第85章 必死の手段

身体の奥深くの凄まじい痛みと、耳に響き渡る轟音。最初彼には何も見えなかったが、それからまた一瞬何かが見えた、随分遠くから彼を見下ろしている顔、まるで彼が深く暗い井戸の底にいて、彼らを見上げているような。彼らの口元が動いていたが、音は届いて来なかった。あの顔は知っているはずだ、誰か判るはずだ……しかし彼が眼の焦点を合わせられる前に、再び彼らは暗闇の中に消えていこうとしていた。

「……ダース…アンダース!

罵り声と、遠く微かな痛み。轟音はさらに凄まじく、耐えられないほどの大きさになり、それから――静寂がおとずれた。轟音は消え去り、いつもの音がゆっくりと戻ってきた――混乱した呟き声、葉を渡る風の音、地面を擦る足音。

「彼は……?」

フェンリスの声。不安げだった。

「いや、まだだ。だがこれも長続きしない、そもそも目覚めさせられるとすればだが。アンダース!
ゼブランの、人が変わったように厳しい声、そして鋭い平手打ち、そしてもう一発……

「ゼブラン!一体何を……」

アンダース!眼を開けろ!」

また平手打ち。彼はその声に渋々従った。ゼブランが、彼の上に覆い被さり、片手は彼の襟元を握りしめ、一方の手は次の殴打に備えて上にかかげられていた。フェンリスが別の方にひざまずき、酷く驚いた様子だった。彼の頬はヒリヒリと痛んだ。右上腕も痛みに震えていた。彼の胸の痛みは最悪で、言葉に出来ないほど酷かった。

「……殴ったな…」彼自身の声、かろうじて囁きより大きいというだけで、恐ろしいほど弱々しかった。それにメイカー、アンドラステの真っ赤なケツ、彼が息を吸い、吐き出すたびに感じる胸の痛みは……彼の眼がゆっくりと下に降りると、彼の肋骨から突き出た矢柄、彼の手がその根元を緩く握り、鮮やかな色の矢羽がその上にあって、彼の疲れ切った心臓が脈打つたびに目に見えて震えていた。
「……撃たれた?」と彼は囁いた。

「ああ、撃たれた」とゼブランはその顔と同じくらい厳しい声音で言った。
「アンダース。どうすれば良いか言ってくれ。もしその矢を抜いたら自分で治療出来るか?それとも抜くとさらに状態が悪くなるのか?」

彼の眼は再び閉じようとしていた。彼は本当に、本当に酷く疲れていた。もし今眠ったなら、恐らく二度と目覚めることは無いだろう、ぼんやりと彼はそう思った。彼は再び無理矢理眼を開けて、何をすべきか考えようとした。考えるのはとても大変な仕事で、しかものろのろとしていた。
誰かが居ない。彼は眉を寄せた。セバスチャン?いや、彼のことは考えるな。彼はまず、自らを癒やす必要があった。

「フェンリス……」

「ああ?」

「拳。矢を」

「拳?」彼はゼブランが不思議そうな声音で尋ねるのを聞いた。

彼の眼は再び閉じた。彼はそのままにしておいた、視界よりも重要なことに彼は残る全ての力を必要としていた。まばゆい青色の輝き、怯えた叫び声、それから何かが彼の身体の内部、何もあるべきでないところで動く、その凄まじい感触と激痛。もし彼にその余裕があれば叫んでいただろう。別の誰かが代わりに叫んだ。さあ、最後の一仕事だ、それで彼は休め……


ゼブランは気分が悪くなるのを感じた。彼はフェンリスが別の生きた人体の中に到達することが出来ると聞かされていたが、しかし実際に目にしたのはこれが初めてだった。フェンリスの紋様が鮮やかな青色の輝きを放ち、まるで穀物箱か水の入った樽に手を差し込むように、彼はその手をまさしくアンダースの内側に差し込んだ。それを見た周囲の人々は悲鳴を上げ、輝くエルフとその非自然的な行為への恐怖のあまり逃げ出す者も居た。

そして矢がフェンリスと同じ青色の輝きを放つと、唐突にもはやアンダースの内部ではなくその横の地面の上に現われ、鋭い返りのついた矢尻と柄の数インチはまだ真っ赤な彼の血に染まって鈍い輝きを放ち、フェンリスの手も同じ赤に染まっていた。

青色の輝きが消え去ると、そこにはほとんどメイジと同じくらい青ざめた顔をして衝撃を受けた様子のエルフがいた。
「彼は……?」と彼はゼブランと同じくらい気分が悪そうに、微かな声で尋ねた。

アンダースの手はまだ傷口の、胸元の上に置かれていた。ゼブランはそれを邪魔しようとはこれっぽっちも思わず、代わりに手を伸ばして首もとの脈を探った。微かで弱々しかったが、しかし彼はまだ生きていた。

「彼はまだ生きている」と彼は、他の者にも聞こえるよう大きな声で言った。
「恐らく彼は、矢が抜かれた時に多少なりとも自分を治療することが出来たのだろう、だがまだ酷く弱っているし、どのくらいしっかり治療出来たのかも判らない。彼を屋敷に連れ戻す必要がある。彼の持ち物の中にはヒールポーションと、リリウムポーションがあるはずだ。きっと役に立つ」

古参の衛兵が速やかに担架をこしらえるため手配を始めた。ゼブランはその間、酷く震えているフェンリスに、優しく彼の拳から血のりを拭き取りながら、彼は正しいことをしたと全力を尽くして勇気づけた。担架が出来上がる頃には、フェンリスの顔色もほとんど元に戻っていた。

アンダースを彼らが可能な限り静かにそっと担架に移すと、皆一様に厳しい顔付きをして、出来る限りの速さで屋敷へと戻り始めた。アンダースの負傷、セバスチャンは彼の従兄弟のゴレンに『捕縛』され、そして彼の護衛はそれを止められなかった――皆の顔付きが酷く厳しいのは驚くことでは無かった。

彼らは、もちろんのこと、彼の救出を手配しなくてはならないとゼブランには判っていた。セバスチャンが連れて行かれる前に、彼の人々をフェンリスの指揮下に置いたのは良い考えだった――フェンリスは彼の意見を聞くだろうし、セバスチャンの人々はフェンリスの言うことを聞くだろう、そして彼らの力を合わせれば、きっと機会があるはずだった。

しかしまず一番に、メイジを屋敷に連れ戻して、彼の命を救うために全力を尽くす必要があった。

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第85章 必死の手段 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    イ タ イ orz

    怒涛の更新お疲れ様でございます
    あえて83章はスルー!スルーの方向で!w

    いやあしかし浮沈が激しいw

  2. Laffy のコメント:

    コメントありがとうございます(^.^)
    82章83章、84章も前半までホンワカで来てアレですからね><上げて上げて、落とす!(>_<)ウワァン アンダース頑張れ超頑張れ。 セバスチャンは……えーと……とりあえずお祈り。 月光も怒濤の更新お疲れ様です!んであの美人のおねーさんは何者?

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