第35章 新旧の恐怖

第35章 新旧の恐怖


荷馬車が砦の門をくぐり抜けるに従い、アンダースは震えだした両手を隠すために拳を強く握りしめた。それから門の両端にそびえる砦の壁に素早く眼をやった。テンプラーが、その上に見張りに立っていた。更に多くの者が砦の階段に立ち、セバスチャンとその一行を出迎えるために整列していた。彼は爪が痛いほど掌に食い込んでいるのに気づき、どうにか少しばかり力を緩めた。彼は唾を飲み込み、喉に込み上げてくる酸っぱく苦いものを感じて、もう一度飲み込んだ。

ハエリオニは四本の脚で立つとあたりを注意深く見渡してから、彼の方に向き直って鼻先を髪の毛に突っ込み温かい息を首の後ろに吹きかけた。彼は小さくため息を漏らし、彼女の存在に慰めを感じつつ、首筋の厚ぼったい毛皮に片手の指を食い込ませると耳元の辺りを掻いてやった。

荷馬車は更に動きを遅くした。フェンリスは立ち上がり、荷馬車が完全に止まる前に側板を飛び越えて地面に降り立つとあたりを興味深そうに見渡した。アンダースも、立ち上がって荷馬車から降りるべきだというのは判っていたが、彼の脚が言うことを聞かなかった。彼は、荷馬車を降りたくなかった。テンプラーとメイジに囲まれた、この場所に居たくなかった。次の日の診療所の仕事と、その後はフェンリスがテヴィンター帝国での奴隷としての生活について語るのを聞く以外、何も心配することのない彼のコテージに戻りたかった。彼はしばらく眼をじっと閉じると、立ち上がって荷馬車から降りるための勇気をかき集めようとした。

「アンダース?」セバスチャンが静かに言う声が聞こえた。彼は再び眼を開き、大公が眉間に微かに皺を寄せ、馬の背から心配そうな顔つきで彼の方をじっと見つめているのに気付いた。フェンリスも側に立っていて、篭手を付けた片方の手を馬の背に乗せ、彼の方を静かな顔で見ていた。

「丸一日荷馬車に揺られて座っていたから、脚が痺れてしまったみたいだ」彼はセバスチャンに向けて無理に笑顔を作ると明るい声で言った。「どうにも脚が動きたがらなくてね」

微かな笑みがセバスチャンの口元に浮かんだ。「それだけなんだな?まあ、すぐ治るよ」と彼は言うと、馬から下りて手綱を側の衛兵に放り投げると荷馬車に歩み寄った。彼は荷馬車後ろの仕切り板を下ろすと身を乗り出した。
「手を貸してくれ、フェンリス」彼はアンダースの方に手を伸ばし片腕を掴んで引き寄せながら、肩越しに振り返って言った。フェンリスは黙って側に立つともう一方の腕を掴み、二人でメイジを立ち上がらせると、荷馬車の後ろから降りるのを手伝った。

アンダースは少しの間、身体を支えるためセバスチャンにもたれ掛かった。彼の脚は本当に半分痺れていた。
「約束しよう、ここから出る時は私と一緒だ」セバスチャンは彼の耳元でささやき、彼から手を離して立ち去る前に、彼の片腕を掴んでいる手に一瞬力を込めた。

彼は震える息を深く吸い込むと、セバスチャンに判ったという印に頷いて見せて背筋を伸ばした。ハエリオニは彼の横に身体を押しつけ、頭を持ち上げて彼の顔を見つめていた。彼は片手を彼女の背中に起き、もう一方の手でアッシュの頭を撫でた。アンダースの予備の冬服の上で昼寝をしていた猫は眼を覚まして、彼の肩に掛けた袋の口から頭を覗かせていた。ガンウィンはあたりを飛びはねていたが、一瞬彼の脚に身体を寄せると尻尾を激しく左右に振った。

セバスチャンは既に、砦の階段に並んで待っているテンプラーに挨拶するためそちらへ歩き出していた。フェンリスはアンダースの近くに来て立った。アンダースは今まで、このエルフが側に居るのをとりわけて歓迎した記憶は無かったが、しかし今日に限っては……どういうわけか心強く感じられた。彼はなけなしの勇気の欠片をかき集めるとセバスチャンの後に従って歩き出し、フェンリスはその数歩左を歩いていた。彼は歩きながらアッシュを袋から出すと腕に抱え、顎と首を掻いてやり、猫と同じくらい彼自身を落ち着かせようとした。

彼らがテンプラーの集団に近付くにつれて、その中の何名かが階段から地面に下りてくると、一人が他より数歩前にでてセバスチャンに出迎えの挨拶をした。

「ヴェイル大公」とそのテンプラーは言うと、丁寧な様子で深く頭を下げた。
「私は騎士団長ロレンス、ただ今はアンズバーグのサークル・オブ・メジャイを預かる者です。ともかく、残った者については」と彼は厳しい顔で付け加えた。
「砦を私共に提供して頂き感謝致します。私共全て、この避難所を心から有難く思っております」

セバスチャンは男に向かい礼儀正しく頭を下げた。
「この砦が皆さんの役に立てば嬉しく思いますが。食料や暖かな毛布のような追加の補給物資を持ってきました。大教母様からも、必要な補給品が送られて来ております……」
彼はそう言うと、ちょうどその時衛兵達が一台目の荷馬車からつり上げて外に出していた、錠の掛かった重たげな収納箱を指し示した。

騎士団長は救われたような表情を見せると、早速一組の部下に合図してその収納箱を受け取らせた。
「はい、ありがたい事に十分役に立ちそうです」と彼は穏やかに微笑んだ。「中をご案内してもよろしいでしょうか?」

「もちろん。楽しみにしていますよ、そうだ、私の友人達を紹介しましょう‐こちらがフェンリス、それとアンダースです」とセバスチャンは言って、彼らの方に手を振った。

フェンリスは男に向かって優雅に礼をした。アンダースはどうにか身体を動かすと、同じく男に対して頭を下げた。

ロレンスは身体の向きを変えると、砦に向かう階段に一行を導きながらセバスチャンに穏やかな声で話しかけていた。アンダースには彼らの話に注意を払う余裕は無く、セバスチャンの後ろを歩き続けることだけに集中していた。彼らは、他のテンプラー達が荷馬車の方に向かって荷下ろしを手伝い始める前を通り過ぎて砦へと入った。

「ここも既に随分様子が変わりましたね、一目で分かります」とセバスチャンは一階を見渡して満足げに言った。
「皆さんも到着された時にお気づきになったと思いますが、この汚い状態については謝らなくてはなりますまい。皆さんを迎えるための建物を探していた時に、ここの管理人がもう長い間、老齢のためろくに手入れをしていなかったとようやく判ったのです。しかしながら、結局の所この土ぼこりを別とすれば、ここが最適と考えられました。この砦の優れた防御性能は、管理不足から来る様々な欠点を補ってなお余り有ると」

騎士団長は頷いた。
「清掃と修繕についてはかなりの進捗が見られました。少なくともこの仕事をしている間は皆、他のことは考えず手を忙しくしていられますしね。さあ、私どもの成果をご覧頂きましょうか」と彼は言うと再び歩き出した。
「テンプラーの住居とするためにこの塔の一階と二階を使いました。メイジ達は上層階で彼ら自身が使う場所を準備し始めています」

彼は一行に、今のところはほとんどのテンプラーが共有している簡素な宿舎を案内した。下の階には執務室や私室に向くような小ぶりの部屋は少なく、ほとんどがかなり大きめの区画となっていて、最も年長のテンプラーのほんの僅かな人数だけが個室を与えられていた。

二階には三つの大部屋があり、最初の小さめの部屋はテンプラーの武器庫として、二番目の部屋は階下同様宿舎として割り当てられていた。最も大きな部屋は食堂として整えられ、テンプラーだけで無くメイジ達も使うようになっていた。食事は塔の地下にある食堂から運ばれ、その隣には食料貯蔵庫も備えられていた。二階には小部屋もいくつか有って、執務室を必要とする人々に割り当てられていた‐騎士団長とファースト・エンチャンター、数名の士官達にも。

彼らがメイジ達と最初に出会ったのは、その食堂でのことだった。やや疲れた表情の女性が二人、部屋の隅に置かれた長椅子に座っていて、見習いの年頃のメイジ達が大勢、彼女たちの周りの長椅子や床の上、さらにはテーブルにも腰掛けていて、明らかに何かの授業中のようだった。騎士団長の一行を目にした教師達は授業を中断して、二人の内年輩の女性が椅子から立ち上がった。彼女は白髪のかなり混じった茶色の髪と、穏やかな茶色の眼をしていた。彼女は一瞬、眉間に心配そうな皺を寄せたが、彼女の顔に見られる笑い皺から判断するに、それは彼女の普段の表情とは違うようだった。

「ロレンス騎士団長」と彼女は言うと頭を僅かに下げた。

「ファースト・エンチャンター・エリサ、こちらは私達を迎え入れて下さったセバスチャン・ヴェイル大公と、ご友人達です。この塔の中をご案内しているところです。あなたにもご一緒頂ければ助かりますが」と彼は礼儀正しく尋ねた。

彼女は再び頭を下げた。「喜んで」と彼女は言うと、別の教師の方を振り向いた。
「授業を続けて下さいな」と言って、周囲の見習いメイジ達を掻き分けて彼らの方に歩み寄ると、セバスチャンにお辞儀をして、フェンリスとアンダース、それに彼の動物園の方を不思議そうな顔でちらっと見た。それから彼女は騎士団長に向き直ると微かに頷いてみせた。彼は再び出発し、一行を率いて塔の更に上層へと向かった。

ここには更に多くのメイジ達が居て、掃除をしているか、あるいは既に清掃済みの区画を寝室や、学習のための部屋として整えていた。それらの部屋は必要な設備が手に入った時点で図書室や教室となる予定だったが、彼らはアンズバーグからほとんど着の身着のままで逃げ出したため、今の時点では砦に有ったぼろぼろの家具や、セバスチャンとスタークヘイブンの教会から送られた少しばかりの物資以外、ほとんど何も無かった。
単にテンプラー達に囲まれていた時よりも、更に神経がささくれ立つのをアンダースは感じていた。ここにはテンプラーとメイジが居て、そしてより多くのメイジと会えば会うほど、カークウォールで過ごした長い年月の間に関わり合いのあったメイジが、遅かれ速かれ彼のことを……

そしてそこに、見覚えのある顔が有った。地下組織の一員として、カークウォールのギャロウズ内部の伝手として長らく動いていたメイジ。彼女は一所懸命磨いていた古い黒檀の机から顔を上げ、彼らの方を見て、彼を見て、一瞬のうちに驚きから眼を大きく見開いた……彼は彼女の方を見ず何の反応も示すまいとした。部屋を横切って出ていく間も、彼女の眼が彼に釘付けとなり、背中を見つめているのが感じられた。彼は……目まいと少しどころでは無い吐き気がしてきた。

カークウォールでの彼を知っている誰か。そこで彼がしでかしたこと、彼とジャスティスの無分別な怒りが引き起こした酷い有様に対して、彼に責任が有ることを良く知っているであろう誰か。

彼はスタークヘイブンの街に留まっているべきだった。何故ここに来ようと思ったのか。彼は少しばかりセバスチャンの方ににじり寄ると、ハエリオニの毛皮を強く握りしめた。

彼はここに来るべきでは無かった。

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第35章 新旧の恐怖 への3件のフィードバック

  1. Laffy のコメント:

    タイトル抜けてた(>_<)

  2. EMANON のコメント:

    アンダース(;´∀`)ガンバレw

    猫&犬&セバスチャンとおまけにフェンリスまで
    付いてるのにw

    ところで、Dragonsdogmaでプレイヤーをサポートする
    キャラクターをフェンリスモデルで作ったんですが、これが
    オンライン上でお互い雇ったりできるんです。他プレイヤーと。

    先日出稼ぎ(w)に行ってたウチのフェンリスくんが帰ってきたん
    ですが、どなたか知らない方がものすごい高評価を付けて
    下さってて、リムの結晶(高レベルの人を雇うとき使ったりする)
    3,000ポイントも頂いて来てました。もしかしたらDragonageというか
    フェンリスびいきの方だったのかもw

    どこに行っても働きがいいなあw

    • Laffy のコメント:

      アンダース、頑張ってます(>_< ) この辺は読んでいて実に面白いのでがんがん行っちゃう。
      翻訳を続けようと思ったらchapter37から84までずーっと読んでしまってるし。アカン。

      先日出稼ぎ(w)に行ってたウチのフェンリスくんが帰ってきたん
      ですが、どなたか知らない方がものすごい高評価を付けて

      いやー、そらヘルプに来たNPCの名前がフェンリスであの顔だったら最高得点付けちゃいますよ!wその前にTVの前でひっくり返る。
      よし、私はヒーラー作ってアンダースで(ry

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