第93章 優しい慰め

アンダースは寝間着に着替えるため続き部屋へ戻った。彼はそれからしばらく、セバスチャンが間違い無く着替えを済ませられるよう十分時間を取った後、ようやく扉へ向かった。彼はためらい、ノックをしたものか、それともそのまま開けるのが良いかと悩んだ挙げ句、一つ大きく息を吐いて扉を押し開けた。

セバスチャンは、寝間着と膝丈のゆったりした半ズボンを着てベッドの側に立っていた。アンダースと同じくらい思い迷う様子で、赤金色の体毛に覆われたすねと、裸足の足が少しばかり滑稽に見えた。アンダースは自分のズボンがくるぶしまでの長さがあり、彼のやせっぽちで傷だらけの足を隠していることに感謝した。
彼の脚に比べればセバスチャンはずっとがっしりして筋肉質だったが、その比較に大公が嬉しがるとも思えなかった。アンダースは扉のところで長い間ためらい、二人はお互いをただ黙って見つめていた。

とうとうセバスチャンの唇の片隅に微かな笑みが浮かび、そこにえくぼが現われた。
「これはその、気まずいものだな?」

アンダースは微笑み、ひょいと頭を下げた。「ちょっとね」と彼は言った。

「もしお前がそうしたければ、いつでも止めて構わない」

アンダースはすぐ頭を上げ、再びセバスチャンの目を見つめた。
「絶対無いよ」と彼は断固として言った。
彼は肩越しに動物達を見やった。アッシュは彼自身の狭いベッドの中央で丸くうずくまり眼は閉じたままで、上掛けのキルトを前肢でこねるように爪を出し入れしていた。犬二匹は彼の方をじっと見つめ、ガンウィンはやや前傾姿勢で、まるで付いてこいの命令を待ち構えているようだった。彼は微笑むと、『そこに居ろ』の意味の口笛を吹いて、それからセバスチャンの寝室に入り、扉は開けたままにして置いた。

セバスチャンの側まで来て彼は立ち止まり、二人は再びお互いを見つめた。しばらくしてセバスチャンは、アンダースの胸の正面に手を伸ばした。
「あの矢は……見せてくれないか……?」と彼はためらいがちに尋ねた。

アンダースは頷き、寝間着のシャツの裾を胸が剥き出しになるまで持ち上げて、彼を殺す寸前だったあの矢が残した、小さな窪んだ傷跡を露わにした。

セバスチャンはおずおずと手を伸ばし、その僅かな傷跡に指先で触れると安堵の溜め息を付いた。「良かった」と彼は声を詰まらせながら言った。
「心配でならなかった……お前の生死さえ判らないまま、その場から連れ去られ……」彼は言葉を切ると眼を激しく瞬かせた。
「ありがとう。本当に治ったと、どうしても見たかった」と彼は言って手を離した。

アンダースは頷き、寝間着の裾を元に戻した。二人はお互い顔を背け、ひどく荒れ狂う感情の波を静める方法が判らずにいた。

「さてと。ともかく寝るように努めるか」とセバスチャンは唇を歪めて笑い、ベッドの一方の端に横になった。アンダースは頷き、反対側へ廻ってベッドに登った。彼らはシーツに潜り込んで居心地を良くしようと忙しくした後、二人の間におよそ1フィートほどの幅を開けてお互いの方を向いて横たわり、再び相手の顔を凝視した。

アンダースはセバスチャンの顔に、眼の下に黒い隈と、苦痛と悲嘆によるしわが出来ているのに目を留めた。思わず彼は手を伸ばすと、指先でそっとセバスチャンの頬骨の曲線を撫でた。
「君は随分睡眠が足りてないようだ」と彼は優しく言った。

セバスチャンは彼を眺めながら、じっと横になっていた。
「ああ。眠れるかどうか、判らないが」と彼は言った。それからアンダースに昨夜の出来事について語った。ジョハンナがフェイドを通じて、彼の眠れる心を支配するのでは無いかという恐怖、どうにかして起きていようと苦闘したこと、ゼブランの訪問、部屋の変更、幾たびも自らをつねり上げ、しかしとうとう眠気に屈したこと。いかにして彼が彼自身として眠りに落ち、彼女の物として目覚めたか。
「また眠るのが、私は恐ろしい」と彼は最後にささやくような声で言い、再び黙り込んだ。

アンダースの手は長い話の間に顔から落ちて、今は二人の間に横たわり、セバスチャンはまるで命綱を握るかのように彼の両手でその手をきつく握っていた。セバスチャンは彼の手を見つめて、アザが出来るほどに強く握りしめていたことにようやく気付いたようだった。彼は握る力を緩めたが、しかしアンダースの手を離そうとせず、彼の両手の間で揉むようにすると再び話し出した。
「彼女が死ぬまで、私は自分が支配されていることにさえ気がついて居なかった」と彼は静かに言い、難しい顔をして考えに沈み込んだ。
「私が自分の心を取り戻した後では……実に恐ろしくて身が竦んだ。吐き気がした。お前とジャスティスも、あのようだったのか?どの思考がお前の物で、どれが彼なのか、見分けられたのか……それとも、混じっていたのか?」

アンダースは顔をしかめた。
「少しずつ、両方だね。とりわけ最初の頃は、彼がひどく僕とは違うと感じた時もあった。僕の思考や信念が彼と同じで無いことは判っていた、例え僕達が同意する事についても。だけど共に長く過ごすにつれて……漏れ始めた。例えば、水の中に油絵具を一滴落としたように。混じることはない。だけど時間と共に、色素が染みだして絵具の色に水を染めていく。最後の頃には、僕の思考や信念は完全な僕だけの物では無くなっていたと思う。僕は去年、一体何が僕で、何が彼で、何が二人の物だったのか分けてみようとしていた」

彼は中空を見つめたまま、また長い間黙り込み、それからごく小さな声でまた話し出した。今は彼が、セバスチャンの手を強く握りしめていた。
「彼がまた戻って来て、再び僕だけの物のはずの心を喪い、僕自身を喪うのではと思うと――それが何より怖い」

セバスチャンは頷いた。
「そうだな」と彼は言った。しばらくして彼はもう一方の手を伸ばしてアンダースの髪の毛を優しく梳いた。
「お前はカークウォールの頃と今とでは、随分違う」と彼はほとんど驚嘆するかのようにささやいた。

「そうだな」とアンダースも言うと、ごく微かに笑った。
「君もだ」

セバスチャンは愉快そうに微笑みを返した。
「そうかも知れない。私も、去年の間随分多くのことを考えた。去年の出来事、それ以外も。若い頃の私は、大変な愚か者だった。短慮なお調子者で、自分の事だけを考えていた――自分の怒り、喜び、欲しい物や好き嫌い。教会が私を変えた。自分自身を越えて物事を見ること、助けを必要とする者を救うこと、他者の必要を自分より先に考えることを学んだ。だから教会で過ごした日々には感謝している。
私はあそこに甘やかされた短気な少年として入り、一人の男として去った、あるいは大公として私の領民達に向き合うにふさわしい男として。だが……教会を、完璧に過去の物とする時が来たと思う。心からスタークヘイブンのために働くために、残る誓約からの解除を願い出なくてはならない」

彼は微かな笑みを浮かべ、再び手を伸ばしてアンダースの顔に触れた。
「だが多少は自己中心的な理由もある。お前と一生を共にするために、アンダース。それだけじゃない。お前が欲しい」
彼はベッドの中で身を滑らせて近寄ると、アンダースにキスをした。長く、優しく、しかし穏やかなキス。

それが終わった時、アンダースは暖かく微笑みセバスチャンが最初に彼を好きだと告げたあの雪の夜と同じくらいの、大きな喜びの表情を浮かべた。

「僕も君が欲しい」と彼は答え、その低く唸るような囁きは、セバスチャンの背骨を直に下る身震いと、腹の底からの温もりをもたらした。アンダースはセバスチャンが緩く掴んでいる手を抜いて、彼の方ににじり寄ると両手で顔を包み込んだ。
「待っているよ」と彼はささやき、お返しのキスをした。

彼らは長い間ただそこに横になってお互いを見つめ、穏やかにキスを交わし、お互いの顔や、髪や、首筋を優しく愛撫した。二人は言葉では言い表せない全てを、唇と手と眼で伝えた。

ようやくアンダースは一つため息をついて、身をよじるとベッドの中でセバスチャンから少しばかり離れた。彼らはそこに横たわってまたお互いの顔を凝視したが、今は共に微笑み、心から寛いで、満足していた。

「お休み」とアンダースは優しく言って、握り合った手を二人の身体の間に潜りこませた。セバスチャンは微笑むと、眼を閉じた。そして眠った。


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第93章 優しい慰め への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    >二人の間におよそ1フィートほどの幅を開けて

    ちょいとお二人さ~ん、離れすぎですよー。
    そんなに離れてると、気が付かない内に
    ゼブランが挟まってるかも知れませんよーw

    ・・・・・・・あかん、言ってて想像したら可笑しいw

  2. Laffy のコメント:

    EMANONさま、コメントありがとうございます(^^)
    あーそれで「三人でも二人でも、僕は全然構わないよマイフレンド?」とかにっこり笑って言うわけですねw

    ……あ、何か青い光が。

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