第105章 気がかりな知らせ

セバスチャンは彼の護衛を扉の表に残して、大教母グリニスの執務室に入っていった。

「大教母様」と彼は頭を深々と下げて正式な挨拶を行った。

「ヴェイル大公」と彼女は同様に頭を下げて言った。
「どうぞ、お座り下さい」

「ありがとうございます」と彼は言って、二人は共に暖炉の側に置かれた、私的な話をするための椅子に腰を降ろした。アンズバーグの避難民についてグリニスと話し合うためここを訪れた時のことを思い出して、セバスチャンは思わず笑みを浮かべた。アンダースと子猫が一緒だった。

「それで大教母様、私と何の話をなさりたかったのでしょうか?」と彼は不思議そうにグリニスを見つめながら尋ねた。

「これについてです」と彼女は言い、折りたたまれた手紙を彼に手渡した。
「あなたの特異な立場、つまりチャントリーのブラザーであり、同時にスタークヘイブンの統治者であるという関係を考えれば、この手紙にある知らせは、間違い無くあなたが何よりも気に掛けることでしょうと思われましたのでね」

セバスチャンは手紙を受け取ると素早く読み下した。最初、彼は気分が高揚するのを感じた――ついにディヴァインが、フリー・マーチズの新たな大司教を選出したとの知らせだった。しかし読み進むに連れて、当初の笑顔は気がかりな表情へと代わり、しまいには露骨に心配そうな表情が彼の顔に浮かんだ。彼は手紙を丁寧に畳んでグリニスに手渡し、彼の感じている不安が、やはり彼女の顔にも浮かんでいるのを見た。
「オーレイ人を?これではフリー・マーチズの人々とは上手く行きますまい。エルシナは、我々の街の出身でした」

「あまりにディヴァイン 1の好みが入りすぎているようですね、残念ながら」とグリニスは言い、一瞬固く唇を引き結んだ。
「この動乱の時代に、ディヴァインがテダスの他の領域における影響力を高めたいと望んでいるのは間違いありませんでしょう。今もヴァル・ロヨーの教会で勤めております私の旧友からの知らせでは、現在のフェラルデン大司教は老齢で、しかも病がちのため、ディヴァインはすでに彼女の後任として、同じくオリージャンを宛てようとしているとのことです」

セバスチャンは彼女に驚きの視線を向けた。
「フェラルデン人はそのような重要な地位に、オリージャンを受け入れることは決してありますまい。オーレイが今でもフェラルデンを自国の一部、反抗的な一地方と見なしていることをフェラルデン人の多くが十二分に気付き、苦々しく思っていることでしょう。
さらに言うならば、現在オーレイは元々はフリー・マーチズの一員でもあったネヴァラと交戦状態にあります。そもそも如何にしてディヴァインが、オリージャンをここの大司教に任命することが人々に受け入れられると考えたのか、理解に苦しみます」

グリニスは頷いた。
「何よりも気がかりなことは、この新しい大司教は、その聖堂をカークウォール以外に置くという知らせです――もはや適当な教会はあそこにはありませんから――それで、新たな司教座 2となる街を選定するために、フリー・マーチズの主要都市を視察される予定です。とはいえ、カークウォールは明らかに候補から外れましょう、戦乱の最中のネヴァラもまた同様です。そしてアンズバーグの街はほぼ全域が先の大火に焼き尽くされ、もはや立ち直れないかも知れません。オストウィックは小さく、またそこでもかなりの争乱が起きていると聞きます。つまり、真剣な検討に値する街はただ二つ、タンターヴェイルとスタークヘイブンとなりましょう」

セバスチャンはゆっくりと頷いた。
「そして現時点では、我々の街はタンターヴェイルより遙かに良い状況にあります。あそこでは充分な備えのない所へ、ネヴァラから戦乱に追われた大勢の避難民が押し寄せました。まさに今日、私はあそこの避難民キャンプで疫病が蔓延し多くの幼き命と年老いた者が倒れ、避難民の間から暴動が起きたと言う知らせを受け取ったところです」

グリニスは頷いた。
「私も同意見です。フリー・マーチズの新たな大司教の司教座はスタークヘイブンであろうと、私は考えています。もしそうなった場合、私がここに大教母として留まるか、あるいは他の街へと送られるかは定かではありません。カークウォールもアンズバーグも、新たな教母を大いに必要としていますから」

ThedasMap

「彼女が到着されるまでは判りますまい。今回の視察旅行は相当長い航海になります、ネヴァラとの交戦状態のせいで、このオディール大司教の一行はヴァル・ロヨーを出発しても陸路を辿ることは出来ません。彼らはウェイクニング海をジェイダー、そしてカークウォール、オストウィックと辿りながら延々と北上し、マイナンター川の河口からまた西へと遡ることになりましょう。まあ、少なくとも彼女と対面するまでには、まだしばらくの猶予があるように思われます」
セバスチャンは脳裏に地図を描きながら言い、ふとアヴェリンはどう対応するだろうかと思った。

「それがそうでも無いようなのですよ、残念なことに。この手紙は彼女の船がカークウォールに停泊した後に、陸路で届けられました。彼女がオストウィックで数日以上留まることがなければ、彼女の船は既にマイナンター川の河口へと到着しているでしょう。より正確に言えば、彼女の船団が。現在の不穏な情勢を考え、ディヴァインはオディール大司教に厳重な警護を付けて送り出すのが相応しいと考えたようです。かなりの数のテンプラーが、彼女に同行しています。私の友人は正確な数値を知ることは出来ませんでしたが、彼女の推測では少なくとも100名は下るまいと。恐らくは、それ以上の」

セバスチャンは顔をしかめた。新しい大司教が、彼の街にほとんど前触れ無しに舞い降りてくるというだけでなく、テンプラーの軍勢まで大挙してやってくるとは。あるいは、必ずしもチャントリーの意向に完璧に沿うとは言えない彼の様々な目標や決意に対し、彼女はグリニス大教母がそうであったように好意的ではないかも知れない。あるいは、彼は自らの街に、彼の意向に従うわけではない政治勢力を半永久的に抱え込むことになるかも知れない。教会のブラザーとして大司教に仕えるのは違い、今の彼にとってこの知らせは全く有難い話ではなかった。

「この知らせを可能な限り早くお知らせ下さったことに感謝します、大教母様。もしお許しがあれば、私は一旦退出しこの話をよく考えたいと思います。明日また、この件について相談するために伺っても?」

「もちろんです、ヴェイル大公」とグリニスは言って、彼に心からの笑顔を見せた。
「相談なさりたい時に、いつでも連絡を寄こして下さい。あなたの時間に合わせましょう」

「感謝します」と彼は言い、立ち上がって再び礼をすると、彼女の執務室から退出した。


Notes:

  1. このディヴァインはゲーム内のジュスティニア5世(元デネリムの大司教)とは違う別人。小説内ではチャントリー内部でのオーレイの影響力がより強いことになっている。
  2. 説教をする際に大司教が座る椅子、転じてその聖堂。
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