第38章 身に付いた技能

第38章 身に付いた技能


「本当に、僕もやらなきゃいけないのか?」アンダースは、彼の前の巨大な動物に眼をやりながら恐る恐る尋ねた。

「もちろん、お前もだ」とセバスチャンは言った。
「ほら、見た目ほどは難しくはないから。猫を私に渡して、練習用の馬のところへ行くんだ」

アンダースは頷くと、アッシュを大公に渡してから恐る恐るその馬に近づいた。かなりの大きさの馬で、セバスチャンが言うところによれば「鹿毛の雌馬で、ドローレスという名前」で、怖がりのメイジのために特に穏やかな気質の馬を選んだから、心配するなということだった。

穏やかというのは少なくとも当たっているようで、彼が近づくにつれて雌馬は彼女の首を回して興味深そうに見ていたが、それ以外は口の中に見える一束のワラを咀嚼する方により関心があるようだった。セバスチャンが彼の教育係として割り当てた厩舎員の指示に従って、彼はぎこちなく鞍によじ登ったが、馬はフンと一息漏らした以外、何も悪いことは起きなかった。

彼は乗馬の練習を、もっと先延ばし出来ないかと思っていた。一週間前に砦から戻ってきてからというもの、彼らは皆忙しくしていた。セバスチャンは大公としての努めの他に、図書室の本を複写する仕事を始めるために砦からここにやって来る、メイジとテンプラーの小さな集団のために宿舎を手配させる仕事に掛かっていた。フェンリスはずっと衛兵隊長を何かの件で手伝っていたし、もちろん彼との話し合いも、アンダースが診療所でひどく忙しくない時はずっと続いていた。

フェンリスは砦から戻る旅の間ごく静かに、黙って荷馬車の後ろを歩いていて、深く考え込むようだった。アンダース自身といえば、その場所が次第に彼らの後ろに遠く、見えなくなっていくことにとにかく救われた気分だった。そこに二度と訪れなくて済むようにと願うと同時に、テンプラーが彼らの保護対象と共に、城の中に入ってくることを待ち望む気分にはどうにもなれなかった。

それから今朝になって、彼が診療所の仕事を終えたとたんセバスチャンがフェンリスを従えて現れると、旅の前に彼が話していた乗馬の訓練を始めるため二人を厩舎に引きずって行った。

練習場の向こう側で、フェンリスが同じくらい穏やかな‐但しこちらは焦げ茶色の‐雌馬に座って、訓練係の言葉にじっと耳を傾けている様子を彼はちらっと見た。

もしあのエルフに出来ることなら、もちろん彼にだって出来るはずだ。彼は動物が好きなのだから。たとえ馬がかなり、相当、怖ろしいような大きさとしても。最初、彼はハエリオニの大きさに恐怖を感じたが、結局のところ彼女は心優しい「ほんわかさん」だと判ったのだし。それに馬は、草とか穀物とか、そんなものしか食べない。犬のように肉を食べたりはしない。つまり……本当に大きな、育ちすぎたウサギのようなものだ。ウサギなら何も怖くない。

それでも、馬ほどの大きさのウサギというのも、やはり心乱される情景なのは間違いなかった。

彼は訓練係の方に注意を戻すと、練習に集中しようとした。その日の練習が終わるまで、彼はドローレスを練習場の周りに沿って乗り回し、太腿が痛くなってきた。フェンリスは同じような痛みを感じているようには少しも見えなかった。

セバスチャンは二人を出迎えて、アッシュをアンダースに手渡した。
「最初の練習としては上出来だな」と彼は満足げに言った。
「二人ともここで毎日練習することだ。さあ、昼食を食べにいこう」と彼は言うと、二人を連れて彼の部屋へ戻った。

「写字室の計画の方はどんな感じだろうか?」彼らが皆皿に食事を盛って座ってから、フェンリスが尋ねた。

「上手く行っている。メイジとテンプラーに、一続きの部屋を割り当てて使わせるつもりだ。そこの部屋は充分明るいから、あちこち移動しなくても部屋の中で居心地良く仕事が出来るだろう。城の中を彼らが移動するのが少なければ少ないほど良い。私の司書が、彼らの関心を引きそうな本を集めて、そこで複写するために持っていけば良い」と彼は言うと、アンダースの方に向き直った。
「本を選び出す時に、彼を手伝って貰えればありがたい。彼は図書室には魔法に関する本も相当な数があると言っていたが、以前言っていたように、メイジ達が興味を持つのはそれらだけではないだろう?」

アンダースは頷いた。
「ああ、神秘的な事柄に関する書物も重要だけど、それ以外の題材についても。大抵のサークルの図書室には、本当に色々な種類の著作がある。学問の奥義に関するものや‐薬草学、治療法、その他色々‐それ以外にもサークルに所属するメイジ達の教育と娯楽のために役立つ本が置いてある。大抵のメイジは一生のほとんどを塔の中で過ごすわけだから、読書に興味を持つ者は大勢居るし、彼らのためにも全ての題材について、出来る限り広い範囲で色々種類がある方がいいな。例えば読み物なら、架空の話もそうでない話も両方」
「もちろん近々の目標としては、まずは見習いメイジ達の教育に使えそうな題材に焦点を絞って、それから年長のメイジの役に立つ本に移るべきだろうけど、少なくとも娯楽のための本が必要だということに眼を向けないといけない。それに、彼らもいったん塔の掃除を終えた後はきっと退屈になるだろうから、趣味の手仕事に熱中するために使える道具や素材も、とても役に立つと思う」

「趣味の手仕事?」とセバスチャンは聞いた。

「ああ。大抵のメイジが一つか二つやってる。ちっぽけな手作り品から、もっと大がかりな作品に至るまでね。特に少しばかりの贅沢品や、しゃれた装飾品を作るようなもの‐彫刻に刺しゅう、ビーズ細工、装飾画とか、そういったものはとても人気があって、大抵のサークルの壁の中では、そういう手作り品の物々交換がとても盛んだよ。僕自身は木の釘を削ったことがあるくらいで、ほとんど参加したことが無いけど。有る年の冬に、趣味として家具作りをしているメイジのために、ずっと釘を削っていたことがある。彼の作る作品は本当に素敵で、いつも需要があった」

彼はそういうと、しばらくの間昔を思い出すように遠い目をした。
「その冬、彼はファースト・エンチャンターのために新しい机を作っていた。綺麗な木の机でね、その天板にするために、彼はたっぷり時間を掛けて注意深く、こぶの出来た木の厚板を半分に切っていた。炎の技能と、彼はそう呼んでいた。カークウォールに移されてからも、彼は木工細工を続けさせて貰えただろうかと思ったものだ。彼からは、何も聞くことは無かったけど」

フェンリスは鋭く顔を上げた。
「その話のメイジは、教会で彼と会うために君がホークを連れていった時の……?」

「ああ。カールだ」アンダースは静かな声で答えた。

セバスチャンは不思議そうに彼ら二人を見つめた。
「カークウォールの教会での会合?その話は聞いたことがないな」と彼は言った。

フェンリスとアンダースは共に顔をしかめた。

「気分の悪い話だ」とフェンリスが言った。「アンダースを捕らえるための罠だった」

「彼をトランクィルにしたんだ」アンダースは寂しそうな声で言った。
「僕を捕まえるためだけに。彼はハロウィングを経た立派なメイジだったのに。それから、僕を捕まえようとしてテンプラーの一群が僕たちを攻撃した‐ホークはベサニーを連れてきていたから、彼とフェンリスは結局連中と戦う事になった。僕たちはその時まだ会ったばかりでね、ベサニーがそこに居たことに本当に感謝したのを覚えているよ、もし彼女をテンプラーから護る必要が無かったら、彼が僕を護ってくれるとは思えなかったから。僕は……彼のことはほとんど知らなかったからね、当然」
彼は作り笑顔を浮かべて言った。

「それで、カールは?彼はどうなった?」とセバスチャンは静かに尋ねた。

アンダースは表情を暗くした。「僕が殺した」

「テンプラーとの戦闘中にジャスティスが一言で言えば衝撃的な登場をした後で、そのメイジはほんの短い間、彼の感覚を取り戻した」フェンリスは静かな声で説明した。
「彼は……トランクィルのまま生き続けるより、殺してくれと頼んだ」

「僕と彼は恋人だった、昔ね」アンダースは、ほとんど囁くような声で言った。
「脱走の機会を窺いながら、彼のために釘を削っていたあの冬に。彼はとても親切だった。その頃には、僕はもうとても悪い評判を得ていたから、わざわざ僕と関わろうというメイジはほとんどいなかった。悪評が移るんじゃないかと心配したんだろうね、みんな。彼はサークルタワーの中で僕が作った数少ない友人の一人で、逃げ出してからも連絡を取ろうと思ったのは、彼一人だった」

「気の毒だったな、アンダース」セバスチャンはそっと言った。

アンダースは肩をすくめて弱々しく笑った。
「随分昔の話だ。彼をトランクィルにした男も、やっぱり随分前に死んだ。本当に辛かったことはもう乗り越えたと思う」

セバスチャンは微かに顔をしかめた。
「そういった事柄は、決して真に乗り越えるということはないんだ」と彼は言った。
「家族が殺害されたことを、私が決して済んだこととして乗り越えられないように。そういった事柄は……おそらく一生の間残り続ける」

アンダースは頷いた。
「多分君が正しいんだろうな。さて、何かもっと楽しい話をしようじゃないか。僕達が砦に居た時に、僕の犬達は色々な口笛に反応するよう訓練されているとフェンリスが言っていた。もし乗馬を習う時間が取れるのなら、多分僕はもっと他の、例えば口笛なんかも覚えるために時間を取る方が良いだろうな……」

セバスチャンは顔に笑みを浮かべた。
「良い考えだ。もし私達がいつか犬達と郊外に出かけることになって、彼らにお前が直に命令出来れば便利だろう。マバリと違って人間の言葉で彼らに何かをしろと命令は出来ないが、もし彼らに判る口笛の吹き方を覚えれば、お前も犬に命令出来るようになる」

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