第63章 予想外の使節

「君に昨日言う時間が無かったが、戻ってきてくれて有りがたい、フェンリス――それに戻ってきた時の君の行動についても」
朝食の席にフェンリスが着くや否やセバスチャンは言った。
「もし君が居なければ、本当に危ういところでアンダースを失うところだった。彼のコテージをより安全にするため我々が手を尽くしたにも関わらず……」彼は言葉を失い、頭を振ると唇を固く結んだ。

フェンリスは同意して頷いた。
「彼が誘拐されたことに、俺は自分でも驚くくらい腹が立った」と彼は言うと、少し難しい顔をした。
「単に腹が立ったと言うだけでなく、心配になったのは俺がアンダースを友人と見なすようになったからだろうな」
彼は言葉を切ると、しばらく考え込んで更に不機嫌そうな顔になると先を続けた。
「それに、俺が仕事をしくじったように感じたせいもある。セリンを助けて衛兵の巡回経路を見直したにも関わらず、あの連中はそれをすり抜けてメイジを誘拐した」

セバスチャンは頷いた。彼も同じく、メイジに対する約束を果たせなかったと感じていた。彼はアンダースを彼の保護下に置くと誓ったにも関わらず、それを果たせなかった。メイジの周囲の防御を破ったのが、彼に悪意を持つ者では無く充分に友好的な人々であったというのは、本当に全くの幸運に過ぎなかった。

しかし彼がとりわけ動揺したのは、彼が義務の履行に失敗したからでは無かった。そう、フェンリスの跡を追う長い追跡行の間、彼が感じていたのは恐怖と喪失感だった。恐怖は、彼らが死んだか、あるいはひどく傷ついたアンダースを発見するのではないかというもの。そして喪失感は……その恐怖の大きな部分が、単に彼が護るべき囚人のメイジというだけではなく、彼にとっていつの間にか極めて大事なものになっていた男を、失うのではないかという恐れであることに彼が気付いたためだった。

今でも彼は、どうしてソリアがあのような問いかけをするに至ったのか不思議に思っていた。そしてその問いが、彼にどれ程大きな動揺を引き起こしたかを思い出した。彼の一部は今でも、そう言った類の感情を彼がアンダースに対して抱いていることを否定したいと思っていたが、それでも彼の答えを待つソリアの平静な表情と、とりわけ彼女の『決して嘘を付かない』という評判を知ればこそ、彼女に向かって嘘を付くことは出来なかった。もし彼女に対して嘘を付いたり誤魔化したならば、彼自身の廉恥心を傷つけることになっただろう。
そしてそれは、彼がこの数日間どうにかして否定しようとしていた事柄を、自分に対してあからさまに認めることでもあった――彼がアンダースを心から大事に思っていると。同時にそれは単に清らかな精神的愛情に留まるものではないと、今では彼自身も頭の中で密かに認めていた――彼はあの男に対する欲望を抱き、彼を求めていた。

それが不穏当かつ不適切かつ不可能、端的に言うならば間違った愛情だと、論理的には彼は幾通りもの理由を数え上げることが出来た。それでもソリアが言ったように――『時に心は自らの分別で動く』。彼の心も、まさにその通りだった。

単なる身体への欲求であれば彼は無視することに慣れていた。しかしあの男が現実に居なくなって初めて、彼は感情的にも強く引きつけられていることに気づいた。彼にとってそれは全く新しい経験だった。そう、確かに彼の過去には幾人もの友人として愛し、かつベッドを共にする相手がいた、しかし……これはそれらとは違う何かだった。ましてやアンダースは、彼にとってそう言った意味での相手ではなかった。カークウォールでの長年の間、あの男はほんの僅かであっても彼の気を引くようなことはなかった。

しかし今となっては、彼をもっとも引きつけて止まない存在となっていた。

「今朝は、随分静かだな」とフェンリスが言った。

「すまない、まだこの数日の出来事が気に掛かっているようだ、安全に皆家に戻って来たとはいっても。本当に短い間に、本当に沢山のことが起きて……」
その時ようやく、フェンリスが彼とアンダースの関係の変化はまだ気付いていないことを思い出して、彼は言葉を切った。エルフにそのことについて話すというのは、およそ彼が安穏としていられる考えでは無く、彼は急いで別の話題を探した。

「教えてくれ、ホークの仲間達について君はどう思った?特に客人として迎えたあのエルフについては?」

「ゼブランか?俺は彼のことをほとんど知らん」とフェンリスが言った。
「戦闘は一瞬のことだったし、その後は彼はほとんど意識不明だった。だが彼とアンダースとの会話からは、彼らはかつてはお互い充分知った仲だったようだ――恐らくはフェラルデンに居た頃の話だろう、ゼブランはソリア・マハリエルの仲間の一人だというからには」

セバスチャンは頷いた。「それで、他の人については?」と彼は尋ねた。

「ソリアは気に入った。彼女は大層、頭の良い女性のようだな。それに実に効率的だ。君が到着するまで二時間も無かったと思うが、その間に彼女はアンダースからカークウォールを離れた後の出来事について、ほとんど聞き出してしまった」

「そうなのか?」セバスチャンはあえて気楽な様子を保ちながら尋ねたが、実のところあのメイジがあの夜の出来事について、何か喋ったのだろうかと気になっていた。ソリアがあのような質問をしたのは、それが理由か……?

「ああ、君が到着した時には、ちょうど彼は俺達がメイジについて一緒に取り組んでいる事柄と、それにカイラとゲヴィンについて話し終えたところだった、俺がちょうど子供達と一緒にサークルに出かけていたことも。ソリアは、メイジと普通人が一緒に生きていくための解決策を、俺達二人が共同で探るという君の考えを大層高く買っていた」

セバスチャンは安堵の波が押し寄せるのを感じながら冷静に頷いた。もちろん、かれはいずれこの件についてフェンリスにも話をするだろうが、しかしまだ、彼らの関係の変化について彼自身がこうも動揺している間は無理だった。
「それで、彼らの一行に居た四人目の男性は?」

「ナサニエルな?彼についてどう考えるべきかよく判らないが、彼は大層ホークに惚れ込んでいるようだったな。それとアンダースのことを嫌っているようだった。多分彼は、アンダースとホークがかつて恋人同士だったことを知っていて、彼のことを今の二人に対する脅威と見なしたのかも知れない。それに、非常に真剣で義務感の強い男のようにも見えた。彼を見ていると、どことなくアヴェリンを思い出した、もっと……気むずかし屋というだけで」

セバスチャンはニヤッと笑った。「どうもそれは、褒めているのかけなしているのか」

フェンリスも微かに笑った。「両方かもな、あるいは」

「そう、ところで君のサークル行きはどうだった?」とセバスチャンは尋ねた。

フェンリスは笑みを浮かべると、その後の昼食の間中カイラがサークルに入った時の様子と、どれ程彼女がすぐさまあの場所と、そこに居る人々が好きになったかを話し続けた。彼は話の最後にしばらくの間黙り込んだ。
「俺はゲヴィンに、もし彼があそこに居る妹をまた訪ねたいと思ったら、俺が何とか手配すると約束した」
彼はためらいがちに言った。
「兄と妹として彼らは……非常に親しい間柄だから」

セバスチャンは頷いた。フェンリスのためらうような、あるいはどこか羨むような態度の原因の一つは容易に想像することが出来た。フェンリスのまさに実の妹、ヴァラニアが彼を裏切り、ダナリアスのために彼をハングド・マンに仕掛けた罠へおびき寄せたことを彼は知っていた。ダナリアスが倒された後、フェンリスが彼女も殺すのを止めたのは、ひとえにホークが彼を宥めたからに過ぎなかった。
彼自身の兄達との関係が如何に刺々しいものであったにせよ、ヴァラニアが行ったような裏切り行為に身を落とすことは、セバスチャンには想像さえ出来なかった。どれ程彼らの個人的な感情が辛辣な物であったとしても、ヴェイル一族の自尊心と他の構成員に対する義務感がそのような行為を妨げていた。

彼はフェンリスが、彼の妹、彼自身が何の記憶も持たない女性が彼をマジスターに売り払ったことについてどう感じているのだろうかと思った。彼の記憶の彼方、彼らが共に過ごした過去の日々はどのようだったのかと思ったのは間違い無かっただろう。彼らが子供の時は、カイラとゲヴィンのように親しく信頼した間柄だったのだろうか?それともその時でさえ、ヴァラニアは彼のことなど気にも掛けなかったのだろうか?
彼女が別れの際に投げた言葉もやはり辛辣な、悪意と憎しみに満ちたものだった。彼女が口にした彼の本名、彼の記憶に無い子供時代の名、レト。一度ホークがその名前で彼を呼ぼうとしたが、あのエルフは頑なに拒否し、彼のかつての主人が投げ与えた名を使い続ける方を選んだ。

その疑問はフェンリスが気分良く答えられるようなものではあり得なかったし、無論彼も尋ねようとは思わなかった。

「さてと。私は仕事に戻らなくてはいけないだろうな」彼は質問の代わりにそう言った。
「昨日の予想外の遠出のお陰で、仕事がたっぷり溜まっているのは間違い無い。昼食にもつき合ってくれるか?」

フェンリスは頷いた。「そうしよう」

彼らは席を立ち、それぞれの行き先へと向かった。セバスチャンは書斎へと向かいながら、アンダースも昼食に呼ぶべきだろうかと考えた。その考えはいささか気詰まりなものだったが、同時に彼とメイジとの関係に何か変化があったとフェンリスに対してあからさまにするのも、やはり嫌な気分だった。

しかしすぐに、それを決めるのは実際のところ彼では無いことに気づいた――タンターヴェイルからの予想外の使節の到着という形で、マイナンター川の上流からの知らせがもたらされた。一行の大使が述べたところによれば、彼らの到着の知らせは前もって送られたはずであったが、どうやら使者が道を間違えた模様だった。
結局彼はその日代表団と共に昼食会を開き、大使館として使用するための場所を上町の一角に急いで手配させる一方で、その日の残りをずっと彼らと話をして過ごした。彼らからはサー・カレンが述べた現在のタンターヴェイルの状況について、更に詳しい最新情報を聞くことが出来た。同時にネヴァラが、テヴィンター帝国の北方国境への侵攻を成功裏に撃退し、今や全力でオーレイの支援を受けたブライテッド・ヒルの反乱勢力に立ち向かっているという知らせもあった。

この先少なくとも数日間は、彼はフェンリスと朝食を摂る以外、彼の全ての時間を使節団とスタークヘイブンの貴族達、それにギルドマスター達との会合や会食に費やす必要があるだろう。そのことについてがっかりしたのと安堵したのと、どちらの気分の方が大きいか、どうも彼自身よく判らなかった。

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