第39章 更なる贈り物

彼らの砦への旅の後で、街の外にこうも早く再び旅に出ようとはセバスチャンは考えていなかった。しかし一ヶ月を僅かに過ぎたところで、彼は再びフェンリスとアンダース、それに騎乗した衛兵の一群を引き連れて馬で出かけることになった。フェンリスは天性の馬乗りであるところを見せ、とっくに元の穏やかな雌馬から、セバスチャンの衛兵の替え馬である、そこそこ優れた去勢馬へ乗り換えていた。アンダースも少なくとも彼の能力の及ぶ範囲で進歩を見せ、ようやくドローレスおばさんを卒業して、覇気には欠けるものの、速歩よりずっと速い速度でそれなりの距離を走れる別の馬に乗り換えられるようになった。

本物の冬がすぐそこまで近づいていることと、特にフェンリスの優れた才能を考えて、セバスチャンは元々春になったら、と考えていたあること‐二人のための馬選び‐を実行に移そうと決心した。馬たちは城の厩舎で彼らの専用馬として世話されることになるだろう。

そういう訳で、彼らは再び街を出て旅をすることになった、とは言え最寄りのヴェイル家の馬牧場*1はさほど遠くはなく、そこではヴェイル一族が彼ら自身の乗馬だけでなく衛兵と使用人の用に供される馬も、何世代にも渡る育成を続けていた。そこに行くことを彼自身が楽しみにしていたとしても特に不思議はなかった。若い頃に彼が好んで訪れた場所というだけではなく、馬の鑑定に興味を示すことは、チャントリーへ放り込まれる以前の彼が、周囲に認められ推奨された数少ない行動の一つでもあった。

彼は旅の数日前から手配を整え、どんな馬を探しているかについて事細かく指示を出して、二人にちょうど合う馬が見つかることを期待していた。アンダースについては、恐らく彼に合う馬を見つけるのは簡単だろう‐充分穏やかで、平静であまり活発でない気質の、しかし彼やフェンリスが乗る意気軒昂な馬に十分付いて行ける馬が良い。フェンリスには……彼は何か、特別なものを探していた。エルフが既に示し始めている天性の乗り手しての水準にふさわしい、気迫がある馬。特別な何かを持った馬。

馬牧場の母屋へと続く街道の、両側に広がる放牧場には今日は数頭の馬がいるだけで、どれも長くもじゃもじゃの冬毛に覆われていた。一行が通り過ぎるのを見ようと頭をもたげる馬もいたが、ほとんどは彼らを単に無視していた。彼らが近づいてくることに気づいた牧場の管理人と年長の職員達は、内庭に整列して彼を出迎え、厩舎員が彼らの馬を受け取ろうと側に控えていた。

挨拶を交わした後、彼らは早速厩舎の視察に出かけた。馬車や鋤を引くための巨大な馬から、子供が乗るのにふさわしい上品な馬まで様々な種類の馬達を見てセバスチャンは嬉しくなり、思わず笑みを浮かべた。

彼自身が初めて乗ったのは金色の愛らしい雌馬だったが、その子孫を紹介されて彼はとりわけ喜んだ。残念なことに、今のところこういう可愛らしい馬に乗せるためのヴェイル家の子供は、少なくとも従兄弟のゴレンの子がその年頃になるまでは一人も居なかった。

一行は先に進み、厩舎内の馬場に入ってあらかじめ彼の友人達のために候補として選ばれていた馬と面会することになった。

「先にアンダースの馬を決めることにしよう」と彼は言い、メイジに側に来るよう手招きすると、馬選びを任された厩舎長に彼を紹介した。
「彼には気質の穏やかな、特に狩猟用に訓練された馬が良いだろう。それなら犬が足元にいても動揺することはないだろうから」

厩舎長はアンダースの足元に、耳をそばだてるようにして立っている犬二匹をちらっと見ると頷いた。
「そのような性質の馬も取りそろえております。あらかじめ私の方で、特に冷静な気質の馬を何頭か集めておきましたが、最初の一団に適当な馬がいなければ別の集団もご用意出来ます。ですがこの馬たちが一番優れているかと」

セバスチャンは頷くと、厩舎員が馬の一群を連れて入ってくるのを眺めた。全部で5頭、全て去勢馬で毛色や模様は様々だった。どれもみな落ち着いて立っていて、神経質そうなところ‐地面を蹄で掻いたり、体を揺すって体重を移動させる様子‐は一切見られなかった。彼はアンダースに付いてくるよう合図をすると、馬たちが並んでいる側に歩み寄った。
セバスチャンはそれぞれの馬を順繰りにじっと観察して回った。暗い鼠色の一匹が、ガンウィンが前脚の匂いを嗅いだ時に嫌そうに一歩下がり、セバスチャンは素早く頭を振って、その馬を下がらせた。全ての馬を観察し終えたあと彼とアンダースが脇に下がると、厩舎長は残った馬に乗って馬術の基本動作をして見せ、それぞれの馬の歩調を示した。セバスチャンはどの馬にも満足した。

「皆同じくらい優れた馬のようだ」と彼は言うと、アンダースの方に顔をやった。
「お前の馬だ、アンダース。それぞれ乗ってみて、どれが一番お前の気に入るか見てきたらいい」

「判ったよ」とアンダースは渋々同意するとアッシュをセバスチャンに預け、口笛で犬達にそこに留まれと指図すると、馬たちが並んでいる一番端に歩いて行った。彼はそれぞれの馬に順番に乗ってみて、最初は少しばかり緊張しているようだったが、次第に彼自身も楽しんでいる様子が見て取れた。

彼は最後の馬から下りると歩いて戻ってきた。
「よく判らないな……どれもみんな良いように思える」と彼は言った。

セバスチャンは笑みを浮かべた。
「もう一度乗って見ろ、但し今回は犬達について来させるようにして。それで違いが出るだろう」

アンダースは頷くとその通りにした。今度は、明らかに馬の動き方に違いが見られた。セバスチャンは心の中で、二匹の犬が近くを通り過ぎた時にいつも、後ろ脚を強ばらせて尻尾を振る馬を候補から外した。ほんの少しばかり神経質というだけだったが。

メイジは三番目の馬に乗った時に歯を見せてにっこり微笑んでいた。亜麻色の馬で、まるで犬達とダンスをしているかのように、彼らの側で滑らかに脚を運んでいた。この馬が良いと男が言ったのは、セバスチャンにとって全く驚くことではなかった。残りの二頭‐栗毛の斑と、淡い茶褐色‐については、セバスチャンは茶褐色の馬の方を代え馬にするよう指示したが、その二頭の能力が違うからと言うよりは、むしろ先に選んだ馬と毛皮の色が似ているからだった*2

彼はフェンリスに側に来るよう手を振った。厩舎長は彼の方をいささか珍しそうな表情で見た‐スタークヘイブンでは、少なくともエイリアネージの外側と、南と北の森林地帯から離れた所でエルフを見かけることは希だった*3。ましてや、鎧を着込み背丈程の大きさの剣を担いだエルフは、極めて珍しかった。

「次の馬へのご要望を満たすのはかなり難しゅうございました」と厩舎長はまるで申し訳無く思っているかのように言った。
「適当と思われる馬を、三頭用意しました」

セバスチャンは頷いた。最初の一頭の、栃栗毛の雄馬が連れてこられた。地面で火傷するかのように蹄を持ち上げては下ろし、首を強く反らして非常に精力的な動きを見せた。フェンリスは喉の奥から感心した声を出し、厩舎長はそれを聞いて微かに笑みを浮かべた。セバスチャンは彼が自分で馬を観察する必要の無いことは判っていたので、エルフに前に向けて手を振った。

フェンリスは前に進み出て、その少しばかり興奮しやすい馬を素早く観察すると手綱を厩舎員から受け取り、しばらくの間辺りを引き回して動き方を見てから、ようやく鞍にまたがると数回馬場を往復し一連の動作を試した。

「なかなか上手に乗られますな」と厩舎長は言った。
「どのくらい乗ってらっしゃるので?」

「一ヶ月だ」とセバスチャンは、まんざらでも無さそうな声で言った。

「なんと!ふーむ。お探しの馬について……極めて具体的に指示頂いたのも、それで判るというものです」
感嘆に満ちた声で厩舎長は言うと、振り返ってフェンリスの方をより念入りに眺めた。

フェンリスはようやく馬から下りると馬を厩舎員に返し、彼らの方に歩いてきた。
「とても良い馬だ」と彼は言った。

セバスチャンは頷いた。二頭目の馬が連れてこられて、今度のは見栄えのする漆黒の去勢馬だった。彼は最初の雄馬ほどきりきりした様子は無いが、しかし同じくらい綺麗な足並みだった。どちらかと言えばより滑らかで、フェンリスは馬から下りる時も大きな笑みを浮かべていた。

「この黒馬は決まりだな」とセバスチャンは言った。
「代え馬にするかどうかはともかく……では三頭目を見てみようか」

厩舎長は頷いて、僅かに楽しそうに眼を細めた。セバスチャンは振り向いて、三頭目が引き出される時にフェンリスの方を見た。彼はあらかじめ、その特別な馬は最後にするよう指示を与えていた。もし彼に相応しい気迫のある馬がここに居れば……

馬が視界に入った瞬間、エルフは突然背筋を伸ばすとぴたりと動きを止め、感嘆した様子で眼を大きく見開いた。彼は歯の間から息を大きく吸い込むと、馬に視線を釘付けにしたまま思わず半歩前に出た。

silver_dappleフェンリスの反応から、まさに彼の要求する通りの馬を連れてきたことを知って、セバスチャンは馬の方に視線を向けた。連れてこられた巨大な雄馬の姿に、彼も息を飲んだ。先の二頭よりも少なくとも拳一個分は背が高く、人々が見守る中を威風堂々と歩いてきた。銀色の細かな星の散らばる濃い灰色の毛皮が、四肢と鼻筋にかけて次第に黒くなり、たてがみと尾は淡い象牙色だった。

フェンリスは合図を待たずに歩み寄り、ほとんどうやうやしい様子で馬の柔らかな鼻面を指で撫でて、背伸びをして馬の額に掛かる淡色の前髪に触れた。馬は頭を回して、フェンリス自身の銀髪の匂いを嗅いだ。
「メイカーの名にかけて!」アンダースが静かな吐息と共に言った。「あれこそがだ」

「ああ、それに一緒だと随分格好よく見えないか」とセバスチャンは澄ました声で言った。「実にお似合いだ」

フェンリスは手綱を受け取ると鞍にひらりと跨った。彼が身体を前に倒して馬の首筋に触れると、馬の耳がくるりと後ろを向いてまるで彼が何か話すのを聞いているようだった。彼と馬はさらにしばらくその場に静止していたが、やがて姿勢を後ろに戻すと、馬が滑らかに動き出した。エルフが様々な歩き方を試す間、彼らはまるで一体となった生き物のように見えた。セバスチャンはフェンリスの顔に浮かぶ表情に、白い歯を見せて大きく笑みを浮かべた。しばらくして、ようやくエルフは他の人々が立って見ているところへ馬を寄せた。

「この馬だ」と彼はきっぱりと言った。

エルフが鞍からひらりと飛び降りて、馬の頭を両手で挟んで長い間見つめた後、渋々といった様子で手綱を厩舎員に返すところを、セバスチャンはずっと顔いっぱいに大きな笑顔を浮かべて見ていたため、終いには彼の頬の筋肉が引きつって来た。

「彼の名前は?」とフェンリスが、僅かに上半身を傾けて立ち、まるで今にも付いていこうとするかのように馬を見送りながら尋ねた。

「アリアンブレイドです」と厩舎長が答えた。「普段はアリと呼んでいます。それと黒い方はエアノス、エアです」

「それで僕の二頭は?」とアンダースが尋ねた。

「亜麻色はマバル、マブと呼んでいます。茶褐色の方がパートですよ」と厩舎長が教えてくれた。

「四頭とも皆良い馬だ」とセバスチャンは満足げに言った。「今日は本当に世話になった。特にアリアンブレイドは‐言うなれば、私の理想さえ越える馬だ」

厩舎長は非常に喜んだ様子で大きく笑みを浮かべ、それから別れの挨拶を交わした。彼らは厩舎を出て、職員達と共に昼食を取るため母屋の方に向かった。セバスチャンは昼食の席で、牧場の管理人と、どの血統の雌馬にどの雄馬を掛け合わせるかといった事柄について出発する時間となるまでずっと話し込んでいた。

彼らが昼食を終えて城に戻るため表に出た時には、アリとマブはセバスチャンが乗る栗毛の去勢馬と並んで立っていて、彼らの代え馬と、最初に乗ってきた馬二頭は皆引き綱に繋がれ、衛兵の一行の後ろで待っていた。セバスチャンが改めて感謝と賞賛の言葉を述べた後、彼らは馬にまたがり帰途についた。

フェンリスは帰り道もいつものように静かだったが、セバスチャンは彼の顔に一度ならず浮かぶ笑みに気付いていた。彼らが街の外壁に近づいた時に初めて、彼はアリをセバスチャンに横付けた。
「ありがとう」と彼はほとんど恥ずかしそうに言った。
「彼のような素晴らしい贈り物を、俺が受け取って良いものかどうか……」彼は言葉を切ると、また笑顔を見せて、嬉しそうに彼が乗っている馬を見つめた。
「いや……ありがとう」
セバスチャンは白い歯を見せて笑った。「どういたしまして」


*1:”stud farms”、直訳すると種馬農場、飼育だけでなく繁殖・育成も行う場所のこと。

*2:”Champagne”=金色、”buckskin”=亜麻色、”red dun”=淡い茶褐色、”chestnut”=栃栗毛、”silver dapple”=銀星。銀星は軽量種には無い遺伝子なので、アリが大型なのは理屈に合っている。またセバスチャンが最初に乗った馬は、栗色が薄まった淡い赤金色の毛皮にピンク色の鼻面、白いたてがみを持ち、馬の中ではとても目立つ色合いである。ヴェイル家のご子息が乗るにふさわしい馬だろう。

*3:スタークヘイブンにはエルフは元々少ない。セバスチャンの城の使用人は大部分が収穫祭で訪れた荘園の村出身であり、そこにもエルフは住んでいないため使用人には一人も居ない。

カテゴリー: Eye of the Storm パーマリンク

第39章 更なる贈り物 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    アリキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!

    アリ←フェンリス←ゼブラン
    なんという一方通行的一目惚れw

  2. Laffy のコメント:

    一目惚れww そうか、そうなのか。確かに馬に嫉妬しない云々って台詞がありますしね。アリ来たーというと、なんかアリスターが出てきそうですが(笑)
    MsBarrowsさんの”Extra Cheese on Top”はアリ×フェンですしw これも面白いですね。

コメントは停止中です。