丘の麓で

彼の周りに溢れる光に気付き、彼は眼を開けた。彼は新雪に覆われた、なだらかな丘陵の麓に立っていて、少しばかり冷たい風が吹いていたが、緩やかに西に傾きつつある日の光が、暖かな色で地表の物全てをまぶしく照らし出していた。

彼はあたりを見渡して、そして大きな白い犬が彼の左手に頭を押し当てていることに気付いた。 「ハエリオニ!もう心臓は良くなったのか?」と彼が思わず言うと、その犬は軽く喉声を鳴らして不思議そうに頭を傾け、彼の手の匂いを熱心に嗅いだ。彼は犬の頭のふさふさした毛を撫でてやった。
それにしても、ここはどこだ?僕はここで一体何をしているのだ?

「……ダース!アンダース!」と呼ぶ声が聞こえ、彼はその方に顔を向けるとまぶしい光に眼を細めた。そこにはヒューマンの男性と、エルフらしい女性が二人、日を背中に受けて立っていた。 男性は黒褐色の髪に豊かな髭を蓄え、がっしりした体格をしていた。

「ホーク!」 アンダースは驚いて言うと、彼の方に歩み寄った。
「今度は一緒に来るんだろう?」とホークは、暖かな笑みを浮かべながら彼を見つめた。男は振り分け荷物を背負っていたが、その荷物は記憶にあるよりも遙かに小さく軽そうに見えた。

そうだ、もしまたホークが旅に出るのなら、彼も付いていくべきだったろう。何しろこの戦士は少しばかりでなく短気なところがあって、ヒーラーが側に居ないと危険なのは確かだった。
「ああ。だけど、ナサニエルは怒らないかな?」と彼はためらいながら尋ねた。
「まさかな。仲間のグレイ・ウォーデンが増えて、喜ぶに決まっているさ」とホークが快活に答えると、左手で大きく側のエルフに身振りをした。

彼はそれがソリアだと言うことにようやく気が付いた。
「行きましょうアンダース、もう充分以上に遅れているわ」と黒髪を緩やかな三つ編みにまとめたエルフが真面目な顔をして言うと、ハエリオニの姿を認めて微笑んだ。
「その犬も一緒ね?」と彼女は愉快そうに言うと、彼に向かって手招きをした。

そうだ。彼は行かねばならない。そこがどこであれ、彼が一度は愛した男性と、彼が心から信頼した女性と一緒に。カークウォールのチャンピオンと、フェラルデンの英雄であるウォーデン司令。彼らが一緒なら、何も恐れることはないだろう。彼は新雪のきらめく結晶をさくさくと踏みしめながら数歩進むと、しかしふと心の片隅に僅かに気がかりを覚えて立ち止まった。
「でも、他のみんなは?どこに居るんだ?」

「……、みんな後から来るよ、心配ない」と訛りの強い共通語で話す声が聞こえた。彼のことを呼ぶその耳慣れない単語は、しかし彼が遠い記憶の彼方に忘れ去っていた、彼の本名に違いなかった。 気が付くとソリアの後ろに、赤みを帯びた金髪と蜂蜜色の眼をした中年の女性が、暖かな笑みを浮かべて彼を見つめていた。

「呼び方は違っても、行くところは一緒さ。『我ら皆痛みを忘れ、彼の御許に安らぐべし』」
彼女は昔教会の中で、幼い彼と弟妹に話して聞かせた言葉を繰り返した。

「母さん!」 思わず叫んで駆けだした彼の頬は、澄み切った冬の青空の下で輝く永遠の夕日に、赤く照らされていた。

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