第37章 打ち明け話

第37章 打ち明け話


セバスチャンは、アンダースが緊張しながらもテンプラーとメイジで埋め尽くされた食堂での夕食を、特段重圧を感じているような徴候を見せずに乗り切ったのを見て喜んだ。彼がセバスチャンとフェンリスの間に座り、彼の犬達が後ろに居て、猫が膝の上に乗っていたのも助けにはなっただろう。彼はほとんどの間、皿の上の食物にのみ注意を払い、ほんの時たま顔を上げて、彼らのテーブルの同伴者に眼をやるだけで、食事の間中全く会話には加わろうとしなかった。

アンダースとフェンリスが彼らの寝室に戻った後、セバスチャンは騎士団長とファースト・エンチャンターと共に、アンズバーグ・サークルのここスタークヘイブンにおける将来について話し合うため団長の執務室へ向かった。執務室の扉が閉じられて、彼ら三人が椅子に座った後に真剣な表情が騎士団長の顔を過ぎった。
「ヴェイル大公、先にお話を伺わねばならない別の用件があります」と彼は心配そうに言うと、メイジの方を振り返った。
「エリサ、この話を持ってきたのはあなたですから……」

彼女は頷くとセバスチャンに向き直った。
「お伺いしなくてはなりますまい、ヴェイル大公……あなたのご友人と言われたあの男性、アンダースの素性にお気づきでしょうか?あるいはこういった方がよろしゅうございましょうか、あのメイジのアンダースについて?」

「ええ、気付いています」と彼は穏やかに答えた。
「彼はフェラルデン出身のメイジで、後にアマランシンにおいてグレイ・ウォーデンに入隊し、しばらく彼らと過ごした後にカークウォールへと逃亡してきました。彼のことはカークウォールでもう何年も前から知っています。それとお尋ねになる前に、私が知らないのではないかとあなた方が怖れておられるでありましょう、特別な要件について……私は、彼がカークウォール教会を破壊した主犯であったことも知っています」
彼はそう言うと、甦った怒りに顔を赤くした。
「その事を、私より良く知る者はおりますまい」と彼は静かに言い終えた。

騎士団長は気がかりな様子で眉をひそめた。
「それでもあの男を生かしておくと?それどころか、あなたの信頼する友人であるかのように自由にさせておくのですか?」

「自由ではありません」とセバスチャンは言い、この先何回、何人にこの事を説明しなくてはいけないだろうか、と思いながら頭を振った。
「彼は私の囚人です。カークウォールでの出来事の数週間後、彼はここスタークヘイブンで私に降伏しました。その時の私は、ほとんど彼を殺そうとするところでした。あなた方がどの位私自身の過去についてご存じかは知りませんが、私は長い間、カークウォール教会に仕えてきました‐私の成した誓約全てをエルシナ大司教が公に解除することは有りませんでしたから、厳密に言えば、私は今でも教会のブラザーです。彼女と私は……近しい間柄でした。彼女を深く敬愛していましたし、その死は私にとって極めて重いものでした。実際、私は怒りと共にスタークヘイブンに帰還しました。自ら軍隊を率いてかのアポステイトを狩り立て、カークウォールでの出来事での役割に対する彼の処刑を見届けようという、利己的な目的のため大公位を奪還しようとして」

「それで、何がそうさせなかったのですか?」とロレンスは興味深げに尋ねた。
「彼の殺害を押しとどめたのは、ということですが。彼自身がここに現れたのであれば、もはや狩り立てる必要は無かったでしょうから」

「はい。とはいえ、ここに到着した時には既に、領民達が保護を求めているこの時に、そのような行動を取ることの身勝手さに、私は気付き始めていました。さらに大司教が死の直前に私に宛てて送った手紙が、私の到着を待っていました。その中で、彼女は私が怒りに我を忘れがちであるのを戒め、復讐を求めてはならないと告げていました‐ハリマン一族が私の一族を殺害した時に、私がそうしたことを彼女は知っていましたから。それで私は、アンダースをその場で殺すのではなく、彼を助命しました。彼は優れたヒーラーでもあります、もしカークウォールでの彼の姿を聞かれたのであれば、ご存じかも知れませんが」
そう彼は付け加えると、エリサに問いかけるように顔を向けた。

「ええ、幾らかは聞きました」と彼女は答えた。
「あなたの一行の中で彼を目撃して、その素性を私に告げに来た者達は皆、彼のことを良く知っていました。彼らは元々カークウォールの出身で、アポステイトにサークル・メイジ、中にはごく少数ながら、そこのメイジ地下組織に加わり、彼と近しく働いていたと認めた者もおります。しかしながら彼らは、実際にそれが起きるまで彼の教会を破壊しようとする計画には気づいていなかったのですが」

「なるほど。それなら、私が彼を牢獄に放置するよりも、その才能を生かすべきだと考えた理由はあなた方も理解されるでしょう。さらに言うならば、カークウォールにおける彼の行いの全責任が、彼一人にあるとは私には思えません」
彼はそう言うと、彼らが知る必要のない事柄を避けて最も上手く説明する方法は無いかとしばらく考えた。
「彼には共犯者が居ました、彼のテンプラーとチャントリーに対する怒りを掻き立て、そして彼が実行したところの計画を考えついた者です。彼は今となっては、その者の影響下で彼が為した事柄を深く後悔していると私は信じています。それに、彼のチャントリーに対する怒りに全く根拠が無かった訳ではありません」
彼は厳しい顔をしてそう付け加えた。
「彼が繰り返し受けた鞭打ちと、それ以外の虐待による傷跡を私は見たことがあります。それで彼の行いを許した訳では無いのはお判りでしょうが、しかし……チャントリーから情け深いとは到底言えない仕打ちを受けた後では、彼を巧みに操ってあのような行動に至らしめるのは容易いことだったでしょう」
彼は静かに言い終えた。

エリサは騎士団長の方を見つめた。ロレンスはゆっくり頷いた。
「テンプラーの中に‐騎士団長でさえも‐監督下にあるメイジを虐待から保護するどころか、それを彼らを取り扱うための武器とする者が居るというのは、長らく問題となっています。アンズバーグのサークルも、数年にわたってそのような男に管理されていました‐私の前任者ではありませんが、その前の者です」

「本当に酷い時代でした」とエリサは同意して言った。
「彼の元で、みな恐怖に怯えて暮らしていたのを、昨日のことのように思い出します。多くの者が望みを失い、中には恐怖から心を病み、悪魔の誘いに屈した者もおりました。彼はそれを、残る者により厳しくあたる理由としたのです」

ロレンスは頷いた。
「私どもの年長のメイジには、未だにそのような不当な処罰による後遺症に悩まされている者が居ます。虐待が終わったからといって、それが引き起こした怒りや恐怖が無くなるわけではありません。私がサークルを監督するようになってから数年以上経ちますが、私どものメイジの中には未だに、私の任務が彼らを保護することであって、痛めつけるためではないと信じようとしない者がおります。もっとも、そういった者達の多くは先のサークルの崩壊を好機として逃亡しましたが」

セバスチャンは頷いた。
「ともかく、私がアンダースの素性とその行動を承知しているということについてはご安心ください。彼は私の容認の元に生かされています」

ロレンスは眉を心配そうにひそめた。
「彼が逃亡しようとした時、対応出来るのは間違いありませんか?魔法の力を弱めるテンプラー無しで……」

「テンプラーを更に上回る力を持つ者が居ます。もう一人の友人、フェンリスです‐彼は元々テヴィンター帝国の奴隷で、マジスター直属の護衛でした。彼の皮膚その物に防御網が埋め込まれており、その防御の仕組みを事細かに知る者で無い限り、メイジが彼に危害を加えようと試みてもほとんどの場合効力を持ちますまい。更に彼は手強い戦士でもあります。我々があるブラッドメイジと戦って、彼以外皆が無力とされてしまった時に、彼がそのメイジに歩みよって、そのまさに胸中から心臓を引き抜くのを目撃したことがあります」
「帝国の元奴隷として、彼はメイジに少しの好意も持っていません。もしアンダースが私達に逆らったとしても、フェンリスがそれを許しはしないのは間違い有りません。しかしながら、あのメイジがそのようなことを試みるとは思えません」
彼は眉をひそめると付け加えた。
「今のアンダースは、様々な意味で深く傷ついた者です。カークウォールで起きたことの後では、自分が行った事に対する恐怖から、彼の反逆心はほとんど消え失せたように見えます。私は彼を保護し、彼にある程度の安らぎと、彼の本性にふさわしいと思える仕事を与えました。彼は今居る所に留まろうとするでしょう」

「とにかく、アンダースの話はもう良いでしょう、私がここに居る間に討論すべき事柄が数多くあります」とセバスチャンは言った。
「例えばまだ不足している補給物資のような。それとあなた方のメイジに図書室を用意する方法について、フェンリスが興味深い考えを提案しました。これもあなた方と話し合いたく……」


この狭い部屋では実際本物のプライバシーは保てないにせよ、フェンリスは二人が寝間着に着替える間、礼儀正しくアンダースに背を向けていた。彼は鎧を、それ以外どこにも置く場所が無かったので寝床の横の床にきちんと重ねて置くと、横になって毛布を腰まで被った。

アンダースはちょうど寝床に登ろうとしたところで、彼が横になるのを待ちきれず寝床に入りこんだアッシュとガンウィンに邪魔をされていた。フェンリスは鼻を鳴らすと、唇を結んで鋭く口笛を吹いた。ガンウィンは驚いて即座に向き直ると、彼の方に飛んで行き尻尾を激しく打ち振った。

「助かったよ、僕が思うには…」
アンダースはようやく寝床に這い上ると言った。
「何だって僕の言うことは聞かないんだ……」

「試したことはあるのか?」

「えーと……いいや」

「やって見ろ」

アンダースは唇を結ぶと、ためらいがちに口笛を鳴らした。ハエリオニは体を持ち上げて彼の方に注目し、ガンウィンもフェンリスの腕の下に頭を潜り込ませようとする試みを即座に中断した。小さな犬はアンダースの寝床に駆け戻るとその上に飛び上がってメイジの側に立ち、彼の顔やら腕やらを興奮した様子でなめ回し、クンクン匂いを嗅いだ。アンダースは声を出して笑うと犬を押しのけた。犬は最後に一舐めしてから、寝床の足元に移動してメイジの脚の上に長々と腹ばいになった。

「この犬達は特別な口笛に反応するよう、訓練されている」とフェンリスは言った。
「ある雨の日の午後、セバスチャンと一緒に犬舎を訪ねた時に、それについて面白い話を彼から聞いた。君も合図を覚えるべきだろうな。もし命令する方法を知っていれば、彼らはただその辺に座っているだけよりもっと色々なことが出来る」

アンダースは考えこんだ。
「セバスチャンと一緒に彼らを選びに行った時の事を思い出すよ、確かに犬舎長は犬達にいろいろな口笛を吹いてた……君の言うとおりだな、僕も覚えた方がよさそうだ」と彼は同意すると、一つ溜め息をつき、いったんガンウィンとアッシュを押しのけて、フェンリスともっと話がしやすいよう横向きに寝た。
「それで……実際まだ寝るには早すぎる時間だ。しばらく話をする方が良いか」

フェンリスは唸った。「ああ、だが出来たら何かテヴィンター以外の話をしよう」

「例えば?」

「例えばサークル・オブ・メジャイについて、近頃興味が沸いてきた。俺はテヴィンターのサークルと、カークウォールのギャロウズ以外本当のところろくに知らん。そしてどちらも、テダスで多数派を占めるサークルの代表例という訳では無いことが判ってきた。普通のサークルがどんなものか、君自身の体験についてもっと話してくれ」

アンダースは考えに沈み込む様子で眉根を寄せると、随分長い間黙りこくって、フェンリスはもう彼が答えるつもりは無いのかと思いだした。それから彼は溜め息をつくと、身体を丸くしてアッシュを腕に抱き寄せた。

「僕自身の体験といえば……僕が12か13歳だった時にテンプラーが来た。魔法の力はそれより数年前に既に明らかになっていた。治療魔法で、僕の父が農場の開拓をしていた時に怪我をしたのがきっかけだった。彼はその時に僕をチャントリーに連れて行こうとしたが、治療魔法は明らかに便利だったし、僕の母がそうしないよう懇願した。二人ともとても信仰心が厚くて、僕のメイジとしての力は、メイカーに呪われた印だと感じていた‐チャントリーが支配する地域ならどこでも、ごく当たり前の意見だ」と、アンダースは苦々しい口調で言った。
「だけど僕はその当時からひどく反抗的だった‐父のように、一生を農夫として過ごすつもりは無くてね‐だから父が僕にうんざりしてとうとう通報したのか、それとも僕が家族や家畜を治療した近所の誰かが通報したのかは、未だに判らない」

「僕の母は……連中が僕を連れに来た時に抗議したから、少なくとも彼女では無かっただろう。年輩のテンプラーが癇癪を起こして、母を拳で殴りつけた。彼女は地面に倒れて頭から血が出ていた、それから連中は僕を連行した。父はただ、そこに立って見ていた……母は彼の足下の地面に、ひどく静かに、横たわっていた。あの怪我で母が死んでしまったのでは無いかとずっと怖かった。もちろん、彼らに会うことは二度と無かったし、消息すら知らされなかった。チャントリーはメイジの子を持つ両親に、子供達と連絡を保つことを勧めたりはしない。もし彼らがそうしたいと思ってもね。もしサークルタワーの外に誰も頼れる者が居なければ、僕達を支配するのはより簡単になる」
彼は静かな敵意を込めて言った。

フェンリスはゆっくりと頷いた。アンダースの話は彼自身が目撃した、幼い奴隷が両親から離され売られていく時の不快な光景を思い出させた。両親、あるいは片親‐ほとんどの奴隷は家畜のように育てられ、普通は母親と共に過ごすことが許されるだけで、それも子供がなにがしかの役に立つ年齢になるまでの少しの間だった。それすら当たり前のことでは無く、彼らの家畜が子孫に気を取られるよりはむしろ、少数の乳母に赤ん坊をまとめて育てさせる方を選ぶ主人も居た。奴隷の中で本物の家族というのはごく希で、時にさほど厳しく無い主人によって黙認されるか、あるいは環境の変化で奴隷となるまでは自由民だった者達の中に見られるだけだった。

「彼らは僕をフェラルデンにあるサークル・オブ・メジャイに連れて行こうとしていた。そこまでの旅は幾日か掛かって、途中で僕は逃げだそうとしたけど、失敗した。最初は連中も面白く思ったようだった。その後、連中は夜の間だけ僕を動けないように縛って、立哨の当番のテンプラーに見張らせることにした。連中のほとんどは、それなりに礼儀正しかったと思う、だけど他の連中が寝ていた夜に一人の男が……僕をおもちゃにした。その頃の僕には、一体彼が何をしているのか理解出来なかったけど、それが単に怖ろしいというだけで無く、悪いことだというのは判った。だけど余りに怯えていて他の誰にもそのことを言えなかった。幸い僕達はその次の日にタワーに着いて、連中は元居た場所へ戻っていった‐地元のチャントリーのどこかだろうね、多分、僕が住んでいた場所からそれほど遠くない所の」

皮肉っぽい笑みが彼の顔をかすめた。
「タワーのテンプラーは、記録を付けるために僕の名前を知りたがった。僕は教えるのを拒んだ‐その時はひどく腹を立てていたからね。僕を連れてきたテンプラー達は、最初から知らなかったか、それとも誰かに聞いたけど忘れてしまったかのどちらかだったんだろう。だけど連中は僕の家族の訛りから、両親と僕がアンダーフェルス出身だと言うことには気付いていたから、記録には僕のことを『アンダース』と書きとめて、それからずっと僕はその名前になった」

彼は大きく溜め息をついた。
「僕はあそこの塔の中に留まるつもりはさらさら無かった、まだ農場に縛り付けられて一生を過ごすほうがましだった。それで僕は逃げ道を探し始めて、ようやく逃げ出した。もちろん捕まって、連れ戻されたけどね。それからまた逃げ出して、またやった。毎回僕が連れ戻される度に罰はきつくなっていった。最初はまあ、台所で下働きを一ヶ月とか、しばらく図書室の利用を禁じられるとか、そういった大したことの無い罰だった。まだ連中にとっては冗談話だったんだろう、故郷を懐かしがる少年が家に戻りたがって逃げ出したとか、そんな程度の。だけど僕が大きくなって、もっと巧みに逃げ出すようになると、冗談では済まなくなった」

彼は再び話し出す前に、かなり長い間黙ったままだった。
「僕は飲み込みが早かった。騎士団長のグレゴールが始めの脱走の後、僕を一度か二度トランクィルにすると脅かして、最後にそう言った時は本当にそうするつもりだった。だけど連中はハロウィングを経たメイジをトランクィルにする事は許されていないから、僕は本当にもう恐れ入ったフリをして、連中がようやく僕が教訓を学んだと思って、ハロウィングの儀式を受けさせることに決めるまで、一年かそこらの間良い子ちゃんのメイジになりきった。それから、即座に逃げ出した‐その時は連中が僕を捕まえるのにたっぷり数ヶ月掛かったね」
そう言ったアンダースの声は随分満足げに聞こえた。

「グレゴールは……激怒した。僕をむち打つよう彼が命じたのはその時が初めてで、それからしばらく僕を閉じ込めた。そんなにひどいことは無かったよ、とにかくその時はね。僕はまだ治療魔法を使えたから、それで傷を治して次の脱走の計画と、その後どうやってテンプラーを避けるかについて数ヶ月間考えて過ごした。連中はもちろん数ヶ月の間は僕を監視していたけど、監視が途絶えた最初の日に僕はさっさと逃げ出した」

「その後、グレゴールは僕のことを見放した」とアンダースは、ひどく静かに言った。「彼は、士官の一人に僕の処罰を任せきりにした。その男を好きなようにさせたら、どんな人でなしになるかを彼が知らなかったのか、単に気に掛けなかったのかは、僕には判らない。メイジベーンを与え続けて力を奪い、数ヶ月間閉じ込めて、時たまちょっとした気晴らしに殴りつけたり、更にむち打ちを加えたり……その後ようやく僕は表に出された。僕はその時までに自然に治ってなかった怪我を治療して、機会を見つけるやいなや、また脱走した」

「連れ戻された時、連中は僕を独房に放り込み、一年間閉じ込めた。ただし、その間ずっと一人きりにされた訳では無かった。時々夜になると連中がやって来た、無力なメイジを弄んで楽しもうとするテンプラー達が。連中はいつも兜を被ったままで、大抵は何も喋らなかったから、それが誰かを知る方法は僕には無かった。多分、グレゴールもその中の一人だった……暗闇の中で、口に出せないようなことをするために僕の所へ来る連中の。ようやく僕が再び外に出された時には、本当に多くの傷跡が残った、皮膚の上に限らず。僕は誰かにこのことを知らせようとするほど馬鹿ではなかった。連中はもし僕がこのちょっとしたお遊びを誰かに漏らしたら、考えつく限りの創造的かつ不快な方法で僕が死ぬ所を見届けると言い渡していたからね。当時の僕のように悪評高いメイジの死を、誰も調査などしようとは思わなかっただろう」
「その次に僕がサークルタワーから逃げ出したのが最後になった。ああ、連中はアマランシンでまた僕を捕まえたよ、それで引きずり戻す途中だった‐その時は処刑するために。グレゴールが一度は感じていたかも知れない慈悲心も、僕はとっくの昔に使い果たしていたから。それから人生の中で何よりも奇妙な一連の出来事が起きて、結局グレイ・ウォーデンとして徴兵されることで僕の命が救われた」

彼は再び長い間話を止め、仰向けに寝転がった。
「僕は……ほとんどその生活が好きになっていた。僕達の司令は好きだったし、ウォーデンの中に友達も出来た。猫もいた。僕のものだと言える場所、そして役に立てる仕事もあった。もしも……ジャスティスと僕が一緒にならなかったとしたら、僕はまだそこに居たかも知れない。それから余りに沢山の事が変化して、ソリアがしばらくの間遠くに召還されて行き、元テンプラーのグレイ・ウォーデンが僕をアボミネーションだと見なして裏切り、チャントリーへ連れて行こうとした。ジャスティスと僕は、彼と彼が連れてきたテンプラーを殺して、それからまた僕は逃げ出した」
再び話が止まった。
「もう逃げるのは飽きた」と彼は、とても静かな声で言った。

「俺が最初に君たちと出会った時に、ホークに言ったことを覚えているか?」とフェンリスは静かに尋ねた。
「逃げることについて?」

「いや。ああ、待てよ……トラがどうこうとか言ったか?」

「ああ。物事には時期という物がある、逃げるのを止め振り返ってトラに立ち向かうべき時だ、そう俺は言った」

アンダースは眉をひそめて考え込んだ。
「カークウォールでやっていたのはそれだと、僕は信じていた。トラに立ち向かう。サークルとメイジを抑圧する体制を引きずり倒そうとしてチャントリーを攻撃する……振り返ってみると、カークウォールで僕がやった全ては、僕は間違い無いと思っていた……今となってはそんな確信はもう、どこにも感じられない。それが本当に僕自身の感情だったのか、あるいは単に……ジャスティスだったのか。ヴェンジェンスか。思考も感情も、漏れていた

彼らはしばらくの間、静かに横になったままでお互いの考えに沈んでいた。

「君は昔セバスチャンに、僕は運が良かったと言っていなかったか‐テンプラーに殴られたり強姦されたりした事は無かったと」フェンリスはごく静かな声で、ためらいがちに尋ねた。

「嘘を付いたんだ」とアンダースは、平坦な感情のこもらない声で言った。
「その頃は……まあ、その頃は君もセバスチャンも、およそ本当の打ち明け話が出来るとは思ってなかったからね」

「それで今は?」

短い笑い声。
「聞く必要があるかい?君にたった今話したのは、これまで三人だけにしかしたことの無い話だ。ソリアとジャスティス、そしてホーク。ああ、それとセバスチャンにも多少は話したかな……だけどその時の僕は少しばかり正気を失ってたから、彼が本当にどこまで知っているかはよく判らないな」

再び長い沈黙。

「俺に話してくれたことに感謝する、アンダース」

「どう致しまして、フェンリス」

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第37章 打ち明け話 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    右にセバスチャン左にフェンリス
    後ろにわんこ前ににゃんこ

    ・・・・・・・・なんという贅沢・・・・・

  2. Laffy のコメント:

    でもってお皿の上にはおいしいご飯が山盛りなのですね。
    お姫様のようなアンダースくん。塔に閉じ込められてたし。しょっちゅう誘拐されるしw

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