第103章 ボディーガード

ゼブランが、ユアンのボディーガードとなる候補者を見つけたので会って欲しいと伝言を寄こした時、セバスチャンは喜んで忙しい日程を開け時間を作った。中町の小さな宿屋の一室にその二人を待たせてあるとゼブランは言っていた。

セバスチャンは最初に、その二人が如何に似ていないかということに驚いた。次に彼が衝撃を受けたのは、二人の小さい方がひどく若く、ほとんど幼い少年と言っても良いことだった。そのエルフはもう長い間ろくに食べていないような姿で、どう見ても精々七つか八つ、もじゃもじゃの漆黒の髪に、透き通った大きな濃青色の眼をしていた。染みだらけであちこちほつれた大人サイズのセーターを着て、まくり上げた袖がやせっぽちの腕を見せ、彼の膝まで覆った裾の下からは埃だらけの裸足の脚と、ほとんど真っ黒になった硬い足裏が覗いていた。ウエストに巻かれたボロ布がベルトの代わりだった。彼はそれ以外に何の服も着ているようには見えず、セーターのほつれがひどいところから素肌がちらりと覗いていた。

二人目の人物はずっと年上だったが、それでも精々20代半ばと思われた。くしゃくしゃの汚い金髪と濃い茶色の眼をしたヒューマンで、肌は良く日に焼けていた。彼の革と金属の混じった鎧、傷跡、入れ墨、筋肉質の体つきから、セバスチャンにはゼブランに紹介を受ける前にこの男は傭兵だろうと見当が付いた。果たしてその通りだった。この男は名をディランと言い、傭兵時代に片脚に受けた怪我が元でびっこを引く様になり、傭兵稼業を辞めもう少し穏やかな職に付きたいということだった。ゼブランは大公に、この男は武器の扱いに熟練していて十二分に戦える、ただもはや長距離を徒歩で行軍することが出来ないだけだと保証した。

エルフの少年は孤児で、昨年の冬に何処からかスタークヘイブンに訪れた間に、母親が病に倒れ死亡したと言うことだった。彼はほとんど口を聞かず、ゼブランが彼から聞き出したことによると、彼はどこから来たのか、上流か下流かさえ覚えておらず、彼と母親の行き先がどこだったのかも不明だった。以前に住んでいた場所に付いて彼がほんの少し語った内容は、マイナンター川沿いのどんな集落にも当てはまった。彼の名はピック――恐らくは何かの省略系かあだ名と思われたが、彼はそれ以外の名は覚えていなかった――で、隠し持っているナイフをとても上手く使うとゼブランは説明した。その言葉にセバスチャンは驚いて片眉を上げると、もう一度少年をよく見ようとした――彼はこの痩せこけた少年が武器を持っているとさえ気付いていなかった。

「彼をあの子の遊び相手兼従者として使ってやってくれ」とゼブランはひどく真剣な表情で言った。
「彼がユアンの部屋で眠り、どこにでも付いて行ったとしても、誰も取りたてて気にしない。まだ幼いし身体も小さいから、大抵の侵入者は彼を『ただの子供だ』と思うだろうね。だけど路地裏で一人で生活する間に、彼はとても用心深く、隠れた危険を見逃さないようになった。僕が彼にナイフ使いの訓練と、それ以外にも身に付けるべき技能を教えよう。この年にしては既に大層良い腕前だ。僕の訓練を終えるときには、ユアンの背後を護るのに最も相応しい仲間になるだろう。
それとその件に関して、僕にユアンとナイウェンの両方に、武器の扱い方を教えさせて欲しい。誰も子供が身を護る方法を知っているとは思いもしないから、もし本気で誰かが彼らの命を狙った場合、生き延びる可能性がずっと高くなる」

セバスチャンは考え深げに頷いた。
「その件は考えておこう、今すぐ決めるわけには行かないが」と彼は言って、少年に振り返った。
「この仕事をやりたいか、ピック?」と彼は興味深そうに尋ねた。
「城の中に住んで、ゼブランから訓練を受けたいか?」

少年は痩せた肩を竦めた。
「飯がいっぱい食えて、路地裏から出れて、そんで楽な仕事だって……うん、やるよ」

セバスチャンは微かに笑った。
「それと良い服に温かい風呂と、他にも幾つかあるね」と彼は言ってゼブランを見やった。
「さて。君は実に良い候補者を選んでくれた。次は何かな?」

ゼブランは微笑んだ。
「ディランとピックに、適当な装備一式と、ユアンの家中の 1お仕着せを着せ、彼らの仕事内容を更に説明した後で、今日の午後に城に連れて行こう。その時に彼らが受け持つことになる相手に会えるだろう」

セバスチャンは頷いた。
「装備を揃えるのに金が必要かな?それとも後で支払うことにしようか?」

「後で構わないよ」とゼブランは言った。
「全部用意が済むまで数時間はかかるだろうね。準備が済み次第、君の執務室に連れて行くことにしよう」

セバスチャンは頷き、後を彼に任せて立ち去った。


ゼブランはもう一度二人を眺めて満足げに頷き、セバスチャンの書斎の扉をノックした。
「セバスチャン?ボディーガードの二人を連れて来たよ」と彼は静かに言った。

セバスチャンは取りかかっていた仕事を放り出し、彼らを出迎えるため急いで居間に向かった。大公の顔に浮かぶ、二人の変貌ぶりに驚いた表情にゼブランはニンマリと笑った。

彼らは全身を綺麗に洗って髪を切り、きちんと櫛を入れ、どこに出しても恥ずかしくない風体になっていた。彼らが身に付けた装備は、その基調の色と素材は同じでも、全般的に大きく異なっていた。二人は深緑色のリネンシャツと濃い茶色のスウェード革のレギンスを共に着ていたが、それ以外の装いは顕著に異なっていた。ディランは控えめで、しかも効率良く防御出来る鎧――胴鎧に肩当て、手首から肘までを覆う篭手、太腿の半ばまで覆う幅広の革片からなる前垂れ、それに丈長のブーツ、全て光沢のある金茶色の、厚手の革で作られた――を服の上に身に付けていた。
一方ピックはやはり同じ厚手の革で仕立てた、ごくあっさりした袖無しの胴着にベルトを締め、それが胸元から太腿まで覆っていた。これも目立ちにくく、しかも効率の良い鎧だった。

彼らの長袖のシャツとレギンスは、ディランの傷跡や入れ墨のほとんどを覆い隠し、今のピックの痛々しいほど痩せこけた姿も上手く誤魔化していた。ディランの服はぴったりと身体に合って、鎧を着ても布地が余ってシワになったり、あるいは突っ張るようなことは無かった。一方ピックの服は今後体重が増え、年相応に成長しても大丈夫なようにたっぷりと余裕があり、同時に幾つかの武器を隠し持って取り出しやすくなっていた。
セバスチャンは、この少年は少なくとも短剣を2本は持っているだろうと判断した――1本は彼の左袖に、そしてもう1本は右くるぶしに結び付けた鞘の中――そして恐らく、ゼブランの例からすれば、まだ他にも。ピックの裸足に、彼はふとフェンリスのことを思い出して微笑んだ。ともあれ、この少年が冬に温かな冬靴を履くことに、あのウォーリアーほど抵抗を示さなければ良いのだが。

「さて、君達を連れて行ってユアンに会わせることにしようか」と彼は微笑みながら言い、先に立って居室を出るとユアンの部屋へ向かった。

彼はこの日早くにユアンの元を訪れ、新しい使用人が入ってくることを既に知らせていたが、ピックの隠れた役割は秘密のままにしておいた方が良いだろうと考え、ただボディーガードと遊び相手を一人ずつと説明していた。ゼブランと共に彼が部屋に入り、ピックとディランが後に続くと、ユアンは立ち上がって出迎えに走ってきた。
背高で肩幅の広い、新しいボディーガードの姿を見て彼は大きな目を見張ったが、明らかに少年の方により関心があるようだった。セバスチャンはユアンに二人を紹介し、ピックをナイウェンと子犬のティーグのところへ連れて行かせる間に、彼はディランをメリドワンに紹介した。

彼女は用心深く男をじっと見つめ、ともかくもっと良く彼のことを知るまでは、彼をどう見るか保留しようと思っているようだった。一方ディランの方は、彼なりに礼儀正しくそつの無い態度で応対した。お互いの紹介が終わった所で、ゼブランは彼を居室とその周辺の案内に連れ出し、ディランが知っておく必要のある、全ての進入路となり得る場所と安全措置について指示して廻ることにした。

セバスチャンは後に残り、しばらくの間メリドワンと話しながら子供達を見ていた。ディランは昼間はずっと居室の中で警護に当たり、ユアンが居室から外に出る時は常に同行する、とセバスチャンは彼女に説明した。ピックはユアンの遊び相手であると同時に従者となり、夜は彼の寝室で眠ることになっていた。移動式のベッドが今晩までには寝室に運び込まれるだろう。

居室周辺の視察から戻った後、ディランは速やかに全ての出入り口を見渡せる場所を見つけだし、立哨の長年の経験を持つ者だけが知る、楽でしかも油断の無い姿勢を取った。セバスチャンは、後で彼をセリン衛兵隊長に紹介して、隊長にこの男を新たに雇い入れたのは城の警護を彼が考え直した訳では無く、単にユアンに相応しく、信頼出来る使用人からなる、彼のみに従う家中を作り上げるための一環に過ぎないと説明しなくてはなるまいと考えた。もちろん、少なくともユアンが自分の事を自分で決められるようになるまでは彼とセバスチャンに、しかし後にはユアンのみに従うことになろう。
これはディランにとって、とても良い地位だった。もし彼が任務を立派に果たし、彼が護衛する少年から信頼と友情を得るならば、少年が成長しより数多い従者や衛兵を抱えるようになった時、ディランは恐らく衛兵隊長の立場に付きユアンの家中の衛兵全てを取りしきることになるだろう。

ピックは最初の間ひどく静かで、どう対応したものかと戸惑っているように見えたが、大人に囲まれた世界で年の近い、しかも同性の少年を見つけて眼を輝かせたユアンの熱烈な友好ぶりと、彼らの小さな遊び仲間に彼を優しく受け入れるナイウェンの様子に、彼もすぐに気を許して遊びに加わろうとする様子を見せるまでになった。ゼブランとディランが戻って来るよりも先に、ピックはユアンとナイウェンと共に膝を着いて座り込み、彼らが口々に熱心に説明する、様々な形や模様の彫られた素朴な積み木と、何体かの小さく柔らかな布人形を使った『ごっこ遊び』の約束事に聞き入っていた。

メリドワンがピックの姿を見て僅かに眉をひそめるとセバスチャンににじり寄った。
「あの子はひどく痩せていますね」と彼女は静かにささやいた。

「ああ、栄養のある物を沢山食べさせてやらないといけない」とセバスチャンは穏やかに答えた。
「彼は孤児でね。どこからここに来たのかさえ覚えていない。ゼブランは一体全体彼をどこで見つけたのか、恐らく、下町のどこかの路地裏だろうと思うが。ゼブランがさらに彼に訓練を受けさせることになる」と彼は付け加え、彼女の眼に理解の色が浮かぶのを見た。彼女は賢い女性で、ゼブランの背景も十二分に承知していた。

彼女は考え深げに頷き、少年をより熱心に見つめた。
「ええ、あの子が美味しい食事をたっぷり摂れるように致しましょう。それにヴェイル家にお仕えする上で知っておく必要のあること全てを、きちんと教われるように」と付け加えると、彼女は温かな笑みを浮かべ三人の子供達が遊ぶのを見守った。ごっこ遊びの最中に子犬のティーグが乱入して、エルフの少年の顔を熱心に舐め、少年は突然顔をほころばせて笑った。

セバスチャンもそれを見て微笑んだ。多分今日が終わる前から、メリドワンはあの少年を可愛がり母親のように優しく面倒を見ようとするだろう。彼はピックが嫌がらずに彼女を受け入れることを願った。彼はまだ、優しい母親代わりの手に抱かれても良い年頃だった。

彼はゼブランの選択に大いに満足していた。アサシンの言うことは正しかった。誰もピックを見て、彼が部屋の隅に立つ武装した衛兵と同様、ユアンのボディーガードであると思う者はいないだろう。


Notes:

  1. household:家中(かちゅう)あるいは所帯。五歳の少年に家中も何も無いだろうと思うが、やはり貴族様の嫡子は違う。彼の乳母、彼の従者に護衛、彼の召使い他諸々については、彼の紋章を付けたお仕着せ、つまり制服を着ることになる。94章で後にゴレンの配下と判った衛兵を遠目に見て、セバスチャンが「私の紋章とは違う」と言っているように、個人識別のためなので実の親子でも紋章は違う。
    さらにユアンの家中のお仕着せは深い緑色を基調としているようだ。ちなみにセバスチャンの家中はアスパラガス色。ナイウェンについては後で出てくるが正式に庶子と言うことになったので、こうした扱いは無い。
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