第68章 明かされた過去

セバスチャンはアンダースとフェンリスが共に立ち去るのを見送っていた。彼はあのメイジとまた二人だけで話をする機会を待ち望んでいたが、アンダースは素早く食事を終えると、書き方の練習を再開すべきだとフェンリスに思い出させ、二人はまだセバスチャンとゼブランが食事をしている間にそそくさと立ち去った。彼が扉から視線を戻すと、同じく立ち去る二人を見つめていたゼブランと目が合ったことに気が付いた。

「僕はフェンリスに不愉快な思いをさせてしまったようだ」とゼブランは静かに言うと、自嘲するように彼の唇を僅かに曲げた。

「ほう?どうしてそんなことに?」ナイフとフォークを取り上げ、また一口肉を切り分けながらセバスチャンは尋ねた。

「彼のことをハンサムだと思うと言ってしまってね」

セバスチャンは瞬きをすると、何か言う前に口の中の肉を噛んで飲み込んだ。
「彼が戸惑った理由は、判るような気がするな」と彼は慎重に答えた。

「君と彼は、もう長いこと友人だったんだね?」ゼブランは興味深げに尋ねた。

「ああ、そうだ。もう七年になるか。彼はアンダースのことは、それより更に一年前から知っていた、といってもあの二人がお互い充分懇意になり、真の友人と言えるようになったのはごく最近のことだがね」

ゼブランは頷いた。彼はワイングラスを取ると一口啜り、グラスの柄を指先で軽く廻して、グラスの中で赤ワインの液面が描き出す渦巻きを見つめた。
「フェンリスについて少しばかり、話を聞かせて貰えないだろうか?僕がやってしまったように、また失敗したくはないからね。ああ、もちろん彼が秘密にしたいようなことが有ったら別だけど。単にもう少し彼の過去について聞いておきたいだけなんだ、だけど彼自身が好む話題では無いようだからね」

セバスチャンはゆっくりと頷いた。
「むしろ大層嫌う話題だろうな、確かに」と彼は言うと、自分のワイングラスを飲み干ししばらくの間考え込むように額に皺を寄せた。
「いいだろう」と彼は承諾した。
「少なくとも、彼について皆知っているようなことは話せるだろうな。ともかくその前にもっと楽な席に移ろうじゃないか」

彼らは共に席を立って、グラスを持ったまま暖炉の側の椅子の方へと移動した。セバスチャンは昼食のテーブルから半分飲み終えた瓶を持って来ると、話を始める前に二人のグラスを一杯にした。
「君は彼がテヴィンター帝国の奴隷だったのは知っているな?」

「そんなところだと思っていたよ、確かに。一度か二度、彼は元の主人のことを言っていたし――ダナリアスか?――それに彼が元テヴィンターのマジスターのボディーガードとして働いていたことも。従者としてもね。更に、彼の主人が気が向いた時には、客人に自由にさせるための男娼として貸し出されていたとも」
彼は険悪な表情で付け加えた。

セバスチャンは頷いた。
「その通り。そのマジスターが、一種の実験の一部として彼をボディーガードに仕立てた――彼の皮膚の線は、一種の入れ墨か焼き印と言っても良いが、あれはリリウムからなっている。そのせいで彼には……奇妙な力が与えられた。あの紋様は、彼が怒ったり、驚いたり、動転したり、あるいは何か刺激された時……実際のところ、いかなる強い感情にも反応して輝きを放つ」

ゼブランは頷くと言った。
「あの青い輝きだね――僕も見たよ、彼が僕の頭を胴体から切り離そうとする直前にね。運が良かったことに、アンダースがそうさせないよう彼の説得に成功した。とはいえ、あれは何年にも渡って僕に起きた中でも本当にぎりぎりのところだったね。実にはらはらしたものだ。あの輝きは感情の動きからだけ起こるのかい?」

セバスチャンは首を振った。
「いや。時に彼が魔法に近付きすぎたりしても起きることが有って、同時にそれがあの線に様々な感覚を引き起こすと、彼は言っていた。大抵の場合は痛覚だ。あの線を彼の皮膚に刻み込む過程自身が痛みを伴い、その苦しさのあまりあの紋様が付けられる以前のことは、彼は何も思い出せなくなった」

「ああ、苦痛があまりに酷く耐えられなくなった時、そう言うことが起きると聞いたことがある」とゼブランは静かに言った。
「まるで自分自身の中に隠れようとするように、心が縮退する。あるいは完全に壊れてしまう。そういった人物は、時には後になって充分安全だと感じられるようになってから快復することもある。あるいはそのせいで死んでしまうか」

「そうだな、彼は生き延びはしたが、恐らく相当きわどいところだったのだろうと思う。そして二度と彼の記憶が蘇ることは無かった。彼はその後何年もの間ダナリアスの奴隷として過ごした。その男は、彼が言ったこと全てからすると冷酷かつ残忍な主人だった。彼らはセヘロンでの、マジスターと反乱軍、クナリとの争いの最中、偶然の出来事から離ればなれとなった。そして反乱軍のフォグ・ウォーリアーが、彼を怪我が治るまで匿った。彼らと共に、フェンリスは僅かな間穏やかに過ごした――彼が本当の自由を味わった最初の機会だった。それからダナリアスが再び彼を探し出し、彼にフォグ・ウォーリアー達を殺させた、何故なら彼らはクナリに対するのと同様に、帝国に対する反乱軍でもあったからだ」
セバスチャンは険しい声で言った。

「彼が主人に対して一度は感じていたかも知れない忠誠心も、彼らと共に死んだのだろう。彼らがテヴィンターへ帰国した後彼は逃亡に成功し、カークウォールへと逃げ延びた。彼はその昔、ダナリアスと共にあの街へ来たことがあって、テンプラーの勢力が他のどの国よりも強いことと、奴隷制が違法であることを知っていた。もちろんダナリアスは幾度となく追っ手を差し向け、彼を再び捕まえようとした。追っ手はどっちみち殺されたがね。特に彼がホークの仲間となってからは彼らの協力の下で」

「彼は主人の邸宅に住んでいたようなことを言っていたね?」

セバスチャンは二人のグラスを再び満たしながらニヤッと笑った。
「ああ。あの家は、彼が住みだした時には既にほとんど廃墟と化していた。彼がダナリアスとあそこに来たことがあったとしたら、まだ相当若い頃だったに違いないな。あるいはそのマジスターが、居住に適した家屋というものに極めつきの奇妙な思想を抱いていたか。天井には大きな穴が幾つも開き、そこら中にキノコが生え、床のタイルは浮き上がって外れ……そしてフェンリスが移ってきてからは、更にひどい事になった」

「彼の主人はいつも居室を塵一つ無い状態に保つことを望んでいた、彼はそんなように言っていたね。だからその邸宅を滅茶苦茶にするのは愉快だったと」とゼブランは述べた。

セバスチャンは鼻を鳴らした。
「滅茶苦茶を越えているな。廃屋か、屠殺場か。地元の乱暴者が、恐らくは何か金目の物を見つけようと思ってか始終あそこに押し入っていた。あるいは彼の後を追ってきた奴隷商人か。彼は連中を殺して、そこが彼が実際に住んでいた階上の部屋で無い限り、死体はその場で腐るに任せていた。私があの場所を訪れる時には。いつも少なくとも一体は新鮮な死体を見たね。彼はそれを頭の良い連中への警告だとか言っていた、馬鹿者共を殺しながら充分な時間が経てば、いずれは彼を放っておくようになるだろうと」

ゼブランは短く笑った。
「悲しいかな、馬鹿者共が絶えることはなかったんだろうね?」

「その通り。あるいは単にやけになったのか」とセバスチャンは同意した。彼は考え込むように眉をひそめると、彼のグラスを見おろした。
「何か他に、フェンリスについて知りたいことはあるかな?」

「その、一つだけ。君に尋ねるには少しばかり微妙なことかも知れないけど……」ゼブランは言葉を切った。

セバスチャンは鋭く彼を見ると、エルフが言葉を続けるのを待った。

「君の知る限りで、彼がその……恋人を作ったことはあるかな?」

「いや。その機会が無かったからという訳では無い。イザベラが――ホークの仲間の一人だったが――幾度も彼をベッドに誘い込もうとしていたよ。だけど失敗した」

「イザベラだって?彼女なら良く知っているよ。もし彼女でさえ彼にそういった興味を起こさせられなかったのなら、彼は本当に挑戦しがいのある相手なのか、あるいは完璧に女性の肌に興味が無いのか、どちらかだね」

セバスチャンはゼブランに向かって顔をしかめた。
「挑戦しがいのある?まさか君はフェンリスを何か、その…何かの…遊びの相手として求めているのではあるまいな?今夜の質問はそれが目的だった、そう言うことか?君は……彼に関心を持った、彼と寝る方面での」と彼は言うと、厳しい顔でエルフを睨んだ。
「もし彼を傷つけようものなら……」

ゼブランは慌てて自由になる片手を上げた。
「彼を傷つけようとはこれっぽっちも思っていない、本当だよ。とはいえその通り、僕は彼のことを単にそこそこハンサムという以上に思っているし、彼と一緒にお互い楽しいことが出来ればそれは嬉しいだろうね。君自身の過去について僕が聞いた話からすれば、君なら必ずや、そういう衝動は理解してくれるだろう?」

目的と、実際の結果が互いに結びつくとは限らないからな」とセバスチャンはまだ顔をしかめながら言った。
「フェンリスは私の友人で有るという以外にも様々な面があるが、どうしたわけか彼には非常に無垢なところがあって、時には初心でさえある。彼を誘惑するなら、本当に慎重にやることだ。誓って言っておくが、もし彼の好意を弄び傷つけるようなことがあれば、そして彼が自らの手で君の心臓を胴体から抜き出さなかったとしたら、私が自分の手で殺してやるぞ」

「どうして僕はとっても嫌な感じがするんだろうな、その心臓を引っこ抜くというのが、君が単に物の例えとして話しているのでは無いような?」

「物の例えでは無いからだ。生物の生ける身体の中に到達出来るというのが、あのリリウムの線が彼に与えた能力の一つだ。彼を――そして私を――怒らせるのは命懸けだぞ、エルフ」

ゼブランは頷いた。
「誓って、その警告には心から従うよ。僕が与えられる以上の物をフェンリスに申し出ることはしないし、彼が自ら与えようとする物以上に奪うこともしない。僕にも品行の心得くらいはあるんだよ、例え世間一般の通念では僕に盛りの付いた猫以下の信頼しか無いとしても。僕としてはイザベラと、彼女の実に魅力的なお話のせいだと思うけどね。それとまあ、僕も若い頃には非紳士的な行動を取ったこともある、だけどそれはクロウの非情冷酷なやり口からおさらばする前のことでね。彼の気持ちをまず心に留めるようにするし、騙して僕の望みに従わせるようなことはしない」

セバスチャンは鼻を鳴らしたが、しかしまるで彼自身の欠片がエルフの語る描写と一致するのを認めたかのように、彼の唇の片隅が、微かな笑みにぴくりと動いた。
「ならそうすることだ」と彼は言った。

「間違い無く」とゼブランは言った。
「さて。今のところ考える材料はこれで充分過ぎるほどのようだし。フェンリスのことを教えてくれて感謝するよ。彼の気に触るようなことが無ければ良いけど。あるいは君の」

セバスチャンは頷いた。彼らは共に立ち上がり、ゼブランはセバスチャンに感謝の意を込めて頭を下げると、振り向いて出ていこうとした。

「ゼブラン……」

「何かな?」と彼は立ち止まり、セバスチャンの方に振り返って尋ねた。

「君が先日出ていく前に言ったことだが……何故アンダースはここに残りたいと思ったのだろうか?」

ゼブランは微笑んだ。
「その理由は彼に聞く必要があるだろうね。僕が言って良いようなことじゃない」

「ならどうして私にその話を?」

「何故って、そっちは君が知っておく必要があることのように思えたからだよ。違ったかな?」と彼は何食わぬ顔で尋ねた。

セバスチャンは一瞬考え込んだ。
「いや、その通りだ」と彼はとても静かな声で答えた。

ゼブランは再び彼に向かって頷くと、その場を立ち去った。

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第68章 明かされた過去 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    >世間一般の通念では僕に盛りの付いた猫以下の信頼しか無い

    ………………………へぇ~

    一応自覚有るんだァ……………(ヒドイ言われようw)

    そんで自覚があってアレなんだァ…………………

    それはさておいて
    納品しときますねw
    (ノ゚∀゚)ノ【ガムテ】【ガムテ】【ガムテ】【アロンアルファ】【リポD】

  2. Laffy のコメント:

    殺されかけた出会いから概ね三週間でアレですからw
    いや待てよ、それを言うとフェンリスもそうか。そうかー

    「モンフォート一族が、連中の数を抑えておくために毎年行っている行事よ。とても繁殖が速いの。」
    「エルフもな。その方面では随分大胆だ。」

    なるほど。

    ……ガムテ補給ありがとうございます【ぺたぺた】

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