29.カルタ捜索続く、17名逮捕

メリルとヴァリック、それに俺は午後ずっと、あの日の出来事をお互いの視点から語り合って過ごした。ヴァリックはメリルがブラッド・マジックを使ったことを気にも留めていない様だった。魔法と縁の無いドワーフとして、彼はどんな類の魔法にも関心を持たないように見えた。時にはこの街の全ての人々が、メイジに関わる問題の渦中に引きずり込まれているように思える時がある。ヴァリックの賢明な無関心さを、俺はぜひ見習いたいものだと思った。

ヴァリックはまだバートランドに対して腹を立てていたが、ともかく保険会社からの補償を受けられる見込みがあって、彼も一安心したようだった。全ての借金を返し終わったらようやく、ヴァリックも再び彼自身のビジネスに没頭出来るようになるだろう。ヴァリックの部屋で早めの夕食をご馳走になった後で、俺はメリルをエイリアネージまで送っていった。

それから俺が家に帰った時、実に不愉快な驚きが俺を待ち受けていた。

俺は帽子掛けに帽子とコートを投げかけると、ぶらりと居間へと入っていき、そして180度回転して出て行きそうになった。そこに客が居た。テンプラーが。
母さんが彼と話していて、彼の肩越しに俺を見ると手招きをした。母さんの顔には、何かに対して身構える表情が浮かんでいた。

「あのね、トリップ」と母さんが言った。

テンプラーが振り向いた。そいつはカーヴァーだった。

俺は片方の眉を上げた。
「俺が仮装パーティの招待を受けていないってのに、何でお前が先に招待されるんだ?」

「これは衣装じゃ無い、トリップ。制服だ」とカーヴァーは少しばかり背筋を伸ばして言った。
「俺の制服だ」

俺はやつの顔をしばらく睨み付け、もしかして忌々しい弟がふざけて、極めつけに下手くそなジョークをかましているという可能性を探った。

「なるほど」と俺は言った。どうやら冗談では無いようだ。
「母さんにさよならを言って良いかな?それとも俺は、今すぐに逃げ出した方が良いのか?」

「ほらな?言ったろう、どうせこんな風だって!」とカーヴァーは母さんに向き直って言った。

「ほら、トリップ、カーヴァーの言いたいことを聞いてやって。彼にも考えがあっての事なのよ」

「どうだかね」と俺は言った。

カーヴァーは大きく息を吸った。
「トリップ、先週3人の人達が危うく死ぬところだった。倉庫丸ごと一軒、灰になった。そして俺達の手に残ったのは、たったの10シルバーだ」

「25シルバーだな、実際には。バートランドが残りの金を吐き出したよ」

「そんなのは問題じゃ無い!俺達には定収入が必要なんだ。母さんがリレーンの店で働いて稼ぐぐ金より、もっと多くの。それにそもそも、一軒に3人の男が居て、どうして母さんが働かなきゃならない?そんなの不公平だよ」

「なるほど、するとお前は仕事が欲しかったと。それでなんで山高帽なんだ?警察にだって入れただろうが」

「テンプラーの方が給料が良いんだ。それに、アヴェリンは良い友達だけど、ずっと彼女と一緒に働くのはごめんだ。なあトリップ、俺は兄貴を売ったりはしない。するもんか。他の友達もだ」

「決心は固いってわけか、なるほどね」俺はカーヴァーと母さんの間をすり抜けて台所に行き、そして突然そこに居る理由も無いことに気付いた。俺は裏口を開けて階段に座ると、アパートの雑草がぼうぼうと生えた裏庭をじっと眺めた。

ホースがとことことやって来て俺の隣に座ると、口にくわえたお気に入りのゴムボールを見せて、俺の顔を物欲しげに見つめた。俺は彼の頭を撫で、彼の望むとおりボールを投げて取ってこさせる遊びに付き合ってやった。

しばらくするとカーヴァーも裏口から出て来て俺の隣に座った。彼はもうあの嫌らしい茶色の外套と帽子を脱いでいたが、俺にはもう彼を前と同じように見ることは出来そうに無かった。この洟垂れ小僧が、またやりやがった。
だが今度は、少し様子が違っていた。数年前、彼が軍隊に入った時は夜中にこっそり家を抜け出し、行き先を書いた手紙だけを家族に残して行った。今度は、彼は俺達全員と向き合って自分の決心を伝えようとしていた。

「俺は役に立ちたいんだ、トリップ」と彼は言うと、ホースの口からボールを取り上げて、裏庭のフェンスに思い切り投げてやった。
「この街には、メイジを罰するのではなく、護ろうとするテンプラーが必要なんだ。エメリックのような人々が。彼とはよく話し合った、それで彼はきっと俺が良いテンプラーになれると言ってくれた。テンプラー全てが理解しているわけじゃ無い事柄を、俺はもう判っているからって」

エメリックだって?ふん。驚くような話でも無いな。

「だけど俺はまだ、メイジについて沢山学ばないといけない事があるようだ。先週兄貴が銃を手に取った時、兄貴はまるで俺の知らない別人になったみたいだった」と言って彼は頭を振った。
「俺はすっかり判ったつもりで居たのにな」

「おい、俺が化け物か何かにでもなるってのか?俺は俺だ」

「判ってるよ。だけどメイジ一家の中で育って、チャントリーがいつもメイジがどれだけ危険かについて話しているのを聞いても、俺は連中がまたくだらないことを喋ってるだけだと思い込んでいたんだ。何が危険だ、俺の父さんも兄貴もベサニーも、危なくなんか無いぞって。
俺は多分、多分、すごく良いテンプラーになれると思う。本当に役に立てるようになるって」

俺は片方の眉を上げて彼の顔を見た。
「それで、俺達の探偵業はもうやる意味が無いってのか?テンプラーになれば、この世界を変えられるとでも?」

「いいやトリップ、もちろん兄貴だって世界の役に立ってるさ。それが判らないほど俺も馬鹿じゃ無い。だけど先週、他にも気が付いたことがある」
彼は言葉を切り、俺は彼が物事の核心を突こうとしている事が判った。ホースが嘆願するようにボールと彼の顔を交互に見ていたが、彼はただ、ぼろぼろで涎まみれのボールを手の中でひっくり返しているだけだった。

「兄貴には俺はもう必要ない」とカーヴァーが俺の目を見て言った。
が居る」

「彼って……フェンリスか?だけど――」

カーヴァーは俺の言葉を遮るように言った。
「彼はいつも兄貴ばかり見ている。ほとんど眼を離すことが無いくらいだ。兄貴がベッドで寝付いていた時、彼はどうしてもで無い限り側から離れようとしなかった。それに、フェンリスの方が俺よりずっと腕が上だ。彼は本物の訓練を受けていて、俺より素早いし、あのリリウムの模様まで持ってる。彼がここに居たら、俺が一体何の役に立てる?」

俺達は黙りこくったまま、しばらくそこに座っていた。

それから俺は片手をやつに差し出した。
「判ったよ、カーヴァー。お前にも考えがあるって事だな。基礎訓練で痛い目に会ったからって這い戻ってくるなよ」

カーヴァーの顔に笑顔が浮かび、彼は俺の手を痛いほど握りしめた。
「ありがとう、トリップ。父さんが死んだ後で兄貴が俺達の面倒を見てくれたことを知れば、きっと父さんは誇りに思うだろうな。今度は俺が、自分の役目を果たす時だ」


俺の承認が得られたことで、母さんはカーヴァーにお別れ会を開こうと言い出した。一旦テンプラーとしての訓練を受けるようになれば、彼はずっと兵舎に住む事になる。それに、ギャムレンの目障りな顔を居間から追い出せるのを心待ちにしていたってことは、俺も認めざるを得なかった。ギャムレンはもちろん、彼の寝室を取り戻せるのだから大いに嬉しそうだったし、カーヴァーの約束する仕送りは更に喜びを倍増させた。

アンダースはテンプラーと聞いて心穏やかではいられなかった様だが、他は皆カーヴァーの決心に賛成した。それで俺達はパーティーを開こうと決めた。

カーヴァーのためだけというわけでは無かった。ヴァリックは、ともかく樫の木で出来た立派な松葉杖の助けを借りれば、もうすぐ自分の脚で立てるようになったし、俺が探偵業を始めてから既に半年が経とうとしていた。パーティを開く口実には充分過ぎた。

ヴァリックが俺達にハングド・マンの一室を借りて、メリルが包装紙にチョークで描いた色とりどりの花々や草木の絵と、紙製の鎖で部屋中を実に上手く飾り付けた。イザベラも飾り付けを手伝いたそうだったが、彼女の絵は多分母さんを仰天させただろう。

正直言って、カーヴァーは皆の盛り上がりにちょっとばかり度肝を抜かれていたようだ。

パーティの準備に熱中するあまり、俺達は考えられる全ての人々を招待した、もう数ヶ月以上も顔を見ていない人達や、普段なら穏やかに遠ざけるような人まで。パーティ当日がやって来た時には、皆が興奮の渦に巻き込まれていた。母さんは明け方前から料理に取りかかり、台所は食べ物と汚れた食器や道具で溢れ、ホースはポークロールの欠片を頂こうと手を出したところを母さんに叱りつけられた。俺自身も、頭を冷やそうとしばらくホースを散歩に連れ出してやった。

俺達は午後遅くになって、ハングド・マンに料理を運んで行った。メリルの実に素晴らしい飾り付けを皆が褒めそやした。もっともテーマは、お祝いというよりはどことなく学術的かつエキゾチックな、植物の生命の誕生に関するものだったが。イザベラは誇らしげにとんでもなくでかいケーキを持ち込み、その上には『お誕生日おめでとう ステラへ』と書いてあった。俺達はその文字を消そうとしたが、どうにかぼやけさせるのが精々だった。

フェンリスは上等のワインを2本持って来て、他もほとんど皆が食べ物を持ち寄った。俺は本当にこれが全部片付くのだろうかと、心配になってきた。

幸いな事に、俺達の他にも大勢の客がやって来た。招待した全てが現れた訳では無かったにせよ、エメリックとリレーンは来ていた。俺達のご近所も顔を出し、中にはギャムレンのいかがわしいポーカー仲間も居たが、そういった連中はイザベラが速やかに叩き出した。メーレン 1もやって来たが、もっとも誰が彼を招待したのか、俺にはよく判らなかった。彼も少しばかり戸惑うようだったにせよ、ともかく彼はカーヴァーと握手して、上等の煙草入れをプレゼントした。

アンダースはカーヴァーに、兵舎のお供として子猫達の一匹を贈ろうとしたが、それからエメリックが兵舎でペットを飼うことは許されていないと諭した。それで子猫はその夜中ずっと年輩のテンプラーの膝の上で、彼が分け与えるツナのキャセロールをちびちびと指から食べていた。

カーヴァーが今夜の時の人だった。俺は彼が皆から注目を浴びるのを見ながら、フェンリスのワインの公平な分け前をぶんどると、部屋の隅に座って部屋の中を眺めた。

俺がフェンリスに対して抱く妙な関心を気取られまいと用心するあまり、この何週間か彼に特別注目を向けないようにしていたが、どうも俺は自分で掛けた罠に見事に引っ掛かったようだった。
何故って、カーヴァーのやつが当たり前のように言った『彼はいつも兄貴ばかり見ている』という台詞がずっと俺の頭の中で鳴り響いていたが、それが本当なのかどうか俺にはさっぱり見当も付かなかったから。

そのフェンリスが、俺の真横に唐突に現れて僅かに残ったワインのボトルを差し出し、俺は思わず飛び上がった。当然予想された様に、ワインは今夜瞬く間に消え失せた。誰がそれを持ってきたのかを他のゲスト達に隠しておいたのは正解だった。

「ああ、ありがとう」と俺は言うとグラスを差し出した。
「祝杯を挙げるには、少しばかり足りなかったかもな?」

「君はワインは好きか?」とフェンリスが尋ねた。

「上等なフェラルデン産ビールほどじゃないがね、近頃のフリーマーチズでまかり通ってる酒のまがい物に比べたら、遙かにマシさ」

俺は小さく顎を振り、自分のグラスを手に取ったフェンリスを部屋の静かな隅に誘った。二人の間には濃いたばこの煙と、他の人々の会話と、俺達自身の暗黙の期待が渦巻いていた。

弱々しい電球の光がフェンリスの頬骨と下唇の下に濃い影を投げかけ、彼はよりほっそりと繊細に見えた。俺はまるで女を値踏みする時のように、恥じらいもなく彼の顔を見つめていた。普段はそんなことはしない。俺は大体の場合、彼の顔を見るのを避けるようにしていた。彼が俺の眼に何を見るか、怖かったというのもあったかも知れない。それと、彼に俺がリリウムの紋様を見つめていると思われたくは無かった。だが今、俺はその紋様を一心に見つめていた。

彼の下唇の下に走る線が、暗い光を受けてまるで自ら光を放つように輝き、それに触れるだけの勇気があるかと俺に問いかけていた。二人の立つこの暗がりの中なら、俺にもそれが出来るような気がした。

フェンリスも俺を見つめていた、まるで猫のようにしなやかで、しかし用心深い様子で。

「なあに、にらめっこしてるの?」突然メリルの声が聞こえ、俺は思わず飛び上がった。

「ああ、その」と俺は言った。

「いいや。あっちへ行け」とフェンリスがぶっきらぼうに答えた。

メリルは頬をふくらませて彼を見た。
「ええ、判ったわよ。もしまだワインが残ってるかどうか聞こうと思っただけなのに」

「そうは思えないな」フェンリスがまた何か言い出す前に、俺はそう答えた。メリルは肩をすくめると、何かもっと強い飲み物はないかと立ち去った。だが俺達を包み込んでいた濃密な空間は破れ、2人の間を埋める言葉がまた必要となっていた。

「カーヴァーの新たな職業に、君が反対しなかったのには驚いた」とフェンリスが言った。

「いや、したさ。まともな喧嘩をしようとも思わなかったくらい、俺は腹が立ってた。だけど、カーヴァーもとことん考えてのことだったしな。あいつももう大人だ。自分でケツは拭けるさ」
正直なところ、俺も母さんも、砲弾に撃たれて呆然となったような気分がちょっとばかりしていた。母さんは今夜ずっと、今にも泣きそうな顔で弟の方を誇らしげにずっと見つめていた。

「彼は羅針盤が必要だ、だが君のは見ようとはしないだろうな」

「判ってる。これは多少は君のせいでも有るんだぞ、フェンリス。彼が言うには、君が居るならもう俺の仕事に自分が必要だとは思えないとな」

フェンリスは顔をしかめた。
「彼の立場を奪おうとは思っていない、トリップ。俺には出来ない」

「ああ、君に彼の代わりをして貰おうなんて思っていないさ」と俺はフェンリスに言った。
「だけど、君のための席はいつでも空いてるぜ」

「君はいつも俺に親切にしてくれるな」

「親切だなんてとんでもない!」俺は彼の顔を見つめたが、またすぐに視線を逸らした。
「どちらかというと自分勝手にしか思えないな。俺は君に給料を払ってさえいない」

「俺に払う必要は――」

「そう君は言うけどな。どうにも俺は、君が貧乏くじを引いているような気がして仕方が無いんだ。俺はテヴィンター秘密情報局の最高の訓練を受け、しかも、驚くほど美……人目を引く男に手を貸して貰える、だけど君には一体何がある?」

フェンリスは視線を落とすと、彼のワインをじっと見つめた。俺はこの隅の照明がこんなに暗くなければ良いのにと思った。そうすれば彼が顔を赤らめているのかどうか、もっとはっきり判っただろうに。

「俺は友人を得た」とようやくフェンリスは言った。
「1人だけではなく、大勢の。たとえ、その中の半分が俺を苛々させるとしても」

「俺がその半分に入ってなきゃ良いがな」と俺は言った。

「君は俺を苛々させはしない。戸惑わせるだけだ、俺の」と彼は言った。彼は再び視線を上げて俺の目を見ると、微かに笑って続けた。
「俺の好きな風に」

「俺の気分と合ってるのかもな」と俺は静かに言った。
「俺も戸惑っていた。だけど今では違う」俺は彼の顔をちらりと見た。
「君も、いつかどうにかして戸惑わなくなるかも知れないな。そうしたらどうする?」

「俺達は、つまり、君はワインが好きだと言ったな?まだあの家には沢山ある。時々、俺一人で飲むのが残念なほどだ。その、いつか……」

「いつでも良いさ」俺は彼のグラスにそっと自分のを当てた。「いつでも言ってくれ」

がっかりすることに、しかし驚くべきことでは無いが、彼は何時とは言わなかった。

俺達は何時までもその隅に隠れているわけにはいかず、皆でケーキを切る前にカーヴァーの兄貴として果たすべきなにがしかの義務があった。俺は静粛にと呼びかけ、それからカーヴァーを、他のもっと素敵な呼び名は抑えて、馬鹿野郎と呼んでやった。

俺は実際スピーチが得意じゃあ無かったが、家を離れる家族のために幸運を祈ってやるのはホーク一家の家長としての義務だった。俺が父さんから13歳の誕生日に貰った狩猟用ナイフ――大したものじゃ無い、どこでも売っているような市販品の――をカーヴァーに手渡すと、とうとう母さんは泣き出した。
俺達には家宝のようなものはほんの少ししか無かった。何かしら価値のあるものはほとんど全部ロザリングに捨てて来ちまったし、母さんの受け取るべき財産もとっくの昔にギャムレンが手を付けていた。だけど良く言うじゃないか、心が大切だって。

俺達は皆で『あいつはとってもいい奴だから』 2を歌って、それからカーヴァーがケーキを切った。こんな儀式に付き合うのは生まれて初めてだ。

アンダースでさえ、少しばかり態度を和らげていた。
「ひょっとすると、彼ならあそこで何か良いことが出来るかも知れないな」

「そうかもな。とにかく彼にパンフレットを送るのだけは止めてくれよ?早々に蹴り出されたくは無いだろうからな」

パーティは未明まで続いたが、どれ程長く続こうとも、明け方前にカーヴァーが服を詰め込んだスーツケースを持って出ていくのを見送るという事実は変わらなかった。

彼の姿が見えなくなった後で、母さんは俺の肩に顔を押し当てて長い間泣いていた。
アパートは突然、ひどく静かに感じられた。

Notes:

  1. ホーク兄弟がカークウォールでの一年目に世話になったレッド・アイアン一家の親分。
  2. もちろん”For He’s Jolly Good Fellow”、おめでたい席の定番。
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