第102章 海へ

ゼブランは早春の爽やかな空気を胸一杯に吸い込み、彼の側を馬に乗って進むフェンリスを見て微笑んだ。乗馬には実に相応しい素敵な朝だった。それに彼が二人の行き先を楽しみにしているのも、また確かだった。セバスチャンは昨日の昼食の席で突然、アサシンに一組の馬を贈ることにしたと言って彼を驚かせ、そして彼は今日自分で馬を選びに行くところだった。

「もし君がここに相当の期間留まるのであれば、間違い無く馬が必要になるからね」とセバスチャンは言ったものだった。
「そしてもし君が旅立つなら、さらに間違い無く馬が必要だ。私の馬達の中から、君の気に入る馬を選んで構わないと記した手紙を渡そう。フェンリスがいつでも都合のいい時に、馬牧場まで案内してくれるだろう」

ゼブランはその贈り物を大層嬉しく思った。しかしながら、果たして彼の望みに合うような類の馬が大公家の牧場で見つけられるものかとも思っていた。彼はフェンリスの素晴らしい馬を大いに称賛していたが、そのような印象的な馬を自分自身のために欲しいとは少しも思わなかった。彼らはあまりに注目を集めすぎるし、注目は何より彼の避けたいところだった、ともかく、屋外にいる間は。しかしセバスチャンがその馬牧場について説明するところでは、あらゆる種類の馬が育てられていると言っていたから、恐らくもっと目立たない普通の見かけの馬も幾らかいるだろうとは期待出来た。

牧場まではそれほど長くは掛からなかった。街からゆっくりした騎乗でも二時間も掛からない、広々とした牧草に覆われたなだらかな丘陵地帯にあった。彼らが中庭に入ると誰かが外に出てきて彼らを出迎えた。フェンリスの知っている誰かだったようで、彼は控えめに笑って頭を下げ、馬から降りた。男の目はまずアリに向けられ、彼は馬をしげしげと凝視した後、にこやかな笑みを閃かせ、それからようやくエルフ達に振り返った。

「実に良い状態のようだ」と男は満足げに言った。
「今日は何のご用かな?」

「それであなたが厩舎長かな?」とゼブランが尋ねると男は頷いて見せた。ゼブランは一歩進み出て、セバスチャンからの案内状を彼に手渡した。男は手紙の封を切り中身を開きながら不思議そうに彼を見て、それから手紙に視線を戻すと中身をざっと読んだ。彼は一つ唸ると手紙を折り畳み、より一層不思議そうな視線をゼブランに向けた。
「ここの馬の中で、君の気に入るものを選ばせるように、とのことだが」と彼は言って、微かに顔をしかめた。
「どういった馬が良いか、何か好みの種類はあるかな?」と彼は用心深げに尋ねて、微かに心配そうな様子でアリアンブレイドをちらりと見つめた。

ゼブランは彼一流の人好きのする笑顔を浮かべた。
「ええ。あなたの最良の馬を連れて行こうとは思っておりません、どうぞご安心を。ここの素晴らしい馬は大いに称賛する所ですが、僕自身が乗る分にはもう少し……目立たない馬を頂きたい。振り返って見ようとは誰も思わず、誰からの興味も、強欲も引かないような馬を。正直に言えば、フェンリスのアリのような目覚ましい馬を育てられる厩舎が、僕の望むような類の馬を飼っているか若干心配しているのですよ、ですがヴェイル大公が言うには、ここでは例えば召使いが使うような、より普通の馬も育てているとか?」

厩舎長の唇にゆっくりと笑みが浮かんだ。
「ああ、その通り。それにここでは馬だけでは無く、馬の世話や調教する者達も同時に育てているから、本当にごく普通の馬も多少は飼っておる――選別に漏れたような馬も――厩舎の下働きや、馬丁の練習用に訓練されてな。皆充分訓練されているとは限らんし、若い連中の才能と、訓練の過程次第だが、少なくとも良い態度の馬が一握りはおるはずだ。もし良かったら、一番価値の低い馬から始めて、だんだんと良い馬の方に見ていけばいい」

ゼブランは大きくにっこりと笑った。
「ぜひそうさせて貰いましょう」と彼はにこやかに言った。

「結構だ。厩舎の中で正式に見るのをお望みかな、それとも……?」

「放牧場でも厩でも、どちらでも、馬達がいるところで構いませんよ。必要以上にここの仕事を邪魔したくはありません」とゼブランは言い、厩舎長はそれを聞いて納得したように頷いた。

彼らは下働きの少年がアリの馬具を外して、馬を選んでいる間は近くのパドック 1で美味しい草を食べるよう連れて行くのを見守った後、裏の小道を辿って一番離れた馬小屋へと向かった。ゼブランは通りすがりに辺りの馬達を眺め、そこに居る馬達に喜んだ。実に様々な色合いの毛皮をした、あらゆる種類の良い体型をした健康な馬達が其処此処に見られた。

練習場に近づいて来たことが彼には見て取れた。馬達の質は明らかに落ち、同系統の馬達の小さな集団というよりはむしろ、まぜこぜの大集団で、しかもポニーから牽き馬まで一緒くたになっていた。多くの馬には体型に明らかな欠点があった。外側に反り返った脚、凹んだ背中、伏せられた臆病そうな目、反りのある首筋、等々。ここの馬達は外見から覚えられやすく、ゼブランは興味を持てなかった。

彼らが厩に到着したあと、厩舎長は下働きの少年達を呼び寄せて命令し、すぐにゼブランのところへ選別外となった馬達の集団が連れてこられた。男があまりに目立つ、あるいはあまりにみすぼらしい体型や、突飛に過ぎる毛色の馬を避けるように命じたことにゼブランは喜んだ。そして彼の呼び寄せた馬は、どれも良く訓練されていた。ゼブランは馬達を調べ、何頭かは長い紐に繋いだまま走らせて見て、それから数頭に乗ってみた。
最初の集団はどれも気に入らなかった。二番目の、少しばかり良い馬の集団が連れてこられ、そして三番目の集団になって、ようやくとりあえず分けておこうと思う馬が見つかった。大きな痩せこけたように見える馬で、もじゃもじゃのねずみ色の毛皮をしていた。すらりと伸びた長い首筋と小さい頭、それにどことなく邪悪に見える目つきで、もし外見だけ見れば噛みつきそうに見えたが、実際には良く躾けられた上品な態度と、とても滑らかな歩き方の馬だった。

他の馬達はどれも彼の好みには合わず、彼らは別の厩へと向かった。そこは長距離を走るために育てられた馬達が飼われている馬屋だった。ここでゼブランはすぐに二頭目の去勢馬を選び出した。どこと言って目立たない茶褐色で、前肢だけ靴下のように白く色が変わり、滑らかな歩き方の馬だった。

彼らは母屋に戻って昼食を摂り、厩舎長はフェンリスと食事の間中ずっとアリのことを話していた。彼はフェンリスがあの雄馬を大層気に入っていると知って大いに喜び、この機会にとフェンリスに時折アリを連れて農場を訪れてはくれないかと尋ねた。そうすればアリを繁殖に使うことが出来た。農場は街から簡単に日帰りできる距離でもあり、フェンリスは即座に承諾し、それを聞いて男はさらに嬉しそうだった。彼は相応しい雌馬がその時期になれば、城にフェンリス宛で伝言を送ると約束した。

彼らの食事が終わる頃には馬達は既に準備を整え出発するばかりとなっていて、もじゃもじゃのねずみ色の毛皮も、その間に滑らかに刈り調えられて、恐らく一日か二日は毛がちくちくするだろうからと、ゼブランが乗るための馬具は茶褐色の馬に載せられていた。彼がここまで乗ってきた馬は、後で厩から戻されることになった。彼は厩舎長に礼を言って、それから彼らは街へと出発した。

「僕専用の馬が持てたからには、君の朝駆けに着いていっても良いかな、それとも君一人の方が良い?」とゼブランは尋ねた。

フェンリスは横目で彼を見て微笑んだ。
「たまには同行者も悪くないな」と彼は頷いて言った。

「良かった」とゼブランは大きくにっこりと笑って言った。
「じゃあ行ける時は出来るだけ行かないとね」


イザベラはスタークヘブンでの最後の夜を大いに満喫した、例えそれがアンダースのコテージでのセバスチャンとアンダース、フェンリスにゼブランとの静かな夕食以外に、何も取り立てて彼女好みの刺激的な出来事は無かったにしても。このコテージは実に可愛らしく、彼女自身の連れがここに居てくれたなら、この友人達との和やかな集まりもさらに楽しめたことだろう。

それでも彼女には、これほど見栄えのする男性達と過ごす機会を無下にするつもりはさらさら無く、この次にカークウォールを訪れた時に、彼女の語る四人と、彼らの間柄の話を聞いてヴァリックがどう反応するかを想像して楽しんでいた。それも遠いことでは無いだろう。セバスチャンは伝言を送るために彼女に気前よくはずんだ――公式も非公式も両方の――彼自身と他の者から、アヴェリンとヴァリックへの伝言と、それとアヴェリン、ドニックと幼いローランドへの贈り物も一緒だった。

彼女がここに戻ってくることは恐らく当分無いだろう、それが残念だった。彼女の船の喫水 2は、一年のほとんどの間マイナンター川をここまで遡るには危険なほど深かった。ここに滞在したほんの数日の間でさえ、マイナンター川の水位は春先の雪解け水による最高位から普段の夏の水位に向けて大きく下がりだして、彼女は少しばかり気がかりだった。まだそれほど心配する程では無いにしても、既に荷物は全て積み込んでいて、明日の夜明けと共に出発出来ることを嬉しく思った。

昨晩とは打って変わりアンダースのコテージの小さなテーブルに押し込まれた5人は、それでも楽しい夕食を終えて、それから二階の、実に可愛らしく居心地の良い書斎に引き上げ、座ってワインを傾けながら、大体はカークウォール時代の彼らの思い出話に時を過ごした。それも終わった後で、セバスチャンは自ら彼女を船まで送った。無論彼自身の他に、彼の護衛も一緒に付いてきたが。彼女はもう一晩城に泊まることも出来たが、しかし彼女自身また旅立つのを心待ちにしていた。川の水位だけのことでは無く――そもそも彼女は一つの港に長く止まるのが好きでは無かった。カークウォールは唯一の例外で、その時は他に選択肢が無かったわけではあった。

彼らは彼女の船が泊まる埠頭で、二人とも注意深くほどほどに格式張って別れの挨拶をした。彼女が道板を渡って船に上がろうとした時、セバスチャンが彼女を呼び止め、およそカークウォール時代には見せたことも無いような態度で、驚くほど優しく彼女を抱きしめた。

「あなたも随分変わったわね」と驚いて彼女は言った。

彼はニヤリと笑った。「良い方になら良いが」

彼女は温かく彼に笑いかけた。
「まあ、は間違い無く今の方が好きよ」と彼女は言って、身を屈めると彼にキスをした。礼儀正しく、頬に軽く唇を当てるだけで、それ以上でも以下でも無かった。

セバスチャンは同様に暖かく彼女に微笑んだ。
「また君と会えて嬉しかったよ、イザベラ」と彼は言った。
「もしまたここに来ることが出来なくても、手紙を書いてくれ。君からの知らせを聞いて喜ぶのは、私だけでは無いだろうからね」

イザベラはニヤッと笑った。
「ええ、そうするわ」と彼女は約束した。「さよなら、セバスチャン」

「元気で、イザベラ」と彼は言って、彼女が船に乗り込むのを見守った。彼は片手を上げると、身を翻して歩み去り、彼の護衛が後ろに付き従った。

この街がこうも内陸深くにあるのは本当に残念だった。再びあの四人と会えて彼女はとても嬉しかったし、さらに長い間彼らと過ごす時間が取れればもっと良かっただろう。しかし大海を走る、自分の船の甲板こそ彼女がいるべき場所、汽水港すらない内陸国はお呼びでは無かった。

それでも、彼らを懐かしく思うのは間違い無かった。


Notes:

  1. paddok:厩舎の近くにある、囲われた芝生の領域。
  2. 浮かんでいる船の、水面から船体最低部までの長さ。
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第102章 海へ への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    >それにどことなく邪悪に見える目つきで、
     もし外見だけ見れば噛みつきそうに見えた

    ああ~ハイハイ。アレだ。要するに”ナサニエルみたいな”
    ってことで間違いないんですなw

  2. Laffy のコメント:

    え、ナサニエルってそんな顔してましたっけ?印象薄いなあ。顔の横で三つ編みしてる人ね。
    道理で、それでか。

    Anders/NathanielのFanficで大概アンダースがsubmissiveになってるのはどうしてかと(以下略

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