第104章 周回するもの

アンダースは庭を横切って門と一体となった衛兵詰め所へ向かいながら、あたりを見渡しその日の午後からの大まかな作業計画を立てた。多事多端な種まき祭りの間に、庭の池は綺麗に底ざらえされていた。池の周りに新しく植物を植えなおしたかったし、他にも庭の所々で、育ちすぎた木々を剪定し刈り戻す必要があった。
しかし全体的に彼は仕事の進み具合にとても満足していて、とりわけお気に入りの、コテージの横に作った菜園では既に野菜や薬草が順調に育ち始めていた。

彼は門を出るところで犬達にさよならと言った。猫のアッシュは今でも始終彼と一緒に診療所に来ていたが、今では精神安定上というより単なる習慣となっていた。もちろん、患者を診る合間合間に猫の側でくつろぐことが出来るのは良いことだったし、アッシュはとりわけ子供の患者には彼を撫でたりして遊ぶのを辛抱強く許していた。もちろんもう沢山だと思った時には、彼は上階の屋根裏部屋かどこか、人の手の届かぬところへ逃げ込んだが。

「おはようドゥーガル、シスター・マウラ」診療所に着いて、アンダースはにこやかに笑いながら言った。

「アンダース」とドゥーガルは頷いて挨拶しながら答えて笑った。
「新しい助手が今朝参りましたよ」

「本当かい?素晴らしい」とアンダースは更に大きく笑って言った。
「セバスチャンからまだ何も聞いていなかった。だけど最近何かと忙しかったから、彼もきっと忘れてしまったんだろう」

「彼女を連れて来ましょうか」とドゥーガルは言い、上階の屋根裏部屋へと上がっていった。

アンダースが薬部屋の扉の側にもたれて、シスター・マウラと薬や膏薬、ポーション、他の貯蔵品の在庫について話をしている間にドゥーガルがその女性を連れて戻って来た。彼は笑顔を浮かべたまま振り向くと、驚いてその場で凍り付いた。

「ブライディ!」 1と彼は驚いて叫んだ。この若い女性とは、カークウォールを出てからは一度も会っていなかった。彼女はカークウォール時代に時折彼の地下診療所を手伝っていたが、そもそも彼女とアンダースが知り合ったのは、彼女がメイジ地下組織で働いていたためだった。彼女は自らもメイジだったが、ハロウィングを通過できる程の力は無く、精々ろうそくや薪に火を灯せる位の元素魔法と、ごくささやかな治療を行う創造魔法が使える位だった。

「アンダース」と彼女は静かに言った。以前よりずっと元気そうに見える、と彼は思った。栄養状態の良い顔にこざっぱりとした服を着て、手を身体の前で軽く組み真っ直ぐに立っていた。彼女はカークウォール当時はずっと神経質そうに怯えた少女で、爪を噛み切った跡のある手をボロボロのドレスに始終食い込ませ、肩を丸く竦めていた。

彼はドゥーガルが彼を見つめる視線を感じた。そして彼の護衛も、この少女が万が一彼に危険を及ぼそうとする場合に備えて、警戒態勢を取っているに違いなかった。
「君とは……カークウォール以来だね」と彼はためらいがちに言った。
「元気だったかな?それにどうしてここへ?」と彼は尋ねた。

彼女は微笑んだ。
「ここで働くよう雇われました」と彼女は言った。
「私の方は……何とかやってます。カークウォールを去ってから、スタークヘイブンに着くまで暫くの間は大変でしたけど。他のどこよりもここでは、住む所の無い人々に親切にして下さいます」と彼女は指摘した。

「ああ、その通りだ」と彼は同意した。
「すると君は避難民としてここへ?」

「ええ」と彼女は答えたが、詳しいことを語ろうとはしなかった。

ドゥーガルがまだ二人に不思議そうな視線を向けていることに彼は気付き、シスター・マウラも同じだろうと思われた。彼は二人を見て手早く説明した。
「ブライディと僕はカークウォール時代の知り合いでね。彼女は時々僕の診療所を手伝ってくれていた」と彼は言って、温かく少女に微笑みかけた。
「君ならここでもとても上手くやれるだろうね、なんてったって同じような状況でしっかりした経験があるんだから」

「私もそう思います、ええ」と彼女は微かに笑いながら言った。
「あなたとまた一緒に働けると聞いて、とても嬉しく思いました。カークウォールでは私達良い働きをしましたから」

「そうだね」と彼は答えて彼女に微笑んだ。
「すると、もうドゥーガルとシスターは君にここの設備を見せて、君の仕事が何かを説明したかな?」と彼は尋ねた。

ブライディは頷いた。
「はい、全部見せて頂きました。本当に素晴らしい診療所です。ダークタウンの診療所とは大違い」と彼女は言った。
「あなたがカークウォールで我慢しなくてはいけなかったあれこれに比べたら、こんな良い環境で働けるのは、本当にやり甲斐があるでしょうね」

「あー…うん」彼は頷いたが、彼女の言葉をどう受け取って良いものか、完璧には理解出来なかった。
「ここのような設備の整った場所で働けるのは良いことだね。ともかく、そろそろ今朝の診察を始めないと」と彼は付け加えて、ドゥーガルとシスター・マウラの方を再び見た。

「そうですね」とドゥーガルは答えた。
「ブライディ、君はどうする?最初から手伝う必要は無いよ、何せ今日は初日なんだし……」

彼女は彼に温かく笑いかけた。
「少なくとも働く様子を見せて頂きます」と彼女は言った。
「それに手が必要なときは、お手伝いいたします」

アンダースはシスター・マウラと共に入院中の患者を診察に行った。彼が戻ってきたときには、ブライディは既に部屋の隅の、診察台がよく見える場所で腰を降ろしていて、ちょうど最初の患者が二人戸口から入ってくるところだった。

彼は患者の診察に治療にと忙しく働くうちに、すぐに彼女の存在を忘れてしまった。彼女はその日の診療を終了する頃には、恐らく睡眠を取るために屋根裏部屋へと姿を消していた。夜の間入院患者を見守るために、先に休息を取っておくことにしたようだった。

アッシュを抱き上げ、彼は診療所を出てコテージへと戻っていった。友人達といつものように昼食を摂った後で、また庭仕事を続けよう。近いうちにセバスチャンがまた彼と一緒に庭仕事をする機会があると良いのにと彼は考えていた。大公は城に戻ってからと言うものひどく忙しく、食事の席以外で一緒に過ごす時間はほとんど無かった。セバスチャンがこっそり彼と一緒に過ごしたあの夜を除いては、と彼は思い、その記憶に温かな笑みを彼に浮かべた。


「夜勤の助手?」とセバスチャンは昼食の席で言うと、それから笑った。
「ああ、そうだ、その件を言いつけておいた者から誰かが見つかったと聞いていたな。お前に言うつもりで、忘れていたようだ。その人物は役に立ちそうか?」

「とっても」とアンダースは言って、テーブルの向こうの彼に温かく笑いかけた。
「ダークタウンの診療所で僕を手伝ったことのある少女だったよ。包帯を巻いたりそういう処置にはとても手慣れた子だ。夜勤で入院患者を見守る以上のこともやれるだろう」

「それは良かった」とセバスチャンは言って、それからゼブランを見やった。
「新しい馬の方は見つかったかな、ゼブラン?」

ゼブランは大きく笑みを浮かべた。
「ああ、とても上手く行ったよ。僕の可哀想なねずみ色の馬は、城の厩舎にいる一級品の馬達の間ではひどく場違いだけど僕はとても気に入ったよ。彼はちっとばかり冷酷そうな顔付きだけど、実際は完璧な紳士だ。彼に付いていたひどくみすぼらしい馬具をそのまま使っているせいで、厩舎の少年達の自尊心が傷ついたようでね、もう一頭の馬は多少マシな馬具を揃えて貰った」

フェンリスは僅かに面白がっているようだった。
「彼と一緒に馬を走らせると、とても対照的で面白い」

ゼブランは大きくニヤリと笑った。
「その通り。街の人達はフェンリスを『エルフ公』と呼んで、僕をどうやら彼の従者だと見ているようだよ。もちろん、僕に異議はこれっぽっちも無い、人々が勝手にそう思い込んでくれるものこそ最良の嘘だ。もし彼らが本当の僕より軽く見てくれるのなら……」と彼は肩を竦めて愉快そうにまた笑った。

「彼らの名前はもう決めたのか、ゼブラン?それとも最初から名前が付いていたのかな」とセバスチャンが尋ねた。

ゼブランはまた肩を竦めた。
「ああ、前に付いていたかもね、聞いてこなかったけど。何か適当な名前を考えてやらないと」

アンダースが口を挟んだ。
「僕が名前を考えるのを手伝っても……」

ゼブランは彼に嫌そうな顔をした。
「君が動物に付けたがる類の名前を知っているからには、お断りしたほうが良いだろうね」

アンダースは少しばかり頬を膨らませた。
「僕が考える名前の何が悪いんだ?」

「頼むよアンダース……ミスター・ウィガムス、サー・パウンスアロット、フラッフィーナゲット・ザ・ファースト 2、ファジーワンプキン 3。確かに皆素敵な名前だよ、もし君がそういう類のかわいらしさが好きならね、だけどおよそ僕の趣味には合わないな」

「フラッフィーナゲット・ザ・ファースト?何かなそれは?」とセバスチャンが愉快そうに尋ねて、アンダースの方を見つめた。

アンダースは顔を赤らめ、それから声を立てて笑った。
「サー・パウンスアロットは一度だけ子猫を産ませたことがあるんだ。ええと、正確には間違い無く彼が父猫で、他の雄猫では無いと判ったのがその一回ということ。母猫はオーレイ出身の、馬鹿らしいほど長ったらしい血統書付きの、毛の長い、平べったい顔の変な猫で……」

「オリージャンのウォーデンが、彼女の愛猫をヴィジルズ・キープに連れて来たんだ。彼女はアンダースと同じくらい猫気違いだったね、ただしより俗物的というか、雑種には興味が無かった」とゼブランは説明した。
「パウンスが彼女の血統書付きの変な猫とやっちゃったと知った時の彼女の怒りようと来たら。さっき言った最後の二つは、その結果の子猫たちにアンダースが付けた名前だよ」

「完璧な名前じゃないか」とアンダースはまだふてくされたように言った後で、他の三人が彼を見る表情に笑い出した。
「判ったよ、ひょっとすると少しばかり子供じみて聞こえるかも知れないな」

「とにかく、僕の馬にはもう名前は決めた」とゼブランは何気なく言った。
「ねずみ色の馬の方はフェオ、それと濃褐色の去勢馬はティッポだ」

セバスチャンはアサシンに愉快そうな視線を向けた。彼は少しばかりアンティーヴァ語が理解出来た。少なくともエルフがたった今馬達に『ブサイク』と『優しいやつ』と名付けたと判る程度は。

「フェオ?」とアンダースは考え込むように言った。
「悪くない響きだね」

「彼にぴったりの名前だ」とゼブランは言い、この件は明らかに片が付いたと見なして再び食事に関心を向けた。

食事の後でセバスチャンは再び書斎に戻り、今日の残りの仕事を片付けようとした。もしさっさと仕事を終わらせられるようなら、少しの間だけでもアンダースと庭いじりをしたいものだと彼は願っていた。あいにく、そうはいかなかった。彼が書類の束の、最後の二つに手を付け始めた時、召使いが現れて教会からの伝言を彼に手渡した。
大教母グリニスの、出来る限り速く彼に教会に来るようにと請う手紙だった。理由は書いていなかったが、彼は即座に残りの仕事を後回しにして、外出用の服装に着替えに向かった。彼女は格別の理由も無しに気まぐれで彼を呼びつけたりすることは決してしなかった。もし彼女が彼に会いたいと言うのなら、何か重大な用件なのは間違い無かった。


Notes:

  1. Bridie: ブリジェットの愛称だが、これ自体も本名になり得る。古代ケルトの女神の名前から。
  2. 「ポワポワ毛玉一号」?
  3. 「ほわほわ弱虫」?
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第104章 周回するもの への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    アンダース…センスがあるのか無いのか判断にクルシミマス。

    「おや?ポワポワ毛玉一号ちゃん、お腹ちゅいたんでちゅか~?」
    ・・・・・・・・・・・・(;゚;ж;゚; )ブッ

    でもゼブランの馬になんて名前つけるつもりだったんだろうv

  2. Laffy のコメント:

    そりゃもじゃもじゃ毛皮(moppyhair)とかココア色靴下、と見せて「糞詰まり」(cacasock)とか……ほのかに悪意がwどっちにしても可哀想なおんまさん><

    おおお、エピローグ終章ですねっ!お疲れ様でしたー(^.^)やっぱりなー。
    その男性声は誰かが気になります。ふむん。

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