第96章 更なる驚き

セバスチャンは村からやって来た若い女性を、面会のために彼の執務室へ連れてくるよう召使いに言いつけると、その部屋へ昇る階段をセリンと二人で歩きながら、彼の望まざる冒険行について語って聞かせた。セリンは部屋の前で立ち去り、セバスチャンがちょうど彼の机の後ろに座った所で、召使いがその女性と共に戻ってきた。

彼女は愛らしく若い女性で、恐らく20代中頃か後半と思われ、あの村ではごく一般的な赤茶色の髪を小綺麗に頭の後ろで編んでまとめていた。彼女は濃い青色の眼に、この春の祭りで畑仕事したせいで肌は少しばかり日焼けしていた。彼は机の後ろから立ち上がると彼女に微笑みかけ、椅子に腰掛けるよう身振りで示した。
「こんにちは、お嬢さん。私はセバスチャン、もちろんあなたは既に知っていることと思うが。それであなたは……?」

彼女ははにかむ様子で彼に向かって微笑んだ。
「メリドワン・テイラーです、閣下」と彼女は柔らかな声で答えながら椅子に腰を降ろし、背をピンと伸ばして膝の上に手を置いた。

「お会いできて嬉しい、メリドワン。さて、どうして別の使用人が必要となったかについてあなたは聞いているだろうか?」

「はい、閣下、お小さい従兄弟、ゴレン卿とレディ・ジョハンナの息子のために乳母が必要となったと伺いました」と彼女は落ち着いて答えた。
「祖父が、私に行くようにと申しました」

「祖父?それで誰……ああ」と彼は言って、嬉しそうに微笑んだ。
「長老があなたのお祖父さんだな?」

彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「はい、閣下。私の母は彼の三番目の妻の、二番目の娘です」

セバスチャンは彼女に暖かく微笑みを帰した。
「さて、もし彼があなたを選んで乳母として来させたのなら、その役目に適任かどうか疑う余地は無さそうだ。すると、ここにはあなたと娘さんだけで?夫を亡くされたのかな?」

「いいえ閣下。結婚したことはございません。私の娘は祝祭産まれです、七年前の春に」

「七歳か……結構、ユアンの遊び相手に良い年頃だ。彼は五歳だ」と彼は説明した。
「彼女にも会っておきたいが」

メリドワンは頷いた。
「そうおっしゃると思いました。扉の外で待たせております」

「ああ、それなら連れて来なさい」

彼女は頷くと立ち上がり、扉の所へ歩いて行って一瞬外に姿を消した後、少女と一緒に戻り手を繋いだまま歩いてきた。

その娘は母親そっくりの赤茶色の髪で、細くふわふわした巻き毛が腰の後ろまで覆っていた。色白の肌で、頬と鼻梁をちらほらとそばかすが覆い、眼は穏やかなターコイズ・ブルー、そしてまさしく女性版のヴェイル一族の容貌をしていた。彼は驚いて息を飲んだ。長老は、ただ単に良い乳母を送ってきただけでは無いようだ。彼はその母親に鋭い視線を送り、彼の反応を注意深く見つめる彼女の様子に、問いかける前に既に答えを見いだしていた。

「収穫祭、八年前の……確かニコラスが、その年の筆頭収穫人を勤めたのでは無かったか?」
彼は机の後ろから立ち上がり、少女をもっと近くから見ようと近付きながらゆっくりと尋ねた。このターコイズ・ブルーの眼が何よりの手がかりだった。ニコラス、彼の真ん中の兄もこれと同じ色の眼をしていた。

「はい、閣下」メリドワンは静かに答えた。
「ですが何も証拠はございません。長老は彼女が産まれた時にはご一族にお知らせしようとしていましたが、その時にはもう……その、ニコラス様も他の方々も皆、お亡くなりになっていました」

セバスチャンは考え深げに頷いた。祝祭産まれの子供達の父子関係が明らかになることは滅多に無かったが、しかしその希な事例で、ヴェイル一族との繋がりが判った場合は……まあ、もちろんそのような子供が公に認められることはまず無かったが、その母親は何か恩恵を与えられるのが普通だった。一時金、嫁入りの持参金、どこかに奉公に上がる際の保証など、適当と思われる物を。そして子供にも無論、後の人生においてより良い生活を送れるよう援助が与えられた。ヴェイル一族は素性の判る庶子については真っ当に扱ってきた。

「もし必要なら、私が見る限りにおいては彼女自身が最大の証拠だろう」と彼は言うと、少女の顔を覗き込んだ。
「それで、君の名前は?」

「ナイウェン・テイラーです、サー」と彼女ははにかみながら答えた。

セバスチャンは彼女に暖かく笑いかけた。
「良く来たね、ナイウェン」と彼は言って、メリドワンの方に振り向いた。
「彼女を見て私がどれ程驚き嬉しく思ったか、必ず長老には知らせなくてはなるまいな。しかし、なぜ彼はもっと早く私に知らせようとしなかったのだろう……?」

「祖父が言うには、ゴレン・ヴェイルが生きている間は誰にも知らせるのは賢明では無いと。お父上が亡くなられて彼が唐突に即位した後は、あの男のことを祖父は全く信用していませんでした」

「うーむ」セバスチャンは唸りながら頷いた。彼は今となっては長老の考えに一も二も無く同意出来た、とはいえあの男自身よりもその妻の方が、より恐るべき者であったわけだが。スタークヘイブンの大公位を奪い取るためにあれほど多くを殺害しようとする者なら、例えその存在が公になっていないとしても、念のために私生児を一人を殺すことなど何とも思わなかったに違いない。

「さて。ナイウェンの将来についてはきちんと考える必要があるだろうな。だがそれは後でも良い。今日のところは、あなたを喜んでユアンの乳母として迎えよう。私はあの子を古い子供部屋に追いやるのではなく、私の身近に置いておきたい。私自身の居室の隣に一つ続き部屋が空いているから、そこを彼とあなた方のために造り替えさせようと思っている。そこがふさわしいかどうかこの後見に行くつもりだったが――もし良ければ、あなたとナイウェンも見に来てはどうか?この先何年かは、あなた方の家ともなるわけだ」

「ご親切にありがとうございます、閣下」と彼女は同意した。セバスチャンは再び微笑んで、彼自身の居室もある大公一族のみが使用する区画へと案内した。 1二人はしばらく時間を掛けて幾つか続き部屋を調べて回り、結局セバスチャンの居室に隣接する部屋が良いと結論付けた。
少年のためのかなりの大きさの寝室が一つと、それよりやや小さめの部屋が二つあって――現時点では従者のための部屋と小さな書斎として設えられていた――そちらはメリドワンとナイウェンのための寝室に出来るだろう。居間も充分広く、食堂に教室、それに二人の子供達のための遊び部屋としても適していた。更にこの続き部屋には二つの浴室があって、一つは少年の寝室、もう一つは小さな二つの寝室の間にありどちらからも入れた。

セバスチャンは執事を呼んで、この部屋を開けて空気を入れ換え掃除をして、適当な家具を整えさせるよう指示を与え、それからメリドワンと彼女の娘に明日の朝、朝食後に彼の居室に来るように言った、そうすればユアンと会えるからと。
「彼は旅で疲れたので、今日はもう寝ている」と彼は説明した。

メリドワンは頷いて同意し、彼女自身の仮の居室へ戻っていった。セバスチャンは長老の配慮を大層嬉しく思いながら、二人の女性が去って行くのを眺めていた。

彼はそれから考えに沈みつつ自分の居室に戻った。もはや自らの手でそうすることの出来ない兄に代わって彼が、ナイウェンの存在を公式に認め皆に受け入れられるような方法で公開するとすれば、彼にはただ一人ではなく二人の潜在的後継者が出来ることになる。
現時点でのヴェイル家の生存者が如何に少ないかを考えれば、彼は恐らくそうすべきだろう。疾病、事故、あるいは悪意によって血統が完璧に断ち切られる可能性を少しでも減らすために。

アンダースは居間で本を読んでいて、アッシュが彼の膝の上に、ハエリオニは側の床でのびのびと座っていた。彼はセバスチャンが部屋に入って来ると顔を上げてお帰りというように微笑んだ。

「彼をどこに寝かせた?」とセバスチャンは静かに聞いた。

「君のベッド、とりあえずはね。ガンウィンが一緒に居るよ」

セバスチャンは頷いた。
「それで良い。もう少し彼のことを見ていて貰っても構わないだろうか?ようやく城に戻ってこられて、急いで片付けなくてはいけない仕事が山のように貯まっている」

「いや、もちろん構わないよ――今日の午後だけならね、明日の朝には僕も診療所に行かないと」

「ああ、それは問題無い」とセバスチャンは言って、彼に歩み寄った。
「彼のための乳母が決まったから、彼女が明日から引き継げるだろう」と彼は言うと、身をかがめてアンダースにキスした。
「彼女のことについては夕食の時に話そう」といって彼は書斎へ立ち去った。


翌朝のユアンとメリドワンの初対面は上手く行った。少年は最初おずおずとしていたが、すぐに心を許してナイウェンと遊び出した。一安心して、セバスチャンは書斎に行くと午前中いっぱい精力的に書類の山と格闘した。昼食の少し前に召し使いが入ってきて、彼に折りたたまれた紙を手渡した。

彼は不思議そうに片方の眉を上げ、折りたたまれた紙を開いて微笑んだ。アンダースからだ。二つのスケッチが描かれていた。上の方はユアンで、ガンウィンを抱きしめて眠っている姿。下のスケッチに描かれているのはセバスチャン自身で、ガンウィンに顎を舐められて笑っている姿だった。アンダースは如才なく、大公の首から上と犬を押しのけようと上げている手だけを描いていて、その時彼が寝間着を着ていたという事実は上手く隠されていた。彼はその頁を机の上に置き仕事の間中ちらちらと眺めては、小さな笑みを唇に浮かべていた。

ユアン、メリドワンにナイウェンはその日のセバスチャンと友人達との昼食に加わった。お陰で小さなテーブルはひどく混み合い、お互いの肘に注意しなくてはいけなかったが、しかしとても楽しかった。メリドワンは二人の子供達の間に座り、フェンリスはユアンの隣、そしてセバスチャンがナイウェンの隣に座った。セバスチャンは乳母とその娘として彼らを紹介した。
アンダースは昨晩の夕食の席でナイウェンの父子関係について聞いていて、興味深げに娘を眺めていた。フェンリスとゼブランはまだ聞かされていなかったが、しかしゼブランが考え深げにセバスチャンとナイウェンを見比べる視線からして、このアサシンは少なくとも二人が家族同様に似ているということには気付いたようだった。一方フェンリスはユアンが熱心に語る、その日の朝に体験したあれやこれやを聞くのに忙しく、何か普通と違ったことに気付いた様子は無かった。

メリドワンは当初口を聞くのをためらう様子だったが、アンダースが彼女に長老はどうしているかと尋ねると、彼女は微笑んでセバスチャンの誘拐に対する長老の断固とした反応を語って聞かせた。彼女が話す間に他の三名が示した友好的な関心に彼女の気分も落ち着いたと見えて、食事の終わり頃には少なくとも控えめな親しみを示していた。

セバスチャンは友人達が立ち去るのを見て、それからユアンに振り返った。
「さて、私とお前とで少し片付けないといけないことがある」と彼は少年に言うと、メリドワンに向かって微笑んだ。
「この後1,2時間ほど彼を借りていこう。その間は良ければ休んでいなさい」
彼女は頷き、ナイウェンと共に立ち去った。セバスチャンは少年を屋外用の服に着替えさせて、彼を階下に連れて行き、犬舎の側へと向かった。犬舎の母屋には沢山の大きな犬が居て、少年を恐がらせるかも知れないと思い、かれはそこには連れて行かず代わりに小さな小屋の方に向かった。乳離れしたばかりの子犬を、繁殖用あるいは狩猟用、または番犬として城に置いておくか、あるいは去勢してより重要度の低い用途に使うかを見極めるまでの間、まとめて育てている小屋だった。

今は三腹の子犬たちが居て、二つの群れはガンウィンのようなディア・ハウンド、別の一つはハエリオニのようなウルフ・ハウンドだった。ユアンは囲いの中に入って子犬と遊んで良いと言われて、心から嬉しそうだった。
セバスチャンと犬舎長は壁にもたれて、少年がワラの中で子犬と一緒になって跳ね回り、まるで新しい子犬であるかのように舐め回されてくすくす笑い転げているのを眺めた。そのうち彼らは、周囲を走るユアンを追いかける遊びを考えついた。この子犬達は視覚に強く頼って獲物を追いかける猟犬で、「動く物を追いかける」というのは彼らの何よりも好きな遊びだった。

とうとうユアンは子犬たちと遊ぶのに疲れ果て、囲いの壁に沿って座り込み子犬たちがまだ遊ぶ姿を眺めていた。彼はあくびをしていて眠そうな様子で、セバスチャンが屋内に連れ戻せばたっぷり昼寝をすることだろう。子犬たちも疲れてきたようで何匹かは囲いのワラに潜り込み、既にすやすやと寝入っていた。

ウルフ・ハウンドの一匹がユアンのところへトコトコとやってきて、また遊ぼうよというように彼の顔の臭いを嗅いだ。ユアンはくすくす笑い子犬の顔を押しのけた。子犬は諦めてぱったりとうつぶせになり、前半身と頭をユアンの膝に乗せて鼻先を少年の腹に押しつけた。ユアンはまた笑って身をよじり、子犬を愛おしげに見つめて優しく撫で始めた。

セバスチャンと犬舎長は顔を見合わせ、幼い少年と子犬が描き出す愛らしい風景に微笑んだ。セバスチャンは囲いに歩み寄ってその子犬をしげしげと眺めた。雄で、がっしりした頭と大きな四肢、毛皮は暖みのある赤金色で腹と胸、首元と前肢に白い毛が混じっていた。

「ユアン……部屋に戻る時間だ」とセバスチャンは声をかけた。

少年は顔を見上げると、立ち上がって柵の門に向かった。その子犬も後を付いてきた。ユアンは門のところで、切望するような眼差しで子犬を見つめた。

「その子犬が欲しいか?」とセバスチャンは静かに尋ねた。

ユアンは始め驚き、次に嬉しそうな表情になった。
「連れていっていいの?」と彼は尋ねた。「本当?」

「間違いなく本当だ、その子が欲しいならな。それとも他のがいいか?」

「ううん!」ユアンは大声で叫んだ。「この子がいい!」

セバスチャンは微笑み、門を開けた。
「じゃあ、連れて出なさい。その子はお前の犬だ。名前を付けてやって、毎日の世話と躾の手伝いをちゃんとすること、いいかな?」

ユアンは顔を輝かせて頷き、囲いから出た。子犬は門を出るのをためらう様子を見せたが、セバスチャンの提案でユアンが子犬に来いと呼ぶと、急いで飛び出してきた。セバスチャンは犬舎長に礼を言って、彼とユアンは天守に戻り、子犬は辺りを興奮してあちこち走りながら彼らにパタパタと駆け足で付いていった。もっとも階段の前でセバスチャンは子犬を抱き上げないといけなかった。彼はまだあまりに小さく階段を上りきるのは無理だった、とはいえ子犬の頭と肉球の大きさからすれば、すぐに際だって優れた体格の犬になるのは間違いなかったが。

セバスチャンは少年と子犬に共に昼寝をさせて――部屋が準備出来るまで少年が使えるよう、彼は寝床を一台寝室に置かせていた――それからまた仕事のため書斎に戻った。


Notes:

  1. 彼の書斎はこちらにあって、執務室は少し離れた場所にある。執務室はより公式な、来客との面談などのために使われる。
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第96章 更なる驚き への4件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    うああああ

    アンダース編(?)見切り発車GOですw
    Laffy様の肉体疲労時にwタウリン2000mgの
    代わりができますように(出来ねぇよw)

  2. Laffy のコメント:

    うあああああおわらねーーーー書いても書いても、
    って言うほど書いてないんだよねえ、1行書いては頭を抱え、1行書いては参考書(笑)を眺め、だもんで。
    まあ明日の朝には何とか。

    あーもう昼過ぎたよwまあ朝からベランダの掃除をしていたからでゼブランのせいでは無い。
    なるべく格好良く書いて上げたいんだけど、なあ。

    【タウリン】ごきゅごきゅ【2000mg】がんばります。

  3. EMANON のコメント:

    おーっとLaffyさんがエンストしてるよーっ。
    誰かJAF呼んでJAF。

    なにぃ、全部出払ってるぅ?しょうがねえなあ、じゃあ
    ひとまずこのウオトカでも入れてみっか?
    なあに度数50度だからなんとかなっぺ(自分と一緒にすなッ!

  4. Laffy のコメント:

    終わったーーーー
    お礼です(^.^) つ【スピリタス】

    前書きを忘れてて後から慌てて付け足したけど、やっぱり原作者もクロウ、じゃなかった苦労したのね……。
    さーてこの後は楽しい(バ)カップルだよ、うふふふ。

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