第52章 魅力ある少女
風呂に入って服を着替えると、エルフの兄妹は大きく様変わりした。彼らの服は召使いか厩の見習いが着るようなごく簡素な服だったが、カイラの喜ぶ様子からすると、その無地の濃青色のドレスと、肩までの長さの黒髪を愛らしいポニーテールに結んだ同色のリボンは彼女がこれまで着たなかで一番素敵な服のようだった。ゲヴィンも同じ濃青色の胴着に黒色のズボンを履き、更に神経質になっているように見えた。
「さあ行こう、こっちだ」とフェンリスは言って、廊下を先に行くと階段を上った。上階の廊下の華麗な装飾を見てカイラは明らかに喜んだ様子だったが、ゲヴィンは尚更不安げな様子に変わった。セバスチャンの居室の前に立っている衛兵が眼に入ると、彼は唐突に立ち止まった。
「さっき僕たちを上の階に連れて来てくれた男の人は ‐ さっきのメイドさんが言ってたけど、あの人が大公殿下だって。ほんと?」彼は不信と恐怖が等しく入り交じった声で尋ねた。
「ああ、そうだ」とフェンリスは答えた。「来い、彼はお前達を昼食に招待してくれている」
少年は凍り付いたように立ち止まっていたが、大きく息を吸うと再び歩き出した。
「じゃあ、お前が大公の友達だって言うのは嘘じゃなかったんだな」
フェンリスは鼻を鳴らした。「嘘じゃない」と彼は答えると、彼と子供達をセバスチャンの居室に入れるために扉を開けた衛兵に頷いた。
セバスチャンが側に立っているテーブルには、今日は二つ多い椅子と、食事のための準備が既に整えられていた。カイラはこの美しく大きな、窓から差し込む日光に明るく照らされた部屋を見て感激した声を上げたが、ゲヴィンは青白い顔をしてフェンリスの側ににじり寄った。セバスチャンは二人に温かく笑いかけた。
「レディ・カイラ!サー・ゲヴィン!お越し下さり大変光栄です ‐ さあ、席に着くのをお手伝いしましょうかな、マイ・レディ?」
彼は眼を楽しげに光らせながら少女に向かって尋ねた。カイラはくすくす笑いながら彼の方へ走ると、セバスチャンに抱きかかえられて椅子に着いた。
「あいつは俺達のことを馬鹿にしてるのか?」ゲヴィンは歯を剥き出すとフェンリスに怒ったように言った。
フェンリスは笑い顔を覆い隠すと穏やかな声で答えた。
「いいや。彼はここに居る間、お前の妹を楽しませようとしているだけで、馬鹿にしている訳じゃない」
「ふーん」ゲヴィンは頷くと、フェンリスの側にぴったりとくっついて、不安げに妹の隣の席に座った。フェンリスもその側に座り、セバスチャンはカイラの向こう側に座ると、二人は自分と子供達のために料理を取り分け始めた。
寝室の扉が開き、アンダースがアッシュを腕に抱えて入ってきた。彼は子供達を見て突然立ち止まると、セバスチャンの方を不思議そうに見た。「今日はお客さんがいるのかな?」と彼は尋ねた。
セバスチャンは歯を見せて笑った。「ああ」彼はそういうと二人の方に頷いて見せた。
「こちらがレイディ・カイラ、サークル・キープに行く途中でここに立ち寄ることになった。それと彼女の兄のサー・ゲヴィン、彼は彼女が無事にサークルに到着するまで付き添うことになっている。彼はアンダース、私の友人だよ」とセバスチャンは二人に向けて言った。
フェンリスはたまたま、セバスチャンが話している間アンダースの方を向いていたので、セバスチャンが彼のことを『私の友人』と言った瞬間にメイジの顔に広がった驚きと喜びの表情を捉えることになった。これは興味深い、と彼は思った。
アンダースがテーブルに向かって彼の席に着こうとする間に、アッシュは彼の腕から飛び降りると、テーブルの上の料理を興味深そうに嗅ぎ回った。
「また魚料理に違いないな」とアンダースは言うと、猫を抱き上げてテーブルから彼の膝の上にしっかりと降ろしたが、猫はテーブルの端から頭だけ覗かせると辺りの匂いをフンフンと嗅ぎ回った。
カイラはそれを見てまたクスクスと笑った‐ 彼女はいったん恐がるのを止めた後は、ずっと上機嫌だった。アンダースは少女に向かってにっこりと笑うと、テーブルの上の料理の覆いを取って中身を確かめて行き、ようやく魚を見つけて幾らか彼の皿に取った。彼は注意深く骨を全て抜き去ってから、一切れずつアッシュに指で食べさせた。カイラは自分の昼食を食べながらそれを面白そうに見ていた。ゲヴィンはナイフフォークを使いこなしていたが、彼女は指を使って食べていて、フェンリスはこの少女がまだ使い方を習っていないのだろうと思った。
「すると、レディ・カイラはメイジなのかな?」とアンダースは二人の子供を眺めて気軽に尋ねた。
ゲヴィンは神経質そうに頷いた。
「そうです、サー。妹は……ちょっと前に悪酔いした男が妹を脅かしたら、そいつはパタンと寝てしまいました。それに、時々妹が怯えたら、他の人達も同じように恐がることがあって」
「ああ、そうするとエントロピー・マジックだね」アンダースは頷いた。「こんな小さい子にしては珍しい。他のことは出来るかな、カイラ?」
「どんなこと?」彼女は興味を持ったようだった。
「さて、例えば誰か痛いことになった人が居たら、その人の気分を良くしてあげるとか?それか、こんな風なことをやったことはあるかな?」彼は尋ねると片手を上げた。彼の手の上に極小の火の玉が揺らめいた。カイラは声を上げて笑いながら椅子の中で飛び上がり、ゲヴィンは一瞬驚いて怯えたように見えた。
「妹はそういうのはしたことはありません、気分を良くするのも……。僕は見たことがない」
ゲヴィンはおずおずと言った。「あなたは……あなたもメイジ?」
「ああ」アンダースは愛想良く彼に笑いかけながら言った。
「人々を治療するのが主だけどね、他にちょっとした魔法も知ってる。こういうのも」と彼は言うと、今度は指と指の間に極小の稲妻をパチパチと光らせ、カイラは大はしゃぎで金切り声を上げ、ゲヴィンは更に驚いて彼を見つめた。
「あたしにも出来る?」とカイラが尋ねた。
「判らないな、やってごらん?」とアンダースは聞いた。
カイラは鼻に皺を寄せると考え込んだ。
「どうやるか分かんない」彼女はしばらくしてからそう告げた。
「まあ、やり方を覚えられるかも知れないよ、サークルでね」アンダースは温かく彼女に微笑みながらそう言った。
その後の昼食は心地よく進み、三人の男達は結局その日の午後の半分を、子供達と過ごすことになった。ゲヴィンはようやく最初の気後れを克服すると、ほとんどの間フェンリスの隣に座って、妹が連れて行かれる場所のこと、サークルとは何か、その他諸々について次々とフェンリスに質問しながら、二人してカイラがセバスチャンとアンダースを魅了するのを見ていた。
フェンリスは二人の男達が、エルフの少女をちやほやする様子を眺めながら思わず微笑んでいた。彼女はアンダースの膝の上に座り込んで、身体を大きく前に倒し、前に座ったセバスチャンの鼻を小さな指でつまんでは笑っていた。彼女が鼻をつまむ度に彼は変な声を出して、彼女は面白そうにきゃっきゃと笑いながら手で自分の口を叩き、再び手を伸ばすと鼻をつまんだ。アンダースは歯を見せて大きく笑っており、彼らが膝を突き合わせて座り少女を楽しませている間、ここ数週間二人が側に居る時にお互い感じていた決まりの悪さは、すっかり忘れ去られたようだった。
ようやくセバスチャンが、子供達は部屋に戻る時間だと言い、また後で会えると約束するとさっきの年輩の女中を呼んで彼らを部屋に連れて行かせた。
「実に可愛らしい少女じゃないか」彼らが出ていった後ろで扉を閉めながら、セバスチャンは他の二人に言った。
「大きくなったら本当に魅力的な娘になるだろうな」
フェンリスは微笑んだ。
「彼女はとっくに本物の魅力的な少女だな、俺が見るところでは」と彼は言った。
「君たち二人をあの小さな指で虜にしてしまった」
セバスチャンは大声で笑い、アンダースはニヤリとした。
「あるいはそうかもしれない」大公は同意すると、ふと真面目な顔をした。「ここに相応しいサークルを作っていて良かった」彼は唐突に言った。
「もし彼女がどこか別の、カークウォールの様な場所で見つかっていたとしたら、あんな子供に何が起きたか考えたくは無い」
アンダースも急に真面目な顔になった。
「そうだな。君たちは知ってるだろうか、幼い子供が送られるサークルについて、僕が行く末を心配しなくて済むのは全く今回が初めてだというのを?あのサークルなら、ロレンス騎士団長とファースト・エンチャンター・エリサなら彼女の面倒をちゃんと見て、彼女を護ってくれると本当に信じられる」
フェンリスは頷いた。「俺も、彼女の行くサークルに信頼出来る人々がいるのはありがたい」
彼はそう言うと、考え深げに頭を傾けた。「兄も一緒に付いて行って、妹が安全な場所に居て、家族から唐突に引き剥がされて怯えたりはしていないと判るのも良いことだ、彼女と、家族両方にとって」
アンダースはゆっくりと頷いた。
「そうだ……これは今回だけの例外ではなくて、規則にするべきだよ。チャントリーがメイジ生まれの子供を外のどんな関係とも引き離そうとするのは、彼らがサークルから逃げ出すのをより難しくするためだ。それ以外にメイジ生まれの子供と家族の関係を断ち切る理由なんて無い、そうだろう?理想を言えば、いったん魔法を制御する方法を学んでハロウィングを経たメイジは、家族の元に戻ったって良いはずだ。あるいは、もし今居る場所で教わることが出来るなら、そもそも家族の元を離れないことだって……」
フェンリスは難しい顔をした。
「そうすると問題が起きるだろうな。大抵の技能は覚えたての頃が一番危なっかしい、君がさっきやって見せた炎を使った悪戯にしてもそうだ。未熟で危険な間は、メイジ達はどこか安全な所に置いておいた方がいい」
「うーむ、あるいは君の言う通りかもな」アンダースは渋々認めた。
「この話はもっとよく考えないといけない」
「ああ、しかしまた別の機会にしよう」とセバスチャンが言った。
「私は仕事に戻らないといけないし、君たちもフェンリスの読み書きの授業があるんじゃないか?」
アンダースは頷くと立ち上がり、二人でセバスチャンに別れの挨拶をして、コテージへと戻っていった。
カイラかわえぇーwwww
5歳かあいいなあw日本なら七夕の短冊に
「ぷりきゅあになりたい」とか書くお年ごろw
「あんだーすせんせいのようなひーらーになりたいです」w
カイラはこの後も時々名前は出てくるんですが、実際には登場しないのが残念。
ゲヴィンはちょっとだけ顔見せたかな。
友人像の新しい絵見せて頂きました! 今まさに誰かが来て、友人と一緒に座ろうとしている瞬間を
切り取った、想像力が掻き立てられる良い絵だと思います(^^
座ってしまったら、普通の集合写真ですからね。