第73章 不快でない

「さて……部屋に引き上げる前に、僕の部屋に立ち寄って寝酒を一杯というのはどう?」
彼とフェンリスが城の敷地内をぐるっと回って天守に戻るために歩いている間に、ゼブランは気軽な声を掛けた。

フェンリスはちらりとアサシンの方を見ると、ゆっくりと頷いた。彼は今夜ずっと、同じ長椅子の上でその体温が伝わるほど近くに座って居たこのエルフの存在を強く意識していた。
「それも良いな」と彼は穏やかな声で言った。

ゼブランは白い歯を見せて大きく笑った。
「良かった」と彼は言って、それから今晩彼らが楽しんだ夕食のメニューに関する話題へと移った。

彼らがゼブランの部屋に到着した後、彼は二人のグラスにワインを注ぎ、それからまた同じ長椅子に腰を下ろした。しかしながら今回は注意深く隙間を作る代わりに、ゼブランは彼の脚がフェンリスの脚と触れる距離に座った。フェンリスは困惑したように脚を見下ろしたが、その場から離れようとはしなかった。

フェンリスが朝駆けから戻って昼食までの間を共に会話を楽しむのは習慣となりつつあったが、その間中アサシンは始終彼に触れていた。しかし彼は触れる前に必ず彼に許しを得ていて、フェンリスの腕や手の紋様を観察するのに時間を費やし、それから興味深げに彼の腕甲をしげしげと眺めていた。

アサシンが最初に許しを得ずに彼に触れたのは今度が初めてで、フェンリスは少しばかり気になった。しかし彼は素肌に触れているわけではなく、手を使ったわけでも無かった。そして彼の脚の温かみと微かな圧力は、むしろ快いと言っても良く、フェンリスは次第にまた気分が楽になった。

「また触っても良い?」とゼブランが、まるで彼の心を覗き込んだかのように優しく尋ねた。

フェンリスは不安げに彼の方をちらりと見た。
「何故だ?」と彼は尋ねた。

ゼブランは肩を竦めた。
「誰かが好きじゃない、あるいは怖がっている何かを克服するための方法の一つでね。何も怖がる必要は無く、良いことの時もあると繰り返し、注意深く示してみせる。それとも、僕が触ると気になるかな?」

「少しは」

「ふーむ、不安になるから?それとも触られるのが嫌い?それともまた別の理由?」

フェンリスは難しい顔をして考え込んだ。
「多分、不安になるからだろう。だが接触自体は……不快では無い」

ゼブランは微笑んだ。
「不快では無いってことは、時には気持ちが良いこともある?」

フェンリスは一瞬考えた。
「そうだ」彼は用心深く答えた。「時には」

「じゃあ、僕が時々君に触ってもいいかな?」とゼブランは、大層優しい声で尋ねた。

「いいだろう」さらにしばらく考えたのちにフェンリスは同意した。誰かにこれほど側近くに寄らせて、しかも手を触れさせるというのは彼を不安にさせたが、しかしゼブランはこれまで彼を誘惑しようとする間ずっと、とても優しく礼儀正しかった。

例えば、今のように。フェンリスが彼の手の動きに気付いていることを確かめ、しかも触れる前にもし望めばいつでも避けられるよう充分な時間を掛けていた。今はフェンリスの太腿に軽く掌を置き、彼らが話す間そこにずっと触れていた。その後、彼がワインを二人のグラスに注ぐため立ち上がる時に、彼はその手を軽くフェンリスの腕から肩に接触させ、ほんのしばらくそこに手を置いた後身を離した。座り直した時には彼の脚はもうフェンリスと触れてはいなかった。彼の脚に触れていた温かみと圧力が無くなったことにフェンリスは実際のところ寂しさを覚えたことに気づいて驚いた。どういうわけか、その接触は……心慰められるものだった。

あっという間に、二人はワインを一本空にした。

「俺はもう寝ないといけない」とフェンリスは真面目な顔をしていった。

ゼブランは温かく彼に笑いかけた。
「寝酒に付き合ってくれてありがとう。また今度来てくれるかな?」と彼は立ち上がりながら尋ねた。
「ここでの夜は普段の僕からすると、どうにも静かすぎてね。相手をしてくれると嬉しい、もちろん君が忙しく無い時に気が向いたらで良いけど?」

フェンリスは頷いた。
「多分な。俺も大抵、夜はこれといって用事はない」と彼は答えた。

ゼブランは嬉しそうに白い歯を見せて笑った。
「素晴らしい!楽しみにしているよ」と言って廊下に続く扉まで彼に付いていった。彼はフェンリスが外套を取り上げるのを見ていたが、それから一歩近付いた。
「君の顔に触っても良いか?」と彼はとても優しく尋ねた。

フェンリスは一瞬彼の顔を見つめ、不安そうに息を飲んだが、それからゆっくりと頷いた。

再び、至極ゆっくりとした手の動き。彼はエルフが喉元と顎の紋様に触るのかと思っていたが、その代わりゼブランの手はそっと彼の頬に置かれ、横顔を優しく包み込むと親指でフェンリスの頬骨を軽く撫で下ろした。アサシンは彼より拳一つは背の高いエルフの顔を興味深げに見つめていた。
「キスしても良いかな?」と彼はしばらくして尋ねた。

フェンリスは身を震わせた。彼は以前にもキスをされたことがあったが、決して快い記憶のものではなかった。彼が返事をする前に、物悲しそうな表情がゼブランの顔に浮かんだ。

「いいや」とアサシンはきっぱりというと、軽く肩を竦めた。
「多分、またいつか」彼の親指がそっとフェンリスの唇をかすめて、それから彼は手を離して一歩後ろに下がった。
「おやすみなさい」とゼブランは静かに言った。

フェンリスは、僅かばかり当惑して頷いた。
「おやすみ」と彼も言うと、身を翻して立ち去った。

彼は自室に戻った後で、自らの心の動きに当惑していた。もう一人のエルフが問いに自ら答えたことで彼が安堵したのは、確かにそうだが、しかし……実は、ほんの僅かばかり失望したようでもあった。寝間着に着替える間も、彼はゼブランの手が優しく彼の頬に触れて、そして親指が軽やかに唇を撫でた様子を思い出していた。彼のキスも、きっと同じように優しいかも知れない、そうフェンリスは思った。

優しいキスというのは彼には想像出来なかった。とにかく、それがどういう感触なのかについては。確かに彼は一度か二度、そういったキスを見たことはあった――ある晩、アンダースがハングド・マンから立ち去ろうとする時にホークがキスをしていたところを、あるいはメリルの友人だったポルが死んだ後、イザベラが彼女を慰めるキスをしていた。
 しかし彼自身は穏やかなキスなど受けたことが無かった、少なくとも彼の記憶にある限りは。キスと、大抵その後に付いてくるセックスはいつも彼に押し付けられるもので、大抵は何の容赦も無い性急な行為だった。彼の顎をアザが出来る程の力で握りしめ口をこじ開ける手と、彼の口中を貪るようにのたくる舌の感触を思い出し、彼は身を震わせた。

いや、今日のような楽しい一日の最後にあの頃のことを思い出すべきでは無かった。彼はその代わりに何か他のことを考えようとしながら、その日着ていった服を畳んでベッドの横に置き、それから彼の剣がコテージに降りていく前に掛けていった場所に変わりなくあり、鎧もいつもの鎧掛けにきちんと収まっていることを確認した。

彼はようやくベッドに這い上ると、ずっしりした上掛けの下で小さく丸まり、ゼブランとその優しい手の感触のことを考えていた。しばらくして、彼の手がそっと持ち上がると、その指先が軽く、考え込むように彼の唇に触れた。

多分いつか、彼にも本当のキスがどんなものか判るかもしれない。


もう二人でね、好きにやってちょうだいw
この後しばらくこのカップルのイチャイチャは続くwww

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第73章 不快でない への4件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    ゼブラン<「押してダメなら引いてみろって言うでしょ?」

    もうすでにフェンリス君崖っぷちw

    そしてウチではアレを食わされるフェンリスw
    もう踏んだり蹴ったりです。ぎゃふーんw

  2. Laffy のコメント:

    EMANONさま、コメントありがとうございます(^.^)
    kink memeじゃないですが、見たい場面を他の人が書いてくれると嬉しいですし、
    解釈が違って面白いですね。
    ちなみにウチのwフェンリスが魚嫌いなのは、スパイスで匂いを誤魔化した青魚のカレー風煮込み(別名:鯖カレー)をセヘロンでさんざん食べた上に、ヘイドリアナに口が臭いと虐められたからwww

    でもメンドーだから魚とかカニとか嫌いというのは、すごくありがち。特に男性。
    だから殻を剥いて皿に身を盛ってやったら食べるw

  3. EMANON のコメント:

    鯖カレーだとアレですね。こう、ブツ切りの鯖
    がごった煮で、「早く食え!」と言われて慌てて
    食べて骨が喉に刺さるという・・・

    多分トラウマになってます色々とw

  4. Laffy のコメント:

    色々トラウマの多い人、じゃなかったエルフなのでw

    ちなみにうちのネタ本はアリス・ファームで有名な宇土巻子さん訳の「完全版自給自足の本」
    これはもう30年以上前の本ですが、見てるだけでも楽しいw またそれを延々と定価で販売し続けてくれる文化出版局も偉い。
    あと「大草原の『小さな家の料理の本』」もここですね。これも良い本です。

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