私と話をするためにここに来て貰うつもりだ。そう、この知らせも先に伝えておくべきだろうな、そしてもしオディールが私達の間の取決めをひっくり返そうとする場合、彼らがどう対応するか、あらかじめ知っておきたい」

「彼女に従う以外、彼らの取れる選択肢はあまり無いかも知れないよ」とアンダースは厳しい顔で言った。
「もし彼女が彼らへのリリウムの供給を支配するのなら」

「その通り」とセバスチャンも苦々しく言った。
「チャントリーの、彼らに為した大いなる悪と言えるだろう。その点で言えば、メイジの隷属も、エルフ文化の破壊も同様だ」

「それは皆、同じ事柄の違う面だろうね」とアンダースは言った。
「支配だ」

セバスチャンは溜め息を付いた。
「残念だがお前の言うとおりだろうな」と彼は言うと、唐突に立ち上がった。
「こんな話はもう沢山だ。来るべき時が来れば、嫌でも対応することになるのだからな。今のところは、何か他のことを話したいものだ」と彼は言った。
「あるいは何か他のことをするか。今日は庭で何をしていたのかな?」

「実際はね、ちょうど君が出てきた時、今日の仕事を終わるところだったんだ。それでお茶でも入れようかと。君も一緒に飲むか?」とアンダースも立ち上がり、セバスチャンに笑いかけた。

セバスチャンも温かくアンダースに笑いかけた。
「もちろんそうしよう」と彼は答え、メイジの後についてコテージへと戻った。


Notes:

  1. Odile:英語での発音はオーディルに近いが、日本ではこちらの呼び名の方が一般的か。名前バレキャラその1。
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第106章 束の間の一時 への4件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    来るぅ~きっと来るぅ~~♪

    オディールのイメージがマレフィセントで固まってる件。

    顔色が悪すぎるv

  2. Laffy のコメント:

    すいません「本当は怖い家庭の医学」の方を思い出しましたwww
    ちなみに現物(?)もすごーく髪の長い女性だと判明(いや、怖くて連載当時読んでなかったし……)。

    だあああああ一章の90%延々と地の文が続くって、それどーよ!二次創作萌え小説としてそれってどーなのよMsBarrowsさんっ!船着き場のセバの描写を延々と訳したってどうせ誰も読まないんだよっ!www
    ……いいんだ、私が嬉しいから。うん。

  3. EMANON のコメント:

    >長椅子に座り直すと髪の毛を掻きむしった。

    セバスチャン様オグシガミダレテマス( ´Д`)ノ(´・ω・`) クシクシ

  4. Laffy のコメント:

    またちょうど御髪を整える大公が都合良く出てくるし。しかもアンダースの御髪までっ(*^◯^*)
    さー元気が出たところで「終わりの始まり」を始めますか。あーあ。

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