第2章 我々は過ちを犯した

第2章 我々は過ちを犯した


「君の時間と労力を省こうとしているのさ」アンダースは平坦な声で言った。「僕は降伏する。軍隊を集めて僕を狩り立てる必要は無いよ」苦々しくそう付け加えた。

セバスチャンは目を疑わしげに細めた。
「そんな事が信用出来るとでも思うのか?」と彼は尋ねた。「何を企んでいる、アボミネーション」

アンダースは肩をすくめた‐両腕を強固に拘束された男が出来る範囲での事だったが。
「何も企んでなんか居ない。僕はここに居る。君の思うようにすれば良い」かすれた声で彼はそう言った。

セバスチャンは更に顔をしかめると、大股で部屋を横切り、短剣をベルトから抜いて彼の喉に当てた。
「もしそれが、たった今、この場所で貴様を殺す事だとしたらどうなのだ?」

アンダースは怯む色すら見せなかった。
「やってくれ」彼は囁くように言った。「もう逃げるのは止めた」

セバスチャンの手は震えた。彼の心の一部は、カークウォールで数多くの人々を冷酷に殺害し、世界を広まり行く混乱と叛乱の渦に投げ込んだ男の殺害を熱望していた。

カークウォールでの出来事が、テンプラーとメイジ双方によって世界中に広められるに従って、あらゆる所で沸き上がる戦いの知らせが、既にスタークヘイブンにも届いていた。

サークルは叛乱し、テンプラーは彼らの守護下にあるはずのメイジを無差別に殺害するか、あるいは更に悪い事に彼らを完全に放置して逃げ去り、自身で決着を付けるに任せるか、時には到底思いやりがあるとは言えない周辺の住民の手に任せる事さえあった。

エルシナの言葉が彼の心を過ぎった。復讐を求めてはなりません。エルシナ閣下は、このアボミネーション、ダークタウンのヒーラーであるメイジの事を知っていたのだろうか?セバスチャンにとって、これがまさに彼女のための復讐となる事に気づいていたのだろうか?

「あの悪魔はどうなのだ、メイジ?貴様がこの場で喉を切り裂かれる所を何もせず見ているだけだというのか?」彼は吐き出すように尋ねた。

「彼はもう居ない」

「何だと!」セバスチャンはその言葉をにわかに信ずることが出来ず、更に問い詰めた。

「彼は僕の元を去った、カークウォールの出来事の後でね」

「貴様の言うことなど信ずるものか」セバスチャンは静かに、ほとんど優しげに言った。「何故やつが去るというのか、やつの目的を果たすための完璧な道具がそこにあるというのに?」

アンダースは瞬きをすると、大きく息を吸い込んだ。
「結局のところ、彼にはどうしても人々というものが理解出来なかったんだ」彼は一見何の関係もなさそうな事を、何気なく、気軽にさえ聞こえる声で言った。

「僕達がどう考え、どう感じ、何を欲し、そして何を恐れるのか……そのような感情は全く彼にとって意味を成さなかった。僕は、彼にもっと立ち向かうべきだった。何か他の方法で、彼に示さなくてはならなかったのに……」アンダースは言葉を止め、長く震える溜め息をついた。

「彼が‐僕達が‐カークウォールでした事は、絶対的に正しい事だと彼は信じていた。護ろうとしている、まさにその人々を痛めつける、チャントリーというシステムを叩き壊し投げ捨てることで、それが欺瞞であると人々に知らせる。完璧な論理だったんだ、多分ね。しかし人の感情というものは……何故人々がそのような反応を示すのか、彼は理解しなかった、いや、出来なかった。」

「あの出来事の知らせが世界に広まるにつれて人々が示した反応に、あまりに多くの無意味な死、あまりに多くの残虐な行為に、彼はショックを受け震え上がった」

アンダースは目を瞬かせた。喉元にまだ短剣が当てられている事にさえ気がついていないようだった。

「彼が最後にこう言った、『我々は過ちを犯した』そして彼は…居なくなった。彼がフェイドに戻ったのか、あるいは…彼自身を消滅させたのか、他の宿主へと乗り移ったのか、僕には判らない。だけど彼は行ってしまった。僕の中で彼が占めていた部分は、単に空いたままだ。ジャスティスは消えてしまった」

セバスチャンは嘲笑を浮かべると身を翻し、数歩歩くと立ち止まって再びアンダースを見返した。
「ジャスティスは確かに消え失せた」彼は苦々しく言った。
「三週間前に、カークウォールで、轟音と閃光、恐怖の叫びの中、正義は死んだ。貴様が殺したのだ」

アンダースは頭を垂れた。
「そう、僕達が…僕が…殺した」まるで恐れ入ったかのように、彼はそう答えた。

セバスチャンは彼に背を向け、元居た場所に戻ると、再び暖炉にもたれながら火に見入った。
「彼を連れて行け」彼の声は低く荒々しかった。「閉じ込めて良く見張っておけ、何者にも危害を加えさせぬように。私は…処分を決定する前に、しばらく考えるべき事がある」

「判りました、殿下」騎士隊長は静かに言った。セバスチャンは立ち去る足音と、ドアが彼らの背後で静かに閉まる音を聞いた。恐ろしいまでの静けさだけがその場に残った。

石の暖炉の端に額を押しつけ、火の暖かみを感じながら彼は目を閉じた。祈らなければ。今は、試練の頌歌が相応しい様に思えた。

「たとえ我が前に影のみが見える時も、メイカーは我が道標。我ら決して彼の国へと通ずる道を失うこと無し、彼の光の下に暗黒は消え去り、御手のお造りになった者は誰一人道に迷う事無く……」

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