3.上町の強盗団、不覚を取る

俺が遺言状を見せた時、カーヴァーに何が起きたか母さんは即座に悟った。俺がやつを家に連れ戻した時にそれほどひどい怪我のようには見えなかったお陰で、母さんは弟をトラブルに巻き込んだことを厳重に注意しただけで俺を解放してくれた。全くアンダース様々だ。母さんはまた別の子供を亡くすのだけは避けたいと思っているから。

遺言状自体に関しては、ギャムレンの着いていた嘘の全貌を知った時には、俺は心底やつのガタガタの歯を並び替えてやろうかと思った。こいつは母さんとその子供、つまり俺達か受け取るはずだった遺産全てを巻き上げた上、厚かましくもそいつを自分で『運用』して全部すっちまいやがった。その話をしていた時、まだカーヴァーがベッドから起き上がれなかったのは、こいつの運が良かったとでも言うべきだろう。

だけど母さんは怒っていなかった。母さんの両親が彼女を最後まで愛していたというのが判っただけでも充分で、それが一番大事なことなんだろう。少なくとも俺はそう自分に言い聞かせた。母さんの笑顔を見るのは良いものだ。
とにかく、あの家の権利を俺達が主張することは出来た。そもそもギャムレンにはあれを無くす権利も無かった訳だから。だけど俺達にその手の裁判を起こすような金は無かったし、今あの場所の所有者になっているのは、およそ真っ当な争いをしてくるような連中でも無かった。はっ、まるで月にある家を貰ったような物だ。

アンダースが一度カーヴァーの様子を見に訪ねて来てくれた。彼がタダで働いていることを知った母さんは彼の骨に身を付けてやることでお返しをしようと決心したようで、彼を夕食に誘い、帰るときにはサンドウィッチとクッキーとか焼き菓子を持たせた。見るからに嬉しそうなアンダースの顔付きは、見ていて不快じゃあ無かった。

ギャムレンはこの家は動物園になったのかとブツクサ言っていた。
俺は言ってやった、もしそうなら誰がサルかはみんな判ってると。

その説で言えば、アンダースは風変わりな鳥だった。彼は俺達の家にしょっちゅう顔を見せるようになり、最初俺は単に母さんの料理が目当てだと思っていたが、しかし実のところやつは俺の仕事場でほとんどの時間を過ごしていた。しかも、喋りっぱなし。俺がどれ程あからさまに書類をバサバサとめくってやっても、この男と来たらひたすら話し続けた。

「革命が必要な時が来ているんだ、トリップ。メイジにも、他の人々と同じように生きる権利が与えられなければならない。そうすれば君の家族は君のために犠牲を払わなくても済んだ。とりわけ労働者階級の家族にメイジが産まれた場合はもっとも被害が大きくなる」

「アンダース、君がそこでカーキ色の連中についてうだうだ言ってると、せっかく今朝の四コマが面白いのも台無しになっちまうんだがな」

驚いたことにアンダースは俺の手から新聞をひったくると、机に手を付いて俺を見おろした。
「新聞の漫画よりもこの話の方が大事だと思わないのか?君こそメイジが危険なんかじゃ無いという証拠なのに」

「俺達は危険だ。新聞を返せ、でないとどれだけ危険か証拠を見せてやるぞ」

やつは新聞を返さなかった。
「だけど僕達は魔法をコントロール出来る。そもそも一生サークルに閉じ込められるか、あるいは一生の間ビクビクしながら逃げ隠れする必要が無ければ、メイジがブラッド・マジックを使うような羽目になることだって無いだろうに」

一発パンチを食らわせるのが良いか、それとも単に押し倒して新聞を取り返すのが良いかと俺は考えたが、その時邪魔が入った。それが初めてのクライアントだったんで、俺の正気もアンダースの鼻柱も両方無事で済んだ。彼女の依頼は逃げた猫を探してくれということだった。はいはい、何でもさせて頂きますよ。

またもや驚いたことに、アンダースも大乗り気で俺に付いてきた。それで俺達はその日の午前中ずっと尻尾を追いかけ、どうにかクライアントのお気に召すくらい充分元の猫と近いやつを見つけた。アンダースはどうやってか更に6匹も余分に見つけ出した。

その子猫たちをアンダースは連れ帰って、台所の段ボール箱の中に入れると、うちの冷蔵庫からミルクを出して与えた。

「そいつらを一体どうするつもりなんだ?まさか食うんじゃ無いだろうな?」

「トリップ!どうしてそんなひどいことを!ちゃんとこの子達には家を見つけてやるよ」
そういいながら彼は実に優しい笑顔で子猫たちを見つめていて、俺としてはそれ以上何も言えなかった。彼は子猫を診療所に持ち帰り何ともひどい名前を付けていたが、ともかく猫達のお陰で、空想上の革命の他にも彼が俺の仕事場で話す話題が出来た。

さっきも言ったように、彼は実に風変わりな鳥だった。


その週末には、家に閉じ込められているのはうんざりだとブツクサ言うくらいにカーヴァーは回復していた。俺は適当に相づちを打ってやり、それから表に出た。ヴァリックの店に行こうとぶらぶらと階段を降りたところで、ちょうどアンダースが彼の店に置かせようと小冊子を押し付けている所と出くわした。

「これはタダで配ってくれて良いんだ」とメイジは説明していた。

「タダで物をくれてやる訳には行かないぜ、ブロンディ。俺の評判にかかわる」

俺の足音を聞きつけて二人は振り返った。「ホーク」

「やあ、今日は良いお出掛け日和だな。二人ともちょっと郊外に付き合わないか?」

「何でだ?豚の糞の匂いが懐かしくなったか?」とヴァリック。

俺はヴァリックの餌には食いつかなかった。
「約束が有ってね」俺はそう言いながら、手に持った丸い物体を連中の前で振った。

「それはなんだ?」とアンダースが尋ねた。

「フィルムだ。映画館で使うような」

ヴァリックは彼の椅子にもたれ掛かり、両手の指先を合わせるとニヤリと笑った。
「なんか面白い話がありそうだな」

俺はヴァリックの机の端に座ってタバコに火を付けた。
「アヴェリンとの約束の時間までまだ少しある。俺達がロザリングを逃げ出した時に起きた本当のことを話してやるよ」


俺達が逃げ出した時には、実際もうほとんど手遅れだった。ダークスポーンはオスタガーの戦場から群れをなして押し寄せてきて、連中の進軍を留められるものは何も無かった。ロザリングは煙に覆われた廃墟に変わり、俺達は着の身着のままで逃げ出した。それからオーガがベサニーを殺し、俺達の逃げ足はアヴェリンの夫ウェズリーの怪我のせいでどんどん遅くなった。

俺達の上空では高射砲が爆発し、東から途切れることなくダークスポーンの兵隊が押し寄せてくるようだった。カーヴァーはまだライフル銃を持っていたが、残りの弾は少なかった。

俺達はよろめきながら小さい丘を越したが、その向こう側、俺達と安全な場所の間には敵軍が居た。進軍するダークスポーンの兵隊とオートバイとトラックの列が、どこまでも続いているように見えた。最初連中は地面にへばり付き震えている俺達に気が付かなかったが、斥候部隊がやって来た時、大軍の近くでカーヴァーのライフル銃が使えるはずも無く、全部俺とアヴェリンで相手をすることになった。

俺は疲れ果て、両肘まで血に染めていた。たった一人のメイジが出来ることなんて限られてる。その内、連中の一匹が逃げ出した。カーヴァーがライフルで撃ち倒そうとしたが、遠すぎて外した。もう駄目だってことが判って、俺達は顔を見合わせた。相手が多すぎるんだ。

ダークスポーンの一個中隊が俺達の方へと丘を登ってくるのを見ながら、最後の抵抗にと塹壕を掘っていた、その時俺はあの音を聞いた。

何とも言いようのないカタカタという音と共に、灰色の空から飛行機が舞い降りてきた。双発機で、機体は真っ赤に塗られていた。カーヴァーがフェラルデン軍のじゃないと言ったが、だがダークスポーンのでも無かった。飛行機のパイロットが機銃を掃射し、俺達が地面に伏せて見守る間にダークスポーン共をまるで大鎌の前の麦のように刈り倒した。あれほど素敵な風景は、それまでの人生でも滅多に見たことが無い。

今度はダークスポーンが撃ち返し、パイロットは飛行機を急上昇させて、あんまり角度がきつかったから俺は絶対失速すると思ったくらいだ。だけどそれからパイロットはもう一度掃射し、その前には小型の爆弾も落としてたと思う。とにかくもの凄い炎が立っていた。

ダークスポーンの一個中隊が全滅するまで、30秒も掛からなかっただろうな。

俺達は立ち上がって歓声を上げながら飛行機に向けて手を振った。もし連中が友軍なら、ひょっとしたら俺達の脱出を助けてくれるかも知れないからだ。驚いたことにパイロットは開いた道を見つけて、着陸した。

俺が予想していたのが何であれ、その時見た物とは違っていた。パイロットは俺達と話すために飛行機から降りてきた。その服は軍服じゃなかったが、ぴったりしたフリースのジャケットにパンツ、良くパイロット連中が着ているようなやつだ。デートに行くときに着たいような服じゃあ無いにせよ、中のボディにはチャントリーのお堅い聖職者だってよろめいただろう。

「待った、じゃあそのパイロットは女だったのか?」

「うるさいよブロンディ、大事なところで邪魔するな。話を続けてくれ、トリップ」

彼女が俺達の所に向かってきた時の堂々たる歩きぶりと来たら、まるでこの戦場全体を支配している様だった。多分そうだったんだろう。俺がぽかんと口を開けていたのは間違い無かった。彼女はそれから革製のヘルメットとゴーグルを取って、真っ白な髪の毛を背中に投げやった。

「おや、おや」彼女が言った。「一体何事だい?」それまで俺が聞いたことも無いような声だった。粉々にしたガラスの入った年代物の赤ワイン、そんな風に俺は思った。

彼女は俺達にフレメスと名乗った。伝説の荒野の魔女だ。と言うより、俺達は彼女がそうだと思った。彼女が言うには死んだオーガを見て、何が起きたのか気になったと言うことだった。俺はきっと何か他にもあっただろうと思ったがね。話す内容よりも彼女は遙かに多くのことを知っているような、そんな印象だった。

結局俺達は取引をした。彼女が俺達を海岸まで行く手助けをして、その代わりに俺達がこのフィルムをサンダーマウントへ登る道の途中にあるデーリッシュ村へ届ける。正直な所、去年俺達はレッド・アイアンで働いていてあんまり忙しかったんで完璧に忘れていたんだ。だけど俺が思うに、この恩は返さないといけない。


ヴァリックとアンダースは話に乗ってきたのは、言うまでも無かった。

アヴェリンはいつも通り、時間ぴったりに現れた。アヴェリンがどんな女かというのは難しい。だがもし彼女が居なければ、俺達がロザリングを脱出出来なかったのは確かだ。今は警官をやってる、メイカーよ我らを救い給え。だけど彼女はあまり嬉しくは無いようだった。このご時世になっても制服を着る女の数はまだまだ少なかったし、彼女も何時も軽い仕事ばかり廻され書類をタイプしろと言いつけられていた。彼女の才能の全くの無駄遣いだってことは、俺には判っていた。

だけど彼女はじっと歯を食いしばって頑張り続け、そしてたまに連中が彼女のやりたいようにやらせる時には、それまでの欲求不満を当然の報いとして相手に叩きつけていた。ともかく、彼女は今日は非番だった。

サンダーマウントはカークウォールからそれほど離れている訳では無かったが、もちろん歩いて行くには遠すぎた。行き来する車も多少はあって、ようやく俺達は市場から戻る途中の農夫に乗せて貰うことが出来た。彼のピックアップ・トラックの荷台は酒臭かった。俺達は何も言わなかったが、アヴェリンは眉間に皺を寄せた。 1

街から離れて新鮮な空気を吸うのも、たまにはいいもんだ。俺達はガタンゴトンと跳ねるトラックの荷台でヴァリックの話を聞きながら、フレメスのフィルムの中に何が映っているのかと思いを巡らせた。ホースももちろん俺達と一緒で、そのおんぼろトラックがウーンデット・コーストを巡る急な坂道をよろよろと登りだすと、ホースも道に沿って後を付いて走り、俺達が帽子を振って応援してやると舌を突き出しながら尻尾をパタパタ振って喜んだ。

後のことを考えれば、俺達は無駄口を叩かず体力を温存するべきだったんだ。サンダーマウントへの途中で俺達は降ろされ、そこから荒れ果てた道を登る羽目になった。

「何だってそのフレメスは、山の麓にある村を選ばなかったんだ?」とアンダースが尋ねた。彼の色白の肌は既に日焼けで赤くなり、汗で額に髪の毛がへばり付いていた。

「行きましょう」アヴェリンが山道を登り始め、俺達は上着を脱いで肩に掛けるとその後を付いていった。

weatherboard-houseこのデーリッシュ村に名前があるのかどうかさえ、俺には判らなかった。何の標識も見当たらず、ただ古ぼけてペンキを塗り直した方が良さそうな下見張りの壁の農家と、くたびれたピックアップ・トラックがあるだけだった。連中はしょっちゅう訪問者を迎え入れる様では無さそうで、連中の半分は俺達をぽかんと見つめ、そして幾人かのエルフ達が俺達を睨み付けて、とっとと失せろと伝統的な歓迎の挨拶をかましてきた。

「俺達は警察じゃ無い」と横目でアヴェリンをちらっと眺めながら俺は言った。
「ここには届け物に来ただけだ、用が済めばさっさと帰るよ」

「何か飲むものもくれないのかな?」とアンダースが哀れっぽく言った。

「待って、彼は多分キーパーが話していた人よ。あんたが訪ねて来るのを待っていらしたわ」と一人のエルフが言ったお陰で、俺達は彼らの地面に立って彼らの空気を呼吸することを許された。これこそが田舎の持てなしの心だ。

キーパーという女性はずっと親切そうだったが、やっぱり飲み物は出なかった。それどころか、彼女はそのフィルムの缶を受け取ろうとはしなかった。

「この山のもっと上まで持って行かねばならぬ。私のファーストに儀式を執り行わせよう。それで、お前の恩義は全て帰される」

山のもっと上ね。そうだと思ったぜ。

cloche一体何を探せば良いのか良く判らなかったが、とにかく俺達は村から続く轍の跡を登っていった。すぐに俺達はとびっきりの美少女を見つけた。彼女は草の生えた路側帯にちょこんと腰を降ろし、縁飾りの付いたピンク色のパラソルが彼女の頭上に影を落としていた。淡緑色の半袖シャツにスカート、絹製のクローシュ帽の下からほとんど黒に見える焦茶色の髪とエルフの長い耳が覗いていた。間違い無く彼女の一張羅だろう。ここの他のエルフ達は皆、農作業向きの服を着ていた。彼女が一体どこに出かけようとお洒落をしているのかは知らないが、彼女をエスコートしようと思わないようなやつは男じゃ無い。

俺達の足音を聞きつけて、彼女は飛び上がった。

「ああ、びっくりした。来るところが見えなかったの。キーパーが話していた方に違いありませんね。あの、ごめんなさい、あなたの名前は知らないの。ヒューマンに名前を聞くのは不作法で無ければ良いんだけど。私、今まで一度もヒューマンと会ったことが無いから。私はメリルです、その、何時もこうなんです、とりとめの無いことばっかり言って。ごめんなさい」

「俺はトリップ・ホークだ」俺は彼女を遮った。
「君に会えて嬉しい、メリル。こっちは俺の友達だ」 彼女はまるで野生動物のようで、今にも逃げ出しそうに見えた。つまり、ふわふわの尻尾とでっかい眼をした可愛らしい野生動物の類だ。

他の連中もそれぞれ自己紹介をして、俺は肩に掛けていたキャンバス地の袋からフィルムを取り出して見せた。

「すると、これを君に渡せば良いのかな?」と俺は尋ねた。

「ああ、いいえ、まだよ。もうちょっと先に行かないと」

田舎の『もうちょっと先』は信用ならない。そこから延々と歩いて、ようやく俺達は洞窟に辿り着いた。洞窟の中は怪しげな樽で一杯で、アルコールの匂いがプンプンした。デーリッシュはトウモロコシ以外の物を今でも育てているんだろうか、怪しいものだ。

そこにいたのは俺達だけじゃなかった。もう一人エルフが居て、やつはメリルが一緒に居るのを見るとようやく少し緊張を解いた。

「ふん、キーパーがようやくお前を連れて行く誰かを見つけたようだな?」

メリルはけんか腰で顎を上げた。
「心配しなくて大丈夫よ、長居するつもりは無いわ」

やつは蔑むような表情で俺達を肩で押しのけていった。ヴァリックが俺を見て肩を竦めた。

「ごめんなさい、デーリッシュの一番素敵な所を見せられなくて」とメリルが呟いた。

「何か私達が注意することは無いかしら?」とアヴェリンが尋ねた。

「いいえ、大丈夫よ」

「だけど、あの連中は?」

俺はアヴェリンの視線の先を追った。洞窟の奥のどこかから、不機嫌な面をしたエルフが4人出て来た。

「あなた達!ここに居てはいけないでしょう。お願い、出ていって」

やつらは俺達をじろじろと眺め回し、力量を計るかのようだった。
「このシェム 2が俺達のいざこざに首を突っ込むと本当に思ってるのか?」やつらの一人が嘲るように聞いた。

「試してみたらどうだ?」俺は提案してやった。

「大丈夫よ、私が何とかするわ」とメリルが答えた。個人的には、信じられなかった。

彼女はパラソルを手に持って一歩前に出ると、鋼と鋼が擦れ合うシュッと言う音と共に柄から細身の長剣を取り出した。ヴァリックは低く口笛を吹いた。普通じゃ無い武器は彼のお気に入りだ。だが俺は、何時でも可愛いエルフを助けに入れるよう身構えた。彼女は更にエルフの男達を数歩近寄らせ、俺の眼の隅にアヴェリンも同じく身構えるのが見えた。だがその時メリルは一声叫ぶと剣を突き出し、その先端から雷光が走った。スパークが次々と男達の間を跳ね飛び、俺の鼓膜が破けそうになった。辺りにはヒリヒリとするオゾンと焦げる髪の毛の匂いが立ちこめ、男達は悲鳴を上げてたじろいだ。

「出ていってと言ったでしょう!」とメリルが言い、俺はまた雷光が光り出すのを感じた。服のあちこちから煙が漂い、エルフ達は引きつった顔で逃げ出した。

「君はメイジか」とアンダースが言った。メリルはただ笑っただけだった。
「あんなことをしたら駄目だろう!俺達が君をテンプラーに売らないと、何故判る?」

「あなた方はアシャ・ベラナーのためにここにいらしたのでしょう、何故そんなことを?」

「彼女の言うとおりだな」と俺は言った。

「あなたにしても」 おや。彼女は一歩近付くと、まるで挑みかかるように俺の顔を見上げた。
「自分の身は自分で守れるわ、だけどそうは思わなかったみたいね。私が女だから?」

「君が4人の男を一人で相手しようとしたから。それに、女の子を守るのは男なら当然のことでね」

「うう、ホーク」 ヴァリックとアヴェリンが、異口同音に呻いた。

「何だ?俺が何か言ったか?」

「あなた、フェミニストに会ったことは?」とメリルは腕を組んで言った。
「どうでも良いわね、もう会ってる訳だから」

俺はちょっとばかり事情が飲み込めなかった。
「それで、あの連中は何だったんだ?」

「この辺の地元で対立しているの。それだけ。心配することは無いわ」
メリルはそう言って俺に笑いかけた。
「だけど私を助けようとしてくれたなんて、本当にいい人ね」

俺達は洞窟を抜け、広々とした野原の端の農家に辿り着いた。辺りにはまるきり人気が無かった。
「誰もここには住んでないわ」とメリルが説明した。
「だけど私達で、ここにそのフィルムを映し出す機械を置いたの」

「そりゃいい、この何年も俺が持ち歩いていたのが一体何だったか見て見たいからな」

農家に入ると、表の部屋に埃避けを被ったその機械があって、のっぺらぼうの壁の方を向いていた。スクリーン代わりだろう。メリルは埃避けを取ってそのフィルムを掛けた。その後何やらややこしい作業があって、俺達はメリルがフィルムをセットしてレンズを調整するのを辛抱強く待った。突然、壁に白の四角い光が現れて俺達は驚いた。ショウの始まりだ。

俺は自分が沼地の画像を見つめていることに気付いた。たっぷり一分か二分の間何も起きなかったが、それからパイロット服のような物を着たフレメスが画面の中に登場した。彼女はじっとカメラの方を見つめた後で、そちらの方へ歩み寄った。正直な所、画面の中の色が部屋中に溢れだし、彼女がまさしく壁の中から俺達の居る部屋の中へ出て来た時も、俺は大して驚かなかった。彼女ならそれくらいの手品はするだろう。

「ああ、ようやく着いたね」

「アシャ・ベラナー」メリルはその魔女の前で低く頭を垂れた。

フレメスの声に俺は背骨がぞくぞくした。フェラルデンのあの時と一緒だ。俺はそんなことは気にしなかった。

彼女は俺の方に振り向いて、その明るい黄色の眼が俺をじっと見つめた。
「約束を守る者を見るのは気分が良いねえ。私のフィルムは質屋にでも行くだろうと半ば予想してたのさ」

俺は頭を振った。
「俺はやると言ったことはやる」

「それだと随分危険な目に会うことだろうよ、間違い無いね」

「あんたはこれから何をしようってんだ?」

「私もあんたも、するべきことには事欠かないだろうね」

「またあんたと会うことがあるのか?」と俺は聞いた。

彼女は赤く塗られた唇に奇妙な笑みを浮かべて俺を見た。
「会いたいかい?」

「ああ、まあね」俺は彼女に向けてニヤッと笑って見せた。メリルが大きく目を見開いて俺を見ているのが眼の隅に入った。多分、アシャ・ベラナーに対してふさわしい尊敬を示していないってんだろう。今更どうしろと?それに俺はいつだって危険な物にはひかれる質だ。

彼女は頭を反らして大声で笑った。
「大胆さね。気に入ったよ。また会うこともあるだろうね、坊や」

彼女は再びメリルに注意を向けた。
「行くべき時が来たようだ。私が頼んで置いた物は用意できたかい?」

「はい」とメリルは再び頭を下げた。

フレメスが皆を引き連れてその家から出ると、メリルが納屋の方へそそくさと案内した。彼女はその内大きな扉の掛け金を外し始め、フレメスが見守る中俺達も手伝いに入った。

納屋に入っていたのは藁じゃ無かった、あるいは蒸留器でも。

納屋の中に鎮座している物は、布の上からでも明らかに飛行機の形が見て取れ、その鼻先は扉の向こう、大きく下っていく開けた草地に面していた。

「一体全体どこからこんな物を手に入れた?」 皆で飛行機を覆っている布を引っ張りながらヴァリックが尋ねた。

「作ったのよ、もちろん」とメリルがあっさりと言った。

「それで何から、空き缶からか?」

「キャンバス地と木の骨組みと、それに―」

「彼の言ってるのは反語的表現だと思うよ、メリル」

フレメスは彼女のキャップとゴーグルをはめてコクピットに乗り込んだ。彼女の指示に従って俺はプロペラを大きく廻し、エンジンが息を吹き返した。俺達は慌てて進行方向から退き、皆静かに黙って見つめる中、彼女は野原を一直線に駆け下り、そして澄んだ青空にふわりと舞い上がった。

俺達は驚きのあまり黙りこくったまま、また村へと歩いて戻った。

「それで、その、あと一つだけあるの」とメリルが言った。
「私もあなた達と一緒にカークウォールへ行きます。その、もしあなた達が良ければだけど。ここには居られないから」

俺は片方の眉を上げた。
「君がアポステイトになるってことは判ってるのか。もしテンプラーに見つかったら、連中は君を捕まえるぞ」

「判ってるわ。用心します。でも本当に、他に方法が無いの。それに……私も行きたいし」
彼女はあのでっかい緑色の眼で俺をじっと見つめた。
「もし良かったら、あなた達を乗せていくことも出来るし」

その言葉が俺の注意を引いた。
「待った、君は車を持ってるのか?」

「そいつも自分で作ったのか?」これはヴァリック。

「いいえ、もちろん違うわ」と彼女が言った。
「コーン・リカーで稼いだお金で買ったの。禁酒法以降は、私達お金持ちよ」

「その話はしないで頂戴!」アヴェリンが掌で額を押さえながら言った。
「あなたの車を押収しないといけなくなるから。違法行為の収益品よ」

「ああ、お願い止めてちょうだい」

「とにかく、俺達がカークウォールに戻るまでは止めておいてくれよ」と俺は指摘した。

「良いでしょう。聞かなかったことにするわ」

メリルは足早に戻ると彼女の鞄と車を出してきた。T型フォードで、俺達は皆それにぎゅう詰めになった。アヴェリンは助手席へ、そして俺は後部座席のアンダースとヴァリックの合間に無理やり割り込み、ホースが膝の上に座った。日の沈む前に俺達はカークウォールへと出発した。
車は人気の無い道を、もうもうと白い土ぼこりを巻き上げながら大したスピードで走り下り、風が俺達の髪を吹き流した。

「今日はとっても、とっても、本当にとっても素敵な日ね」 メリルは目を輝かせて、後ろの俺達皆を見つめた。

「前を見て!」とアヴェリンが注意した。

「あ、そうね。だけど本当に今日は楽しかった、それにあなた方みんなとっても親切」

「おお、なんと可愛らしい」

「ふん」 これはアンダースだった。

「おーや」俺は彼を肘で突っついた。「もちろん、君も可愛いよ」

彼が耳まで真っ赤にして何か独り言を言うのを見て、俺とヴァリックは大声で笑った。メリルには俺達の会話が聞こえなかったようだが、彼女も大笑いに参加した。


Notes:

  1. この時代の現実世界、つまり1920年代のアメリカでは希代の悪法と言われる『禁酒法』が施行されていた。極めて清教徒的な発想から飲用アルコール(つまり酒全部)の製造・販売・輸送がアメリカ国内で全面的に禁止された。ただし、「飲むこと」は罰せられなかった。結果として闇酒場が盛んになり、アル・カポネなどギャングの荒稼ぎの場となったのは有名な話。この小説内ではデーリッシュがコーン・リカーを密造して盛んに儲けている。
  2. Shemlen: 本来は古エルフ語でヒューマン種族のことを指すが、短縮形の場合は蔑称になる。『生き急ぐ(性急な)子等』という意味。
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