第30章 討論

第30章 討論


フェンリスは部屋を見渡すと眉をひそめた。この部屋はいささか、気に入らなかった。彼が予想していたより遙かに大きく、ずっと上等の部屋で、どうにも……落ち着かないものを感じた。ともかく彼はベッドの上でより楽な姿勢を取ると、側の椅子に寛いだ様子で座っているセバスチャンの方に顔を向けた。
「あのメイジ」と彼は言った。

セバスチャンは頷くと、彼の話を語り始めた‐彼自身のスタークヘイブンへの帰還、大公位の奪還、エルシナからの手紙が待っていたこと、そしてアンダースの到着と降伏、あの精霊が去ったという主張、その後の出来事について。彼が話し終えた時には、既に午後も遅い時間となっていた。フェンリスは注意深く話を聞き、時折うなり声を上げたり何かを尋ねたりしたが、ほとんどの間はただ聞き入っていた。セバスチャンの話が終わって、彼は考え深げに溜め息をついた。

「いいだろう。君がなぜやつの命を救ったのかは判った、それでも、俺がその理由に同意出来るかどうかはまだ判らないが。やつが今はもうアボミネーションでないからと言って、やつがそうだった時の行動に責任が無いと言うことにはならない」彼は静かに指摘した。

セバスチャンは頷いた。「判っている。それでも、一体どれだけが彼の責任で、どれだけがあの精霊の責任なのか、私には確信が持てない。もちろん、カークウォールでの行動に対して彼が無罪だなどと主張するつもりは無いが、しかし……」
彼はためらい、少しの間考えに沈むと、これまでは彼が単に感じていたことで、取り立てて理論的に説明する必要の無かった事柄について考えを組み立てようとした。
「しかし、彼がカークウォールで行ったこと、あるいはそうせざるを得なかったことというのは、彼本来の性質に反していたと思う。彼はヒーラーだ。彼がどれ程熱心に病の者、死に行く者を助けようと努力したかは、我々二人とも知っている。財産のためでも、地位や権力のためでも無く、今よりましな生活を手に入れるためでさえ無く*1、それが必要な仕事で、そして彼が出来る事だったから。それが正しい事であったから」

フェンリスは彼の論点を認めて、渋々頷いた。今より彼のことが好きになるという訳では無かったにせよ、アンダースはカークウォール、あるいはアポステイトの取り締まりがより緩やかなどこか別の場所で、彼自身のための快適な生活を求める事が出来たはずだというのは認めざるを得なかった。それでも彼はカークウォールのただ中に留まり、何年もの間最も貧しい人々の世話をしていた……その事があのメイジの本質について何かを物語っているというのは、フェンリスも認めるにやぶさかでは無かった。

「彼は……随分人が変わった、カークウォールでの最後の数年間と比べて。私が記憶している限りの、彼の姿からね」セバスチャンは言葉を続けると、ふと顔を背け、壁を見ながら考え込んだ。
「ジャスティスが去った今、私はかつてのアンダースの姿を垣間見ているのでは無いかと思う事がある、あの精霊が、彼をねじ曲げてしまう前の姿を。アンダースもまた、どちらかと言えば彼が煽動した他の者達とほぼ同様に、カークウォールにおける出来事の被害者では無かったのだろうかと、私はそう思っている。では一体何がヒーラーを、殺人者に変えてしまうのだろうか?」

彼は再びフェンリスの顔を見た。
「君と彼の間に友情が存在しないことは知っている。だがむしろそれは好都合と言っていい、君の足が十分良くなって歩けるようになったら、彼といくらか共に過ごして、彼を観察して欲しい。そのような観察の時間を作るための、もっともらしい言い訳は私が用意する。私が見てきたと思う彼の変化について、誰か他の者の意見が聞きたいのだ。そして君の判断は信用出来る」

フェンリスは黒檀色の眉を高く上げた。「俺達の意見が合うことは滅多に無いぞ?」

セバスチャンは大きく笑みを浮かべた。「滅多に意見が合うことが無いからこそ。君は私相手だからといって、あのメイジに対する君自身の評価を甘くしたりは決してしないだろうからね。むしろ反対だろう、君が大層メイジに反感を抱いている所からすれば」

「反感を抱くどころの騒ぎでは無い。大嫌いだ。信用に値しない。憎んでいる。他に適当な言葉が見つからないくらいだ」

セバスチャンは静かに頷いた。「それでも君はアンダースを信用して、足の治療をさせた」

「君がそこに居たからだ。俺はあのメイジをこれっぽっちも信用していない。やつが治療以外何もしないよう見ていてくれると、君を信用した。俺の治療が終わったら、あのメイジと共に過ごすためのどんな言い訳がある?」

セバスチャンはニヤッと笑った。フェンリスのこの質問は、彼の説得が半ば成功したという事を意味していた。
「一つは全くの言い訳ということでもない。私は今、スタークヘイブンにいるメイジ達に対する問題を抱えている、既にここに居る、あるいはこれから逃げてくるだろうアポステイトと、アンズバーグのサークルから救出されて、テンプラーに護送されてここに数日の内に到着するサークルメイジと、両方について。カークウォールでの出来事に続いて他の場所でも、これまでのメイジ達をサークルに閉じ込めてきた体制は崩れつつある。さらにだ、彼らは反メイジ感情に基づく行動の、格好の対象となるのと同時に、もし彼らが反乱することを選んだ場合は、仲間意識に基づく強大な力が生まれることになる」
「しかし私は、ごく少数の者達の罪によって、彼らメイジ全てを無碍に殺害するような行為には賛同出来ない。テヴィンターメイジ共の不品行が、ここスタークヘイブンにおいて日常となるような事も許しはしない。何か別の方法を、人とメイジが共に平和に生きるための道を、見つけなければならない。その事でアンダースに宿題を与えてある、他の者と一緒にこの問題についてよく考えるようにと。君にもそれに加わって欲しい、君のマジスターに支配されていた経験と、彼らの社会に対する知識は、我々の協議の中で計り知れない財産となるだろう」

フェンリスは顔をしかめると軽蔑したように鼻を鳴らした。
「夢だ、セバスチャン。メイジは常に権力を求める」

「だが例えばアンダースのように、その力を権力では無く善き事を行うために使うメイジも居る事は君も同意するだろう。それに私が記憶する限り君は、ホークの妹、ベサニーについては随分高く買っていたようだが?」

フェンリスは渋い顔をした。「彼女は……好ましくないという訳ではなかった。メイジにしては」不承不承彼は言った。

セバスチャンは声を出して笑った。「大層な褒め言葉だな、君の唇から!いいや、フェンリス。平和な未来に関する私の夢、私の願いは、実現しないかも知れないという事は判っている。しかし誰も実現させようとしなければ、間違い無く起こりようのないことだ。アンダースも、彼が抱いていたテヴィンター・マジスターの偶像は……馬鹿げていて、根拠の無いものだったと既に気づいている。彼は今では先入観を捨て、真実を学ぼうとするようになった。彼を手助けしてやってくれないだろうか?」

フェンリスは深く溜め息をつくと、唇を強く引き結んでゆっくりと頷いた。
「いいだろう。あのメイジと話をする事にしよう。そして彼を観察して、君に俺の意見を伝えよう。だが俺にやつを好きになるとか、優しくしてやるとかは期待するな」

「とんでもない」セバスチャンはニヤっと笑った。

フェンリスは身体の横側を下にして横になると、頭を起こして片手で支えた。
「それ以外にも、俺が君の手助けが出来そうな事がある」と彼はためらいながら、ゆっくりと言った。

「どんな事かな?」セバスチャンは興味ありげに聞いた。

「そのシーカーと手下の襲撃の後で、君と君の衛兵隊長が問題がある事に気づいたと言ったな、その……城の防衛の仕組みについて。ダナリアスの護衛として、少なくともやつの荘園から外に出た時は、しばしば俺が彼個人の衛兵を監督しなくてはならなかった。屋敷の外で留まる時に衛兵達の割り振りをするためには、俺は少なくとも巡回経路はどうあるべきで、その理由についても熟知しておく必要があった。同様に、だから俺は衛兵が居るべきで無い場所、居るべきで無い時にそこに居たら、襲撃か裏切りのいずれかであるとして異変に気付くことが出来る。もし君の隊長がエルフから何かを学ぶ事を気に掛けないとしたら、俺は恐らく彼に多くの事を教えられるし、君の現在の防衛体制を評価して、その弱点を指摘する事も出来るだろう」

セバスチャンは大きく笑みを浮かべた。「現時点ではセリン隊長は例えアーチディーモンからでも教えを受けようとするだろうな、もしその教える内容が信用に値すると彼が信じる事が出来れば。彼に話をしよう、君の事を頼りにしていいと。さて、もうこんな時間だ‐ここに夕食と、上等のワインをいくらか持って来させて、お互いの積もる話をもっと詳しく聞くというのはどうだ?」

フェンリスは笑みを浮かべて愛想良く答えた。「それは楽しみだ」


*1:クエスト”Bait and Switch”(おとり作戦)の中の、フェンリスの台詞「君はどういう類のメイジだ?何を求めている?」の選択肢が、ここの文章の内容になっている。

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