第127章 厄介な立場

声が聞こえた。瞬間的に古い習性が蘇り、アンダースは目覚めた瞬間から今彼がどこに居て、何が彼を目覚めさせたのか、じっと横たわったまま推し測ろうとした。再び声がした、言葉が聞き取れる程近くは無かったが、その声音は――それに誰が話しているのかも判った。シーカー・レイナードの冷酷な声、ギュロームの、イライラした声音。再び声が途切れ、彼はただそこにじっとしていた。間違い無く彼らが近くに居るからには、物音を立てて彼の隠れ場所を教える危険は冒せなかった。また足音が聞こえて、彼は息を潜めた。近くに居る。すぐ近くに。

「彼は近くに居る、すぐ近くに」 彼はシーカーが、ほとんどささやく様な声で言うのを聞いた。彼から数フィートも離れてはいなかった。

彼の知覚の端を何かがかすめた。耳には聞こえない飛び交う蚊の甲高い羽音のような、音にならない微かなざわめき。何年も前のアマランシンで、あの雌狐ライロックが彼を追い詰めた時と同じ、あまりに馴染みのある感覚。彼は驚きに身を強ばらせた。フラクタリーだ。だけど彼のは壊したはずだ、アマランシンで、逃げる前に死んだテンプラーの一人から奪い取り、彼自ら踏みつぶしたはずだった。

最初の日、彼が意識不明で居る間だ――連中はフラクタリーを造ったに違いないと彼は気が付いた。万が一彼が逃げ出した時、つまり今に備えて。

「出て来い、メイジ!逃げられはしないぞ!」と突然シーカーが怒鳴った。

アンダースは飛び上がり、倒木の下からテンプラー達のいると思われる方向と反対へ身を投げ出すと、素早く走り出した。手を付いて起き上がりながらちらりと彼らの驚いた顔が眼に入り、それから彼は森の中へ、彼らと反対側へ全速力で走り出した。怒った叫び声は、彼らが彼の姿を捉えて追いかけ始めたことを意味していた。再び連中を引き離して、今度こそ遠く離れていられることを望むしか無かった。

弓がビーンと鳴る音、突然彼の太腿に激痛が走り、体重を支えきれなくなった彼の身体が地面に倒れ込んだ。彼は悪態を着いて脚を抱え込んだが、深々と突き刺さった矢を手に取った時には既にシーカーが走り寄ってスマイトを放ち、彼を暗闇へと送り込んだ。


脅えながら眼を覚ますのもいい加減飽きて来た、と不遜にもそう思いながら彼は数分後に意識を取り戻した。彼は地面に仰向けになり、シーカーと三人のテンプラーに囲まれていた――親切な大柄の男、一番若い男、下品な物言いで覚えのある男。彼の両手首と足首はそれぞれ縛られていたが、後ろ手に縛り付けられる辱めは受けなかったようだった。彼の太腿がズキズキと酷く痛んだ。

若いテンプラーが彼の側に屈み込んで、驚くほど優しくアンダースの脚を扱いながら、矢の突き刺さった周囲を調べていた。親切な男も下を向いて眉をひそめていた。
「矢を抜いた方が良いだろうか?」 1と彼は言った。

「いや、キャンプに戻るまで待って、包帯を用意してからの方が良い」 と若い男が答えた。

アンダースに判る言葉と言えば、『いや』『キャンプ』と『包帯』だけだった。彼らは矢を抜くべきかどうか、話し合っているに違いないと想像した。彼らに殺すつもりがあればとっくにやっていただろう。彼は僅かばかり魔法の力が残っていることに気付いて驚き、唾を飲み込んだ。
「もし矢を引き抜いてくれれば、自分で治せるよ」と彼は言った。二人は彼の顔を見て、それからシーカーの方に判断を求めるように振り向いた。

レイナードは険悪な顔付きだった。
「キャンプに戻ってから手当てだ」 と彼はきっぱり言った。

別のテンプラーが鼻を鳴らした。
「どうしてここで殺っちまわないんです?この馬鹿馬鹿しい話のせいで一体何人立派な連中が死んだか!」

レイナードはぐいっと顔を廻してその男を睨み付けた。
「この男を生かして連れ戻るのが我々の任務だからだ。ディヴァインはこいつを囚人として尋問に掛け、公に処罰することを望んでおられる、メイジの大義とやらに殉じた義人では無しにな!」

そのテンプラーはまた鼻を鳴らして、アンダースを見おろすと顔をしかめた。
「脚に矢が刺さったままでは運ぶのも難しいでしょうよ」と彼は吐き捨てた。

シーカーは罵り声をあげ、それから突然前に出て若いテンプラーを突き飛ばした。彼は身を屈めて矢を掴み力任せに引き抜いた。アンダースは悲鳴を上げ痛みに身を丸めると、彼の脚に開いた血まみれの穴に縛られた手を伸ばした。しかし彼が治療を始める前にレイナードが彼の手を払いのけ、魔法の力を奪い去った。

「その必要は無かったでしょうに」 とギュロームが穏やかな声で言い、レイナードに嫌そうな顔を向けると、自分のベルトから短剣を引き抜いた。アンダースは男が屈み込むのを見て身をすくませた。
ギュロームは一瞬動きを止めてアンダースの顔を見つめ、怪我の無い方の脚をポンポンと慰めるように叩いて、短剣でアンダースのシャツの端を切り長い布きれを何枚か作った。その内一枚を小さく折り畳んで傷口に当てると、彼は他の布きれを若いテンプラーに手渡した。
「手伝ってくれ、アントニー」

その若いテンプラーは――アントニーという名だった――はてきぱきと布きれを脚の傷口の回りに巻いて、折り畳んだ布きれを固定した。二人はアンダースの怪我の手当てをする間、明らかに怒り狂う様子のシーカーの存在をまるきり無視していた。布きれを結び終えると二人は協力してアンダースを立たせ、ギュロームが前屈みになってアンダースを自分の肩の回りに担ぎ上げた。メイジの脚と腕が、彼の太い首の両側から前に垂れ下がった。姿勢が変わったことで傷口に力が加わり、アンダースは一瞬悲鳴を上げた。大柄なテンプラーは彼の脚を片手で抱え込み、縛られた手首の間を通してもう一方の手を廻して身体を安定させると、アントニーの手助けを受けながら彼を背負って立ち上がった。アンダースはどうも自分が厄介な立場に有ることに気が付いた、これではまるで農夫に抱えられて市場に連れて行かれる子ヤギか子羊みたいだ。

彼らは森の端に沿って西へ進み、低い丘の向こうでここからは見えないが元やって来た道の方へと戻り始めた。シーカーが先頭を歩き、ギュロームが真ん中で、他の二人のテンプラーが彼の後ろを歩いていた。
アンダースは溜め息を付き、このテンプラー達を一体どうしてくれようかと凶悪な考えを頭に浮かべた。まるっきり魔法の力が抜かれているという些細な問題さえ無ければ。ああ、それに手足を縛られていなければ。予定に無かった居眠りの後でさえ、こうも疲れていなければ。それにまた腹も減ってきた。その考えに彼の胃袋が大きく不平を漏らした。

ギュロームが頭を廻して、アンダースの顔を覗き込んだ。
「腹が減った?」と彼は尋ねた。

アンダースは溜め息を付いた。彼の腹が再びぎゅるるると鳴った。
「ああ」と彼はふくれっ面で答えた。

ギュロームは可笑しそうに鼻を鳴らし、抱えた脚から少しの間手を離してベルトの小物入れをごそごそと片手で探り、干し肉を一切れ取り出すとアンダースの顔の前に掲げた。
「食え」と彼は言った。

アンダースはどうにか干し肉の切れ端を口にくわえた。まるで古い骨のようにかちかちに乾いていて肉と言うより塩漬けの革のような味がしたが、それでも彼の口には唾が溢れ、彼は一心に噛みしだくと柔らかくほぐれた端から飲み込んだ。口から干し肉を落とさないように食べることに集中するあまり、彼らが森の中の小道に戻った頃になってようやく彼は周囲の状況に気が付いた。

「彼は重い。少し休憩しないと」 とギュロームは疲れたように言った。アントニーも立ち止まって前に出ると、アンダースを地面に降ろすのを手伝った。

シーカーは顔をしかめ、腕を前で組むと頷いた。
「休憩だ、それなら」と彼はどことなく腹立たしげな様子で彼は答えた。

多分、この二人が彼の許しを得る前に行動したせいだろうとアンダースは想像した。ギュロームがシーカーの言いなりにはなっていないように見えることに、彼は不思議に思った。この男はレイナードの命令に必要最低限の注意しか払っておらず、彼に対して嫌悪の念を抱いているようにさえ見えた。しかしアンダースが見るところ、およそレイナードは部下のいかなる形の不服従も許すような類の男では無かった。すると何故彼は何もしないのだろうか?

アンダースの沈思は、まさにその男が身を屈めて、水袋を差し出し幾らか飲ませてくれたことで中断された。それからギュロームはまた別の小物入れから干しリンゴを幾つか取り出して、アンダースの口に一つ入れてやり、残りを自分で噛みしめながら立ち上がった。

「これでいい」とギュロームは更に数分してからようやく言い、アンダースを再び担ぎ上げた。
「俺達は進む」

シーカー・レイナードは鼻を鳴らすと身を翻して先に立った。彼らは再び森へと向かう道に沿って、荷物や馬を置き去りにしてきたあの空き地へと戻り始めた。アンダースはギュロームの肩越しに遠ざかる草地を眺めながら、彼らの後ろに視線をやった。もうちょっとのところだったのに。もし彼が寝込んでしまわなかったら、と彼は惨めな思いで考えた。

そして彼らの後方、さっき休憩を取った路上に、数名の人影が現れるのを見た。

Notes:

  1. 斜体の部分は外国語。
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第127章 厄介な立場 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    根っこが干し肉に進化した!(^q^)
    やったね姫様!

    日本古典なら乾飯を涙でふやかして
    食べるところだな~。

  2. Laffy のコメント:

    木の根じゃなくてガマの根でしたw 
    私も琵琶湖で穂を抜いて下の甘いところをかじった位は有るけどw
    調べたら根っこにはデンプン質が有るらしい、ほー。

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