2.ドゥマー、クナリ大使館を拒絶

各章のタイトルは、一応新聞の見出し風になってます。


ヴァリックと俺が同じ日に店開きをする事になったのは、偶然というわけでは無かった。俺はもっと早く開けることも出来たが、俺とカーヴァーの手伝いにドワーフは気前よく払ってくれた。それで俺達は汗を掻き悪態をつきながら重い本の箱を幾つも運び、母さんはレモネードを作ってくれた。俺達がようやく店開きをした時には、表に客がずらりと並んでいた、とは言えなかった。

俺は椅子にもたれて脚を机の上に乗せ、俺の王国を眺め回した。良い気分だ、例えファイル・キャビネットが空っぽだとしても。俺は何か起こりそうな気がした。裏の部屋で声が大きくなるのが聞こえてきた。またギャムレンだ。母さんは決してやつに負けちゃいなかったが、こっちは俺の専門じゃない。もし彼らが喧嘩したいのなら静かにやって欲しいもんだ、クライアントが逃げちまう。

連中にそう言おうと思って、俺が立ち上がった途端カーヴァーが帰って来た。また何かややこしいことを気に病んでいたんだろう、難しい顔付きをしていた。

弟は机の反対側の椅子にドスンと座り込んで、俺の顔を見た。
「ギャムレンが遺書について、本当のことを言ってると思うか?」

「もし本当じゃ無かったとしたら、随分と馬鹿な事をするもんだな」

「まあね、だけど兄貴は探偵だ。無くした物を探すのは得意だろう。見つけてくれよ」

「母さんの屋敷は無くなった訳じゃ無いぜ。どこにあるかも判ってる。それでギャムレンがこの上なく真っ当にあの家を無くしたってことも、まず間違い無い。屋敷に行って、正面玄関をノックして、一族の金庫を見せてくれ、なんて言えると思うか?今のオーナーはまともな連中じゃ無いぞ」

「判ってるよ」カーヴァーは頭を低く垂れた。
「母さんだって、俺達があの屋敷の周りを嗅ぎ回ってるなんて知ったら心配するさ。だけどギャムレンの野郎、俺達のじいさんばあさんは母さんを許さなかったってずっと言い続けて、それを母さんは気に病んでる」

それ以上聞く必要は無かった。俺は立ち上がって外套と帽子を取った。
「少なくとも、見て回って何も悪いことは無いよな」と俺は言った。大体、上町に出かける口実が出来るのに断ることもなかった。

俺達は上町行きのケーブルカーに乗って、市場からは歩いていった。これまでかつての一族の家がどんな物か見に行こうとは思わなかったが、ようやく自分の目で見てみると、これはもう信じられなかった。

とにかく、でかかった。そこの通りは両端ともでかい屋敷が建ち並んでいたが、その中でもでかかった。中でダンス・パーティが出来るのは間違い無い。俺達は黙りこくって、鋳鉄の門の隙間を通して小綺麗な庭と、その後ろの巨大な館を覗き込んだ。車寄せにはフランクリン型の高級車が一台停まっていて、俺達が見ている間にも制服を着た男が一人屋敷から出て来ると、その車を家の向こうへ廻して行った、多分そっちに車庫があるんだろう。

「ここに俺達が住んでいたかも知れないのか?」カーヴァーは怒っている訳では無く、ただあっけに取られている様子だった。

「父さんのために、母さんはもの凄い犠牲を払ったんだな」 俺は静かに答えた。そりゃあ俺だって金は欲しい、だけどここに住んでいたとしたら、そいつは俺じゃ無い。誰か別の父親との間に産まれた別の男で、俺の半分も格好良くは無いはずだ。

俺達は手をポケットに突っ込んだまま、しばらくの間ただそこでぼけっと突っ立ってた。庭は高い煉瓦壁で囲まれていたが、もし助走を付ければ登れなくも無い高さだった。

「こんなのクソ喰らえだ!」カーヴァーは唐突にそう言って身を翻すと大股で立ち去り、俺は一言も言わずその後に続いた。

カーヴァーはその後一晩中ずっと黙りこくって、俺もギャムレンの野郎が噛みつくのに気の乗らない返事を返した。母さんは俺にどこか具合でも悪いのかと聞いた。俺はそうかもと答えて、さっさと部屋に戻った。

家全体が寝静まってからたっぷり10分は過ぎた頃に、カーヴァーが表の、俺の部屋にこっそり入ってきた。二人ともまだ服を着たままで、弟が銃を持っているのも判っていた。探偵としてのキャリアの手始めに、ちょっとした押し込みも悪くないよな?

俺達は家を静かに出て、階段が軋まないようそーっと降りていった。ギャムレンのいびきより大きな音を立てなきゃ、こっちのもんだ。

「よう、今晩は」

俺達はびっくりした猫のように飛び上がった。ヴァリックが小さく笑った。

「随分遅くまで働いてるんだな」俺はどうにかそれだけ言った。

「ちょうど店じまいをしていたところでね。あんたらはこれから仕事かな、それともお楽しみに?」

彼がまたあの黒いケースを担いでいるのに俺は気が付いた。彼はそのケースを何処にでも持って行くという訳じゃ無かったが、俺が彼の店か、あるいはホテル・ハングド・マンのスイートを訪ねる時にはいつも近くに置いてあった。彼はそれが何か言ったことは無いし、俺達がその話を持ち出す暇があった例しがなかった。だが、今夜はそいつがあるだけで安心出来た。

カーヴァーと俺はちらっと顔を見合わせた。俺はヴァリックに、俺達の冒険のことを打ち明けようかという気になった。俺達が何をしようとしているのか、彼に話した理由は正直よく判らなかったが、彼はカークウォールにいる数少ない友人だったし、それにアヴェリンが俺達の計画を知った日には何を言われるか。到底検閲を通るような台詞じゃないのは予想が付いた。

ヴァリックは考え込む様子だった。

「まあ、もしお前さん達が手助けが居るなら、俺は今夜は自由が利くぜ」

それを聞いて初めて、俺は自分が息を詰めていたことに気付いた。
「あの壁を乗り越えられるってのは確かか?」と俺はニヤッと笑って聞いた。そのせいで今晩はホース、つまり俺のマバリを連れて行けないのだし、俺の忠実な犬が一晩中寂しそうに玄関ドアに鼻先をくっつけて、俺の帰りを待つだろうってことも判っていた。

ヴァリックはただ一声笑った。

彼にはそれなりの目論見があったようだ。と言うのも、俺達がその屋敷に到着した時にはまだ灯りが付いていて、しかも車寄せにはもっとたくさん車が停めてあった。だけど随分静かだった。中で何をやってるにせよ、パーティでは無いようだ。俺達は壁を乗り越えるつもりだったが、ヴァリックは先に通用口を当たってみようと提案した。

「鍵が掛かってるぜ」とカーヴァーは肩を竦めた。

「だからお前さん達は俺のような人物の助けがいるんだ、だろう?」とヴァリックは言った。彼が上着の捲り上げた袖口から、解錠道具を取り出したのには驚くしか無かった。彼はそのドアを数秒で開けて、俺達にうやうやしく頭を下げ、中へ招き入れた。

「それ後で教えてくれよ」俺は彼の横を通り抜けながら呟いた。

階下の部屋は何処も静まりかえっていた。俺達は食料貯蔵庫に召使い達の仕事場に台所をさっさと通り抜けた。

台所で縦縞模様のスーツを着た男がサンドイッチを作っていたのには驚いた。俺達は両方びっくりして、一瞬後にそいつは上着の内側に手を突っ込んだが、カーヴァーの方が早かった。彼は俺の後ろをすり抜けて男の頭を彼のコルトの銃把で殴りつけた。男は大きな音も立てず、気持ちよく床に倒れ込んだ。俺はカーヴァーがサンドイッチを掴んだのを見て頷いた。無駄を省けば足るを知る。

「ところで、何処に行こうとしているんだ?」とヴァリックが聞いた。

「金庫室だ」と俺はささやいた。「どこにあるか母さんが教えてくれた」あるいは、どこにあったかを。だけどそれは着いてから考えれば良い。

俺達はあちこちを這い回った後、結局母さんの記憶が正しかったと判った。この鍵を開けるのはヴァリックにも多少手強かったようで、道具がカチャカチャ言う間俺とカーヴァーは息を潜めて、物音に耳を澄ませていた。

俺が金庫室のあちこちを引っ掻き回している間、カーヴァーがマッチを灯していてくれた。長年誰もここには入ったことが無かったと見えて、ゴミクズと蜘蛛の巣で埋まっていた。古い手紙を見つけて、俺は手を止めると幾つかを読み、心に響く物を感じた。ここは俺達の祖先の家だ。いつかはまたそうなるかも知れないが、今の所は俺達はちょっと毛色の変わった泥棒に過ぎない。

だがそれがどうした、何が違う?俺はドワーフとして産まれていたかも、あるいはマバリだったかも知れない。偉大なる祖先のことを考えても意味の無いことだ。

封蝋をゆっくり剥がして、ようやく遺言書を見つけた時には俺は小さく喜びの声を上げた。俺はそれを丁寧に折り畳むと、ジャケットの内ポケットにしまい込んだ。さあ、さっさとずらかろう。

俺達はさっさと階段を下りていったが、台所に着いた所で足が止まった。サンドイッチ男の姿が消えていた。

「もっと強く殴っときゃあ」俺はそう呟き、カーヴァーが渋い顔をした。

「兄貴が銃を持っていれば良かったのにな」とやつは返した。

「俺が銃を持ってようがいまいが、お前が黙っていれば良かったのにな」 俺達は再び前進した。あの男は警報を鳴らす手間を省いたのかも知れない。少なくとも、俺には何も聞こえなかった。

他の生き物の姿を見たり音を聞いたりすること無く、俺達は通用口に辿り着いて多少安堵した。

「ほらな、俺には――」カーヴァーがほんの少しドアを開けた時、雷の様な轟音と共にドア自体がバラバラの鋭い破片と鉛のクズになって吹き飛び、カーヴァーはその横に投げ出された。ヴァリックと俺は少しばかり後ろに居たが、轟音が響き渡ると同時に飛び下がって身を伏せた。

「ショットガンだ」とヴァリックが呟いた。随分落ちついていて、何もかも彼の想定内のように見えた。彼はあのケースをそっと床に降ろした。

「カーヴァー!」俺は鋭く呼んだ。返事の代わりに痛みに呻く声が帰ってきた時、全身から血が引いた。戸口に近寄ろうとじりじりした。外の街灯から漏れ込む光の下では、俺の弟がただうずくまっている姿しか見えなかった。

「メイカー、あいつは撃たれたんだ」俺は脚がふらつくのを感じた。俺のせいだ。例え元々はカーヴァーが言い出したことだったとしても。母さんに何て言えば良い、可愛い娘を亡くした後に?俺は両手を握りしめた。

俺の両手が青い光を放つのを見てヴァリックの眉が高く上がった。
「メイジか」ドワーフは静かに口笛を吹いた。
「さて、ホーク、お前さんの劇的な瞬間を邪魔して悪いがな、俺のビアンカを紹介するぜ」

俺の周囲で起きていること全てを差し置いて、俺はヴァリックが彼の黒いケースから取り出した奇妙な代物から目を逸らすことが出来なかった。もしこれが銃なら、今まで見た中でも一番でかい銃だ。一体どうやってこの男は、この銃をああも軽々と持ち歩いていたのか。彼がレバーを引くと、堅い金属音と共に銃口が頭をもたげた。

俺達の眼が合った。

「1,2の、3か?」彼が尋ねた。

カーヴァーがすぐそこで死にかけている時に、のんびり数を数える気にはなれなかった。俺は魔法の光をちらつかせたまま両手を挙げた、「3!

俺はそう言うと戸口に一歩近寄って、空気をパンチした。手足が車道にぶつかるバラバラという音と共に、表にいたおよそ半ダースの男達が、俺が放り投げた圧搾空気で地面に投げ出される姿が見えた。

俺の後に続いて半拍後に戸口をくぐったヴァリックが、彼の『ビアンカ』を半円状に振り回した。まるででかいモーターが始動する時のような驚くほど鈍いズドドドという音と共に、まだ立っていた連中がひっくり返った。多少なりとも知性があり、運良くひっくり返った時に首の骨を折らなかった連中は、地面の上で大人しくなった。

「ゴム弾だ。今夜のビアンカは寛大な気分でね」

俺は頷いた。ヴァリックに任せておけば大丈夫だ。俺は身を翻して戸口の向こうに走り戻り、弟の横に膝を着いた。
「カーヴァー!眼を開けろ、このでくの坊、一体何があった?」

「うう」 俺がやつの首根っこを掴んで膝立ちにすると彼は頭を廻した。血の匂いがしたが暗すぎて見えなかった。
「腹を……撃たれたらしい」ようやく彼は食いしばった歯の間からそう答えた。

俺の手の中で魔法の光が不安定にちらついた。あるいは弾を取り出せるかも知れない。だが単に腹から弾を引っこ抜くだけでは、カーヴァーを傷つけるだけで良いことは無いだろう。

「病院に行かないと」俺の声は震えていた。
「くそっ」この類の怪我は色々尋ねられることになるだろう。母さんだけじゃない。アヴェリンにも。それに、表でひっくり返っている連中を冷血無残に皆殺しにでもしない限り、テンプラーからも。
「明日にでもギャロウズの心配をすることになるな、だろう?」

俺の肩に、静かに手が置かれた。
「彼を何処に連れて行けばいいか、心当たりがある」 ヴァリックが言った。


俺は今でも時折、あの時よろめきながら歩いたダークタウンへの長い道のりを悪夢に見る。それに、救いと力を約束すると悪魔が耳元で囁く息遣いも。俺達が絶体絶命の危機に有る時は何時もそうだ。ベサニーが死んだ時にも、彼女を生き返らせてやる、もう安全だという声を聞いた。

俺はやつらを無視した。父さんはその教えを、俺達の骨身に叩き込んでいた。

俺はカーヴァーのずっしりと重い身体を、半ば抱え半ば引きずるように運んでいく間、ヴァリックはありとあらゆる近道を通ってダークタウンの奥へ降りていった。カーヴァーは時折呻き声をあげ、どうにか意識があるだけだった。よろめきながら足を一歩運ぶ度に、俺はこいつが腕の中で死ぬんじゃ無いかと怯えた。二度とはごめんだ。ベサニーの二の舞は。

「うるさい、黙れ!」俺は思わず口走っていた。

「何も言ってないぜ」とヴァリックは言って、俺から眼を離すとぼろっちい木の扉を押し開けた。

俺は頭を振った。仮に説明したいと思ったとしても、今は時間が無かった。俺はただ足をもう片方の足の前に出すことだけに集中し、そしてヴァリックが優しく俺を押しとどめた。

俺達はダークタウンのどこかに居た。すき好んで来たい所では無い場所だ。だがそこはどうやら診療所の様に見えた。消毒薬の臭い、床は僅かに傾き、表には虫除けの小さなランタンが掛かっていた。

「ここは一体―」

「大丈夫だ、とやかく質問されることは無い」とヴァリックが安心させる様に言った。

俺は自分が人でなしのように思えたが、しかし聞かないといけない事があった。
「俺でも治療費が払える場所か?」

「落ち着けよ。ここの先生はただで診てくれる。ちょっとばかりアカいやつだが、ブロンディならお前の弟を生き返らせることが出来る」 1

アカだろうと何だろうと俺に異論は無かった。中年の女性が俺達を部屋の一つに案内し、俺はカーヴァーを長椅子に寝かせた。やつの眼に被った髪の毛を俺は押しやった。ひどく青ざめた顔色だった。彼の服の前は一面の血に染まっていた。

「母さんに伝え……」彼が口を聞いた。

くそったれ、誰が言ってやるものか。
「自分で言うんだ、母さんにはお前が!」俺は切り返した。お前は自分の好きな時に死ねば良い、俺の前では死ぬな。壁沿いにはもう一つ長椅子があって、俺はそこにへたり込んだ。俺はきっとその後で寝ちまったんだろう、その直前に、ここでタバコを吸って良いだろうかと思ったのを覚えている。

俺は時折聞こえるカチャカチャという音で眼を覚ました。頭が混乱していて、俺は自分が誰で、ここで何をしているのか思い出すまでにたっぷり5分は掛かった。

手術台の側で、医者が働いていた。俺は何故かもっと年寄りだと思っていたが、その医者はくしゃくしゃの金髪に、よれよれの白衣を着た若い男で、細いメタルフレームの眼鏡を掛けていた。俺は、あるいは彼は医学生で実習中なのかとも考えた。しかし彼はてきぱきと両手に持った鉗子を操り、弟の身体から鉛の弾をまた一つ取り出して、テーブルの上に置かれた金属製の皿にカチャリと落とした。俺の目を覚まさせたのは、するとこの音か。

彼が本当にやっていることが何か理解するまで、しばらく掛かった。見せかけだ。俺達への『贈り物』を使う代わりに、物事を難しい方法でやっているように見せる。同じメイジでなければ、彼のやっていることは判らないだろう。この若い男は上出来だ。俺は安堵して、またうとうととした。

次に俺の目を覚ましたのはコーヒーの匂いだった。俺は眼を開けて、若い医師が笑顔で俺を見おろしているのに気付いた。小さく有り難うと言って俺はそのマグカップを受け取った。彼は随分疲れているように見えた。顎にうっすら無精ひげが生え、目の下には隈があった。俺は窓の外に目をやったが、ダークタウンはその名の通り暗く、果たして夜明けからどのくらい経ったのかさえ判らなかった。カーヴァーは今は部屋の向こうの寝床に移されていて、毛布が覆っているのはやつの顎の下までだった。

「彼の容体は?」と俺は聞いた。

「傷のほとんどは軽いものだった。見かけよりひどく見えるものなんだ。彼は大丈夫だと思うよ」

「扉越しだったからな」と俺は説明した。医者は頷いて、長椅子の俺の隣に座った。
「ありがとう。どうにかして支払いはする」

「金を持たない人達から取ることはしない。この街の、他の連中と違ってね」と彼はやや硬い声で付け加えた。

俺はその言葉に頭を捻ったが、それからヴァリックがこの医師の政治信条について言っていた言葉を思い出した。俺は人の信条は大して気にしない方だった、ましてやその男が家族の命を救ってくれたばかりなら。

「だけど君は危ない橋を渡っている」と俺は言った。多すぎる奇跡の治療は、いずれカーキ色の制服を着た連中の注意を引くだろう。
「つまり、テンプラーだ」

彼は全身を緊張させ、掌の中で手術用のメスが煌めくのを俺は見た。すると、ただのヒーラーじゃないな。俺は片手を上げた。
「落ち着けよ」俺は手に青い光を輝かせて言った。彼も同じことをした。

「すると、君も自由メイジなのか」 彼の笑顔はまるで俺に感謝するように見えた。この街で、守ってくれる家族も無しにアポステイトで居続けるのは、随分難儀なことだろう。
「僕達の仲間は本当に数少ない。とりわけこの街では」

俺はコーヒーをすすった。ひどい味だ。彼に金を渡すことが出来なくても、上等の豆を手に入れる位は何とかなるだろう。
「君の名前は、本当にブロンディなのか?」と俺は尋ねた。

彼は驚いたように俺を見つめて、それから笑い出した。
「ああ、ヴァリックか、マチルダはドワーフがここに居たと言っていたね。いいや、単にヴァリックが…ヴァリックだってだけでね。僕はアンダースだ」

彼は骨張った手を差し出し、俺はその手を堅く握った。
「ホーク。トリップ・ホークだ。君の手術台の上で死体になり損ねたのはカーヴァー、俺の弟だ」

まるで離すまいとするかのように、彼は俺の手を握っていた。


Notes:

  1. アカ(pinko):かつての共産主義国の旗の多くが赤色であったことから、共産主義者、あるいは左翼のことを「アカ」と表現した。アカなのにあだ名は「金髪さん」w ちなみにアカの反対は白色。
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