31.警察、違法漁船を一網打尽

俺とアンダースは、女性達がハングド・マンで飲んでいる所を見つけて、彼女らは俺達を助けると言った。イザベラはおもしろそうねと言い、そしてメリルはいつでもメイジを助けようとしていた。だがアンダースは一度も彼女を地下組織の友人に紹介しようとしなかった、多分それが賢明だったろう。メリルは秘密を守るのが得意では無さそうだったから。

少なくとも、俺はそう感じた。

「それで、そのオーリックってやつの秘密の研究室な、正確には何処にあるんだ?」と俺は言った。
「ギャロウズの足下というのは、どうもギャロウズ自体と同じくらい近寄りがたそうに聞こえるがな」

「カークウォール湾の方から近寄れる道がある」とアンダースが説明した。
「昔のリリウム密輸ルートだ」

「じゃあ、またボートを漕ぐの?」とメリルが興奮した様子で言った。
「この前の時は本当に楽しかったじゃない」

俺はそう楽しい気分にはなれなかった。前の時は、カーヴァーが俺達の櫓を漕いでくれたのにな。

「手こぎボートですって?冗談じゃないわ。ドレスが汚れちゃうでしょ。心配しないで、もっと大きな船に乗せてあげられるわ」とイザベラが言った。
「波止場で半時間後に逢いましょう」

「余計な注意は引きたくないんだ」とアンダースが言った。イザベラは、ただ彼の顔を見て朗らかに笑った。

イザベラは俺達にボートを手配する代わりに、港を周回する観光船へ招待し、俺達はきっかり30分後に、タンターヴェイルの有名な映画スターとその取り巻き達、それに休暇中の観光客を満載した豪華な蒸気船のタラップを登っていた。

アンダースは神経衰弱一歩手前の様子で船首に頑なに立ち尽くし、俺はイザベラと一緒に甲板に設えられたビュッフェ 1の方へぶらぶらと向かった。
「映画界でのキャリアアップを既に狙ってるとか言わないでくれよ?」

「そういう人たちを知っておくのは重要なのよ、それと名前を売っておくこともね。カスティロンの忌々しい仕事が片付き次第、あたしもタンターヴェイルに行くの。あなたも一緒に来るのよ」

「ああ、えーと。そうだね」

メリルが少しがっかりした様子で、ドリンクバーにはソーダ水とフルーツポンチより強い物は何も無いと報告してきた後で、俺達は手に手に小さなパイや炙りチーズの串刺し、小皿に盛ったコールドビーフを取って甲板の上で食べた。どうやら、乗客全員がイザベラのことを知っているようだった。俺は数十人の男女と次々に握手をして挨拶を交わし、片っ端からその人々の名前を忘れていった。

「僕たちはここに楽しむために来た訳じゃない」俺が彼の鼻先に突きつけた新鮮なオイスターの皿をようやく受け取りながら、アンダースが固い声で言った。

「馬鹿なこと言わないで」イザベラが大きく身振りをして言い、危うく彼女のパンチをまき散らすところだった。
「お楽しみがなくちゃ、一体何の価値があるって言うの?」

「あの手こぎボートよりずっと快適ね」とメリルが言った。

「だがギャロウズで降ろしてくれと頼むわけにも行かないぞ」と俺は指摘した。

「判ってるわ、近くまで行ったら救命ボートを一つ降ろしましょ。誰も気が付きやしないわ」とイザベラが当然のように言った。

それは実際、悪い考えではなかった。漕ぐ距離もずっと短くて済む上、もし誰かが海上を見張っていたとしても蒸気船の煙と波しぶきは小さな救命ボートの最高の隠れ蓑となった。

そうして、ちょうど夜の9時を廻ったあたりで俺とアンダースはボートを漕いで、ギャロウズが頭上にそびえ立つ、巨大としか言いようのない岩礁の足下にある狭い浅瀬に俺達のボートを着けた。この角度からは、遙か頭上の有刺鉄線が張り巡らされた高い石壁も、その中のスレート葺きの四角く巨大な建物も見えず、俺はそのことに感謝した。

俺はカークウォールに来るまで、サークルを実際に見たことがなかった。もちろん他所の、より優美な姿をしたサークルタワーの写真を見たことはあるし、ここより緩やかで柔軟なサークルもあるとは聞いていたが、それでも俺は、テンプラーとこのギャロウズをいつも結びつけて考えることだろう。

港口へと戻っていく蒸気船の立てる暗い波が、俺達の足下に打ち寄せてしぶきを跳ね上げ、かすかにジャズの音が後を追うように漂ってきた。もうここには俺達しか居ない。俺達は岸壁を20フィートほどよじ登り、狭い踊り場の前方で岸壁は岩山に変わり、その間をごく細いトンネルが通っていた。自然の物の様には見えなかった。

「あとどのくらい行くの?」とメリルが言った途端その声がトンネルの中で響き渡り、彼女は慌てて口を押さえた。

アンダースは彼女を睨み付けた。彼は今までに見たことが無いほど張り詰め敏感な様子で、怯えた馬のように誰かが宥めない限り、今にも垣根をへし折って暴走しそうに見えた。俺は彼を安心させようと目線を送ったが、アンダースは俺を見て顔をしかめただけだった。

メリルの不意打ち以外は、俺達は出来る限り静かにしながら先へと進み、そしてすぐに誰かの泣き声を前方から聞いた。

オーリックの『研究室』はかろうじてその名に相応しい姿をしていた。俺達がほんの僅かばかり木箱が置かれているだけの古ぼけた貯蔵庫を通り抜けると、今度は新しい、重く頑丈な鉄の扉が並ぶ廊下に出た。

彼らが何をその扉の向こうに保管しているとしても、もはやリリウムでは無かっただろう。トンネルは奥の大部屋に向かって幅広にくり貫かれ、低い天井には何かの配管や太い電線がぶら下がって、ずっと奥へと続いていた。

天井からはいくつもむき出しのバルブがぶら下がり、俺達は半分這うようにして明るい方へと向かった。

その部屋には俺が予想したよりずっと多くの物が置かれていた。様々な手術器具を備えたむき出しの手術台。だがアンダースの診療所と違って、消毒や薬の匂いは少しもしなかった。そう言えば、包帯やシーツも見当たらなかった。それはその手術台の目的が、患者の治療ではないということを意味していた。
木の椅子が一つ。やや古ぼけた、しかし座り心地の良さそうな長椅子。そして天井からの電線が集まる先に、その器具と装置、あるいは芸術品と実用品の狭間に立つ物があった。

それは決して椅子では無かっただろうが、しかし大体の所椅子の姿をしていた。骨組みは鋳鉄で作られ、至る所を鈍い光沢の黒ゴムの被膜が覆い、背もたれと肘掛けに該当する部分からは黒色の革ベルトがだらりと垂れ下がって、次に抱きしめる身体を待っていた。
そして座面の真上、頭のあたりにぶら下がっている複雑な形をした輪っかは、おそらく頭輪だろう。その輪からは何本もの電線と、平穏化を受ける者の大脳灰白質を焼き切るための、500ボルトの二本の電極が生えていた。電極の端は僅かに黒く焦げ、うつろな目のように鈍く光を反射していた。
それはまるで、奇怪な触手を持った古の海の怪物を祭る、祭壇だった。

誰も何も言わなかった。俺はメリルが鋭く息を吸い込むのを聞き、イザベラはただ頭を悲しげに振った。俺の心臓は胸の中で勢いよく走り始め、俺は数拍の間堅く眼を閉じて、そのトンネルが俺達の前後で崩れ落ち、この部屋にこの物と共に閉じ込められるというイメージを脳内から消し去った。

泣き声はやんでいたが、突然また聞こえだして俺達は飛び上がった。

「彼女はきっと、この扉のどれかの中にいるに違いない」
アンダースが囁いた。

「任せて」とイザベラが言うと、豊かに波打つ髪からヘアピンを抜き取った。残りの俺達は部屋を廻って反対側のトンネルの側に屈み込み、他のテンプラーが戻ってくるような音が聞こえないか耳を澄ませた。今の所は、大丈夫そうだった。

俺はあの装置の方を見まいとして、視線を古ぼけた長椅子に向けた。そもそも、どうしてこんな所に?完璧に普通に、そしてごく座り心地が良さそうに見え、それが俺を苛つかせた。ここで長椅子に座ろうという誰かの意図が、俺を苛つかせた。ここがまるで穏やかな居間の様に、居心地良く長椅子に座って寛ごうとする誰かが。

テンプラーには虫唾が走る。

イザベラがドアを開けた。突然、重い扉が内側から勢いよく跳ねるように開き、反対側の石壁にぶつかって大きな音を立てた。俺は飛び上がり、それと同時に大柄な手がイザベラをほとんど部屋の半分近くまで突き飛ばした。
探していたメイジと、彼女を捕まえたテンプラーが、その部屋の中に居た。5,6人のテンプラーが壁の奥に固まって、俺達の方に銃口を向けていた。一人、背が高く、禿頭で完璧に色の抜けた眉毛とアイス・ブルーの眼をした男が、その大きな手でメイジの少女の、短く雑に刈られた髪を鷲づかみにしていた。

その男は実に気に入らない、獲物を見つけた蛇のような冷たい笑顔を浮かべた。

「メレディスは、私の計画が監視効率を昨年より300%向上させると聞いたとき、信用しようとはしなかった」と彼は平板な声で言った。
「とりわけお前は、」と彼はアンダースの方を見た。
「私の帽子にさぞかし立派な羽根を付けてくれる事だろうな」

「新聞がここの中世の拷問部屋を発見したら、メレディスはお前の計画など聞いたこともないと言うだろうよ」と俺は言った。

「なら見つからないようにすれば良いこと、そうではないか?案ずるな、お前達メイジが逆らえば逆らうほど、より私の計画が受け入れられやすくなるというものだ。これこそ、唯一の解決策」

「これは殺人よりも悪質だ!」とアンダースが声を上げた。

「そうかな?私はこのような少年少女を、清めようとしているだけなのだ」彼は僅かにメイジの頭を持ち上げた。
「彼女は今、酷く感情を乱し、そして彼女自身だけでなく彼女の愛する周囲の人々をも危険に晒している、だがすぐに彼女は全くの無害な、愛すべき存在へと変わる」

俺は自分の視線が、再びあの長椅子へと向けられるのを感じた。

「お前は俺には何も出来やしない」と俺は言った。
「俺は貴様達が鞭打つメイジではないし、自分の権利も知ってる。お前は俺に対して何の権限もない。お前が裁判所に引きずり出される姿が目に浮かぶよ。法廷で袋だたきに遭う、お前の姿がな」

オーリックは眉一つ動かさず、俺の顔を見ただけだった。
「平穏化処置の対象となった人物が、元がメイジであった場合とそうでなかった場合にどのような違いが見られるか、お前は知っているか?」彼はメイジの少女から手を離し、彼女は床に崩れ落ちると頭を両腕で抱え込み、泣き声を漏らすまいとしていた。
「全く、違いは無いのだ」

「ならぬ!彼をやらせはせんぞ!」
そしてアンダースが文字通り爆発した。

この声の響きには聞き覚えがあった。俺はメリルの手を掴んで一緒に長椅子の後ろに転がり込んだ。テンプラー達は一斉に発砲し、狭い石造りの部屋に響き渡る銃声は凄まじいものだった。銃弾があの装置に跳ね返る鋭い金属音が聞こえ、俺達の頭上からは細かな石の破片が長椅子の背に跳ね飛んだ。アンダースは何か大声で叫んでいた。

俺はイザベラが心配だった。もし彼女が頭を低くしていれば的にはならないだろうが、しかしそこら中を銃弾が跳ね飛んでいた。

メリルの小刀が彼女の握りしめた手の中で鈍く光り、彼女が手首を持ち上げるのを見た。俺が思うより、ずっと多くの傷跡がそこにはあった。

「駄目だ」と俺は彼女に言った。
「他の方法を考えよう」

彼女はため息を付くと頭を振った。
「だけど私には力が要るのよ」と彼女が言った。

アンダースのやっていることが何であれ、長続きしないのは火を見るよりも明らかだった。彼は遅かれ早かれ、最後の一滴まで力を燃やし尽くすだろう。しかしこの部屋には、他に大量のエネルギーがあり、そしてメリルはそれを利用できる魔法を知っていた。

俺は力を呼び起こした。俺の両手はかすかに光を放ち、あの太い、天井を蛇のようにのたくる電線が揺れ動き、そして天井に止めていた留め金が一つずつ外れ飛んだ。俺は奥歯を噛みしめた。もし俺が電線を引きちぎってしまえば、何の役にも立たなくなる。

「気をつけて、トリップ」その電線が俺達の頭上をゆっくりと揺れながら通り過ぎる中、メリルが俺の耳元で祈るように言った。ケーブルはまだ見えない先のどこかで繋がっていた。

重力はいつも俺の味方だ。俺は電線を放り投げた。

重い電線がドスンと音を立てて床に落ち、メリルが危険を冒して長椅子の後ろから片手を差し上げ、貪欲に高圧電流のエネルギーを奪い取った。部屋の明かりが一瞬瞬き、そして消えた。メリルの伸ばした腕の周囲には極小の雷雲が漂っていた。

「さあ、行くわよ」彼女は言うと立ち上がり眼を光らせた。部屋中に鋭く鼻を突くオゾンの臭いが立ちこめ、耳をつんざくばかりの稲光の音と輝きに、俺は耳を覆った。

メリルの狙いは正確だった。銃声はぴたりとやんだ。

俺は恐る恐る耳を覆った両手を離した。
「イザベラ?大丈夫か?」

「すんごいわね」とイザベラが半ば呆れた声で言った。

俺は立ち上がり、そして部屋の明かりもまたちらちらと瞬いて元の明るさとなった。メリルはふらふらと長椅子に崩れ落ち、顔は青ざめ息を切らせては居たが、それ以外は大事ないようだった。イザベラは潜り込んでいた手術台の下から這い出すと立ち上がって、恐る恐る彼女の前髪に出来た大きな焦げ目に触れた。

「まあ、大変。髪型を少なくとも一週間は変えないと隠せないじゃない」と彼女は言って、手術台の上から光るメスを取り上げると彼女の姿を映し出そうとした。どうやら彼女も大丈夫なようだ。

アンダースは少し様子が違っていた。彼は切り刻まれ、あるいは雷で焼け焦げたテンプラー達の作る輪の中央で立ったまま、まだ青白い光を放っていた。
相当な量の潰れた鉛玉が、彼が立っていたと思われる場所の周囲に散らばっていた。テンプラー達が彼に集中させた銃弾の雨は、シールドが保護して居なかったら彼をずたずたの肉片にしていただろう。

「アンダース?」俺は彼の方に向かって歩き出した。この前彼がこんな風になった時は、銃声が止むとほとんどすぐに、彼は元通りに戻ったのに。彼はまだ床の上に伏せたまま震えているメイジの少女を見下ろしていた。

「やつらは皆殺しだ!」彼はそう口走った。
「全てのテンプラーの最後の一人まで、この悪行の報いを受けるがいい!」

「ほら、全てのテンプラーがここまで落ちて来るわけじゃないぞ、アンダース」

俺の言葉は大して効果がないようだった。魔法の光がまだアンダースの全身に渦巻き、彼の目をぎらぎらと輝かせていた。

「あっちに行って、化け物!」メイジが小さく頭を上げ俺達の方を見たが、そこの風景は彼女を捕らえたテンプラーと同じくらい恐ろしげに見えただろう。

アンダースは彼女に振り返った。
「我は化け物などではない。そのように考えるなど、お前も奴らに取り込まれているのか!」

「何だって?」

「彼女は既に奴らの一人だ、そう感じられる」

「彼女こそ俺達がここに来た理由だろうが!その娘を助けに来たんじゃないか、この大馬鹿野郎!」

アンダースは俺に振り返った。彼のぎらぎらと光を放つ眼と、盲目的な激怒にも俺は怯まなかった。

我々は、為すべきことを行う」

「アンダース――」

「お前の言うことなど聞かぬ。ただ正義有るのみ」

image俺は逆手で彼の顔をひっぱたいた。もう沢山だ。アンダースはよろめいた。もしそれでもまだ光が消えないようなら、俺は続けてより強い薬を与える用意があった。『イカレたメイジを一発で叩きのめす』フェンリス・ブランドの薬は、とりわけ良く効くだろう。

どうやらそこまでは必要なさそうだった。アンダースはあたりの惨状を見渡して、それから少女を見つめ、俺を見た。
「メイカー……僕はもう少しで、もし君が居なかったら――」彼は両手で頭を覆うと、よろよろと部屋を出て行った。

俺はメイジの少女を助けて立ち上がらせた。
「大丈夫だ」と俺は彼女に言った。
「もう安全だよ。君がここに居ることを知っている者は、オーリックとやつの手下だけか?」と俺は聞いた。彼女は俺にもたれかかるようにしながら部屋を出た。

「そう、思います」と彼女は消え入るような声で言った。

「さて、そうするともし君が望むなら、おそらくサークルに残ることも出来るだろう」

彼女はオーリックが彼女を縛り付けようとしていたあの装置を見つめて、また泣き出しそうに見えたが、その代わりに彼女は首を振った。

「じゃあここから出ましょう」とイザベラが言った。
「朝までにはあなたを街から連れ出せるわ」

「だけど、家族に会いたい」と彼女が言った。

イザベラは頷いた。
「会いに行く時間は作れるわ、だけど急がなくては駄目よ」

驚いたことに、アンダースはメイジ地下組織の手助けを呼んでいなかった。彼は俺が女性達を連れてボートへ戻る間、そこでぐずぐずとためらっていた。

「僕たちには」俺達がようやく出発しようかと言うとき、彼はテンプラー達の死体が転がる部屋に向けて手を振りながら言った。
「証拠が必要だ、ここで行われていたことの」

「アンダース、奴らは死んだ。俺達が殺したんだ。もしこのちっぽけな虐殺の知らせを広めたければやればいいさ、それが俺達を血に飢えた狼の群れと見せるよりも、君の目的の助けになると思うんならな。だが俺にはそうは思えない」

アンダースはそれ以上一言も言わず、俺の後に従った。

俺達はちっぽけな救命ボートに身を寄せ合い、俺とアンダースが櫓を漕いで港の近くの砂浜へ寄せた。

「あなたのお友達は」そのメイジの少女が、ボートから浜辺に降り立ちながらアンダースの方に顔を向けないようにして聞いた。
「彼は大丈夫?あれは何だったのですか?」

「あの場所と、沢山の血を見すぎて少しショックを受けただけさ、大丈夫だ」

彼女は頷いた。
「その気持ちは判ります。あなたには、メイジであることがどんな風だかお判りにはならないでしょうけど、助けて下さって本当にありがとう」

「気をつけてな」イザベラとメリルが、彼女を連れて行った。俺は、二度と彼女について知らせを聞くことが無ければ良いと願った。

俺はアンダースと共に診療所へ戻った。『ジャスティス』の明らかな問題以外に、彼と話をしたいことがあった。あのテンプラーは俺達を待ち受けていた、あるいは、アンダースを。つまり彼のお友達の中にネズミが紛れ込んでるってことだ。

あいにく、俺にはそのどちらの話もする機会が訪れなかった。

「君にはなんと礼を言って良いか判らない」
俺達がアンダースの診療所の、ランタンがぶら下がる戸口で立ち止まると彼が言った。
「トリップ、君はいつも……」

「君自身がはまり込んだ泥沼から引っ張り上げてくれるってか?」

「そう言う訳でもないけど」と彼は言った。
「だけどその通りだ、もし君が今夜あそこに居なかったら、ジャスティスはあの娘を殺していただろう。彼を支配出来なくなっていることに僕は気付いてなかった」

「この次の時に、俺が都合良く居るとは思えないな」と俺は彼に言った。
「その件については君が責任を負わないといけないぞ」

「もちろんそうするつもりだ、今だって。僕はただ、どれほど君に――」彼は眼鏡の位置を直すと俺に向き直った。
「だけどトリップ、僕達の目的をあきらめる訳にはいかない」

「アンダース、それは良いさ、悪い目的でもない。だがそのために死ぬのは馬鹿げてる、殺すのも同じだ」

「あのテンプラー共がメイジにしてきたことを見ただろう!連中は死んで当然だ!」

「そうかもな。だけどそれを決めるのは俺達じゃあなくて法廷だ。それに、『ジャスティス』が今晩示した通り、彼の判断もそう頼りにはならなそうだ」

「判っている」とアンダースは俯き頭を下げた。
「僕の怒りと不満が、彼をねじ曲げてしまった」

「今度のことに関して反省すべき点を洗い出すとしてもだ、アンダース、想像上の友達に悪い影響を与えてしまったというのがそのリストのトップに来るのは、ひょっとするとおかしくないかな」

アンダースは弱々しい笑みを浮かべた。
「君のユーモアのセンスはありがたく思ってるよ。それに君の気持ちも。時々思うことがあるんだ、カークウォールに来てから、君と会えたことだけが僕に起きた良いことだと」

「ヴァリックにはその話は伏せておくさ」俺はウィンクした。
「もう休め。この話はまた今度にしよう」

「待って」アンダースが大きく息を吸った。
「あのエルフのことを、カーヴァーに聞いたよ。薔薇の館の」

一体どこからその話が出てくるんだ。それに何故、今?
「何だって?あの忌々しい小僧め。やつは最初の休暇を病院で過ごすことになるぞ、ああそうだとも!」

「いいや、カーヴァーが悪いんじゃない、僕が聞いたんだ。彼はひどく酔っていたし」

「俺達は互いに黙っているって約束したんだぞ!」

「だから――ちょっとだけで良いから、カーヴァーのことは忘れてくれないか?」

「それでどうしてその話を君が?もし君が『医者としてのアドバイス』をしたいってことなら、俺は聞きたくないぜ。何も変な物は貰ってこなかった、だからこの件は忘れてくれ」

「僕はただどうして――その、つまり君が……他の男性に興味を持つとは思っていなかったから」

「俺はそんな狭量な男に見えるか?」俺は少しばかり意気消沈した。
「俺が悪かった、アンダース。もし君を傷つけたことがあったとしても、そういうつもりでやった訳じゃない」

「好奇心からか?」と彼は聞いた。

「ああ、多分ね」

「僕の所に来てくれたら良かったのに、トリップ」

「何だって?」

「何も男娼の所に行くことなんて無かったのに」
彼はそう言うと両手を俺の肩に置き、俺をじっと見つめた。

「いや、そのつもりであそこに行った訳じゃ――」

「僕はずっとここに居た。君を想って。君が望むなら僕は何だってしたのに。君を守るためなら何でもする」

おーい、ちょっと待った。
「アンダース、ちょ、ちょっと待ってくれ」

「これが全くひどい思いつきだって事は判ってる、君に少しでも分別が有れば僕を退けるだろうって事も。だけど僕に一度だけチャンスをくれ」

俺は返事をする暇も無かった。彼は手を肩から滑らせて俺の首の後ろに力を込め、もう片方の手で顎を包み込むと、俺にキスをした。


Notes:

  1. Buffet:お料理ご自由にお取りください、のあれ。訳者は古い人間なのでビュッフェと書くが、今時の呼び方はバフェなのかも。箕面市に有るケンタッキーの食べ放題店はカーネル・バフェだった。
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31.警察、違法漁船を一網打尽 への3件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    …短いターンだったねアンダース(ヒドイ

    いや、絶対これはホークが悪い。しょうがない、
    これフェンリスにバラしてもっかいフルボッコして

    …死ぬな。

  2. Laffy のコメント:

    もうアンダースが不憫で(;_;) ホーク八方美人過ぎっ。
    しかし浮気のバレた恋人としては非常に正しい態度。
    そしてフェンリスとのいちゃこらはまだまだ続く。
    ちょっとアリショクさん、何とかして下さいよこいつら。

    ところでホークがジャスティスの存在を最後まで信じていない風なのが
    結構面白いですね。DA2だけやってると、実際それでも良いような気が
    するんだよな。単にアンダースの多重人格じゃないのかって。

  3. EMANON のコメント:

    ジャスティスの存在っつーか
    「ああ、なんか目が光ってえらいパワー出せる
    特殊能力だろ?」くらいにしか考えてないw

    「俺達に迷惑さえかけないならどっちでもいーや」的な。

    でも結局迷惑かけられるわけですがwww

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