第64章 アマランシンの話

セバスチャンは彼のレギンスを引っ張り上げた後、ふと手を止めると北向きの窓に歩み寄って、紐を締めながら外を眺めた。目下の雪に覆われた庭を見て、彼は少しばかり切ない気分になった。彼らが無事帰還してからと言うもの、アンダースのコテージの保安をどう考え直すか検討を始める時間すら無かった。ここからあのメイジが犬達と遊んでいたり、あるいは診療所から戻ってくる姿をちらりと眺めていた頃が懐かしかった。

実際今日は、ほとんど一週間ぶりに彼が昼食を友人達と取れる日だった。彼はもちろんフェンリスは既に呼んでいたが……彼はためらうと衣装棚の方へ戻り、シャツを取り出して考えながらゆっくりと紐を締めた。そうしよう。アンダースにも昼食に来るように伝言しよう、それとあのエルフ、ゼブランを一緒に連れてくるようにと。彼は少なくとも昼食の間くらい、席に座っていられる位は既に回復しているだろう。
そうすれば彼はようやく、あのアサシンについての好奇心を満たし、より深く知る機会を得ることになるだろう。

のんびりフェンリスと朝食を摂った後で、彼はエルフにアンダースとゼブランへの伝言を頼んだ。それから彼は書斎に戻ると、午前中のほとんどを予算案とスタークヘイブン市街地の新区画に関する、膨大な計画案の処理に費やした。その計画によれば、新区画の建設によって街の混雑は多少なりとも解消されるはずだった。建設工事は雪解けの後、泥を掘り返すのでは無く、ちゃんと土の中に基礎を埋められる様に、乾燥した天気の日が続いて地面が充分乾き次第すぐにでも再開されることになっていた。
もちろん例え冬の最中でも、いくらかの作業は続けられていた――新しい建物を立てるためにすぐにでも必要となる、釘一本から扉の錠前、取っ手に蝶番に至るまでの大量の鉄と真鍮の建具金物、それに相当な量の精巧な石細工に煉瓦、陶器のタイルも基礎工事が終わり次第に必要となるのは間違い無く、それらの製造はギルドマスター達の監督下で冬の間中続けられていた。カークウォールからの避難民の中にも、これらの作業に従事できるものは大勢居て、既に建具職人として小さな出張店を開いた親方も居た。

ようやく召使い達が昼食の準備をする音が聞こえ、彼は急いで書類の最後の頁まで読み進んで、最後に署名を走り書きし処理済みの書類の上に積み重ねると、立ち上がって食堂に向かった。

フェンリスが一番先に到着して、いつもの彼の左側の席に座った。その数分後にアンダースとゼブランが到着すると、彼はゼブランを大切な客人として彼の右側に座らせ、その結果アンダースを彼から一番離れた席に着かせることになった。彼らは手早く大皿から料理を取り分け、アンダースが時々ゼブランの分を一緒に取り分ける手助けをした。

片腕を胸に縛り付けて椅子に座った状態で、ゼブランは礼の代わりに出来うる限り優雅に頭をセバスチャンに向かって下げた。
「お招き頂きありがとう」と彼は親しげな笑みと共に言った。
「起きて部屋から出られるのは実にありがたい。如何にあの部屋が素敵であっても、ベッドに横になっている以外ほとんど何もすることが無くては、退屈になるのは仕方のないことで」

セバスチャンは温かく彼に笑いかけた。
「ようやく君とゆっくり話の出来る時間が取れて私も嬉しい。もっと早く話がしたかったが、今週は色々有ってずっと忙しかった。君はブライトの間ソリアと行動を共にした仲間の一人だったそうだね?」

ゼブランは頷くと、ソリアとアリスター王、それに他の仲間達と行動を共にした頃の愉快な逸話を幾つか語って聞かせ、皆を大いに楽しませた。
「悲しいかな、いったんアーチ・ディーモンが倒された後は、ほとんど皆別の道を歩むことになった。僕はソリアと共に残った僅か二人の仲間の内の一人でね。僕も一時彼女の元を離れなくてはいけなかった、僕がアンティーヴァで……個人的な用件を片付けている間は」

「オグレンがその残った一人だったんだろう?」とアンダースは興味深げに尋ねた。
「彼を最初に見た時のことは忘れられないな――まるで醸造所のような臭いで、ようやく二本の足で立っている様な有様なのに、まるで宿屋の女将が夕食のために鶏肉を切り分けているのと同じくらい、さくさくとダークスポーンを狩り倒していた」

ゼブランは微笑んだ。
「そう。彼は僕に勝ること数ヶ月早くソリアの元に戻ったけどね、それも彼がずっとフェラルデンに残っていたせいだよ、彼は恐るべきフェルシの方がダークスポーンよりも更に怖ろしいと気が付いたからね」

アンダースは面白そうに鼻を鳴らした。
「すると彼はまだアマランシンに居るのか?」と彼は尋ねた。

「ああ。それにいまではずっと素面だ。三人の子供達の良い父親になった」

「三人!いやちょっと待った、するとフェルシとはよりを戻したのか?娘一人でも充分怖ろしいと言っていたように思ったけど……」

「そんな事も言ってたね、だけど四つになった彼女が、もうしっかり彼のことをちっちゃな指でくるんでしまって、彼は酒を止めてフェルシと仲直りした……それから双子の姉妹が生まれたってわけ。君が覚えているはずの怒りっぽい酔っ払いとは違って、随分人当たりも良くなったよ。フェルシとの家庭が彼の性に合ったんだろう。ちょうど僕達がアマランシンを出発する前には、二人はもう一回子供を作ろうかと話をしていた、出来れば今度は息子をと」

アンダースは難しい顔つきになった。
「彼がそうも沢山の子供が持てたというのは驚きだね、グレイ・ウォーデンでありながら……」

ゼブランは彼に宥めるような顔つきをした。
「ああ、それで双子が生まれた後は、ソリアは彼を主に要塞周辺の任務に就けるようになったよ――新人を訓練したり、とうにダークスポーンの居なくなった地域を巡回したり、そういう類の。彼が殺されて、フェルシを未亡人にしてしまう恐れも少ないというわけさ。時々そのことに彼は不平を言ってたけど、どちらかというと本当にまた前線に戻りたいからというよりは、不平を言うことを期待されていると感じたせいじゃないかな」

セバスチャンは興味深そうにゼブランを見た。
「私としてはあそこでソリアとホークが一体何をしようとしていたのかという方に、より興味があるな。秘密なのか、それとも君には話せないことなのか……?」

ゼブランは肩をすくめた。
「僕には話せないことだよ。僕が知っているのは、ホークがアマランシンに来た時に、彼が伝えた知らせについて二人だけで誰も近づけず、長いこと話をしていたというだけだ。それから夏の間中、ソリアは彼女がしばらく出かけてもアマランシンに問題が起こらないよう手配をして、それから彼女とホークだけでこっそり抜け出そうとした。当然ながらナサニエルと僕がそうさせはしなかったけど」
彼はほとんど獲物を見つけた捕食者のような笑みを浮かべて言った。
「ナサニエルはその時までにホークにすっかり惚れ込んで居たし、僕はソリアに忠誠を誓う……誓っていたから」

その場に居た者で、過去形を使った時にゼブランの顔を過ぎった、微かな苦悩の影を見逃した者は居なかった。彼はほんの一呼吸置くと話を続けた。
「ナサニエルは恐らく、旅の間のどこかでホークから彼らの目的地について探り出したんだと思う。それから彼らはナサニエルを同行者として扱うようになったから。ソリアは僕に話そうとはしなかった、ただそれが危険だというのと、僕は最後まで付いていくことは出来ないとだけ。彼女とホークがしなくてはならない何かだと。僕が近くに居るということを知らない時に、ホークが話していたのを漏れ聞いた中身からすると、どういうわけかフレメスが絡んでいるのは間違いなさそうだった」

フェンリスは眉をひそめた。
「アシャベラナーのことか?」と彼は尋ねた。

ゼブランは頷いた。「そう、荒野の魔女、多くの年を経た女のことだ」

フェンリスはゆっくりと頷いた。
「もし彼女が絡んでいるとすれば、何か忌まわしいことに違いない」と彼は言うと、アンダースとセバスチャンの顔を見比べた。
「ホークは君たちに、彼と彼の家族、それにアヴェリンがフェラルデンを出てカークウォールにたどり着くまでの話をしたことがあったか?」

セバスチャンは首を振った。アンダースは考え込む様子で眉をひそめた。
「彼は一度ひどく酔っ払った時に、ダークスポーンが彼の弟のカーヴァーを殺したと言っていた。それと、アヴェリンも確か、彼女の最初の夫は脱出行の間にテイントのせいで死んだとか話していたような……?」

「ああ。彼はヴァリックとイザベラ、それと俺にある晩ハングド・マンで全部話をしてくれた」
フェンリスはそう言うと、彼らにその話を繰り返して聞かせた――ダークスポーンの軍勢からかろうじてロザリング尾逃げ出したこと、オーガとの戦い、カーヴァーの死、フレメスの介入と、彼女を助ける代わりに取引を持ちかけた件、ウェズリーの殺害。
「彼がフレメスとの取引のためにサンダーマウントに出かけた時、俺は一緒に居た」とフェンリスは説明した。
「俺と、アヴェリンとヴァリック。もっともアヴェリンは俺達がメリルと出会った後でカークウォールへと引き返した、彼女が関係していたサンダーマウントの麓での襲撃については既に片が付いていたから。メリルが俺達を頂上近くの祭壇に連れて行って、そこで彼女が儀式を行った。それからフレメスがあのアミュレットの中から現れて、一時ホークと話をした後で、ドラゴンに姿を変えると飛び去った」

Brasca!」ゼブランは叫ぶと、心配そうな顔をした。
「それがいつの話か覚えているか?」

フェンリスは肩をすくめた。
「ブライトの翌年の、確か晩秋の頃だった。それより正確な日付は覚えていない、今となってはもう随分前のことだ」

ゼブランは口汚く悪態をついた。
「僕達があの魔女を殺したのはブライトの年の秋だぞ。フェラルデンの南のコーカリ荒野の、彼女の小屋で、ドラゴンの姿をした彼女を倒した。これは彼女の牙から作った短剣だ!なのに彼女がまだ生きていたと?」

フェンリスは頷いた。
「彼女は何か、彼女自身の欠片をアミュレットに封じ込めておいたようなことを言っていた。それで誰にも気付かれる事無くフリーマーチズへと密かに渡ってくることが出来たと。それと誰かのことについても何か……モリガン?」

「彼女の娘だ」とゼブランが言った。
「あるいは少なくとも、彼女が娘として育てた女。フレメスを僕達が殺したのは彼女のためだった。そこで見つけた魔術書には、フレメスの超自然的な長命の理由として彼女が年を取った時に娘の身体に乗り移るようなことが書かれていた、まるでディーモンがメイジに憑依するように。ソリアは後になって、恐らくその話はでたらめで、後からモリガンを操って、賢明で無い行動を取らせるために置かれた囮だと思うようになった」

「例えばどんな?」

ゼブランは肩をすくめた。
「僕も全部の詳しい話は知らない。だけど僕達があの魔女を殺して、2冊目の魔術書を彼女の小屋から見つけて、その後しばらくしてからモリガンはそれを何かの儀式のために使った。ソリアは秘密を明かすようなことはしなかったが、彼女は恐らくそれは……何かのまやかしだったと気が付いたんだろう。モリガンが思っていたような事柄ではなく、フレメスに利益をもたらすことだと」

セバスチャンはしばらくの間考え込む様子だったが、やがて口を挟んだ。
「なるほど!判ったような気がするぞ……その娘は、恐らくその本が、母親が彼女に持っていて欲しく無い何かではないかと思い込んだ、しかし実際には……」

「その通り。モリガンはアーチディーモンの死の後で姿を消し、それから誰も彼女を見た者は居ない、といっても少なくとも僕が聞いた範囲ではね。だけどもし、例えばだよ、彼女とソリアがその後どこかで連絡を取っていたとしても、それは僕が知る必要の無いことだったんだろう。ソリアは驚くほど率直で正直だったけれど、他の人達の秘密を守ることに掛けても飛び抜けて上手かった。だからね、彼女がそれは自分が話して良いことでは無いと思ったかも知れないということさ」

「いずれにしても、」と彼は続けると、陰気な顔付きをした。
「彼女も、ホークも姿を消してしまった。彼女がいつの日か、戻ってきてくれたら良いと思うけど……だけど多分、そうはならないだろうな。それに彼らをたぐり寄せているこの旅の目的が何であっても、僕達が結果を聞くことが出来るとは思えない。良い結果だろうと、そうでなかろうとね」

彼はしばらくの間黙り込むと、それから顔を上げた。
「すまないけど、僕はちょっと、かなり疲れてしまってね。部屋に戻って休んだ方がよさそうだ」と彼は言った。
「素晴らしい昼食をありがとう」

「昼食に付き合ってくれて、私からも礼を言おう」とセバスチャンは答えた。
「もし良ければ明日からも来てくれないか?私は何しろ、君が回復する間はきちんと面倒を見るとソリアに約束したからね。例え短い間でも起きて動き回れれるようになったからには、君を部屋の中で一人寂しく過ごさせるようなことは出来ないな」

ゼブランは再び礼の代わりに深々と頷き返した。
「心からの感謝を。次の機会を楽しみにしているよ」

アンダースも立ち上がった。
「部屋まで送ろう」と彼は言った。
「何にせよ君の肩と腕も確認したいしね、これだけ長い間まっすぐに座っていたんだから」

ゼブランが頷くと二人は立ち去った。フェンリスもそのすぐ後に挨拶をすると出ていった。

セバスチャンは更にその後もしばらくの間食卓に座っていた。彼が恐れていたよりも上手く行ったのは確かだった。彼は自分が一度か二度、テーブルの向こうに座ったメイジを観察していることに気が付いたし、それにアンダースも、彼がゼブランの方に顔を向けている間に、幾度か彼の方を見ていたことにも気が付いた。しかしそれ以外は……彼らの間に何かあからさまな変化があるように見えたとは、彼には思えなかった。

あるいは彼らが両方、一週間前に起きたことを無視していれば、二人の間柄も多少は正常に戻るだろう。とにかく、彼はそう期待した。

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