第89章 旅の計画

セバスチャンは四人の衛兵に囲まれ、疲労によろめきながら長い階段を上っていた。彼の気分は、アンダースが生きていて――無事で、この近くに居る!――しかも友人達が既に救出を試みてくれているという高揚と、果たして彼らの救出が間に合うのかという恐怖の間を行き来していた。真夜中の突然の連行は、恐怖を否応なしに増大させた。これが良いことの前兆とは少しも思えなかった。

衛兵は彼を建物の更に上階の、狭い螺旋階段を上ったどこか高い塔に連れていった。彼らは扉を開け彼を部屋に押し込んだ――まばらな家具が雑然と置かれた部屋で、壁には暖炉、剥き出しの石の床に置かれた風呂桶からは湯気が立っており、部屋の隅には簡素なベッドが一つ。そしてジョハンナが一つだけの細窓の横にもたれ掛かっていた。窓は矢狭間より辛うじて幅広という程度だったが、下とは違ってひし形の模様の付いた分厚いガラスがはまっていた。
彼女は刺しゅうの入った綿のシュミーズ 1に襟ぐりが大きく開いたワイン色のビロードのローブを着て、剥き出しのクリーム色の肩を漆黒の髪がだらしなく覆っていた。その露骨過ぎる服装とは裏腹に、彼の頭から爪先まで眺めた彼女が見せた嫌悪の表情からは、彼が連れて来られたのが艶めいた密会のためではないのは明らかだった。

「明日、スタークヘイブンへ出発する」と彼女は告げた。
「今のその汚らしい様子では、到底まともなスタークヘイブン大公の様には見えぬな。風呂を使って眠れ。食事とふさわしい服装は明日の朝届けさせよう。昼食の後ですぐに出発する。お前が自分で風呂と食事と着替えをしない様なら、衛兵達が無理にでもそうさせる。私はどちらでも構わぬ」
彼女は冷たい声でそういうと、彼を避けるようにさっさと部屋を出て行った。

一人の衛兵が彼の腕の縛めを解いた。昨日ここに到着して馬から降ろされて以降ずっと後ろ手に縛られていた両腕がようやく動かせるようになると、長時間の無理な姿勢に張り詰めた肩と肘が抵抗して、その痛みに彼は思わずうめき声を上げた。

風呂に入って綺麗な衣服に着替えるのを渋っても意味は無いだろうと、彼は即座に判断した。衛兵からの言葉を待たず彼はシャツを脱いで木製の風呂桶に歩み寄ると、不動の姿勢を取る衛兵を肩越しに振り返った。

「お前達はそこで見学するつもりか、それとも多少のプライヴァシーは与えて貰えるのかな?」と彼は冷たく尋ねた。

彼らの内三人がくるりと背を向けて部屋の外に出ていくと、後ろ手に扉を閉めた。四人目は扉の側に立ち、部屋の反対側の窓を無表情に眺めていた。逃亡や自殺を試みようとする場合に備えて、本物のプライヴァシーは与えられないようだと彼は思った。彼は残りの服を脱ぎ捨てると急いで小さな風呂桶に入った。側には洗い布と上等の石けんがあり、それにゆったりした寝間着もベッドの上に置かれていた。彼はこの三日間、汗まみれの農作業と長時間の騎乗の間、同じ服で過ごしたむさ苦しい汚れを徹底的に洗い流した。風呂桶の水は、彼が洗い終えた時には灰色に濁っていた。

彼は衛兵を無視して立ち上がると、タオルは無かったので手で水気を払い落とし、ベッドに歩み寄ると寝間着を身に付けた。ゆったりした裾長で、快いヘザー 2とアイロンの匂いがした。
休めと命令されたからには部屋を歩き回ることを衛兵が許すとは思えなかったが、それでもともかく出来る限り起きていようと彼は決心した。彼はベッドに入り、背を部屋に向けて横になると片側の壁を見つめ、時折手足を密かに抓っては目を覚まさせた。

しかし極度の疲労と、何よりもアンダースが元気だったという安堵、それに風呂とベッドの暖かな安らぎが共謀して彼に立ち向かった。しばらくすると彼の目は緩やかに閉じていき、眠りへ引き込まれていった。


ゼブランがようやくキャンプに戻って来たのは明け方前で、苛立ちと明るさの入り混じった表情をしていた。フェンリスとアンダース、それにデインはそれより少し前に起きて彼の帰りを待ちわびていた。彼らは急いでアサシンを取り囲み、偵察行で得た情報を聞こうと待ち構えた。

「彼を見た。ここに居て、無事だ」と彼は真っ先にそう告げた。三人の顔に何よりも安堵の表情が浮かんだ。

「彼と少しだけ話も出来たよ、けど衛兵達が彼をどこかへ連れ去った。また連れ戻ってくることを期待して待っていたけど、この時間になっても戻っては来なかった。それと、君達二人に悪い知らせを伝えてくれと」と彼は付け加えると、フェンリスとアンダースの顔を見た。

「悪い知らせだと?」とフェンリスが心配そうに尋ねた。

「ああ。彼の従兄弟、ゴレンの妻はレディ・ハリマンの妹の娘で――君達二人とは、どこかで知り合った人かな?――彼女はブラッド・メイジだと」

フェンリスは彼の言葉にひどく衝撃を受け、不安げな顔つきになった。アンダースは驚いて叫んだ。
「アンドラステのふっくらパンティ! 3ああ、もちろん僕たちはレディ・ハリマンと『知り合い』だとも!僕たちはカークウォールで彼女を殺した。ホークと、セバスチャン、イザベラに僕で――セバスチャンの家族を皆殺しにした傭兵団を雇ったのが、彼女だった。彼女自身もメイジで、ディザイア・ディーモンと手を結びスタークヘイブンを支配するために手を貸させようと子供二人をそいつに捧げていた。じゃあ、あの女の姪がゴレンと結婚したのか?それで説明が着くというものだ」
彼は厳しい声でそう答えた。

ゼブランは頷いた。
「セバスチャンは、彼女が魔法で彼を支配して、ゴレンに譲位させる計画だと言っていた、その後で恐らく彼を殺すだろうと。だから今すぐ命が危ないわけではない、ともかく彼を真っ当に退位させるには街を訪れる必要があるからね。だけど出来る限り急いで、そのブラッド・メイジから彼を引き離した方が良いだろう」

フェンリスは頷いた。
「その通りだ。いつ連中が街へ出発するか、何か聞けたか?」

ゼブランは苛立たしげに頭を振った。
「いいや。そういった旅の準備をしている様子は少しも伺えなかった、だけどセバスチャンが到着する前に既に用意が出来ていたのかも知れないし、あるいはごく短時間で済むのかも。どちらにせよ、連中を館から街へ出かける前に襲う余裕はなさそうだ」

フェンリスは頷くと、デインの顔を見た。
「ここからスタークヘイブンの街に行くまでに、幾つの道筋が考えられるだろうか?」

デインは難しい顔をした。
「よく判りません。ジャーヴィンを呼んできましょう、彼なら知っているかも」

ジャーヴィンは確かに知っていた――二つの道筋が可能性として考えられたが、いずれの道も最初の数マイル、館から最寄りの十字路へさしかかるまでの間は同じだった。

「連中を道中で襲うとすれば、この最初の区間に居る間が一番だろうね」とゼブランは言うと、衛兵が地面に描いた大まかな地図の上で指をトントンと叩いた。

「この辺りの地形はどうなっている?」とフェンリスが尋ねた。

「お屋敷の近くは森で、そっから先は野原です。あとこの辺りに浅い渓谷を渡る橋があって両側が森になってます、後はずーっと十字路まで野原で」

「そこの森は木が密集しているかな、それともまばら?」とアンダースが聞いた。

「お屋敷の近くはまばらです――鹿や他の動物がそこに住んでるんで、良い草が生えて狩りのしやすいよう、管理人が木を切らせてます。渓谷の方が森は濃いです」とジャーヴィンがスラスラと答えた。

「なら渓谷の方が良さそうですな。連中が橋を越えたところで森の中から襲撃して、どうにかして橋を通れなくすれば、連中は戻れず立ち往生することになる」とデインが指摘した。

「橋の方は僕が面倒を見よう」とアンダースが厳しい顔つきで言った。
「メイジの方を何とかできるか、ゼブ?」

ゼブランはニヤリと笑った。
「古き言い伝えによれば、背に突き立てられたナイフはいかなるメイジの力も発揮させないとか」

「だが彼女はブラッド・メイジだ」とフェンリスが警告するように言った。
「それに俺達には、彼女が治療魔法が使えるかどうかも判らん。もっと即死に近い方が望ましい」

ゼブランは頷いた。
「確かに。とは言え、重傷を負わせるだけよりも更に確実性を求めようとすると、ずっと難しくなるのが普通だけどね。だけど何とかしよう。メイジベーンを持ってこれなかったのが残念だね、それがあったらずっと確実になったろうに」

「必ずしもそうとは言えない、ブラッド・メイジはディーモンとの契約に基づいて力を引き出すから、やつら自身の力には限定されない。だから例えメイジ自身の力が失われたとしても、ブラッド・マジックは効力を示す。魔法を使えばより簡単になるというだけだ、魔法で殺した他者の血を利用出来るからな」とフェンリスが苦々しく指摘した。

「その通り」とアンダースが同意して、ゼブランに向き直った。
「もし即死させられない場合は、単に怪我をさせるだけでは無く意識を失わせるような方法が良いと思う」

ゼブランは頷いた。
「任せてくれ」と彼は約束した。

彼らは襲撃予定の場所へ今すぐ移動することに決めた。遅すぎるより早すぎるほうがましだった。それにもし考えている場所に到着した後でそこが適当でないことが判っても、それから場所を探す時間が取れるかも知れないと、彼らは期待した。

太陽が無数の色彩で暁の空を染め上げる中、彼らはジャーヴィンの後に従って移動を開始し、静かに、かつ速やかに森の小道を下っていった。


Notes:

  1. “Shift”:女性用の、肩から太腿までを覆う袖無しの下着。
  2. イギリス北部の湿地帯に生えるツツジ科の灌木の総称。
  3. “Andraste’s knicker-weasels!” 原文は「毛むくじゃらの」という意味もあってさらにお下品。
カテゴリー: Eye of the Storm パーマリンク