第79章 心からの贈り物

ゼブランは疲れて彼の部屋に戻ってきたが、それでもとても幸せな気分だった。セバスチャンが紹介してくれた男は素晴らしい腕を持ったの革職人で、しかもスタークヘイブンはアンティーヴァの隣国で有ることから、彼はアサシンが好むような様式での追加装備、例えば隠しポケットや短剣の鞘の付け方といったものに馴染みがあった。
彼らはゼブランの要求する仕様について長々と詳しく討論した。それに、セバスチャンが約束したとおり、ヴェイル大公からの直筆の紹介状はゼブランの鎧作成を名人の作業予定表の一番上に押し上げ、今仕上げに掛かっている他の仕事が終わり次第取りかかると約束してくれた。

彼はやはりセバスチャンが提案したように、ゼブランに既製品の鎧でローグ向けの物を紹介してくれた。ゼブランはいくつかの鎧を試してみて、彼の好みに合いそうな一つを選びだした。その後、彼は更にいくつか新しい服を買うことにしたが、そちらもほとんどの服を既製品に頼ることになった。
その一日で彼は多額の金貨を払うことになったが、別に問題は無かった。彼は真っ当な金融業者に持っていけば何時でも金に替えられる信用状を、持ち物の中に幾つか隠し持っていた。更に、もちろん旅の途中で拾った高価な収集品についても、必要とあれば容易く処分して現金にすることが出来た。

新しい服を横に置き寝室の鎧掛けに鎧を立てかけた時、彼は扉をノックする音を聞いた。

「はい?」と彼は言いながら、居間へと出て行った。

「俺だ」フェンリスの声だった。「入ってもいいか?」

「もちろん!」彼は急いで部屋を横切ると鍵を開け、ウォーリアーがまた今日も普通の服を着ているのに気づいて微笑んだ。デーリッシュ産のゆったりしたチュニックは焦げ茶色で、首元と下の縁には葉の模様が深緑色で刺しゅうされており、レギンスは同じく焦げ茶色のスエード革だった。意外なことに、ウォーリアーは紙包みを片手に、そして小さな木箱を腕に抱えていた。

「これは何かな?」とゼブランは不思議そうに尋ねるとフェンリスの顔を見た。

「君に、ちょっとした物を買ってきた」とウォーリアーは堅苦しく言い、不安げな顔を見せた。
「構わなかっただろうか?」

「僕に?贈り物?本当に?」ゼブランは驚いて続けざまに尋ねると、彼一流の人好きのする笑顔を閃かせた。
「構わないどころじゃないよ。大歓迎さ――そんなの思ってもいなかったからね。一体何を買ってきてくれたのかな?」と彼は尋ねた。

フェンリスは彼に紙包みを手渡し、それから木箱を丁寧にテーブルの上に置いた。
「開けて見てくれ」と彼はほとんど恥ずかしがるように言った。

ゼブランの眼にその木箱の横に押された焼き印が止まり、彼は慌てて紙包みを横に置いた。
「まさか……」彼は驚愕して眼を大きく開くと、短剣を取り出して木箱の釘を注意深く抜き、蓋を開けて中を覗きこんだ。箱の中には、藁にくるまれた、片面が平たい黒褐色の大きな瓶があり、瓶の口は青色のロウで封じられ、小さな金箔押しのメダルがコルク栓を覆うロウに押し込まれていた。アサシンは思わず歯の間から息をシュッと吐き出し、恐る恐るその瓶を巣箱から取り出した。
「アンドラステの甘き口づけよ!」彼は静かに驚嘆の言葉を漏らした。
「一体どこでこれを見つけた?」

フェンリスは彼の反応に喜んで笑みを浮かべた。
「上町のある店で。これが君の話していたアンティヴァン・ブランディなのだろう?」

ゼブランは実際言葉を失っていた。彼は再びボトルを見つめ賛嘆するように撫でると、フェンリスの問いに答える前に瓶を注意深く箱の中に戻した。
「友よ、君の見つけたこのアンティヴァン・ブランディは、例えて言うなら……言うなれば……普通の衛兵の馬に対する君のアリアンブレイドの様な物だよ。この醸造所は毎年ごく僅かな量しか作らないし、まして国外に売られる物はほとんど無い。本当に、君はこれを僕にくれても構わないのか?ちょっとした大金に相当する値段だったはずだよ!」

フェンリスは肩を竦めた。
「俺が自分のために何本か買ったアグレジオ・パヴァーリに比べれば、どうということはない」

「アグレジオ……?」ゼブランはあっけにとられると、それから笑みを浮かべて頭を振った。
「君と来たら、随分贅沢な舌の持ち主だな」

フェンリスは再び肩を竦めた。
「それが好きなだけだ。他に金の使い道はこれといって無いし」

ゼブランはもう一つ贈り物が待っていることをようやく思い出して、紙包みを取り上げた。
「それでこっちは何かな?」と彼はからかう様に笑いながらフェンリスに尋ねた。
「宝石に秘められたる王家の宝?」

フェンリスは愉快そうに静かに笑った。「いいや」

ゼブランは再び包みをテーブルに置くと、紙包みを閉じている紐を切って封を開けてみた。
「クッキー?」と彼は驚いて言った。

「それと甘パンも幾つか」とフェンリスは重々しく答えた。「とても美味しかったから」

ゼブランは温かく彼に笑いかけた。
「一緒に座って幾つか食べることにしようか。だけどブランディと一緒は止めておいた方が良いね。何か特別な機会に、二人で分け合うために置いておきたい。紅茶は?」

フェンリスは頷いた。
「紅茶とも、とても良く合うと思う」と彼は同意して言った。

ゼブランは、フェンリスが今すぐブランディを開けようと言い出さなかったことにほっと胸を撫で下ろした。これほど極上の品には特別な扱いをしてしかるべきだろう。彼は二人に紅茶を入れると、長椅子に共に腰を下ろした。焼き菓子は確かに美味しく、彼はただこうしてもう一人のエルフと座って、様々な種類のクッキーをそれぞれ比べたり、あるいは彼が今日の午後に見たり買ったりした品物について二人で品定めをするだけで、とても楽しい時間を過ごしていた。

しばらくして、彼はフェンリスが繰り返し彼の吊られた腕を横目で見ていることに気が付いた。
「見たい?」とゼブランは尋ねて、腕を少し持ち上げるとまた下に降ろして見せた。
「言っておくけど、見栄えの良いものじゃ無いよ。元のように戻るまでにはまだしばらく掛かるだろうね」

フェンリスは曰く言いがたい表情を見せた。
「見ても良いか?」と彼はためらいがちに尋ねた。

ゼブランは微笑むと、答えの代わりに吊り帯から腕を外し、注意深くシャツを脱いだ。彼らはお互い向きを変えて、ほとんど真っ正面に向き合った。フェンリスは健康な右腕と、萎れた様子の左腕に交互に眼をやり、微かに顔をしかめて落ち着かない様子だった。彼は腕に触れようと手を伸ばしたが、そこで動作を止めた。

「触っても?」と彼は僅かに不安げな視線をゼブランに投げかけた。

「もちろん」とゼブランは明るく答えた。

フェンリスは注意深く彼の腕と肩に触れ、上腕部の骨が骨折した後に治って、僅かばかり太くなっているところを優しく指で撫でると、その腕の肉の薄さに顔をしかめた。
「まだ……痛むか?」と彼は心配そうに尋ねた。

「いいや。もうほとんど完治しているよ。まだあまり大きく動かそうとすると辛いけどね、それは何週間もじっと動かないようにしていたからで、それも使っているうちに治るだろう」

フェンリスは頷いた。彼はもう一回その腕に触れてから、顔を横に向けた。
「俺が……どれ程君を傷つけたかを知るのは、嫌な気分だ」と彼は憂鬱そうに言った。

ゼブランは彼の左手を伸ばすと、フェンリスの腕に軽く触れた。
「あの時はそれが相応しい行動だった。もし僕の友人が、君に脅されているところを見たとしたら僕も同じことをしただろうね。それに僕はこうして生きているし、傷も治った」

フェンリスはゆっくり頷くと、再び紅茶のカップを取り上げて一口飲んだ。もう一人のエルフがひどく落ち着かない様子なのを感じ取り、今日のところはさらに興味深い行動に移るのを諦めると、ゼブランはシャツを再び身につけた。

彼らは遅くまで紅茶を飲みながらのんびりとクッキーと甘パン全部を平らげ、沢山の話をした。フェンリスは次第に再び寛いだ気分を取り戻し、彼らはおやすみの挨拶をする前に少しばかり優しくキスを交わした。彼は部屋から出て行くときはずっと幸せそうな表情で、ゼブランにおやすみと言いながら微笑むと、最後にまたキスをした。

ゼブランは扉を閉めて錠を掛けながら大っぴらにニヤニヤと笑って、それから身体を洗うとベッドに入った。アンティヴァン・ブランディは贅沢な贈り物で、彼自身いつかの機会に味わいを試すのを大いに楽しみにしていたが、しかし今日フェンリスと共にクッキーを食べた記憶こそ、真の宝物だというのは間違い無い、そう彼は思った。ブランディも思慮深い贈り物だが、クッキーは……本当の心からの贈り物だった。

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