第33章 発覚
セバスチャンは、フェンリスが彼の部屋のテーブルに着くと中央の大皿から夕食を取り分け食べ始めたのを見て、にこやかに笑った。
「セリン衛兵隊長が今日の昼過ぎに来た。彼は先週の間、君から教えを受けたことにとても感謝していたよ」と彼は告げた。
フェンリスは短く頷いた。
「彼は随分覚えが速い」と彼は言った。「事前に適切な訓練を受けていなかったとしても、君の衛兵隊長として彼はふさわしい選択だった様だ。彼は俺との話を言いに来たという訳ではないのだろう?」
「いや、そちらは全くのおまけだ」セバスチャンは頷いた。「君がここへ到着した日の襲撃者達が、ようやく白状し始めた。残念なことに、私を狙った者に関する想像は間違っていた‐彼らが描写するところの男は、シーカーではない。従って誰が、何の理由で彼らに示唆したのかは、もはや誰にも判らなくなった」
セバスチャンは苛立った様子で言った。
「アンダースがここに居ることと関係があるのかどうかさえ判らない。私を『メイジ贔屓』と呼んだのは、あるいはこの男達が元々感じていたメイジに対する憎悪を利用して、私を攻撃させるように説得しただけなのかも知れない」
フェンリスは頷いた。
「それで思い出した。君に尋ねたいことがある、そのメイジの事で……」
セバスチャンは顔を上げた。「ほう?何だ?君達の討論が上手く行っていると良いが?」
「まあ良い感じだ」フェンリスは肩をすくめながら言うと、唇の隅を曲げてごく微かに笑みを浮かべた。
「とにかく、まだお互いを傷つけるには至っていない。俺は……実のところ、俺の語るマジスターの元での生活について、彼がどれほど抵抗なく耳を傾けるかということを知って喜んでいる。彼はカークウォールの頃から大きく変わったと君が言うのは、確かに間違いないようだ」
彼はそう言うと、表情を曇らせて眉をひそめた。
「教えてくれ……彼が何かの問題を抱えていたと、前に君は言ったな。最初に彼を地下牢に閉じ込めた時、それから、危うくテンプラーに誘拐されそうになった時と。その出来事に対しての彼の反応を、もっと詳しく話してくれないか」
セバスチャンは眉をひそめると、彼の椅子に座り直した。
「どうしてまた……?いや、君が単なる好奇心からそのような事を聞く訳がないな。その出来事について、何か本当に気がかりな事があるはずだ。いいだろう、どこから話そうか……最初の時は…」
彼は手短に、アンダースの酷く落ち込む様子を彼が見た二度の機会について話した。二度目の、ほとんど誘拐されそうになった際にアンダースが酷く取り乱し憔悴して、その後夢遊状態に陥った事件にフェンリスは強く関心を示した。セバスチャンが話し終える頃には、彼は席を立ち、部屋中を落ち着かない様子で歩き回って、そこら中の物を弄んでは周囲を見渡し……ほとんど動転していると言っても良かった。
「一体どうしたのだ?」セバスチャンは気がかりになって尋ねた。
「明らかに君は何かを怖れていて、私の言葉はそれを裏付けたに過ぎないようだな」
フェンリスは唐突に椅子に座った。彼は残っていたパンの皮を手に取ると、内側の柔らかい所をちぎっては丸めて皿に落としながら、額に皺を寄せて考えに沈む様子だった。セバスチャンは片方の眉を高く上げた。こうまで落ち着かない様子のエルフは、カークウォール時代に一度見たことがあるだけだった。その時の彼らはハングド・マンに彼の姉に会いに行くところで、ある事を、‐ほとんど確信に近く、後の出来事はそれが正しいことを証明した‐それが罠では無いかと心配していた時だった。
「気になる事を話してくれないか、フェンリス」彼は静かに言った。
フェンリスは大きく息を吐き出すとパンの皮を皿に落とし、テーブルの向こうに押しやって、それから腕を組むと椅子にもたれ掛かった。
「君は以前、彼が……傷つきやすいように見えると言ったな、ここで君に降伏してから。俺が気がかりなのは、彼が『傷つきやすい』どころでは無い状態だと言う事だ。彼の精神は酷く打ち砕かれている」
セバスチャンは驚いて彼の顔を見上げた。「打ち砕かれている?しかし、彼は十分元の状態に戻った様に見えるが……彼は自分の面倒を見られるし、仕事もしているし、明るく快活で……」
「君の周りではな。その通りだ」フェンリスは同意すると、再び眉をひそめた。
「君も気がついているはずだ、彼の異常なまでの猫への執着ぶりについて」
「アッシュか?ああ、しかし彼は前々から猫好きで……彼は何年か前に猫を飼っていて、周囲の状況で手放さざるを得なくなったと聞いている。恐らく、また同じような事が起きて、アッシュと別れる事になるのではと心配しているのだろう…」
フェンリスは頭を振った。
「いや、それだけでは無い。アッシュは彼にとって、護り石、幸運の印……彼を安心させるお守り*1となっている。彼はあの猫に触れるか抱いている事で安心出来ると判っていて、しょっちゅう猫を撫で、姿が見えなくなるととたんに心配する。もし彼がほんの一時の間以上あの猫を見失ったら、彼は恐らくパニックを起こして、再び同様の虚脱状態に陥る事だろう」
「だが、猫だけが彼にとっての護り石ではない。多少なりともあのコテージと犬達は、同様の目的を果たしている‐そこに居れば彼は幾らかは安心出来る、自分が管理し、護られている環境だからだ。しかし、過去にコテージの防衛も破られた事を彼は知っているため、それだけではとりわけ安全だと感じる事は出来ない」
フェンリスは再び眉をひそめた。
「彼には別の、本当に安全だと信じさせてくれるお守りがある。君だ」
彼はそう言うと、セバスチャンの顔を見つめた。
「私が!」セバスチャンは衝撃を受けて聞き返した。「何故私が……」
「何故なら、彼が殺される事を予想していた時に、君は彼を生かしておいた。彼が冷酷さだけを予想していた時に、君はなにがしかの親切心を見せた。彼に安全な場所を与え、彼を傷つけようとする者たちから保護した。彼が酷く弱っていた時、使用人の誰かか衛兵に任せておくことも容易に出来たのに、君が彼の世話を‐個人的な世話をした」
「さらに、彼がカークウォールでの生活、彼のいわゆる『精霊』、ホーク、それら全てを失って恐らく最も孤独を感じていた時期に、君だけが彼が話の出来る相手だった。彼が自らの心と過去の決断に疑いを抱き、カークウォールの大虐殺において果たした役割に恐怖し、後悔していた時、彼に二度とそのような危害を他に加えさせることのないよう、君が保障してくれると彼は信じたのに違いない」
フェンリスはため息をつき、浮かない様子に見えた。
「猫と同じように、彼は君に執着する様になった。君が近くに居ると、彼は安全だと感じ最も寛ぐ事が出来る。君の姿を見ないことがしばらく続くと、彼は次第に不機嫌になり落ち込んでいく‐ドゥーガルとシスター・マウラも彼のこういった気分の変化を見ているから、もし必要なら彼らに確かめても良い。彼が元気を取り戻すのは、君がようやく姿を見せた時に限られる。それに俺が君と毎日のように共に過ごしているのを知って、俺に嫉妬している‐恐らく、君の注目に対する競争相手と見なしているのだろう、無論自覚しての事ではないが……彼の行動からそれは明らかだ。俺達が共に居る時は、彼は始終冗談を言ってひどく活発に行動し、君の注意を引き関心を勝ち取ろうとする」
「君が言うとおり、彼は傷つきやすい。本当にひどく傷つきやすい。君がもし彼に対して不機嫌な様子や怒りを見せたりすれば、彼は恐らく、その態度を君が想像するよりも遙かに深刻に受け取ってしまう。さらにだ、例えば君が忙しすぎてしばらくの間彼の顔を見ないだけのような些細な事でも、彼はそれを悪い徴候と見なし、何か君の不興を買うような事をしてしまったのでは無いかと気に病むだろう……」
セバスチャンは渋い顔をした。
「それは……どうも彼にとって健全な事のようには聞こえないな」
「いや、もちろん違う」フェンリスは静かに同意した。
「こういった類の行動は俺は幾度か目撃した、奴隷の中でも、とりわけ手酷く主人に痛めつけられた者だ。彼らのほとんどは、不幸な結末を迎えた……こういう明らかな弱点をおもちゃの中に見つけて、更に彼らを痛めつけることが出来ると知った加虐的な主人がどれほど喜ぶかは、君にも想像が付くだろう」彼はそう厳しい顔で言った。
「あるいは、こういった奴隷の主人に対する執着心を上手く利用すれば、彼らは自らを傷つけたまさにその人物を喜ばせ歓心を得るためにのみ生きるようになる。生け贄となる者はしばしば故意にこのように精神を傷つけられる。但しその場合は、彼のような……偶然の損傷ではなく、特別な魔法が使われる」
セバスチャンは身を震わせた。
「私はアンダースに対してそのような事はしない、かつてはどれほど彼を憎んでいたにしても」彼は静かに言った。「彼を痛めつけたりはしない」
フェンリスは頷いた。
「もちろん、故意にでは無いとしても……しかしごく単純な、例えば君が数日間、彼を後に残してどこかに出かけるような事であっても彼を傷つけてしまう。彼は拒絶されたと思いひどく孤独を感じて、深い絶望の淵に容易く沈み込むだろう。正常な時は無視出来るような些細な問題が、今の彼には遙かにひどい事に思えてしまうだろうから」
セバスチャンは不安げに眉をひそめた。
「何か出来る事はないだろうか……彼の異常な執着を治すために?」
「判らない。俺に言える事といえば、もし彼の精神の健全性を重く見るなら、出来るだけ彼と定期的に過ごす時間を設けて、適当な事柄について称賛してやることだろう、本当にそう思った時は何時でも‐例えば治療院での彼の働きぶりや、このメイジと人の問題に関して彼が割いている労力に対して。彼自身とその行動に興味を示してやり、物事について彼の意見を聞き、何か大勢が集まる際には彼も呼ぶ‐彼が安全で、歓迎されていると感じられるように取り計らうことだ。それと、彼に君以外の人々と交流を持つ事を許し‐いや、奨励するべきだ。いずれ時が経てば、彼は充分に回復して再び自分の脚で立つ事が出来る様になるかも知れない。しかしそれまでは、君とあの猫が彼の正気を保つ大きな要因となる」
セバスチャンはゆっくりと頷いた。
「君が言ったことを、よく考えてみることにしよう」
*1:原文は”Security Blanket”、「安心感を与える物」。語源はCharles M.Schulzの漫画”Peanuts”に登場するライナス少年が、どこにでも持ち歩く毛布から来ている。
フェンリス・・・そんだけ他人の精神の機微には
敏感なくせ、自分のことだとガッツリ腰が引けるのね・・・
可愛いというかなんというかw
ぷぷぷ。彼はホラ、何せ自己評価の低い人格ですから、こと自分の事となるとどうして良いか判らないのですよ。
「地底回廊」の方の絵と小説拝見させて頂きました(^.^)きゃーーーヒゲ剃ったアンダース!お素敵!
そう、一番顔立ちが整ってるのはフェンリスでも男ホークでも無くアンダースだと思う次第ですよ。
小説は「ネタ取られた!」って書いてないし(笑)
結局何処まで行っても彼は明らかにダナリアス一族の家付き奴隷、私有財産である以上は買い取らないと駄目なんですよね。歴史上自らの身柄を買い取った奴隷の例はいくらでもあるわけですし。だからホークは本当はヴァイカウントになってフェンリスの権利を守るべきだ、という話をプレイスルーの方でちらっと書いた記憶が。
まだ妄想レベルですが、DA2後のメイジホーク/フェンリスの話をこっそり書いてます。
DA2の後、ホークとフェンリスはヴァリックの伝手でネヴァラ郊外の別荘に隠れ住みますが、元々彼はカークウォールの一等地にアメル家代々の不動産、その他にも多額の財産を持っているので無一文で逃げ出した訳では無く、割とゆとりのある生活をしています。近くの村を襲ったブラメジ+夜盗を撃退して村人と仲良くなったり、畑を作りながら牛を飼ってみたり、魚が嫌いなフェンリスのために狩の真似事をしたり。
その後勃発したネヴァラとオーレイの小競り合いで、オーレイの宮廷にいるボウダンからの情報によって戦時公債の投機で更に大儲けします。ロスチャイルドじゃないですが、もう大金持ちです。
でもホークは正式なフェラルデン市民権が無い(この世界ではチャントリーが出生記録を管理していて、メイジの記録はサークルに移管されてそちらで管理。でもそもそもマルコムが届け出出来る訳が無いので、三人の子供は全ていわば無戸籍。大した問題では無いけど)ので、まともな方法では銀行口座が開けず、そのお金は全部リアンドラ・アメル名義のデネリムの銀行に。
その金で、ダナリアスの死後彼の財産を管理していた帝国財務局から、マジスター・フェンリエルの手を借りてフェンリスの身柄を正式に買い取った後、全部アンティーヴァ国立銀行に開いたフェンリスの口座に入れてしまいます。何でかというと「めんどーだから、君が預かって」。おちゃらけホーク面目躍如。
カッサンドラは更に数年後にホークが故郷にいた事を知って悔しがりますが、その時には既にホワイト・チャントリーは……というお話。こっちの翻訳が終わったら書いてみたいですね。
ああああwww
多分、ウチのアレは書いてるメンツが再度辻褄
合わせをする気がないと思うので(ちなみにそのうち
一人がエロゲのシナリオライターだったりしますw)
ここでぶっちゃけさせて頂きますと、あのあとAct3で
メイジの味方したホークとフェンリスはそのまま逃亡、
ただその自体を予見していたホークは街に残った
アヴェリンとヴァリックの協力でカークウォールに残してきた
全財産を処分し、フェンリスを買い戻し、その契約書を
焼き捨てる男前っぷり
そんでもってネヴァラ地方(なんでかやっぱりそっちw)で
デイルズのキャンプに合流し、契約の儀式(結婚式みたいなもん)
を行う、とw
とにかくハッピーエンドにならないと気が済まないオーラが
ダダ漏れな話でしたとさw
うわーいうわーい(^.^)ハッピーエンド大賛成ですよ!
なんかね、ホーク/フェンリス(あるいはアンダース)逃避行だと、暗ーいイメージが付きまとうんですが、何もそんな暗くする必要無いよねえ、と思うのですよ。
やっぱりネヴァラですか。オーレイと喧嘩してますし、アンドラステ信仰のくせにちょっと変わってますからね。わーい。
楽しみにしております。