4.テトラス遠征隊、壮大なる出発

メリルは無事、エイリアネージに落ち着いた。俺の仕事場からそう遠くないところだ。一族が送金しているのか、それとも最初から大金を持ちだしたのかは知らないが、彼女は一度も仕事の有無を気にするようには見えなかった。それ以外にも、彼女が本気で気に掛けた方が良いんじゃないかと、心配になることは沢山あった。

俺の仕事に付いても、『とってもエキサイティング』だと彼女は思ったらしく、俺としても車が必要な時や、とんがった武器が余分に欲しい時はいつでも彼女の手を借りることが出来て、正直助かっていた。最初の出会いで彼女がどう思ったかはともかく、もし彼女が自分で自分の面倒を見られるのなら、女だからという理由だけで戦いから遠ざけるのは俺の流儀じゃない。

アンダースはテンプラーが彼女を見つけやしないかと心配していた。ヴァリックはむしろエイリアネージのろくでなし野郎共が、可愛いエルフ娘の生活を邪魔するんじゃないかとひやひやしていた。一方メリルは、彼女が計画したフェミニスト集会に何とかアヴェリンを呼んで、警察内での女性の生き方について話をさせようとしたが、上手く行かなかったようだ。アヴェリンは、悪党共を捕まえる以外の理由で警察バッジを身に付けようとする人々はお断り、ときっぱりと言って彼女の願いを断った。彼女たちの論争からは、俺はたっぷりと安全距離を取ることにした。

また暇な一日が過ぎようとしていた。その日の午後遅く、玄関ドアに吊したベルがチリンと音を立て俺は漫画本から目を上げたが、そこに居たのはアンダースだけで、俺はまた漫画に視線を戻した。少なくとも彼は今日は小冊子を持って来なかったようだ。読んでくれと言っていつも俺に渡していくんだが、読むのを覚えていたためしがない。

「母さんにもう一人増えるって言ってこようか?」と俺は頁をめくりながら言った。
「今夜はミートローフだ」

「いや。ああ、うん、そうしてくれるとありがたい。だけど今日はそのために来たんじゃない」彼は声をひそめた。
「仕事の話で来たんだ」

俺は彼の顔をぽかんとして見つめた。
「こいつは凄い、ブラスバンドの手配をしなきゃいけないか?」

「いや、君に頼みたい仕事がある」
彼は机の反対側の椅子に座った。

「ああ、もちろん。一日25シルバー、諸経費は別だ」

「そんなに高いなんて思ってなかった」彼は顔を俯かせた。

「おいおい、俺が安く雇えると思っていたのか?」俺は尋ねた。彼が本当に席を立とうとした時、俺は笑ってやつを止めた。
「座れって、この馬鹿。弟の命の恩人から金をむしり取るなんて、俺のことをどんなクソ野郎だと思ってるんだ?ああ、それには答えなくて良いからな」

「本当に冗談を言える気分じゃないんだ、ホーク」
彼は眼鏡を取って神経質に拭くと、またかけ直した。

「判ったよ」俺は漫画を横にやった。
「それで、何を頼みたいって?またプァーシヴァル 1が居なくなったのか?」

「いいや」彼はしばらくもじもじしていたが、突然椅子から飛び上がると部屋中をうろうろし出した。確かにアンダースは落ち着き払ったというタイプじゃないが、それにしても、これはらしくない。
「その……友達がいるんだ。まずい事になってる。君の手を借りて、カークウォールから連れ出したい」

「それで、どこへ連れて行きたい?」

「どこでも良い。彼は今ギャロウズに閉じ込められていて……」

「待て、待て、待て。そこまで。アンダース。俺はアポステイトだ。君も、アポステイトだ。ギャロウズから誰か脱出させるなんて出来る訳が無いだろう。連中は街中を引き裂いてでも俺達を捜し出すぞ、もし奇跡が起きて俺達があそこから生きて出られたとしてもだ」

「ギャロウズに行く必要は無いんだ。聞いてくれ、僕と彼は文通をしていて、彼はサークルの中のことを書き送ってくれた。それから彼はあそこの長官のメレディスが、どんどんメイジへの締め付けを厳しくしていると書いてきた。その後で、手紙は来なくなった。僕は彼に伝言を送った。今晩、彼は教会で僕と会うことになっている。上町の教会で」

俺は自分の耳が信じられなかった。
「すると、手紙が来なくなって、君はそれが何かまずい事になってるせいだと思って、また伝言を送ったのか?君が、アポステイトが、今晩どこに姿を現すか知らせるために?アンダース、一体どうやったら君のようなやつが医学博士号を取れるのか、俺にはさっぱりだ」

「実際のところ博士号は持ってないんだ。フェラルデンに居た当時に勉強を始めたところだった――なあ、僕にもこれが危ない話だと言うことは判ってる。だから君の手を借りたい。カールをあそこから連れ出さないといけない、たとえ誰が彼と一緒に居たとしても」

俺は両手で顔を覆った。もしこれが表の通りからやってきたクライアントだったら、今頃は元来た所へ蹴り出していただろう。こいつは自殺行為だ。

「頼む、お願いだから!」彼は机越しに身を乗り出して俺の手首を握りしめた。

「お願いじゃねえぞおい、なんてえ話だ」
ホースがおかわりを欲しがっている時に使うような、哀愁の溢れる眼で俺をじっと見つめるアンダースを、俺は眺めやった。
「俺は君の友達だ、そうだろう?もちろん手を貸すぜ」
俺は背中側に大きく身を反らせて、奥の部屋の扉を叩いた。
「カーヴァー!」

弟は部屋に頭を覗かせた。
「なんだ兄貴、今度は俺もアポステイトで共産主義者の集会にご招待されるのか?」

「今晩出かけるぞ。銃を持ってこい。二丁だ」


俺達はメリルも呼んだ。カールを連れ出すには車が手っ取り早いと思ったし、彼女もまた別のメイジを助け出すと聞いて大乗気だった。ヴァリックと彼の冷たい鋼の彼女を連れて行ければもっと嬉しかったんだが、もしカールを乗せるとなれば到底車に入りきらないだろう。

テンプラー。

やつらのことを考えただけで俺の鼓動は速くなり、掌がじっとりと湿ってきた。俺は一生をやつらから隠れることに費やしてきた。ひょっとすると、カールはちゃんとそこに居て、俺達は皆教会を生きて出られて、日付が変わる前にハングド・マンで一杯やる時間があるかも知れない。だがもし、カーキ色の連中が絡んでくるとすれば、そんな幸運はあり得ないだろう。

正直なところ、俺はカールがそこに居て欲しいとはこれっぽっちも思っていなかった。

俺達はさっさとずらかれるように、教会の正面に車を止め、メリル以外の皆が不景気な面をしていた。この時間になると上町のこの辺にはほとんど人影が無かった。俺の耳に聞こえた車の音と音楽は、ひょっとするとレッド・ランタン地区からかも知れない。あっちのブロックに居られればな、ここじゃ無しに。

「僕にカールと話をさせてくれ」とアンダースが階段を昇りながら言った。
「こんなに大勢で来るとは予想してないだろうから」

俺は扉に耳を押しつけたが、大聖堂の中からは何も聞こえなかった。俺はおよそ信心深い方じゃない。この教会に来るのは初めてだ。俺達が中に入ってから、俺は華麗な高天井と、説教段の周りに並べられたでかい彫像をちらっと眺めた。ロザリングに居た当時、俺達が通っていたちっぽけな教会に比べたら大したもんだ。

硬い石の床で出来る限り足音を立てないように、俺達は聖堂の端を急いだ。皆暗黙の了解でろうそくの灯りの当たる場所には出ようとしなかった。カールは一階には居なかったので、俺達は更に階段を上がった。

驚いたことに、壁の隅に一人の男の姿があった。サークル・メイジに連中が着せている、奇妙な修道僧みたいなローブだ。俺はアンダースがホッとため息をつき、それから友達に駆け寄るのを見た。

「カール!」彼はくぐもった声で呼びかけた。

カールは振り向いた。俺は鋭く息を飲んだ。ぼんやりした顔つき、額に付けられた剃り跡。しかし何より俺が驚いたのは火傷の跡だった、未だに生々しい、やつらが電極を彼の額の両端に押しつけた跡。

やつらはそれを『平穏化』と呼んでいたが、額の両端に電極を押しつけられ、500ボルトの電流を大脳の灰白質を焼き切るまで流し続けられるのに、平穏も何もあったものじゃなかった。それはメイジをメイジにしている部分を焼き切ることだった、そしてそれ以外の部分も。

「君が諦めないと言うことは知っていたよ、アンダース」
カールは平坦な声で言った。

メリルは俺の腕を掴み、手で自分の口を押さえた。

「どうした?何故そんな風な話し方をする?」俺は彼の声がひび割れようとしているのを聞いた。やつも知っているんだ。

「アンダース、逃げるぞ!」それも、もう手遅れだった。

「テンプラーが君に自分をコントロールする方法を教えてくれる」カールが言った。

山高帽とカーキ色の制服を着た連中が部屋の隅から姿を現した時には、俺は既に礼拝席の後ろに飛び込んで隠れていた。カーヴァーは椅子の背中の後ろに屈み込み、やつのコルトの銃声が聖堂の中に響き渡った。俺は身体が倒れるドスンと言う音を聞きながら歯を剥いた。

こいつは俺の『殺しは無し』という主義には反しない。こいつは、殺るか殺られるかだ。

メリルが数フィート向こうで屈み込んで、彼女の長剣から雷光が迸るのが見えた。カーヴァーもまた一発撃ち、それから弾丸が雨あられと木製の礼拝席に食い込み、木片が飛び散って俺達は皆床に伏せた。

いや、皆じゃなかった。カールはまださっきと同じ場所で、何も気にしない様子で立っていた。おまけにアンダースもそこに居た。

魔法の光が、まるで蛇のように彼の周りにとぐろを巻いていた。俺はぴかっと光った閃光が、銃弾をはね飛ばすのを見たような気がした。

「やつらの言うことを聞くな!」俺は大声で叫んだ、彼の心の中にフェイドから流れ込んでいるだろう、救いと力を約束する声。俺にはその毒がどんな類かよく判っていた。もし今彼がやつらの誘いに乗ったら――

彼は誘いに乗らなかった。少なくとも、俺にはそうは見えなかった。

「もう二度と、彼のようにはメイジをやらせはしない!」頭の上から爪先まで光ったアンダースが吼えた。彼の手に握られたメスが、まるで目つぶしのように鋭く光った。彼は前屈みになって礼拝席の真っ正面に突き進み、テンプラーに向け走り出した。

「アンダース!」メリルが叫んだが、彼の耳には届いていなかっただろう。

俺はその後に付いていくっきゃなかった。こいつはとびきりの目くらましだ。俺の手は青く輝き、礼拝席の横から転がり出ると同時に拳で近くに居たテンプラーの顎を砕いた。またカーヴァーの銃声が聞こえた。俺は頭の位置を低く保ち、礼拝席を放り投げて更に二人のテンプラーを倒した。

魔法を解放するのは久しぶりだった。ここでも、あの声が聞こえた。俺がどれほど力強いか、どれ程更に力強くなれるか、更なる力を手に入れるのが如何に容易いかを囁き、煽り立てる声。
そんなものは俺には要らない。俺は部屋のずっと奥に居る1ダースの男達を、足下からすっ転ばせた。メリルは部屋中を舞い踊り、長剣から閃光が次々と閃いた。

それでアンダースの方はというと、俺は彼の邪魔はしないことにした。一体どんな魔法を使っているのかさっぱり判らないが、文字通り彼は部屋の中を飛び回っていた。一瞬俺が眼を離すと彼はまた別の場所に居て、その刃が木も鋼も、骨も切り裂いていた。

俺は部屋の真ん中で次の目標はと見回し、誰も残っていないことに気付いた。磨き立てた石の床に、カーヴァーが撃った最後の弾の薬莢が落ちて廻る、その鋭い金属音だけが響いた。

「生きてるか、トリップ?」とカーヴァーが聞いた。

「ああ、どうにかな」

「まあ、随分エキサイティングだったわね」とメリルが言った。彼女は剣を、戦闘が始まった直後に放り捨てたパラソルの中にまた仕舞い込んだ。

「アンダース?」
彼はカールと話をしていて、男はなにがしかマシな様子に見えた。

「ここの連中はフェラルデンよりも遙かに警戒心が強い。やつらは、僕が君に宛てて書いた手紙の内容を見たんだ」

「それで君の頭を焼いたってのか、手紙を書いたせいで?」まだアドレナリンと魔法による興奮を感じながら、俺は彼らの方に歩み寄った。
父さんの話に出てきたサークルは確かに厳しい場所だったが、たった今までそれは遠い世界の、単なるお話だった。今の今まで俺は、若い頃の父さんが、目の前の男の様になっていたかも知れないとは考えもつかなかった。

「君には想像さえ出来ないだろう」カールが言った。
「この世界の全ての色が、全ての音楽が、消えてしまうんだ。そういう感覚が全部、風の中に散っていく」

「だけど君は、今は良くなったんじゃないのか?」俺は聞いた。
「まだここから連れ出すことだって出来るぞ」

「一体君が何をしたのか判らないけど、アンダース、だけどもう消えかけてる」
カールはアンダースの両手を握りしめた。
「頼む、また無くす前に僕を殺してくれ」彼は眼を固く瞑り、涙の粒が両端からあふれ出た。

「俺達が出来ることは本当に何も無いのか?」俺は尋ねたが、答えは判っていた。

アンダースはただ俺を見つめていた。彼は100歳も年を取ったように見えた。俺は頷いて、メリルの肘をしっかりと掴んで押しやった。カーヴァーは真っ先にその場を離れた。

俺達は教会のすぐ外の階段の上で待っていた。カーヴァーはもう一度コルトに弾を詰めた。俺は煙草が吸いたくて堪らなかったが、もし誰かの眼に付くことを考えると良い考えとは思えなかった。メリルでさえ口を聞かなかった。友達がその愛した者を殺す所を見るのは、一生で一度もあれば充分だ。今夜アヴェリンに一緒に来てくれと頼まなくて良かった。

扉が開き、俺達は皆飛び上がった。アンダースは俺達の方を見もせず、ダークタウンまで乗せて行こうかと尋ねる暇さえ無かった。彼は一瞬ためらった後、階段を駆け下りていった。

「俺達もここに居残ってるのはまずかったな」とカーヴァーが言った。

「ああ。外には聞こえなかったようだが、いずれ誰かが山ほどのテンプラーの死体にけつまずくだろうよ」
今夜のことは何もかも、正しいようには思えなかった。だが俺にも、俺達が追い詰められて反撃が唯一の選択肢だったってことは判っていた。

手紙を書いただけで。そう考えると胸に突き刺すような痛みが走った。

メリルが突然叫んだ時、俺達はちょうど階段の半ばに差し掛かっていた。
「ちょっと!それ私の車よ!」

「冗談だろう」俺は彼女の車が階段の下から急発進して、角を鋭く曲がっていくのを見て呟いた。教会に行ったことは無いが俺はここらの地理なら判る、少なくともそれだけが頼りだった。

「こっちだ!市場を突っ切れば、先回りできる」俺達三人は最後の数十段を駆け下り、大急ぎで市場を突っ切ると、二つの階段に挟まれた狭い路地に潜り込んだ。

「おい、お前ら―」怪しげな男は、カーヴァーが銃をそいつに向けるとおとなしく引き下がった。明らかに俺達は強盗のターゲットとしては美味しくなかっただろう。ずっと南側のブロックで大通りに戻り、綺麗に着飾った群衆が驚き除けて通る中、俺達は荒く息を付いて喘いだ。

「あそこだ―」俺は指さした。メリルの車はちょうど反ブロック先で、車の間をすり抜けて走っていた。俺は苛々と歯ぎしりをした。徒歩で追いつくのは無理に決まってる。その時、俺はケーブルカーが鳴らす鐘の音を聞いた。登りはトロいが、下り坂ならかなりの速度が出る。

やってみる価値はある。

俺はまた全速力で走り出して、ケーブルカーに乗っている連中は側を走る俺達を指して笑い、行け行け、もうすぐだと大声で囃し立てた。メリルはパラソルの柄を窓の端に引っ掛けるとそのままケーブルカーによじ登り、拍手喝采を浴びた。彼女は手を俺に差しだしたが、俺には手を借りるつもりは無かった。彼女を引っ張り降ろす羽目になるだけだ。

カーヴァーが一足早く飛び上がって窓枠を引っ掴み、それから俺の襟元を掴んだ。俺はどうにかして窓に身を乗り上げ、車の後ろに乗り込んだ。運転手が俺達に大声で悪態を付いた。

「車はどこだ?」俺は喘いだ。

メリルが指を差した。俺達はほとんど追いついたも同然だった。車は俺達が乗っているケーブルカーの、すぐ右隣だ。だけどチャンスは僅かだった。ケーブルカーは既に次の停留所に向かって速度を落とし始めていた。

ここまで来たのに、諦められるものか。俺にはその泥棒の、帽子と黒い影がハンドルにしがみつくのが見えた。俺は急いで車両の前に進み、カーヴァーとメリルも後に続いた。

「俺が飛びついてやる」俺は二人にそう言った。

「ええっ!」メリルの眼が輝いた。

「母さんに何て言えば良いんだ、兄貴が自分から死にに行ったって?」カーヴァーが疑い深げに言った。

「首根っこの骨を折っても止めようとはしなかった、ってのはどうだ?」俺はニヤッと笑った。

弟が心変わりをする前に、俺はケーブルカーの乗降口に注意を戻した。一体何だってこんなことをする羽目になったのか、正直俺にも判らなかった。教会での出来事は俺の口の中に嫌な後味を残していて、気晴らしになってくれることなら何だって良かった。例え走るケーブルカーから走る車に飛び移ることでも。

1910Ford-T最後の二歩で勢いを付けると、ケーブルカーの運転手のお望み通り空間に身を投げ出した。俺は空中で両腕をぶんぶん振り回し、俺の周りでヘッドライトが煌めきクラクションががなり立てた。俺は失敗したと思った。メリルの車は俺の身体の下で横滑りしたように思ったが、それから俺は後部座席の後ろの幌に転がり込んで着地した。

「ヴェンヒダス!」 運転手は罵り声を上げ、俺は車が急に方向を変えたのを感じた。

「馬鹿野郎!」俺はお返しに怒鳴りつけた。「車を止めろ!」

俺はどうにか姿勢を立て直して拳をやつに見舞った。驚いたことに、彼はハンドルから片手を放して俺の拳を受け止めた。こんな素早い動きを見たのは初めてだ。彼は俺の手をねじ上げ、俺は更に身体を前にずらすと、左手で彼の耳元を殴りつけた――魔法は無しだ。人目が多すぎるし、それに大体、俺は人殺しはしない。

彼はこの一発を避けることは出来ず、頭を大きく後ろに反らせて帽子が跳ね飛んだ。ちらっと純白の髪の毛が見えたときに車がまた大きく方向を変え、一瞬タイヤが縁石に乗り上げてがたんと大きく揺れた。両手を離していた俺はバランスを失い、盗っ人の膝に頭から倒れ込んだ。俺達はハンドルの支配権を争いながら、数秒の間恐ろしいほど道路を左右に揺れ動いた。

「ブレーキ!ブレーキを!」俺はハンドルを握りしめて叫んだ。対向車が俺達のホンの数インチ先をかすめていった。

やつはブレーキを踏んだ。

俺達の車はゴムの焼ける匂いとブレーキの悲鳴と共に止まった。

俺は姿勢を立て直して助手席に座り込み、それから自分がエルフの緑色の眼をじっと見つめていることに気づいた。俺はまるで陸に上がった魚の様に喘ぎ、呼吸が元通りになり心臓の鼓動が落ちつくのを待った。

「俺を殺しに来たのでは無いのか?」そのエルフが聞いた。彼の発音は地元民のようには聞こえなかったが、どこの訛りかはよく判らなかった。

「ホンの一瞬か二瞬、真剣にそう考えたがね」と俺は彼に言った。ただの強盗じゃないというくらいは、俺にも判っていて当然だったろうな。彼は実に洒落たピンストライプのスーツを着ていた。しかし彼の着こなしはまるで制服か何かのようで、本当に自分の服では無いように見えた。

「君の車を盗んだことは謝罪しよう」 彼は頭を捻って辺りを見回し、俺達が停まった坂道の上を見上げた。カーヴァーとメリルが俺達に向かって走って来て、他の車も元通り走り出していた。
「俺はこの車が必要だった」

「それなら仕方ないな、うん」俺はぼんやりと、皮肉を込めて言った。
「一体全体君は誰なんだ?」

彼は俺の方に振り向いた。彼の唇の下に奇妙な紋様が二筋見えることに俺は初めて気付いた。
「俺の名はフェンリス」

俺の呼吸は既に元通りになっていた。心臓は、お構いなしに飛ばし始めた。


Notes:

  1. Purrsival:猫のゴロゴロ(purr)言う音と、Persival(米海軍の軍艦)の名前を掛けた、やっぱり変な名前。
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4.テトラス遠征隊、壮大なる出発 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    フェンリスキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!ww

    ああもうなんも言えねぇwwwwwww
    そして今回はホークさんの一目惚れですかそうですか。

  2. Laffy のコメント:

    フェンリスキターw
    もうねメイジホーク・ライヴァルリーとか、何そのゲイダーさんお薦め。
    でもこの二人は、まあ先は長いと。

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