第95章 出発と帰還

ようやくゴレンの館を離れられるようになるまで結局4日間、彼らはそこに滞在することになった。
スタークヘイブンの街へ知らせを届け、追加の衛兵とテンプラーの一部隊、それに聖職者二人が到着して、ジョハンナとゴレンの死の後始末を引き継ぐまでにはそれなりの日数が必要だった。
彼らが到着した後で、セバスチャンは彼らにこの地で起きた出来事を説明し、取りあえずの間はこの館を管理するため、彼の衛兵を割り当てる必要があった――どこかの時点で彼は適当な管財人を決める必要があったが、今のところ大公家はその家族が必要とするより遙かに数多くの家屋敷を持っていたから、あるいは売り払ってしまうことも考えられた。

彼は教会の聖職者達に、デインの協力の元でジョハンナの行いについての調査を監督するよう公式に依頼した。デインはセバスチャンの救出に果たした功績により昇進を受け、衛兵隊長としてこの地に留まることになった。

少なくとも出発が遅れた間に、彼は幼いユアンとより深く知り合う時間を持てることになった。この幼い少年が彼の両親と、更に幼い弟妹の遺体を目にして彼らは本当に死んでいるのかと尋ねた時の表情に、セバスチャンは心が引き裂かれるようだった。
少なくとも彼自身の両親や親族が殺された時には、彼は既に成人した男で何が起きたのかを理解することが出来た。まあ、あるいは理解したというのはぴったりの言葉では無かったかも知れないが。未だにジョヘイン・ハリマンによる彼の一家の壊滅、あるいは彼女の姪の最近の行いの背後にある理由を、彼が推し量るのは難しかった。彼らは恐らく大公の地位に権力と特権のみを見出し、それに引き合うだけの義務と、領民への責任を無視する類の人々であったのだろうと考える他は無かった。

葬儀の際に彼の腕の中ですすり泣くユアンを抱きしめながら、この少年を護りヴェイル家の一員としてふさわしく育てさせると、彼は自らに誓った。もし彼がユアンを跡継ぎとすれば、皮肉にもいずれジョヘインとジョハンナが、彼女らの血統をスタークヘイブンの王座に流し込むことになるというのも彼は気付いていた。しかし彼にとって重要なのはこの少年に流れるヴェイル一族の血であって、その母や大伯母は問題ではなかった。

彼は毎日幾らかの時間をこの少年と共に過ごした。ユアンは初めのうちはごく内気な様子で、見知らぬ者に囲まれて彼は内に閉じこもる様に見えた。それに風穴を開けセバスチャンとユアンとの友情を大きく発展させたのは、アンダースと彼の動物たちだった。

セバスチャンに指示を仰ぐ必要のある者が探しやすいよう執務室に留まっている間、彼は少年を同じ部屋に連れて来て、幾らかでも一緒に過ごせるようにしていたが、非常に上手く行ったとは言えなかった。彼は内気な少年を扱った経験があまりなく、ユアンはセバスチャンのことをどう考えればいいのか判らない様子だった。ユアンと話す時に頭上からのし掛かるように見えていることに気付いて、彼は少年と一緒に床の上に座り込んだ。
そこへアンダースが彼と何かを話そうとしたのか、犬二匹に猫一匹を引き連れてスタスタと入ってきた。ガンウィンは彼のお気に入りの人々の一人が、今日に限って彼と同じ高さに居ることに驚喜すると辺りを跳ね回り、熱狂した様子で――つまりよだれだらけの舌で――セバスチャンを大いに歓迎した。彼は笑って犬の大歓迎を払い除けながら顔を上げ、ユアンが初めて本当に笑顔を見せていることに気付いた。少年はすぐさま犬と遊び半分のレスリングを始め、衣服のそこら中に大量の犬の毛を付けて下敷きになった後でハエリオニによって救出され、部屋には大人二人の笑い声とユアンのくすくす笑いが響いた。

アンダースはユアンに犬二頭と猫を紹介した。少年は、どうやら犬や猫を見たことはあるものの、これまで遠くから眺める以外に何もさせて貰えなかったようだった。その後三人は――セバスチャン、アンダースとユアン――皆で床の上に犬達と猫と一緒に座って時間を過ごした。
ユアンは明らかに大喜びで彼らに触れて可愛がり、ガンウィンの親しげな熱狂ぶりにも、アッシュの物憂げにゴロゴロ喉を鳴らす音にも喜んでいるようだった。セバスチャンは彼の脳裏にある、街に戻った後で片付けなければいけない事柄の表の上位に、『ユアンにペットを与える事』と付け加えた。

この出来事の後でユアンはセバスチャンとアンダースを大いに気に入った様子で、二人を見ればいつも上機嫌になった。一方セバスチャンのほうも、この幼い少年の魅力に急速に引き込まれていった。スタークヘイブンの街から衛兵とテンプラー達が到着するのを待っている間、彼が対応しなくてはいけない他全ての事柄の合間を見つけては、この少年と共に時を過ごすのを彼は何よりも楽しみにするようになっていた。

館での三日目に、彼とユアンは他の友人達と共に彼の居室で昼食を取った。少年はアンダースと動物達にまた会えたのを喜んだが、当初は二人のエルフに人見知りするようだった。ゼブランは馬鹿げた冗談とコインを使った子供騙しの手品で彼の気を引き、銀の欠片を与えてそれをどうやって見えたり隠したりするかを教えて、あっという間にしっかり仲良しになった。
一方フェンリスとユアンは、食事の間中ちらちらとお互いを見ていた――フェンリスはそわそわと少年を見やり、ユアンは彼の紋様に魅了された様子で時折じっと見つめ――それから昼食後、ようやく少年は勇気を奮い起こしてフェンリスにその紋様のことを尋ねた。フェンリスは彼とその質問に対して、三人の友人に対するのと同じような落ち着いた考え深い態度で対し、ユアンはこのエルフは取りあえず仲良くしても大丈夫だと思ったようだった。

街から呼び寄せていた衛兵とテンプラー一行がようやくその日の午後到着し、四日目の昼食時までには、ここの事柄は皆、適切に対応されていくだろうとセバスチャンも満足した。既に街から離れて当初予定した倍以上の日が経っており、彼は何よりも急いで街に戻りたかった。彼は昼食後に出発するから準備をするよう命じると、二階に上がってユアンと友人達とここでの最後の食事を摂った。彼ら五人が食べ終える頃には、既に彼らの荷物も含め全ての荷造りが終わり、馬に乗せられていた。

ゴレンとジョハンナの使用人については、彼は既に誰一人彼と共に街へは連れて行かないと決めていた。特に召使いについては彼の周りには信頼に足ると確信の出来る、自らの荘園出身者を置きたかった。というわけで彼は、城から共に訪れて荘園に足止めされていた使用人達に、彼が無事救出され、もう彼らも城に戻って大丈夫だと知らせる使いを送ると同時に、その村から彼の幼い従兄弟の乳母として信頼出来そうな女性を一人、探しておくよう命じていた。

街に戻る彼の一行が、騎乗した衛兵達とアンダース、フェンリス、ゼブランにユアンだけであることには利点も有った。彼はユアンを彼自身と友人達の馬に乗せて連れ戻ろうと考えていて、馬車や荷馬車を引き連れる必要が無いことから相当な速さで旅が出来ると思われた。ユアンはともかく今すぐ馬車に乗るのは嫌がるだろうと彼は思い、その件に付いて意見を聞いたときにはアンダースもそれに同意した。少年はまだ小さく体重も軽く、いつもの乗り手と共に馬に乗せても大した負担にはならないだろうから。

ユアンは館の中庭に連れ出され、皆が騎乗しているのを見て最初は驚き恐がる様子だったが、いったんセバスチャンが馬に乗ってその前に彼が持ち上げられると、あっという間に機嫌を直した。セバスチャンは旅の間中彼が機嫌良くしていられれば良いがと願うだけだった。如何に足が速くなったとは言え、天候が持ってくれたとしても彼らがスタークヘイブンの家にたどり着くのは早くて明日の午後になると思われた。

セバスチャンは彼と彼の部下達がようやくこの館を出て行けることに何よりも安堵を覚えたが、襲撃地点だった場所も通り過ぎて初めて、彼は本当に騎乗を楽しむことが出来た。


一行が街の門から城に向けて丘を昇って行く間、アンダースは前を行くセバスチャンの馬をちらりと眺めやった。ユアンはこの朝はフェンリスとゼブランの馬に交代で乗せて貰った後、今は再び大公の前にちょこんと座っていた。彼は長旅の後で少しばかり疲れているように見えたが、それ以外は特に問題も無く、昨日と同じように馬の上で機嫌良さそうだった。街中に入って彼は明らかに興奮し興味を覚えた様子で、元気を取り戻すと首を回してあちこち見つめては、時折セバスチャンに質問をしていた。大公は微笑み、くつろいだ様子で少年に答えていた。

「幼い子供がどれほどの活力を持っているか、すっかり忘れていたよ」とゼブランがアンダースに馬を添わせながらそっと言った。
「今朝出発した時とほとんど変わりない位、元気そうだな」

アンダースはニヤッと笑った。
「そう、あの頃の子供の活力は凄まじいよ、突然そうでなくなる直前まではね」

フェンリスはゼブランと反対側に馬を寄せていたが、愉快そうに鼻を鳴らした。
「彼を見ているとゼンマイ仕掛けのおもちゃを思い出すな。ゼンマイが切れるまで全開で忙しく大騒ぎし、それから突然止まる」

彼らは城門に到着した。そこは一年前と少し前までユアンの家でも有ったはずだが、彼が特別この場所を覚えているようには見えなかった。その当時の彼はほとんどずっと子供部屋に居て、そこと中庭のような場所以外、ほとんど見たことが無いのは間違いなさそうだった。

彼らの到着後すぐにセリン衛兵隊長が正門に現れ、彼らの元気そうな姿を見て心から安堵した様子だった。

「ヴェイル大公」彼は指揮官に敬礼しながら言った。
「無事のご帰還、何よりも嬉しく存じます」

セバスチャンはその男に向かって微笑み返した。
「私もだ。一緒に連れていった召使い達から、何か知らせはあったか?」

「はい、閣下。彼らは昨夜戻って参りました」

「大変結構」とセバスチャンは言った。その間にフェンリスが馬から降りて大公の馬の側に進み出た。彼はユアンをエルフに向かって抱き下ろすと彼も馬から降りた。セバスチャンはユアンをフェンリスから受け取って、再びセリンに話し掛けた。
「すると召使い達は新しい女性を村から連れて来たはずだな?」

「はい、左様です。若い女性と彼女の娘が一緒に。勝手ながら大公ご自身で面会されることがあろうかと思い、小さな客室の一つに通しておきました」

セバスチャンは微かに驚いて両眉を上げた。
「さあ、そうすると早速彼女と話をした方が良いようだ。だが先にこの小さな悪魔をベッドに入れてくる必要があるだろうな」と彼は腕の中の、ゼンマイが切れたように動きを止め、明らかにふらふらとし始めた少年を見おろして微笑んだ。セバスチャンは辺りを見渡した。
「アンダース――私が適当な世話を手配するまでの間、彼を私の寝室に連れて行って、しばらく一緒に居てやってくれないか?」

アンダースは暖かく大公に微笑みかけ、アッシュの入った肩掛け袋を背中にずらしてから半分寝入った少年を受け取った。
「彼を見ているよ」と彼は約束して屋内に入り、彼の犬達と護衛が後に付き従った。


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第95章 出発と帰還 への4件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    上の娘はなあ・・・まさにスイッチオフ状態でしたね。
    眠い→コケる→コケたことがおかしくて爆笑→笑いながら寝る

    下の娘の手のいらなさ加減と言ったらもう。

    30秒目を離している隙に、押し入れから枕と
    タオルケット出して昼寝してたことありますし。
    そして未だに夏は隣の部屋まで脱走して寝ていますv

  2. Laffy のコメント:

    うはは、子供によりますねホントに。
    私の姪っ子なんか文字通り「右向いて左向いたら寝てる」子でした。
    アイスクリーム買って貰って、食べ終わった瞬間にゼンマイが切れるw
    それでも食べ終わるまで待てるのは女の子だから?w

    —-
    うあああああ、ホケホケ訳してて「あー次の山はch100やなー」とか思っていたら、ここに落とし穴があったか!
    完璧に忘れてたよwうぬぬゼブランめw

  3. EMANON のコメント:

    ま、まあほら、そのかわりベッドから蹴落とされ(違

    そういやあそのシーンで慌ててベッドに這い戻る
    ゼブランでShibusawaくんが「ザマァw」って爆笑して
    ましたっけw

  4. Laffy のコメント:

    ふははは、こやつ、どうしてくれようか(半キレ>ゼブラン

    続編の方ではフェンリスが足首引っ掴まれて、裸でベッターンと地面に叩きつけられてます(><) かあいそすぎる。おまけにジジイと(ry あっち早く更新して欲しいなあ。でもTumblrの”Anders Porn week”二周年記念(!?)らしいので、それはそれでまあw

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