第128章 驚き

アンダースは眼を閉じ、彼の後方に現れた人々の存在をうっかり露わにしてしまわないよう、無理に呼吸を整え落ちついた表情を造った。救いの手であらしめよ、彼はそう思い垣間見た姿を考えた。後方遠くに見える草に覆われた明るい丘陵を背景に、森の影に潜む暗いシルエットでしか見えなかった。しかし彼らは鎧を着て武装した男の形に見えた、そして間違い無くその内の一人は、細身の小柄な姿はエルフだった――ゼブランであってくれと彼は必死に願った。フェンリスについては判らなかったが――しかしもしあれがゼブランだったなら、もう一人のエルフもどこかあたりにいるはずだ。だがあのウォーリアーはエルフにしては背が高く、ほとんどヒューマンと同じ背丈のため、遠くに見える人影をちらりと見ただけで見分けるのは簡単では無かった。

彼は驚きから心臓がバクバクと脈打っているのに気付き、ギュロームに気付かれないこと、あるいは気が付いたとしても、何か他のせいだと考えて軽く見てくれることを願わずにはいられなかった、例えばメイジが捕まって連れ戻されるせいでひどい恐怖に怯えているのだとか。追跡者達の気配を必死に感じ取ろうとしている自分に気付いて、彼はまた眼を閉じたまま、息を整え気を静めようとした。

無限の時間が過ぎたように感じた。彼は再び眼を開き……何も起きなかった。樹だけが見えた。曲がりくねる小道の、曲がり角の後ろに何か居たとしても視界には入らなかった。彼の後ろを歩く二人のテンプラーは、若い方の男は頭上に広がる大木の枝を見上げ、もう一人の方は険悪な顔でメイジを睨んでいた。弓を持っているのはこいつだけか、とアンダースはぼんやりと気付いた。アンダースの逃亡を終わらせたのは彼の矢だった。

ギュロームが突然立ち止まり、頭を上げて彼らの右側の森の奥を覗き込んだ。一瞬後に彼は罵り声を上げて、道の反対側へと突進した。
「アントニー、こっちだ!」 彼は走りながら叫んだ。

アンダースは担がれながら頭を曲げ、スタークヘイブン・グリーンの鎧に身を包んだ衛兵が道路の脇の下草から飛び出すのがちらっと視界に入った。それと小柄な男の、目にも止まらぬ動きはきっとゼブランに違いない、それにあの青白い輝きは……

シーカー・レイナードが激怒して叫んでいた。
「メイジを殺せ!」と彼は怒鳴った。「やつを殺せ、今すぐ!」

ギュロームは片膝を付き、彼の背中からアンダースを降ろして大木の足下の地面に降ろした。それから男は立ち上がって彼の両手剣を抜いた。一瞬アンダースはここで殺されるのかと恐怖したが、しかし大柄なテンプラーはレイナードの命に従う様子は見せず、代わりに背を大木に向けて、アンダースの前に彼を護るかのように身を低くして構えた。アントニーも彼らのところへ駆け寄ると、盾を背から外して自らも剣を抜き、ギュロームの左側で構えた。この若々しいテンプラーの姿が、突如として力強く獰猛なものに変貌した。

シーカー・レイナードが彼らの方へ戦いながら近寄ろうとしたが、彼とギュローム達の間にはあまりに数多くのスタークヘイブンの衛兵が居た。四人目のテンプラーはその間に剣を抜いて、襲撃者の中でとりわけ小柄なエルフに襲いかかり、そして既に地面に倒れ込もうとしていた。男の喉は大きく切り裂かれ、自分の剣が一体いつはね飛ばされ、エルフは一体どこへ消えたのかと恐怖と不信に眼を大きく見開いていた。

数名の衛兵がギュロームとアントニーに襲いかかった。アントニーは堅固に立ちふさがり、二人の左翼を守る盾はまるで不動の壁のように、一度に数人の剣をはね除けていた。ギュロームと彼は明らかに組んで戦う事に慣れているようで、大柄のテンプラーが正面に立ちその巨大な剣で敏捷に衛兵の攻撃と対応するのは、もしアンダースがフェンリスが同じくらい巨大な剣を器用に扱う姿を見慣れていなければ、いっそ奇妙にすら思えたかも知れなかった。

アンダースはフェンリスのリリウムの輝きを見失ったことに気付いた。彼は頭を廻してアントニーの脚の隙間からあたりを見渡して、ようやくエルフの姿を認めた。フェンリスの顔には厳しい表情が浮かび、彼は数名の衛兵と共に半円を描いてシーカーを追い詰めようとしていて、今は紋様の光は消えていた。シーカーは木々を背中にして立ち、襲撃者に取り囲まれまいとしていた。
彼の部下の一名は既に死に、残る者も二対一を遙かに上回る数の敵と立ち向かっているからには、彼の抵抗にどれ程の効果があるかは定かで無いにせよ、この男は最後まで諦めるつもりは無いようだった。彼の剣が盾の後ろからヘビのようにうねって伸び、衛兵の一人が叫び声を上げると後ろに跳び退り、剣を地面に落として上腕部の骨にまで達する痛々しい切り傷を掴んだ。シーカーはその隙に更に立ち並ぶ木々の方へと跳んだ。

しかしフェンリスには、また別の考えがあった。アンダースでさえ思わず息を飲んで見つめる中、エルフは突然、まるでダンスの様に滑らかで優雅な一動作で右前方へ跳躍すると身を翻し、シーカーの背後に立った。シーカーは凄まじい勢いで正面に立つ衛兵を盾で突き飛ばすとその場に前屈みになって、彼の首をはね飛ばす白い円弧を描いたフェンリスの剣をまさに紙一重で躱した。男はそのまま右側へ身を投げ一回転して立ち上がったが、彼の背後は今やがら空きの道の中央となった。
「アントニー!メイジを殺れ!」 彼は再び激怒した声で叫んだ。

アントニーは命に従う素振りすら見せず、頑として彼らに襲いかかる衛兵の攻撃をはね除け続けた。ゼブランが最初のテンプラーの死体を跳び越え、ギュロームへ襲いかかった。アサシンが凄まじい速度で繰り出す全ての攻撃に対応する彼の顔には、厳しい集中の表情が浮かんでいた。時にはぎりぎりで鎧を掠めることもあったが、しかしそれでもゼブランの攻撃を防ぎ続けるということ自体、この男がどれ程の才能を持った戦士かを余すこと無く示していた。

衛兵の一群がシーカーの動きを封じようとする間に、フェンリスは再び男の側面を狙おうとした。彼は明らかにエルフの狙いに気付いたようで身を廻しながら後退りし、幾らかでも地形を彼の味方に付けようとしていた。彼はさらに一回の攻撃で二人の衛兵に傷を負わせた――長剣を脚に突き刺し、その剣を引きながら盾でもう一人の頭を強打し――しかし背後の衛兵がすぐに代わりに立ち向かった。衛兵達は更に彼に近寄り、周囲を取り囲もうとした。彼は罵り声を上げると、突然剣の一振りと共に凄まじい大声を発した。衛兵達はその勢いによろめいて後退りし、中には身体を硬直させて膝を付く者もいた。レイナードはこの隙に衛兵よりも大きな脅威と認識したエルフを排除すべく、身を翻してフェンリスに正対した。

しかしフェンリスは、レイナードの声に影響を受けることなく、既に攻撃の準備を整えていた。二人は目にも止まらぬほど素早く一連の攻撃と防御を繰り広げ、シーカーは必死にエルフの両手剣の重い強打を剣と盾で受け流した。そして突然、フェンリスが左前方へ跳ね飛ぶと男の剣の下を一回転して背後で立ち上がった。彼の全身は今や鮮やかな青白色の輝きを放ち、その手がレイナードの背中へ突き刺さった。

男は苦痛に満ちた悲鳴を漏らし、フェンリスの手が彼の胴体に深々と突き刺さると前のめりに爪先立ちになり、それからエルフが赤く血に染まった拳を引き抜くと膝から崩れ落ちた。シーカーの身体は一瞬膝立ちとなったまま前後にふらつき、それから頭を先に地面に叩きつけられた。血が彼の口から土ぼこりに覆われた道に溢れだした。

フェンリスは振り向くと、アンダースの前に立ちふさがる二人のテンプラーに向けて、確信に満ちた足取りで歩み寄った。

「アンドラステの慈悲を、あれは一体何だ!」 レイナードの最後を目撃したアントニーが、恐怖に満ちた声で叫んだ。 「やつは悪魔か?」

その叫ぶ言葉の意味は判らずとも彼が感じている恐怖は明らかだったが、彼らを取り囲む衛兵が左右に分かれ、フェンリスに攻撃させるために前に通した時も、彼はその断固とした防御の姿勢を崩そうとはしなかった。アントニーは優れた戦士だった。極めて優れていた――しかしフェンリス程では無かった。一回、二回、そしてエルフの三度目の攻撃が彼のバランスを崩させ、アントニーはかろうじてエルフの一撃を受け流したものの、その強打の勢いに押されて片膝を付き、どこかを痛めて苦痛の喘ぎを漏らした。

「アントニー!」 ギュロームはぎょっとして叫ぶと、突然彼を中心に音も無く爆発した圧力波がアンダースを地面に叩きつけ、その場にいた全員を後ろへと投げ飛ばし、フェンリスさえその力で数フィート飛んで尻餅をついた。アントニーも飛ばされて四つん這いになり、彼の剣は手を離れて地面を滑って行き、目がくらんだ様にそこにうずくまっていた。ギュロームは罵り声を上げると前屈みになってアントニーの鎧を片手で掴み、身体ごと持ち上げて大木の方へ引きずるとほとんどアンダースの真上に落とした。

ゼブラン、フェンリス、そして残る衛兵達が姿勢を立て直して彼に襲いかかった。大柄なテンプラーは背後の二人を庇うように立ち上がると剣を大きく振った。その軌道から沸き上がるように、白く輝くエネルギーの半球が三人の前に現れ、エルフ達と衛兵の接近を阻んだ。

アンダースは転がって仰向けになり、驚愕してギュロームを見上げた。
「メイカーのニキビ面のケツに掛けて!お前、メイジか!」

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