第67章 ハンサム

(原作者注)男性同士の行為あるいはそういった考えにアレルギーを持つ方は、最初の小節を飛ばして下さい。

▽折り畳み部を表示

セバスチャンは再びベッドの中で寝返りを打つと、近くの窓を見上げるために頭を捻り、まだ空が明るくならないだろうかと思っていた。昨晩ようやく眠りに着くまでには随分と時間が掛かり、そして今朝は随分早くに尿意を感じて目が覚めて、その後眠ろうにも眠れなかった。それからずっと彼は身をよじっては寝返りを繰り返していた。

彼は溜め息を付くと、シーツを蹴飛ばし、引き寄せてより寝心地の良いように整えた。眼を閉じて眠ろうとする度に、彼の心はアンダースの姿を描き出していた。
足に染みこむ雪の冷たさも気に懸けることなく、傷ついたゼブランの横にひざまずき治療している間の、アンダースの顔に浮かぶ一心な表情。スタークヘイブンに歩いて戻る途中で、日光を受けてきらりと輝く金髪。城に戻った後、彼らが別れる直前に見た疲れ切った表情。昨日の昼食の席でテーブルに座って猫を見おろしている彼の、首筋の優雅な曲線。昼食の後に二人がいかにもぎこちない会話を交わした時に、セバスチャンをちらっと見上げた彼の眼に映る、深く隠された苦悩の影。

『彼はその代わり、スタークヘイブンに戻りたいと言ったよ』とゼブランは言った。

その言葉にセバスチャンは驚いた。衝撃を受けたと言っても良かった。あの男には逃げる機会があった、自由になる機会があった。なのに代わりに彼の牢獄に戻りたがったというのか?何故だ!

アンダースが彼に強い恋心を抱いているというのがその理由だとは信じられなかった。少なくとも……単にそれだけでは無いはずだ。彼がああも頑なに男の誘いを拒んだからには、何か他の理由があるに違いない。

メイカー、あのキス……あれはもう二週間も前に起きたことだというのに、まるでほんの二分前に起きたかのように鮮明な記憶が、未だに彼を悩ませていた。アンダースの口に残った甘いワインの香り、ぴたりと合わせられた二人の身体。彼の身体がその記憶に敏感に反応し股間が心地よく張り詰めるのを感じて、彼はベッドの中でもぞもぞと身をよじると溜め息を付いた。

彼は片手を上げると、二人が貪るようにキスを交わす間の唇と舌に感じた圧力を思い出しながら、唇に軽く指で触れた。彼が不意にキスを打ち切って身体を引き剥がし、メイジとの間に僅かな空間を空けるまでは、二人とも息を切らし互いに下半身を強く押し付け合っていた。彼はあの男の涼やかな、バルサムとほんの微かな体臭の入り交じった香りを思い出した。自制心を取り戻そうと苦闘する間、二人が壁に向かって動かずにじっと立っている間に感じた身体の温もり。彼の自制心は、あの男に対する自らの欲望で危うくも擦り切れそうだった。

あの夜ずっとアンダースに密かに見とれていたのを思い出して、彼は顔を赤らめた。その時には自ら認めようとはしなかったが、実際あの金色のスカーフをアンダースが身に付けているのを見てどれ程嬉しかったか。あまりにも近く、しかし遠くに居る男に、一度ならず手を伸ばしキスしたいと思った。そのような考え、そのような欲望に悩まされているのは彼だけだとその時は思っていた。

両脚の間で彼の男根がさらに硬さを増すのを感じ、彼は身をよじると低く唸り声を上げた。再び彼の心はアンダースの姿を思い描いていた。暖炉の側の椅子に長い脚を丸めて座る寛いだ姿、ワインのグラスを片手に持ち、その頬が赤く染まっているのはアルコールが原因か、あるいは決まり悪さか、他の感情のせいなのか彼には判らなかったが、色白の肌は暖炉の輝きで美しく彩られていた。アンダースの眼の暖かな輝き、優しい微笑み、何事も自信ありげに巧みにこなす、すらりと長い指をした手。彼自身の手が腹の上を滑って下へ降りていった、そこでは彼自身が今や硬く勃起し、触れられるのを切望していた。

駄目だ。彼は途中で動きを止めると、手を身体の横に落とし固くシーツを握りしめた。駄目だ。現実のあの男を彼自らが拒否しているからには、あの男のことを思いながら自ら快楽に耽ることは出来ない。もし片方が間違いであるなら無論もう片方も間違いだと、彼は厳しく自分に言い聞かせた。彼は仰向けに頭を捻ると窓をじっと見つめ空が明るむのを待ちながら、張り詰めた股間の疼きがゆっくりと静まっていく間、無理矢理他のことを考えようとした。

長方形のガラスの向こうが明るくなり始めるや否や、彼は起き上がり浴室へ重い身体を引きずって行った。熱く快い香りの湯に浸かって気分を楽にしようとしたが、彼はその代わりに再び神経が張り詰め、未だに心が大きく揺れ動いているのを感じた。
どうしてアンダースはここに戻ることを望んだのか。そして何故、あのエルフはそのことを彼に知らせる必要があると思ったのか?

△畳む


フェンリスが天井の高い、広々とした厩舎をアリと共に彼の馬房へ進んだ時に、前方に見慣れた金髪の頭を発見して彼は一瞬立ち止まった。ゼブランが、エアの前に立って黒毛の去勢馬の鼻先を優しく撫でていた。彼は再び歩き出すと、アリを彼の馬房へと連れて行った。

そのアサシンは彼が近付くと顔を上げて人好きのする笑顔を見せた。
「やあフェンリス!また会えて嬉しいよ。今朝は城の中庭を散歩していて――アンダースが、骨の治りは順調だから軽い運動をしても大丈夫だって言ってくれたからね。それでふと、ひょっとすると君が毎朝の遠乗りから戻ってくる頃じゃないかと思ったんだ。これが君のもう一頭の馬じゃなかったかな?」

「ああ」とフェンリスは頷いた。「そっちが俺の替え馬のエア、エアノスで、こっちがアリアンブレイド、いつもはアリと呼んでいる」と彼は説明しながら、アリの馬房の扉を開き馬を中へ入れた。

ゼブランは微笑んだ。
「素敵な名前だね。君が自分で名前を付けたのかい?」

「いいや。セバスチャンが俺にこの馬達を贈ってくれた時には既に名前が付いていた」

「さすが、気前の良い贈り物だ」とゼブランは感心するように言うと、馬房の扉にもたれ掛かってフェンリスが馬具を馬から外すのを眺めていた。
「その名からすれば、アリは間違い無く君の物となるよう運命づけられていたようだね」

「うーん?」フェンリスは理解出来ないといった様子で彼を見つめた。

「誰も君に言わなかったのかい?山の人々の、古い昔の言葉で銀色の狼といったような意味だ。君自身のフェンリス、古いデーリッシュの言葉で小さな狼という意味の名ととても良く合っているよ。それとエアノスは夜風という意味だから、この素晴らしい漆黒の馬にふさわしい名だね」とゼブランは説明した。

フェンリスは考え込むように眉を寄せると、鞍と鞍に掛ける厚手の毛布を、ゼブランがもたれている扉の上に掛けてから、振り向いてアリを長いこと見つめていた。
「銀色狼だって?」彼は声を立てて短く笑った。
「面白い」と彼は言うと馬用ブラシを棚から取って、乗っている間に馬の背中に付いた鞍の跡を丁寧に擦り滑らかにしていった。

ゼブランはその場に留まりフェンリスが馬の手入れをする様子をじっと眺めていた。フェンリスは一度か二度、彼の方をちらっと眺めては、何故彼がここに留まっているのか、そもそも何故フェンリスが戻ってくる時間を狙ってそこにいたのかを不思議に思っていた。ゼブランはともかく彼の沈黙を気に掛ける様子はなく、ただ親しげな笑みを浮かべながら馬房の扉の一番上にもたれ掛かって、彼の働く様子を見つめていた。

「腕の調子はどうだ?」しばらくして、フェンリスは単に沈黙を破るために尋ねた。

ゼブランは彼の良い方の肩を竦めた。
「ゆっくり治っているよ。この包帯を外せるのが待ち遠しいな、実際に僕が腕を自由に使えるまでにはそれからまだ時間が掛かるとしてもね。今の動かせもしない状態というのは本当にうんざりだ。その上、僕の服のラインも台無しだしね?」

フェンリスは愉快そうに鼻で笑うと、アリのブラシ掛けを終えて扉へと歩み寄った。ゼブランは一歩後ろに下がり、馬房から出ようとする彼を先に通した。フェンリスは扉を閉め、馬具置き場へと戻すため鞍と毛布を取り上げた。ゼブランは彼の後に続いて、興味深げに当たりを見回していた。フェンリスは馬具全部を置き場の管理係の少年に渡すと、再び先に立って広く奥深い厩舎から外へ出た。

「実に爽やかな日だ、そう思わないか?」とゼブランは周囲の景色を嬉しげに眺めながら言った。昨晩の間にまた少しばかり積もった新雪が地表の全ての物を覆い隠し、暖かな陽射しの元で明るく輝いていた。

「ああ、今日はかなり良い天気だ」とフェンリスは同意した。
「この雪ももうすぐ溶け出すだろうと、セバスチャンが教えてくれた。雪解けの間のぬかるみはあまり嬉しくは無いが」としかめっ面をして付け加えた。

「ほとんど長靴を履きたくなるほどに?」とゼブランが尋ねた。

フェンリスは別のエルフに向かってニヤリと笑った。「そう、ほとんど」と彼は言った。

「さーてと……今から昼食までの間に何か予定があるかな?もし特に用が無ければ、しばらくの間僕の部屋に来ないか?話し相手が居ると嬉しいからね」とゼブランが尋ねた。

フェンリスは考え込むように眉を寄せた。
「ふん……特に予定はないな」と一瞬間を置いて彼は答えた。

「素晴らしい!僕が長い間療養していて何が一番嫌かと言って、実に退屈でたまらないことでね。とりわけ、友達皆から遠く離れ、訪ねて来る者も居ないときては。現時点の僕はアンダースの犬達だって大歓迎したい気分だよ、あれでも少なくとも多少の相手にはなるだろうからね」

彼ら二人が連れ立って天守の中に入り、ゼブランの部屋のある階へ階段を登りながら、フェンリスは横目でもう一人のエルフの顔を眺め、今の比喩にはどんな意味が有るのだろうかと訝しく思った。

「君は……寂しいのか、ここでは?」と彼は思いきって聞いてみた。

「うん、とても」とゼブランは言うと溜め息を付いた。
「ウォーデンが僕を置いて行ってしまっただけでなくて、ようやく知り合っただけの人々に囲まれて見知らぬ土地にいるのだからね。ヴェイル大公が親切にも昼食に招いてくれるのと、アンダースが一日に二度訪れては着替えを手伝ってくれるのを除いては、楽しみに出来ることが何も無いんだ」

彼らはアサシンの部屋の扉に到着した。彼は扉を開けて中に入ると、フェンリスの方に振り返って人懐っこい笑みを浮かべた。
「だけど今は君がお客様だ。僕と一緒に、ワインを一杯どう?」と彼は尋ねると、長椅子の一方の端に置かれているテーブルに並べられたワインの瓶と二つのグラスの方を、健全な方の手を振って示した。明らかに彼の招待は単なる思いつきでは無いようだった。

フェンリスはためらいがちに部屋に入った。
「もちろん」と彼は言った。「喜んでご馳走になろう」

「素晴らしい」とゼブランは大きく笑みを浮かべて言うと、テーブルの方へ歩み寄った。
「一本の腕しか使えないと、また別の厄介な問題があるんだ」彼はそう言うと、フェンリスの方に顔を向けて再び微笑んだ。
「ワインの瓶を片腕だけで開けるのは、両腕が使える時ほど優雅には到底行かない、ぎこちないものでね」

フェンリスは自分が開けようと言おうとしたが、ゼブランは既に顔を瓶の方に戻していた。彼は小刀をベルトから引き抜きコルクに突き刺し、驚くほど滑らかな一動作でひねりながら栓を押し出すと、コルクは瓶の口から苦も無く飛び出した。瓶自体は少しばかり揺れ動いたが、それもまだ小刀を掌に抱えたまま彼の指がそっと抑えただけで静止した。フェンリスは驚いて思わず眉が高く釣り上がるのを感じた。およそぎこちないという形容詞とはほど遠い瓶の開け方だった。あるいはこのエルフの卑下するような言葉は、彼が片手でいとも滑らかに作業を行う様に注意を引きつけるためだったのだろうかと、彼はふと思った。彼自身としてはそのような偽りの謙遜は意味が無いように思えたが。

「さあ、どうぞ座ってくれ」とゼブランは言うと、小刀をベルトに戻しながら優雅に長椅子に向けて手を振り、それから瓶を持ち上げると二つのグラスに注意深く注ぎ分けた。フェンリスは僅かにためらったが、ゼブランが立っている方と反対側の端に腰を下ろした。

エルフは瓶を置くとグラスをフェンリスに手渡し、自分もグラスを取って腰を下ろすと足を組んで一口ワインを啜り、嬉しげに舌鼓を打った。
「これは上等だな」と彼は言った。

フェンリスも慌てて自分のグラスから一口啜り、しばしの間口の中でワインを転がしてから飲み込んだ。
「美味いな」と彼も同意するように言った。「地元のワインだろう、恐らく」

ゼブランは白い歯を見せて大きく笑った。
「うん、ヴェイル大公自らの荘園の産だと言う話だよ。自分の荘園に醸造所を置いて、一番上等のワインを自分用に取っておくというのは、実に羨ましい話だな……」

フェンリスも同感だというように喉を鳴らすと、更に彼のグラスから啜った。彼らはしばらくの間ワインについて語り合い、もう一人のエルフがワインについて相当詳しいということが判った。あっという間に彼のグラスが空になったことにフェンリスは気づいた。最初にゼブランはほんの少しずつしか注がなかったのだろうか。

「もっと飲む?」とゼブランは大きく笑みを浮かべて尋ねた。

「ああ、そうだな」と彼は言うとグラスを差し出した。

ゼブランは瓶を取り上げると、長椅子の上で滑るようにフェンリスに近付いてワインをグラスに注ぎ、その後で元の端に戻る代わり、手を大きく伸ばして瓶をテーブルに置いた。フェンリスは僅かに落ち着かない気分になったが、しかしその後ゼブランが彼の剣について尋ね、彼がマイナンター河を遡る旅の間に、河の真っ直中で以前の剣を失う羽目になったことや、その後セバスチャンが命を救ってくれたお礼として新しい剣を彼のために買ったことなどを話している間に、彼は再び寛いだ気分を取り戻した。それからゼブランが、そもそも何故そのような旅をすることになったのか全ての話を聞きたがった。
その話に熱中したのと、空になる度に二人のグラスに注がれるワインのお陰で、ゼブランがどうやってか姿勢を変える度に少しずつ彼の方へにじり寄っていたことにさえ気が付かなかった。唐突に彼は、もう一人のエルフが彼のすぐ隣に居ることを認識した。あまりに近く、彼自身の脚でエルフの脚の体温を感じ取れる程で、脚同士が触れてはいなかったが……彼が好む距離よりも、ずっと近かった。

彼は動揺を覚えて言葉を切ると、頭を回し慎重にゼブランの方を見つめた。

ゼブランは平然とした様子で彼に笑いかけた。
「君がどれ程ハンサムか、誰かに言われたことはない?」と彼は優しく尋ねた。

その予期せぬ質問を頭の中で処理するのに一瞬時間が掛かり、フェンリスは瞬きをすると、それから顔をしかめて身を硬くした。確かに、彼は以前にもハンサムだと言われたことがあった。その記憶は快い物では無かった。
「ある」と彼は軋んだ声で鋭く答えた。
「俺を一晩貸し出せと、俺の主人に尋ねる直前に連中は大抵そう言っていた。もし彼が連中のことをそれなりに気に入っていたか、あるいは好意を得ようとしている時には、彼は大抵嫌とは言わなかった」

ゼブランの気楽な態度は消え失せ、滑らかに長椅子の上を後ろに下がると、二人の間には唐突にまた広い空間が生じた。
「すまなかった」と彼は静かに言った。
「嫌な記憶を思い出させてしまったね」

フェンリスは自分自身の反応の刺々しさに居心地の悪いものを感じて顔を背けた。ゼブランは恐らく褒め言葉のつもりでそう言ったのだろうと、彼は悟った。
「いや、謝るのは俺の方だ」と彼は同じくらい静かな声で答えた。
「君が知るわけが……」と続けた彼の言葉は、しかし何を言おうとするのか定かでないまま消えていった。

「僕には想像が付いてしかるべきだった」静かな熱情を込めてゼブランは言った。
「君が奴隷だったというのは俺は知っていた、幾度も君が話していた通りね。そういったことに関して奴隷に選択権があることは希だ、ハンサムだったり、可愛らしかったりする者は特に」彼は厳しい声で言った。

彼はそれから黙り込むと、再び手を伸ばしてワインの瓶を取った。
「もうほとんど空だね。もっと飲むかい?」と彼は尋ねながら瓶を差し出した。

フェンリスは一瞬彼の唇を噛みしめ、あるいは席を立つ頃合いかと考えた。だが……彼はゼブランと話すのを楽しんでいた、少なくともあの質問までは。黙って彼はグラスを差し出し短く頷くと、ゼブランが瓶の残りを二つのグラスに分けた。

「そうだ、毎朝の遠乗りのことを教えてくれないか」とゼブランが尋ねた。
「どこか決まった場所へ行っているのか、それともどこでも気の向くところへ?」

フェンリスはゼブランが話題を変えたのを嬉しく思い、少しばかり気が楽になった。彼らは昼食のためセバスチャンとアンダースに加わる時間となるまで話を続けていた。

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第67章 ハンサム への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    フェンリスぅぅぅ逃げteeeeeeeeeeeeeeeeee…………………………………

    ……………………………………………………………………………

    アァ…もう遅ぇかァ(溜息

  2. Laffy のコメント:

    大丈夫、とりあえずセバスチャンが思いっきり脅かしてくれましたから!www

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