30.騎士団の残虐行為提訴、却下さる

友人達は皆、カーヴァーが居なくなって母さんがひどく寂しくならないように、しょっちゅう家を訪ねてきてくれた。カーヴァーもいずれその内休暇を取れるだろうが、すべて予定通りに進んだとしても、少なくとも半年間は彼の顔を見ることは無さそうだった。彼は手紙を送ってきたが、大して書くことも無いようだった。彼はまだ基礎訓練の最中で、実際ほとんどメイジと会うことさえ無かっただろう。

予定と言えばたっぷり一ヶ月以上遅れて、俺とフェンリスは練習試合をようやく再開した。もちろん今回はちゃんとした方法で、俺も翌日アザだらけとはならないで済んだ、もっとも身体のあちこちが痛みはしたが。フェンリスは俺の戦い方にはいくつか修正すべき悪い癖があると言い、俺達は毎週日曜日、とっくみあいパンチを繰り出して正午まで練習をした。それから二人連れだって下町に戻り、母さんのローストポークを食べた。

カークウォールの冬の気候は、俺達がフェラルデンの農場で味わったような酷寒よりずっと穏やかだった。俺はやることのない晩には毎日、裏庭でフェンリスに教わった戦い方を練習するのを習慣にした。ヴァリックは時折、俺がプロの試合で金を稼いだらどうかと提案した――彼はそういう業界にも伝手があり、俺を選手として登録することも出来た――だが俺はいつも断った。彼らの試合はいかさまだらけだったからな。

正直言って、俺は何故自分がこうも熱心に練習しているのかよく分からなかった。一つにはカーヴァーと彼の銃が無くなって、俺はよりいっそう母さんと、それとまあギャムレンの面倒を見る責任を感じたからかも知れなかった。毎朝新聞を眺めるたびに、俺はその決心を新たにした。近頃では悪い知らせがあちこちから沸き上がって押し寄せるように見え、しかもまだ次の選挙までは数年有った。もっともそれで何か変わる訳でも無いが。

テンプラー騎士団の長官は、選挙で選ばれる公職では無かった。

「俺を倒そうと一所懸命になるのは止めるべきだ」とある朝フェンリスが言った。

「それが目的だと思っていたがね」と俺は言った。

「君が戦うことになる相手が誰であれ、俺ではないからな。君は優れた体格と腕力に頼りすぎる。何か別のことをやって見よう。俺の攻撃が当たったら、君の負けだ」とフェンリスが提案した。

俺は負けた。何回も、もう何回も。

そして平日は、フェンリスは昼間ほとんどずっと仕事場に居た。彼はカーヴァーの代役をひどく真剣に勤めていた。そのうち彼は読む漫画本が無くなって、俺の三文小説のコレクションに興味を示すようになった。

「何か手伝えることは無いか?」彼の唇が同じページでたっぷり半時間動くのを眺めた後で、俺はそう言っている自分に気づいた。聞くつもりは無かったんだが、口からこぼれだしたとでも言うべきか。

「いや」彼は難しい顔をして、短く答えた。彼は多分その件に注意を引きたくなかったんだろうが、しかし彼が苦闘しているのは傍目にも明らかだった。

「恥ずかしがることは何もないさ」と俺は彼に言った。
「ロザリングでも字が読めない連中は山のように居た。何か知りたいことがあったら、ちっとばかり字の読めるやつに頼んで新聞を読み上げて貰うんだ」

フェンリスはため息を付くと本のページを閉じた。
「ロザリングの素朴な人々を悪く言うつもりは無いが、フェラルデンの田舎の、無学の農民は教育程度を比較する対象としては不適切だろう。あるいは代表例としても」

「それで、君は学校に一度も行ったことがないのか?」と俺は聞いた。

フェンリスは俺の常識知らずにあきれるようにただ頭を振った。
「テヴィンター帝国の労働者は、仕事をこなす上で必要最低限のことだけを教えられる。もし彼らが読み書きを学べば、たとえばアンダースの様な連中が足掛かりにする、悪い考えを育むからな」

「だけど君は仕事をする上で読めないと困っただろう?」

「俺は必要なことは学んだ。標識も住所も判る。仕事には十分だ。地図を読んで人々を探したり、メニューを見て注文することも出来る。だが読むには不十分だ、たとえば、これを」と彼は手に持った本を示して言った。

「それならフェンリス、俺に手助けさせてくれ。それ位なら出来るからな。君を笑ったりは絶対しないさ。それにだ、もう君は半分読めてるようなものじゃないか」

彼は肩をすくめていった。
「いいだろう、君はもう決心しているようだからな」

それで俺はとうとう、フェンリスが読んでいる間口元をじっと見つめる言い訳が立った。

俺はじっと見つめるだけではなく、本を読む手助けをするはずだとフェンリスが時折俺に思い出させる必要があっても、それがフェンリスを不快にさせている訳では無いようだった。彼はそう言うたびに、少しばかり奇妙な笑みを唇の端に浮かべていた。

ある朝、イザベラが俺の仕事場にぶらりと入ってくると、俺達を見て大きくにやっと笑った。彼女の肩は純白のミンクのストールで覆われていたが、それ以外の部分の服は、全く冬の気候に向いて無さそうだった。彼女は夏の日差しと匂いを漂わせていた――どうやってか、聞かれても俺には答えられないが。

「おはよう、坊や達」と彼女は言った。
「ヴァリックの出した新刊はもう読んだ?」

「いいや。どうして?何かあったのか?」

science-fiction-1939-121彼女はただにやっと笑って、俺の机の上に一冊のペーパーバックを放り投げた。表の表紙には破れたドレスから脚を剥き出しにした巨乳 1の女を引きずる、触手を生やした化け物に向かって銃をぶっ放す、帽子を被った男が描かれていた。

「『サム・ファルコンとリリウム像の呪い』、バリィ・テトルド著」俺は表紙を読み上げた。
「イザベラ、こりゃ一体何だ?」

イザベラは、俺が数ページめくる間もただクスクスと笑っていた。

「ヴァリック!」俺はその本を机の後ろに放り投げるとアパートを飛び出し、イザベラも嬉しそうに付いてきた。フェンリスと言えば、本に熱中してただ静かに読み続けていた。

ヴァリックは俺が店に飛び込んできた時も、特別心配そうな顔はしていなかった。
「おや、よく来たなヒーロー。商売はどんな様子だ?」

「俺の方はどうでもいい。俺は君の商売について話がしたい。このサム・ファルコンの書き物についてだ」

「ああ、それね!新人にしちゃあずいぶんよく売れてるぜ。バリィはきっと売れっ子になる」

俺は両腕を胸の前で組んだ。
「騙されないぞ、ヴァリック。君が書いたってことは判ってる。しかもモデルは俺じゃないか!何か俺に言うべきことがあるんじゃないのか?」

「おやヒーロー、表紙裏の諸注意を読んでないのか?『この作品はフィクションであり、死者・生者を含めいかなる人物あるいは事件との類似については、全くの偶然である。』」と言うと彼は白い歯を見せて笑った。

俺はため息を付いた。
「つまり俺に出来ることは何も無いってか」

「裁判所で証明してみるかい。そいつはまた売り上げ急増になるだろうな。ちょっとばかり議論の種になっている本ほどよく売れるものは無いぜ」

「結構だ。そもそも裁判を起こすような金は持ってないからな」

「やって見なきゃ判らないぜ、ヒーロー。いっぺん読んでみろよ?もし本当に君が、どうしても気になるってんなら、書くのは止めるよ。それでどうだ?」

俺はまだ言い足りないような気がしたが、彼をそれ以上詰問したところで何も得るものは無いようだった。そして不思議なことに、俺が二階に戻ったときイザベラが持ってきた本はどこかへ消え失せていた。フェンリスもそれが何処に行ったか気が付いた様ではなく、仕方なく俺は金を出して自分の分を買った。

本当の所、その本は悪くなかった。そして少なくともサム・ファルコンはメイジでは無かった。もっとも彼には、しょっちゅう窮地に陥って助けを求めてくるアポステイトの友人がいたが。実際ずいぶんおもしろかったが、もちろん俺はヴァリックにそう言うつもりは無かった。お世辞に取られても困るし、ヴァリックに止めろとも言えなくなった。

ともかく俺はその本が母さんの目に止まらないように細心の注意を払った。表紙に出てくる女性達とファルコンの冒険は実に刺激的だったが、夕食の席にふさわしいような話題ではなかった。

フェンリスは文句一つ言わず俺の仕事に付き合った。怪しい夫の行動を調査してくれと泣きつく妻の愚痴を辛抱強く聞き、居なくなったペットや家出少年の行く先を探し回った。冬がどっしりとカークウォールに腰を落ち着け、その湿っぽい指で街を撫で回して泥まみれにする中、俺の人生はますますサム・ファルコンとはかけ離れていった。こっちの冒険は請求書を払うためで、退屈でみすぼらしかった。

俺達は街中の汚らしい安宿に詳しくなった。時に依頼の他に大魚を釣り上げることもあった。人々が行方不明になる裏には、もっとひどい事柄から逃げ出すためということもあるものだ。だがアヴェリンの十字軍がカルタの下っ端構成員に大穴を開けてからは、誰も俺達に特別な注意を払う連中は居ないようだった。

レッド・アイアン団や他のファミリーが、彼らのビジネスに鼻を突っ込むなと俺達に忠告する場合は、大抵はおとなしく手を引いた。俺達はサメの食い合う海中で泳ぐだけの金は貰っていなかったからな。だけど哀れな被害者を先に見つけることが出来たときは、俺達は全力を尽くして連中を救い上げ、どこか別の街へ向かう救命ボートに乗せてやった。俺達は多少善いことをしたかもしれない。あるいは、そう思っただけかも知れなかったが。

そしてフェンリスはマバリ犬では無かった。彼の忠誠心には限界があり、その限界を俺はある午後、アンダースが玄関を開けて入ってきたときに知ることになった。

「夕食にはまだ時間があるぞ」フェンリスはアンダースの顔を見るやいなや、彼がまだ帽子も脱がない先に素っ気なく行った。

「何だってみんな、僕がここに入って来た瞬間に食事をしに来たと思うんだ?」とアンダースは不満げに言った。彼はフェンリスに対して良い態度を示そうと努力していたが、もっともフェンリスがそれに気が付いているかどうかは俺にはよく分からなかった。

「何故って大体の所そうだからさ」と俺はにやっと笑って言った。
「野良猫と一緒だ。君が帰った後で猫の毛も落ちてるしな」

「そんなわけ無いだろう」

「アンダース、君は半ダースの猫と一緒に暮らしているんだ。もちろん毛の一本や二本落とすさ」

アンダースは俺に向かって顔をしかめ、継ぎの当たった革製の上着をぱっぱと手で払った。
「とにかく、今日は仕事の話で来たんだ」

「いや、駄目だ」フェンリスは立ち上がった。
「二度とはやらない。お前が『仕事』の話でトリップの所に来る時はいつもそうだ。まず、お前は金を払わない。そして、」彼はアンダースに詰め寄ると顔を睨め付けた。
「いつも無残な結末を迎える。チャントリーの中で何が起きたか、俺も聞いた」

「僕らは無実の少女を、頭を焼かれる前に救い出そうとしている」とアンダースは言い返した。
「それに金は払う」

「俺の知ったことか!俺はこの件には関わらない。トリップ、君もそうするべきだ」フェンリスは目をむいて俺の顔をにらむと、帽子とコートを取って玄関を出て行った。

彼が出て行った後で、俺はアンダースに手を振って椅子に座らせるとたばこに火を付けた。
「彼の言うのも一理あるぞ、アンダース。俺は人殺しは嫌いだ。大抵の場合はそういう羽目にならないように出来るが、君が関わる時は、どうにもならない」
俺は片手を挙げた。
「君に悪気がないことは判っている」

アンダースは両肩を落とした。
「僕だって、君を巻き込むまいとしているんだ。僕自身で対処出来ることなら、そうしている」

「どうやらそうらしいな。この半年、サークルメイジもアポステイトも順調に街から逃げ出している。実際テンプラー達もずいぶん警戒している様だ。サークルでも、逃亡者の存在を残ったメイジ達をいじめる杖として使う代わりに、皆口をつぐんでいるそうじゃないか」

「連中にも、その話が表沙汰になればさらに拙いことになると判っているんだ。ひとたび人々が僕たちの組織の存在を知れば、彼らはテンプラーの横暴に立ち向かうだろう。既に声は上がり始めている。たとえ直接手助けは出来なくとも、組織は以前よりずっと多くの寄付を集めるようになった。メレディスの支配を終わらせないと行けない、トリップ。こんな有様に人々はもはや我慢出来なくなっているんだ」

「そうしたら、君ももっと笑顔を見せる様になるか?」と俺は言った。

彼はまがい物の、弱々しい笑みを顔に浮かべて言った。
「まだそこまでは行ってないな。それにメレディスも戦わずに引き下がるようなことは無いだろう」

「なら君の話を聞こうか、アンダース。だけど今回はブラッド・メイジは無しにしてくれよ」

「とんでもない!そんな話じゃ無い。彼女はサークルメイジで、ただ家族の顔が見たかっただけだった。テンプラーが彼女を捕まえ、彼女の家族が僕たちに接触した。彼らは、それが彼女を平穏化する理由になるんじゃないかと心配している」

「つまりこれも、またカールの様な話か?」と俺は聞いた。

「いいや。彼女は出てこられない。僕たちが行って彼女を連れ出す必要がある。それと君が次に言うことも判ってる、彼女はギャロウズの、に居る訳じゃない」

「どうやら全部お膳立ては出来ているようだな、アンダース。彼女は何処にいるんだ?」

「オーリックという名前のテンプラーがいる。他のテンプラー達にさえやつは好意を持たれていないし、ましてサークルメイジ達はあからさまに怖がっている。一旦誰かが捕まって、充分平穏化するだけの理由があるとメレディスを説得したら、やつは彼らをギャロウズの足下にある、自分の個人的な手術室に連れて行く。そうすればそこで何をしようと、他の誰の耳にも届かない」

「それで、彼女は今そこにいるのか?」

「彼女は僕達が探せる限りのどこにも居ない。これ以上待つ危険は冒せない。それにもし、僕達がその手術室に入って、オーリックが何をしていたか証拠を掴むことが出来れば、あるいは彼を引きずり下ろせるかも知れない、たとえまだメレディスには手が届かないにしても」とアンダースが眼鏡を光らせつつ熱心に説明した。

「まるで公園の中を散歩するような話だな」

「ほら、金なら有るんだ」とアンダースは俺の机の上に数枚の金貨を放り出した。

俺は彼に向かって顔をしかめた。
「俺が金のことだけを気にしていると思われるのは心外だな」

「君が善意から僕達を助けてくれているのは判っている。君は一度だって僕に支払いを要求したことが無いし、ずっとそれが申し訳なく思っていた。今度は君に支払いが出来る、今度の分と、それと僕らのメイジを助けてくれた他の事についても」

「アンダース、これは金貨だ。本当に君は必要じゃあ無いのか?それに、こんな大金を払う必要は無い」

「僕が持っておくべき金じゃあ無いんだ、トリップ。組織が僕に渡したものだ」

そして俺は、アンダースが地下組織の連中から金を取ろうなどとは、夢にも思わないだろうとよく判っていた。俺は一つため息を付くと、金貨を集めた。
「判った。君のガールフレンドを助けに行こうじゃないか」

「違う!彼女は僕のガールフレンドなんかじゃ無い、トリップ。本当のところ、僕はその女性と個人的に会ったことさえ無いんだ。僕が知っているのは、彼女が無辜のメイジで、僕達の助けを必要としていると言うことだ」
アンダースは顔を耳まで赤くすると、妙に慌てる様子で言った。

「判ってるよ、ちょっとばかりからかってみただけさ。だけど判らないぜ、ひょっとしたら彼女を救いに現れた金髪の騎士様に、彼女が夢中になるかも知れないしな」

「そっちは君の専門分野じゃないのか?」とアンダースが、何か思い当たる節の有るような表情で、ニヤッと笑うと俺をからかい返した。

「うう、君まで止めてくれ。あの本はフィクションだ。フィクション!印税も俺には入ってこないってのに、何だって俺は我慢してなきゃいけないんだ。とにかく、何かちょっと腹に入れてから他に誰が来てくれそうか見にいこう」

俺達の選択肢は限られていた。フェンリスは既に断ったし、アヴェリンも恐らく拒否するだろう、そしてヴァリックはまだ長い距離を歩くには杖が必要だった。メリルとイザベラの手が空いている事を祈るしかなかった。俺としては最高の条件でも出来る限りギャロウズには近寄りたくなかったし、もしどうしても行くならば、なるたけ大勢の友人と一緒に居たかった。

Notes:

  1. “well-endowed”:辞書見たらほんとに『巨乳』って書いてあるんだもーん。ちなみに右の絵は1939年発行の雑誌”Science Fiction”、15セント。
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30.騎士団の残虐行為提訴、却下さる への4件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    >フェンリスが読んでいる間口元をじっと見つめる言い訳が立った。

    あああんたらはもう部屋の隅っこで好きなだけ
    キャッキャウフフしてなさい。

    アンダース、君は人にあげる猫があったら
    それを布袋にでも入れてホークの抱き枕カバー
    掛けて泣きながら寝てるがヨロシ。

  2. Laffy のコメント:

    抱wきw枕w この当時有るのか。あるのか。
    猫5匹かー。さぞかし布団が重いだろう。うっすい毛布だけでもぬくぬくだね!
    ……寝る時はどっかもっと暖かいところに行って、ご飯だけアンダースクリニックで
    食べてたりして(ぐすん

    しかしここからはアンダースのターンですよ!光ったりアレしたりもう大活躍ですよ!

  3. EMANON のコメント:

    >光ったりアレしたり

    アレってなんだ!アレか!ナニか!?

    だめだ顔洗ってこようw
    そしてタロットがアンダースでつまづている件w

  4. Laffy のコメント:

    タロット凄いですねえ。逆さ吊り男がカレンw可哀想ww
    Temperanceがてっきりデホークかと思ったらダンカン。判らんw

    >アレってなんだ!アレか!ナニか!?
    アレでしたw あっちもこっちもアンダースのターン!!

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