第50章 読み書きの授業

第50章 読み書きの授業


セバスチャンはゆっくりと息を吸いながら弓を引き絞ると、静止して息を止め、その一瞬に狙いを定めて矢を放った。矢は的のまさに中心を射抜き、彼は満足して歯を見せて笑った。更に二本続けざまに射ると、矢は的の周囲にごく小さな束となって突き刺さった。彼が練習場の反対側を見ると、そこではフェンリスが一連の剣技を行っていて、彼の特大の剣が藁の詰まった練習用人形に繰り返し切り込んでいた。人形のぼろぼろになった様子から判断するに、もしそれが本物の相手であればとっくに数回は命を無くしていただろう。彼が見守るうちにも、とりわけ強烈な一撃が人形の頭を綺麗にはね飛ばし、周囲の地面に藁を撒き散らした。

「間違い無く死んだと見て良いだろうな」セバスチャンは的に向かってぶらぶらと歩み寄ると、矢を回収しながらエルフに呼びかけた。

「君の相手も、そのようだ」フェンリスは剣に刃こぼれが無いか確認していたが、そう答えるといかにも軽々とした様子でその巨大な剣を鞘に戻した。

「我々二人は実に凶悪で、頼もしい」セバスチャンは笑みを浮かべながら言うと、回収した矢を丁寧に矢筒に戻し、弓の弦を緩めた。
「久しぶりに面白かった。最近は人と会う用事ばかりで、定期的に練習する時間が取れなかったからな」

フェンリスは頷いた。「俺もここの所、他の用にかまけて少しばかり練習を怠っていた」

「君とアンダースの授業の方は上手く行っているか?」二人が練習場を出て天守の方へ戻って行きながら、セバスチャンは興味深げに尋ねた。

「驚くほど良い調子だ。あのメイジはホークより遙かに忍耐深い教師だし、しかも物事を道理に叶ったように説明するコツを心得ているから、例えばそれぞれの文字が発音とどう関係しているのかと言ったようなことでも判りやすい。最近は文字の練習から簡単な読み書きの授業に進んでいる」

「ねこ、いぬ、うま、そう言った類の?」セバスチャンは微かに愉快そうな笑みを顔に浮かべて尋ねた。

「そうだ。俺は正直……驚いている、いったん基本的な文字が理解出来れば、いかに簡単に出来ることかと。アンダースは、俺の学習が進めば進むほど、音の繋がりが容易く判るようになって、いちいち各文字の音を組み合わせ無くても単語を見ただけで読み方が想像出来ると言っていた」

セバスチャンは頷いた。
「彼の言う通りだな。もちろん、ごく短い言葉から始める方が判りやすくて良いが。子……その、初心者向けの本が大抵は、ごく単純な文章と短い言葉で書かれているのはそのためだ」

「ああ、それと挿絵付きだ、特に子供向けの本の場合は」とフェンリスは微かに愉快そうな声で言うと、顔を僅かにほころばせた。
「アンダースは、最初の教材に子供向けの本を使うと俺が気分を損ねるのではないかと幾分心配していたようだ。だが読み書きに関して言えば俺はまさしく子供の水準なのだから、別に気にすることでもない」

「それは良かった」セバスチャンは満足げに言った。「そう論理的に考えられる者ばかりでは無いからね」

「どうやらそうらしい」フェンリスはそう言うと、唇の隅を上げてニヤリと笑った。
「アンダースはもし俺を怒らせると、彼が言うところの『輝く拳の審判』などが下されるのでは無いかと恐がっていたに違いない」

セバスチャンは鼻で笑った。「あのメイジは時折妙なユーモアのセンスがあるな」

「全くだ。あのメイジと言えば、彼と君は最近何か口論でもしたのか?最近……二人一緒に居ると、何か落ち着かない様子だが」

セバスチャンは少しばかり顔が赤らむのを感じて僅かに眉をひそめ、フェンリスがもしそれに気付いたとしても冷たい風のせいだと思ってくれるよう願った。彼はメイジとこのエルフが関係を持っているという考えはとっくに捨てていたが、それでもそのことを考えるだけでも落ち着かない気分になった。
「いいや、口論などしていない」と彼は言った。
「だが私も、彼が最近落ち着かない様子なのには気付いていた。どうしてかは判らないが、最近……神経質になっているようだ、少なくとも私の周りでは。私と眼を合わせようとしない。それが心配でね。あるいは私が歓迎しないと判っている何かを、彼がしようとしているのでは無いかと。もしそうだとしたら一体……君が彼と一緒に居る時に、普段と違う様子は無かったか?」

フェンリスは顔をしかめると首を振った。
「いいや。彼は大抵はいつも通りだ。君の言うとおり、神経質そうに見えるのは君の周りに居る時だけだな」エルフはそう付け加えると、しばらく考え込むように眉根を寄せた。
「俺と一緒にメイジの授業に来ないか」彼は唐突に提案した。「もし君が忙しく無かったら?」

セバスチャンは少しばかり驚いた様子を見せた。
「いや、今日は実際この後の予定は無い。私が一緒に行っても構わないのか?」

「もちろん。最近君たちが一緒に居る所を見かけるのは昼食の時だけだからな。ひょっとして、彼が一番落ち着いていられる、彼自身の部屋で君たち二人を観察すれば……」

「ああ、それで何か判るかも知れないと?」

フェンリスは肩をすくめた。「あるいは。とにかく、試す価値はあるだろう」

セバスチャンは頷いた。二人は天守の周りを歩き続け、庭の入り口へと到着した。衛兵詰め所の男達は明らかにフェンリスが通り抜けるのは見慣れた様子で、彼に親しげに頷きかけたが、それから大公殿下が後ろから姿を見せたのに気付き、大慌てで立ち上がった。セバスチャンはにこやかに彼らに頷いて見せると、エルフの後に続いてアンダースの庭へ入っていった。


部屋に入ってきたフェンリスに気付いてメイジは顔を上げ、歓迎する笑みを浮かべた。フェンリスは、セバスチャンが続いて入ってきた瞬間に彼の表情が変化するのを見た ‐ 一瞬びくっとした様子で、それから用心深く微かにけぶったような笑みに表情を和らげた。

アンダースは立ち上がって言った。
「やあ、フェンリス、セバスチャン ‐ 何かあったのか?」

「いや、何も無い」セバスチャンは気楽そうな表情で言うと、腰を屈めて彼の足下を興奮したように跳ね回るガンウィンを撫でてやった。
「今日はたまたま昼から暇だったのでね、フェンリスの授業に付き合って、君たちと少しばかり一緒に過ごそうと思ったのだ、構わないか?」

アンダースは頷いた。
「もちろん。上に行こう」と彼は言うと、階段の方に手を振った。

その言葉を犬達は良く心得ていた ‐ ハエリオニも即座に立ち上がると、二匹の犬は男達が誰もまだ動かないうちに階段に向かって走り始めた。アッシュはその間ずっとテーブルの上で丸くなって寝ていたようだったが、頭を上げてあたりを見渡すと、テーブルから飛び降り犬達を追い越して階段を駆け上った。

セバスチャンは愉快そうな表情で声を出して笑った。「良く訓練されてるな」

アンダースは鼻を鳴らすとニヤリと笑った。
「まさかね。連中はお気に入りの場所を取られたくないだけだ」

ハエリオニは二階の小さな暖炉の前が今のお気に入りで、そこに伸び伸びと横たわり、ガンウィンは彼とフェンリスが共有する長椅子の端に座って階段の方をじっと見つめていた。そしてアッシュは絨毯の真ん中に座って前肢の肉球を舐めていた。

アンダースはせわしなく彼の机の後ろに座り、フェンリスは長椅子の方へ向かうと、ガンウィンの頭を通りすがりに優しく撫でてやり、それから座って側の小さなテーブルを引き寄せた。テーブルの上の筆記用具をフェンリスがきちんと並べ直している間にも、ガンウィンはエルフの側にドサリと倒れ込み、長い顎を彼の太腿の上に乗せて愛情のこもった目つきで彼の顔を見上げた。セバスチャンはあたりを見渡して、二人の男達を両方見渡せる場所の椅子に腰掛けた。

「今日は読み方から始めるか、それとも書き方にしようか?」とアンダースが尋ねた。

「書き方にしよう」とフェンリスが言った。アンダースは頷くと彼のペンを取り上げ、一枚の紙に活字体で何かを書くと、フェンリスの前に差し出して彼の机に戻った。フェンリスは彼のインク壺の蓋を開け、ペンをそっと浸すと机に置かれた紙に向かって屈み込み、アンダースが書いた文章を、紙の上にあらかじめ引かれた線に沿って、下唇を噛みしめ集中する様子で丁寧に幾度も書き写していった。

「ところで、君たちのメイジの自由に関する討論はどんな感じだ?」とセバスチャンは尋ねた。

「上手く行っているよ」とアンダースは行った。「メイジが出来そうな、人々の助けとなる事柄を書き出しているところだ ‐ 大きな建造物の建築を手伝うような一回こっきりの事ばかりじゃ無くて、小さいけど毎日手助け出来るような事もね」

「例えば?」セバスチャンは興味を引かれて尋ねた。

フェンリスはちらっと顔を上げて、アンダースがセバスチャンの方を見ようとせず、代わりにペンを弄んでは自分の手をじっと眺めていることに気付いた。彼は軽く眉をひそめると、再び書き方に注意を戻したが、時折二人の方をちらちらと眺めていた。

「そう、例えば……今現在、もし君が何か夏の間も冷たいまま保存しておきたいようなものが有るとしたら、この時期に集めた雪を凍らせて、氷室に貯めておいた氷に頼るしかないな?」

「まあ、そうだ」

「毎年十分な量の氷が、次の寒い季節が来るまで保つだろうか?」

「毎年では無いな。どれだけ氷を使うかにもよるし、どれくらい暑い日が続くかにもよる」セバスチャンはそう答えながら、前屈みになって片手の掌を下向きにして指を軽く曲げると、アッシュの方に手を伸ばした。半ば仰向けになって腹を毛繕いしていた猫は途中で動作を止め、舌を半分突き出したまま男の手を珍しそうに眺めたが、脚を下ろして手の方に歩み寄り指の匂いを嗅いだ。

「そうだな、精霊魔法を使えるメイジはいつでも新しい氷を作れる、やり方を学んでいればね。だから適当なメイジの手助けがあれば、君はどれだけ使おうと尽きることの無い氷室を持てるということになる。水を配管で引っ張る方が重い氷の塊を運んでくるより楽だから、どこかに大量の氷を必要とするような場所が有れば、そこに水配管を敷いてその場で氷を作らせればいい」

「それは……便利だろうな、確かに」とセバスチャンは同意すると、その発想について考え込みながらアッシュの耳の後ろの柔らかく長い毛に指を突っ込んで撫でてやり、猫は大喜びで喉をゴロゴロと鳴らした。

フェンリスは笑みを覆い隠すと、アンダースの方をちらっと見た。アンダースは今度はセバスチャンを見つめていて、彼同様微笑んでいることに気付いた。しかしセバスチャンが姿勢を戻してアンダースに向き直ると、メイジは即座に目線を別の方向へと反らせた。

「その頁は終わったかい、フェンリス?」

「大方は。後二行だ」とフェンリスは言って、書き写しを再開した。

アッシュは大公の手が無くなったので、頭を勢いよく振ってからあたりを見渡していたが、突然空中に飛び上がり、身体を捻って別の方向を向いて着地すると全速力で部屋の一番奥の端まで駆け抜け、階段の最上段の側でまた突然動きを止めた。猫は四つ脚を大きく広げて姿勢を低くし、耳を後ろに倒して眼を大きく見開いていた。ガンウィンとハエリオニは頭を上げて興味深そうに若い猫を見つめていた。猫は頭と尻尾の先を細かく震わせていたが、やがて勢いよく突進すると元居た場所の側にあった椅子の下に滑り込み、震える尻尾だけが外に突き出ていた。三人の男達は声を上げて笑い、尻尾もまた突然シュッと彼らの視界から消え失せた。

「アッシュはこんな事をよくやるのか?」とセバスチャンは愉快そうに尋ねた。

「気分が乗った時はね。見てろよ、また何かを追い掛けて飛び出してくるから」とアンダースが歯を見せて大きく笑いながら言った。
「あの椅子の下に、おもちゃを隠すのが好きなんだ」

しばらくした後、アッシュはぼろぼろになった羽根を口にくわえて飛び出してきた。猫は不意に立ち止まると羽根を口から落としそれに飛びかかった。羽根じゃ無い、とフェンリスは気付いた。羽根の軸に付いた黒い染み ‐ 羽根ペンだった。猫が仰向けに転がり、、羽根ペンを前肢でしっかりと抱え込んで片方の後ろ肢で蹴飛ばすにつれて、猫の爪に引き裂かれて羽根の軸から細かな羽毛がふわりと飛び散るのを、アンダースとセバスチャンは愉快そうに黙って見つめていた。

アンダースが鼻を鳴らすと立ち上がった。
「お茶を入れてこよう、すぐ戻るよ。君たちもどうだ?」

「頼む」とフェンリスが言った。

「ああ、私にも頼む」とセバスチャンは答えた。

アンダースがアッシュの側を通り過ぎると猫は羽根を放り捨て、メイジが階段を下りて彼の視界から消え失せるまで、わざとらしく胸毛を一心に舐めた。それからあたりを見渡して、羽根のことはすっかり忘れたようにお気に入りの椅子の下へスタスタと入っていった。

フェンリスはようやく最後の行を書き終えると、紙を押しやって彼のペンを置き大きく腕を伸ばした。
「一日中書き物をしている連中が居るというのは全く信じがたいな ‐ こうやっているとしばらく腕が痛くなる」と彼は口にした。

セバスチャンは肩をすくめると脚を大きく伸ばした。
「他の運動と同じようなものでね、十分長い間やっていれば筋肉もそれに慣れてくる。最初に馬に乗った時に脚がひどく痛んだのと同じだ」

フェンリスはゆっくり頷いた。二人は椅子の下からくしゃくしゃに丸められた紙の球が転がり出て、その一瞬後に猫が飛び出してくるのを見つめた。猫は紙の球に飛びかかり、前肢でこづき廻して遠くへ転がすとその後を付け回し、獲物と一緒に再び机の下に潜って見えなくなった。

セバスチャンは微笑んだ。
「一緒に暮らすと、猫がこんなに面白い相手になるとはね」と彼は言った。
「これまでは猫と一緒に過ごしたことなど無かった」

フェンリスは頷いた。「俺も無い。なかなか魅力的な動物ではないか?」

「小さな猛獣でない時はな」セバスチャンは同意した。
「厩にいるほとんどの猫は身体に触らせるどころか唾を吐きかけてくるぞ。とりわけ連中を怒らせれば鋭い爪で引っ掻かれる」

アッシュがくしゃくしゃの球を口にくわえて、再び机の下から姿を現した。猫はセバスチャンの所までやってくると立ち止まって、紙の球を床に落として彼を見上げた。セバスチャンは片方の眉を大きく上げて、アッシュを驚いたように見た。
「球を投げて欲しいようだな」と彼は言って、椅子の前ににじり寄り身を屈めて球を拾い上げ、部屋の端にひょいと放った。アッシュはとんぼ返りで紙の球を全速力で追いかけた。ガンウィンがそれを見て身体を起こし、長椅子の端にちょこんと脚を揃えて座ると耳をピンと立ててセバスチャンの方を見つめ、静かに一声鳴いた。

「お前も遊びたいんだろう、どうだ?」セバスチャンは愉快そうな声で言う間に、アッシュは彼の方に紙の球をくわえてスタスタと戻ってくると、期待するように小さくミャウと鳴いた。

再びセバスチャンが球をアッシュのために放ってやると、ガンウィンは大きく身震いしほとんど駆け出しそうになった。三度目には犬の自制心はどこかへ吹き飛び、長椅子から飛び出すと紙の球を追って走り出した。乱入者の登場にアッシュは驚き、ディアハウンドが側を駆け抜けるのを耳を平たく下げて見送った。
ガンウィンはその紙の球に飛びつき、頭と耳をピンと立て、自慢げに尻尾を勢いよく振りながら振り返った。その大喜びの犬の姿と、そっぽを向いてまっすぐ背を伸ばして座り、今まで一度も紙の球など追いかけたことはありません、と言った風情で顔を洗っている猫を見比べ、セバスチャンは大声で笑い出した。

アンダースがトレイを手に持って階段をあがってきた。
「一体全体何をしてるんだ?」と彼は尋ねた。「牽き馬に号令を掛けさせる練習かい?」

セバスチャンは歯を見せて大きく笑った。「お前の友達と遊んでいるだけだよ」

アンダースは鼻を鳴らして、二匹と一人の遊びに割って入るとガンウィンの側を通り抜け、机に歩み寄ってトレイをその上に置いた。ガンウィンは即座に紙の球を口から落とすと、ほとんど邪魔なほどぴったりと足の下に従って、トレイを期待を込めた目で見上げた。ハエリオニも再び頭をもたげ、立ち上がるとこちらも机の側に寄ってきてはじっとトレイの方を見た。アンダースは両方の犬にかなり大きな乾燥肉を一切れずつ与えると、犬達はそれぞれ部屋の別々の隅に落ち着くとそこでかじり始め、それからセバスチャンとフェンリスに紅茶のマグカップを手渡した。彼はフェンリスが書いた頁を眺めて満足げに頷いた。
「手本が上にありさえすれば、もう随分上手に活字体で書けるようになったな。この調子なら、もうすぐ綴り方に進めるだろう」

「綴り方?」フェンリスは心許ない様子で尋ねると、紅茶をすすった。

「書き写す手本を見る代わりに、僕が言う言葉を聞いて、君がその綴りを考えて紙に書くんだ」

フェンリスは納得したように頷いた。

「読み方を始めようか?」とアンダースが尋ねた。

「いいとも」とフェンリスは言った。

アンダースは机の上から一冊の本を持ってきた。
「ほら、これを読んでみて」と彼は言うと、フェンリスの前の机に本を広げ、ある頁を示すと、再び机に戻って紅茶の入ったマグカップから一口啜った。

フェンリスは彼の前の印刷された文字を、軽く眉をひそめてじっと見つめ、読み方を推し測った。
「あなたはふる…ふりゅ…フライド……む‐マッシュとナグは、ずき……好きですか?僕はあまり好きではありません」彼は言葉を切り、次の単語に首を捻った。「むぁ?」

「すまない、それは長い単語の省略形だ」とアンダースは言った。「M-Rと綴るが、読み方は『ミスター』、誰々様という意味になる」

フェンリスは頷いた。「くふ……クラーグ様。僕はフライド・マッシュとナグが好きではありません……」再び彼は言葉を切ると顔を上げ、アンダースに向かって顔をしかめた。
「これは詩か何かの類か、メイジ?」

アンダースは微かに笑いながら頷いた。「ああ。若いドワーフに付いて書かれた詩だ。繰り返しがとても多いから読むのが簡単だし、ユーモラスな話だから関心も持てるだろうと思ってね」

「フライド・マッシュもナグ肉も食べることに興味が持てないという点で同意する以外、これまでの所で関心を持てる部分は見つからないな」とフェンリスは冷淡に言った。

セバスチャンは声を出して笑うと、立ち上がって見捨てられた紙の球を拾いに行った。
「その詩は覚えがあるよ。私の乳母の一人が、私が食べ物の好き嫌いを言うと良くそれを話して居たものだ」と彼は言うと、球を拾い上げて再び席に戻った。彼は笑いながら紙の球を指の中でひっくり返したが、その端にガンウィンの涎がたっぷり付いている事に気がつくと顔をしかめて、球を足の側の床に落とし、指に付いた涎をレギンスの裾で拭き取った。
「ナグについての歌も時々歌ってくれた。泥の中に座ったナグがどうとか……。彼女は実に色々な童謡や子供向けの詩を覚えていたな。デーリッシュの子供向けのお話も全部知っていた、少なくとも共通語に翻訳されたものはね」

アンダースは鼻を鳴らすと、彼の椅子にもたれ掛かった。
「フライド・マッシュもナグ肉も両方食べたことがあるけど、僕個人の好きな食べ物リストの上位に入らないという点では同意するね。それはさておき、先を続けて読んでくれ、フェンリス」

フェンリスは頷くとその先を続け、詩の残りの部分をゆっくりと言葉に出していって、クラーグ様がその嫌らしい食べ物と、悪ガキに薪、それにカキと一緒に穴に転がり落ちる所まで読み進めた。

「この次に俺に読ませるものは、メイジ、もっと文学的に価値のある本にして欲しいものだ」と彼は本を閉じて横に押しやると言った。セバスチャンとアンダースは共に大笑いした。

「さて、今日の所はこれくらいで十分だろう」とアンダースは言った。

フェンリスは頷くと立ち上がった。「ありがとう、アンダース」と彼は言うと、セバスチャンの方に振り返った。
「もう行くか、それともまだ何かアンダースと話すことがあるか?」

「いや、今日のところは何も無い」とセバスチャンは言うと、椅子から立ち上がった。アンダースも立ち上がってさよならを言い、二人が出て行ってから空のマグカップを集めてトレイに戻した。彼はくしゃくしゃになった紙の球を見つけて、立ち止まってそれを拾い上げたが、やはり涎がべったり染みこんでいるのに気付くと嫌な顔をして暖炉へ放り込み、球が今回は石炭の側へ落ちたのを見て満足げに頷いた。彼はトレイを持ち上げて階下へ降り、犬達と猫が後に続いた。

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第50章 読み書きの授業 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    フェンリス「むぁ?」

    ダメだ死ぬるwwwww

    >カキと一緒に穴に転がり落ちる
    日本ならおむすびと一緒にネズミの穴に
    転がり落ちますがw
    小学校2年ぐらいで習うんですよねえ。
    おむすびころりんすっとんとんw

  2. Laffy のコメント:

    わーい50章越えたよ!しんじらんない!
    >>日本ならおむすびと一緒にネズミの穴に転がり落ちますがw

    そうそう、どこにでも似たような話があるんですねえ、ってドワーフだから穴ぼこだらけか。
    実はここ原文とは違ってます(^^ゞ原文は確か “A thug, a slug and a bug”だったかな、脚韻踏んでるんです。一応詩らしく。だけど日本語ではそう言うわけには行かないので、てけとーに。

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