第5章 診療所

第5章 診療所


セバスチャンが城の外庭を静かに歩く後ろを、アポステイトと彼の護衛は付いて歩いていた。彼は城の外壁の片隅に立っている、古い石造りの馬屋へと向かっていた。L字型をした建物に囲まれるように小さな中庭があり、城の外壁の隅に作られた見張り塔の根本を、外からの出入り口が通り抜けていた。馬に乗った一人、あるいは徒歩の二人がぎりぎり潜り抜けられる程の幅で、重そうな落とし格子の付いた小さなアーチ型の門が、L字の下側と外壁の間にまたがって設置されていた。彼はその小道を通って中庭に辿り着くと、彼らを取り巻く低い建物を指し示した。

「清掃は必要だが、診療所の場所はここが適当だろう」セバスチャンはそう言ってアンダースに振り向いた。
「患者は城の外から、他の領域に立ち入ることなくそこの出入り口を通って診療所に入れる。この建物は適当な大きさがあるし、しっかりした石作りでスレート葺きの屋根になっている」

「中を見ても良いか?」アンダースが、静かに尋ねた。

セバスチャンは頷き、その馬屋の正面玄関へと向かった。そこは荷車が充分ゆとりを持って入れる程の木製の二重扉になっていて、それを開くと更にその奥に片開き扉が、暗い部屋の中へと通じていた。L字の短辺の方は単に一つの大きな部屋となっていて、その突き当たりは‐さっき彼らが入ってきたアーチ門の端に接している方‐壁に囲まれた馬具置き場となっていた。

「この部分は元々小さな荷車や馬具を置いておくために使われていたのだろう」彼は言った。
「お前の作業場にちょうど良さそうだ。薬や包帯などはあの古い馬具置き場部屋に収納出来る」

彼は振り向くと、L字の長辺の方へ足を進めた。部屋の内壁に沿って広い階段が付けられていて、その階段の下は木の壁で適当な小部屋として仕切られていた。
「この小部屋は、一晩かそれ以上治療を必要とする患者を寝かせておくのに使えるだろう」そう言うと、彼は階段の上を指さした。
「あそこは元々藁が入れられていた部屋と、馬の調教師や世話係が寝泊まりした小さな寝室となっている。診療所の手伝いを誰にさせるにせよ、彼らもここで暮らす必要が出てくるだろう。彼らの家が街中にあるとは限らないからな」

彼は振り返ってアンダースの顔を見た。「役に立ちそうか?」

メイジはゆっくりと周囲を眺め回していた。頑丈な石造りの壁、滑らかな丸石で覆われた床、しっかりした木造の小部屋。
「ああ。間違いなく」彼はやや声を詰まらせて言った。「ダークタウンにあった僕の診療所より、遙かにいい」

セバスチャンは頷いた。「それなら、清掃と準備をさせよう。来い。お前が住むことになる場所を見せる」

そう付け加えると建物を出て、小さい方の扉を背後で閉めた。

彼は再びアーチ門を通り抜けて、城の敷地中央にそびえる天守の方向に向かった。高い壁に沿った小道が小さな扉へと通じていた。彼は扉を開けると、大きく育った木や雑草に覆われた、かつては庭園であったと思われる庭に入っていった。

その庭の向こうに、城砦の外壁と天守の間に挟まれるようにして小さなコテージがあった。石灰石を積み上げた厚い壁と草葺きの屋根は、スタークヘイブンの郊外にあるようなコテージとそれほど大きく変わらないように見えた。但しそれらのほとんどと異なる点として、この家には本物のガラス窓がはめ込まれていて、僅かに開いた雨戸からその光の反射がキラキラ輝いて見えた。

「若い頃に奔放な人生を送ったスタークヘイブン大公というのは、私が最初ではない」

セバスチャンはそう言うと、周囲の藪木ともつれ合った雑草や野の花々を見渡した。

「私の曾祖父は愛情からではなく、政略のために結婚した。彼とその妻は次第にお互いを憎み合うようになったと、そう言われている。心底からのものだったと見えて、妻は跡継ぎを産むとすぐに彼と離れて暮らす許可を願った。彼はそれに同意し、市中の彼女自身の館に戻って暮らすことを許した。
その後、曾祖父はこのコテージを建てて、庶民の生まれである彼自身の愛人を住まわせた。城の中に女性の愛人を連れ込んで、正妻の尊厳を傷つけることなく、しかし彼の望む時に何時でも愛する女性と会えるように。ともかく、私の祖父はそう語ってくれた」

「いずれにせよ、このコテージは一応使える状態にはあるし、お前一人には充分過ぎる大きさだろう。この家と、中庭がお前の監獄となる。護衛無しに自由に過ごせるのは、ここの庭の壁の内側だけだ。我々の入った門の外で彼らは警護することになる。ここ以外の場所では、彼らはお前の側に常に付き添う」

彼は振り向いてアンダースを厳しい目で見た。

「衛兵もこのコテージも、お前を閉じ込めると同時に、護るためでもある。近頃では多くの者がメイジに対して敵意を募らせている上、避難民の中には、お前がダークタウンのヒーラーであった事を思い出し、果てはカークウォールの破壊に関するお前の役割に気づく者さえいるかも知れない。衛兵はお前に如何なる復讐の手も及ばないようにする。判ったな?」

「判った」アンダースは静かに答えた。

セバスチャンは頷いて言った。

「結構。このコテージと馬屋が使えるようになるまでは暫く日数が掛かるだろう。それまでは城の中の小部屋を与える。後でそこに紙とインクを届けさせよう。診療所に何が必要となるか、書き留めておくように」

彼は身を返すと庭の外へ歩き出た。アンダースは最後に振り返って、草の生い茂った庭を見渡すと、彼に従ってそこから去った。

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