第126章 逃走と追跡

彼らが曲がり角を曲がると前方に光が見え、フェンリスは馬を止まらせた。前方に空き地、その中に動くものが見えた。ゼブランは彼の隣で止まって、彼らの前方の道路で一体何が起きているのか見定めようと、あぶみの上で身を乗り出し前を凝視した。

「武器構え」とフェンリスは衛兵に命じて、彼自身の剣の留め金を緩めた。馬の上で使いやすい武器では無く、今のところそれだけにしておいた方が良かった。
「前へ」と彼は号令し、彼らは狭い道の上で出来る限りの隊形を組むと、騎乗したまま前進した。

動いていたのは馬具を載せたままの怯えきった馬達で、手綱が周囲の木々の端に引っかかり、絡みついて逃げようにも逃げられないで居た。彼らが怯える原因は明らかだった。空き地のほぼ中央、融けた跡の有る地面の上にねじ曲がった人らしき焼け焦げた残骸が横たわっていた。その回りには三体の、皆武装した男の死体が散らばっていた。片方の隅には荷物がまとめられ、幾つかは袋が開いたままで、パンとチーズが綺麗な布の上に置き去りになっていた。それと、二つの大きな木の箱もあり、一つはバラバラに壊された残骸とくすぶる木の欠片となって、もう一つは蓋が閉められたまま空き地の外に引きずりだされていた。

フェンリスの心臓が胸の中で飛び上がり、彼はゼブランが馬から降りるより先に鞍を飛び降りその箱に駆け寄った。彼は箱の扉を放り投げ、その中にまだ革紐で縛られたまま横たわっている酷く痛めつけられた男の姿を見て一瞬凍り付いたが、それから罵り声を上げた。アンダースではない。彼は不安げにゼブランに振り返った。
「俺達は全然関係の無い男を追いかけていたのか?」と彼は心配そうに尋ねた。

ゼブランも箱の側に屈み込み、革紐を解く前に素早くその男の様子を調べ、それから大股で片隅の背負い袋の山に歩み寄ると中身を手早く開けていった。彼は突然嬉しそうに叫んで手に何か服の包みを持ったまま立ち上がり、その服を大きく振って伸ばした。チャントリーのローブ、女性用だった。
「彼がここに居たのは間違い無いよ」とゼブランは言い、もう一度怪我をした男を見ようと戻ってきた。
「この怪我は、昨晩あの廃墟で起きたにしてはどれも治りが速すぎるね。だけどもちろん、誰かが治療していれば別だ」

「アンダースだ」とフェンリスは心からの安堵の念と共に言った。

「そう」とゼブランは答えて立ち上がり、その空き地を眺め回した。
「昨日の痕跡から考えてここに全部で十人居たとすると……今では五人に減っていることになる。アンダースと他の四人に。だけど彼らはここに居なくて、しかも馬を置いていった、そうすると……」

彼はゆっくりと振り返って、近くの下草の茂みを指さした。
「小枝が折れている、判るか?連中はこっちへ行った。こうも茂みが濃くては馬では進みづらいから、徒歩で。実のところ、僕達もここに馬を置いていかなくては行けないだろうね、もしこの跡を付いていくとしたら」と彼は言って、言葉を切りしばらく考え込んだ。
「連中が最初から、ここに馬と荷物を置き去りにしていく予定だったとは思えない。彼らは何らかの理由で茂みの中に入っていく必要があった。つまり誰かが――アンダースが――連中が戦いに気を取られ同僚を失う間に逃げだし、彼らは捕まえようと追跡している」

フェンリスは頷いた。彼は二人の衛兵に男の手当てと死体の埋葬、それとここへ残していく馬と荷物の面倒を見るよう手早く命じ、それから彼とゼブランが先に立って、下草の茂みを通り過ぎた足跡を追って、森の中へと入っていった。


アンダースは密生した小枝の下を潜り抜け、バルサム樹の茂みを迂回して険しい岩の上をよじ登り、指先に突き刺さる尖った小石を感じてシュッと声を漏らした。下草と密生した木々の中をひたすら走った後で、彼はあまりの暑さと疲労に岩の上にみっしりと生えたコケの上に倒れ込むと、ともかく息を整えようとした。とにかく、シャツとレギンスだけの軽装なのは良かった、と彼は考えた。こういう森の下草の中を走り抜ける時には、とりわけこうも岩山が多いと鎧を着込んだテンプラー達よりはずっと楽なはずだ。

とはいえ彼は長く休むことはせず、気違いじみた心臓の鼓動が治まり掛けたところで起き上がって、低い岩山の尾根に沿って移動を始めた。それからしばらくの間は歩く速さで南に登る斜面に沿って進んだ後、ようやく東に向かう隙間を見つけてそこを下り始めた。彼はすぐに小さな谷川に出た。木々の間を縫って進む小川は大まかに北東の方角へ、彼が行きたい方へ進んでいた。昔のコツを思い出して、彼は屈み込んで靴と靴下を脱ぎレギンスを膝まで捲り上げると小川の中を下流へと歩き始め、つま先は水の冷たさにきつく曲がった。こうも冷たいのは、山脈の頂上からの雪解け水だろうと彼は想像した。

Cattail彼はいよいよ足が冷たさにかじかんで痛くなるまで小川の中を歩き続け、それから土手に登って足ごしらえをする間そこに座り込んだ。靴を履く間に若いガマの群生が彼の眼に入った。カレンハド湖にも沢山生えていたと古い記憶が蘇り、彼は何本か抜き取って小川の中で根に付いた泥を洗い落とし、それから再び歩き出した。
ガマの根は堅く筋張っていて泥臭かったが、しかし栄養があり、生でも食べられた。彼の半ば飢えた身体には極上の美味だった。若い茎も食用となり、しかも微かにピリッとした味があった。彼は多少の食べ物が胃に入ったことで大分気分が良くなり、ガリガリとガマを貪り食いながら小川沿いに速歩で北東へと向かった。

しかしそれも、この数日間の乏しい食事と緊張から来る疲れを癒やす程では無かった、とりわけ朝から二度も徹底的に力を使い果たした後では。その小川が森林地帯から草に覆われた丘陵へ出る頃には、アンダースは疲れ果てどうにも休みたくなった。彼は小川から離れて森の端に沿って少しばかり進み、葉の生い茂るツタが覆い被さった大きな倒木を見つけた。ツタの束を持ち上げて傾いた幹の下に這いずり込むと、彼はツタの蔓と葉で彼の姿を覆い隠した。

彼はほんの少し休むだけのつもりだったが、暖かな大気と疲労が共謀し、彼を速やかに眠りへと落とし込んだ。


若い時分は狩人だったという衛兵の一人が、深い森の中の追跡に長けていた。彼は一行の先頭に立ち、アンダースを追跡する連中の跡を、例え険しい岩山をよじ登り、あるいは下流へと小川を下っていく間でも楽々と追いかけて行った。

「一体どうやって水の中の足跡を辿っているのだ?」とフェンリスは当惑して尋ねた。

衛兵は二人のエルフに振り返ってニンマリと笑い、彼らを先導しながら川底の小石を指さした。
「小石の表面に、石の上に生える小さな藻の綿毛が付いてます。大勢の人が歩いたところではその綿毛が剥がれ落ちていたり、石がひっくり返って下の綺麗な面が出てます。川の中を歩いて足跡を隠すことも出来ますがね、それはやり方を知っていればの話です。俺達の追いかけている連中は、そんなことは考えても居ないようですね」

その内に足取りは再び川から土手に出て、そこの泥の上の、裸足と鎧を着た男の深い踏み跡は誰の目にも明らかだった。彼らもそこで靴を履き直し更に足跡を増やすと再び出発した。

「連中に追いつけると思うか?」とフェンリスは心配そうに尋ねた。

「多分ね」とゼブランは言った。
「それほど遅れているとは思えない。もし連中がアンダースを追いかけているのが確かだとしたら、やつらはテンプラーから逃げ出すことに掛けては深い経験の持ち主の、微かな足跡を辿らなくてはいけない。一方僕達の方は、足跡を隠したり誤魔化したりすることなど思いも付かない連中が、鎧を着たまま深い森を突き進む跡を着けて行けばいい。
間違い無く追いつくよ、だけど出来れば、連中が後になって大いに後悔するような行為を僕達のメイジにする前に。戦闘で仲間を半分失い、深い森の中をアンダースを追いかける羽目になった連中が上機嫌だとは思えないからね」

フェンリスは頷いた。彼らは先頭を行く衛兵に付いて急ぎ足で前進した。

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