第98章 遠くからの噂

セバスチャンは彼の座席の側に歩み寄って立ち、左側に居並ぶ彼の友人達がやはり座席の側に静かに立つ姿を眺めた。アンダースと二人で礼拝に訪れた最初の頃を思い出して、思わず笑みがこぼれた。怯えきったアンダース、片方の袖に子猫を隠し持ち、ただ二つだけの椅子が説教段のすぐ下にある、大公家専用の格別に広い区画に他から遠く離れて並べられ、その後ろには彼らの護衛のために、ただ一列の長椅子が置かれていた。

今では彼の一行の人々全員のためにずらりと座席が並んでいた。彼自身の白と金に彩られた大きな椅子、それからユアン、ナイウェンとメリドワンのための椅子。その向こうにアンダースが、もはや怯える様子はなく、猫も家に置いて来られるだけ心の安定を取り戻していた。その向こうにはフェンリスと、そしてゼブランが端に座り、フェンリスは少しばかり不安な様子であったがゼブランは完璧に落ち着いていた。
衛兵の列も同じく成長し、ユアンと彼の乳母一家を常に警護する衛兵達が新たに加わったことから、二つ目の長椅子が置かれていた。今日は衛兵隊長のセリンも礼拝に参列していた。彼らはまだ広々とした区画を満たすにはほど遠かったが、しかし少なくとももはや痛々しいほど空虚には感じられなかった。

セバスチャンは席に着き、彼の友人達も同じく着席して教会の中は沈黙に包まれ、時折咳や呟き声が聞こえるだけとなった。それから背後のドアが開き、セバスチャンは――それに他の皆全て――立ち上がり、礼拝のために大教母とその聖職者達が祭壇へ歩いて行くのを見守った。彼は礼拝の儀式が与える馴染んだ安堵感に心を委ね、進行に従って立ち上がり、腰を降ろし、時にはひざまずき、光の聖歌からの長々しい朗読に聞き入った。

礼拝の後で教会から参列者達が去るのを待って、セバスチャンはいつもそうするように、祭壇の前へ進むとろうそくを一本灯して祈った。驚いたことに、アンダースも前に進み出て、小さなろうそくを選ぶと灯を点し、しばらくの間頭を下げた。彼は一体この男が何を祈ったのだろうと不思議に思い、そしてここにやって来た後で、このアポステイト 1が真に心から何かを祈ろうとするまで大きく変貌を遂げたということに、大層勇気づけられた。

彼の祈りも終わり、セバスチャンは残った一行を集めて――ユアンのグループは既に城へ戻っていた――同じく教会から外に出た。彼は表で一瞬立ち止まり、街の広場を見渡した。快晴の空から明るい日光が降り注ぐ実に美しい日で、微かなそよ風が吹いていた。彼はフェンリスが毎日そうしているように、郊外の野原に遠駆けに出る時間があったならと残念に思った。今日はまさにうってつけの日だろう。

彼は教会の階段を下り始めたが、広場に入ってきた武装した男達の集団を見て突然立ち止まった。最近の経験から彼は予定に無い武装した一行との遭遇に用心深くなっており、教会の方へ向かってくるにつれて彼らがテンプラーの装いをしていると気付いても、彼の神経は少しも安まることは無かった。

「見ろよ、あれはカレンだ」とアンダースの声が真後ろから聞こえ、そして彼も唐突にメイジの言うことが正しいと気付いた。その男達は武装した不審者ではなく、カレンと彼のテンプラーの一行だった。テンプラー以外にも、彼らは男女入り交じった小さな集団を引き連れていた。

「カレン!ようやく帰ってきたか!」とセバスチャンは呼ばわり、片手を上げて呼び止めながらその集団に向かい階段を駆け下りた。
「それでこの人達は、避難所を求めるメイジかな?」と彼はその集団を見渡しながら訪ねた。彼らの服装は継ぎ接ぎだらけの全くのボロから、貴族とて恥ずかしからぬ身なりまで多種多様だったが、彼らは全てある一点で共通していた。疲れた、怯えた表情。そして多くの眼に、僅かばかりの希望が浮かんでいた――ついに彼らは安全な地に辿り着いたのではという希望が。

カレンは疲れたように頷いた。
「はい、閣下――アポステイトも少しばかり、ですがほとんどは所属していたサークルが、何かしらの揉め事に巻き込まれたサークルメイジ達です」

セバスチャンは了解して頷いた。
「全員が今晩泊まる場所はあるのかな、騎士団長?」

カレンは小さく頭を振った。
「いいえ。それはチャントリーへ報告に上がった後での検討項目でした」

「なら城の中に彼らのための部屋を探すことにしよう。君の計画では、一晩だけか、それとも一日か二日、サークル・キープへ向かう前に休むことになっているのかな?」

カレンはほっと安心した様子だった。
「最後の旅路の前に一日休めれば結構でしょう。私が思っていたよりずっと長い旅になりました、私達はまだ今でもマイナンター川の下流のどこかに居たことでしょう、もし運良くスタークヘイブンへ向かう舟に出くわし、そしてその……」

「あれはよ、可愛い人。一体何度あれは船で、小舟じゃ無いって教えてあげれば気が済むの?」と、言い放つ驚くほど聞き覚えのある声が、すぐそばから聞こえた。

セバスチャンは白い歯を見せて大きく笑いながら振り返った。
「イザベラ!君は一体スタークヘイブンに何をしに来たのかな?」と彼は尋ねた。

「あなたに会いに来たのよ、決まってるでしょ。その可愛らしい青い眼が見たくなったの」と彼女は大股で歩み寄りながら微笑んで言うと、後ろに居並ぶ面々を見てさらに笑みを大きく広げた。
「誰かと思ったら!ビリビリ指じゃないの。驚くほど元気そうね。フェンリスも。それに…ゼブラン、あなたったら!カークウォールでちょっぴり出会った後見てなかったわね。一体全体、あなたがここで何をしているの?」と彼女は疑わしげに尋ねた。

ゼブランは大きくニヤッと笑って、イザベラに深々と頭を下げた。
「休息とお楽しみの最中ですよ、愛しいお方」

「休息ですって?アンティーヴァはすぐそこの国境の向こうなのに?随分と面白い休暇だこと」

ゼブランは微笑み平気だというように肩を一つ竦めた。

セバスチャンが話を引き戻した。
「すると、君が騎士団長と彼の一団を載せて、マイナンター川を遡って来たと言う訳かな」と彼は尋ねた。

Hercinia「そう。どのみちここに来るつもりだったのよ、だから偶々ヘルシニア 2で出くわした時、彼と彼の人達をここまで載っけてあげてもいいって言ったの」

セバスチャンは瞬きをした。
「ヘルシニア!それはまた随分遠いところだ」と彼は言って、カレンを興味深そうに見た。

カレンは頷いた。
「長い話になります。後でお話しても構いませんか?先に大教母様にご報告しないと行けませんから……」

「もちろん。行ってくれ。君の部下と一行はここにとりあえず残していくのかな、それとも城に連れて行かせるようにしようか?」

「もし今から城に連れて行って頂けるのなら助かります」と騎士団長は即座に答えた。
「感謝致します、ヴェイル大公」

セバスチャンは温かく彼に微笑みかけた。
「感謝しなくては行けないのは私の方だ。教会での用が済んだら城に来てくれ。私も君とぜひ話がしたい」

カレンは頷いて、部下の方を振り返った。
「ケラン副長!ヴェイル大公とご一緒して、部下とメイジ達を休ませる場所を手配するように」

「はい、団長」とその男は前に進み出て敬礼しながら言った。

カレンは別れの挨拶にセバスチャンへ頷き、それから教会に続く階段を登っていった。セバスチャンは一行を率いて城へと向かい、彼の友人と衛兵が後ろに続き、さらにテンプラーとメイジ達が後に続いた。城に戻るまでにはイザベラが今すぐ船に戻る必要は無く、スタークヘイブンに滞在する間は喜んで彼のもてなしを受けるということが判ったため、セバスチャンは彼女のための続き部屋を含めて、予期せぬ客人のための部屋を設えるよう命じた。


「うふっ!これって最高じゃない」とイザベラは満足げにテーブルに座った男達を、顔を輝かせて見つめた。
「私と、4人の素晴らしき殿方――メイカーは私がどれだけ良い子かよっくご存じなのよ!あるいは、どれだけ悪い子だったか!」

ゼブランはニヤッと笑った。
「僕なら、悪い子の方に賭けるね」

「イザベラ、君は騎士団長と出会った時に、ともかくここへ来る途中だったと言ったね」とセバスチャンは自分の皿に料理を取りながら尋ねた。
「一体何の用があって?」

「あーあ、幾つかあるわ。数週間程前にカークウォールに泊まって、あなたにアヴェリンとヴァリックからの伝言を預かったの」
彼女は美味しそうな料理を眺めて選びながらそう言った。
「その中でも一番重要な話は、ヴァイカウント・アヴェリンはお母さんになったってこと。息子で、ローランド・ウェズリー・ヘンダーと名付けたそうよ」

その知らせにセバスチャン、アンダースとフェンリスは皆一様に嬉しそうに頷いた。ゼブランは少し戸惑ったように見えた。
「不思議なんだけど」と彼は尋ねた。
「どうして彼女はヴァイカウントなのかな?ヴァイカウンテス 3ではなくて?」

イザベラは肩を竦めた。
「彼女が、カークウォール史上初の女性の統治者だからでしょうね――もちろんあの気違いの雌犬メレディスは勘定外よ――それで貴族連中は、街の指導者がアヴェリンで、その夫ではないということをはっきりさせたかったのね。だから彼女がヴァイカウント・アヴェリンで、彼は衛兵隊長ドニック、なら誰もこんがらがったりしないって訳」

「良い解決策だな」とセバスチャンは頷きながら言った。
「下流に戻るときはまたそちらの方へ行くのかな、イザベラ?それとももっと遠くへ?」

イザベラは鼻梁にシワを寄せた。
「まだ決めてないわ。リアルト湾での奴隷狩りの様子を見に行こうと思っていたけど、ひょっとするとウェイクニング海の方に戻るかも……まあ、天候が回復してオーレイ/ネヴァラの戦争がまた激しくなってきているし、そのほうが良いかもね。どうして?」

「ああ、もしそちらの方に向かうことがあるなら、伝言と贈り物を私からアヴェリンとドニックに届けて貰えないかと思ってね」とセバスチャンは言った。

イザベラは頷いた。
「じゃあ、航海計画を決めたらあなたに真っ先に知らせるようにするわね」と彼女は微笑みながら言った。

「君がこっちに来ることになったのは積荷が他にもあるからと言ったな、イザベラ?」とフェンリスは尋ねた。

彼女は頷いた。
「ええ、さっきの伝言はその一つ――お昼の後で全部掘り起こすから、忘れないようにしてね、セバスチャン――それとカークウォールに行く前にフェラルデンにしばらく居た間、気になる噂を幾つか聞いたの。それがそもそも、カークウォールに戻った理由」

「気になる噂?一体何の?」とセバスチャンは尋ねた。

「いくつかね」とイザベラは言うと、椅子に深く腰掛け直して4人の男達を眺めた。
「まず、ホークとフェラルデンの英雄が二人とも消え失せて、誰も彼らがどこに行ったかさっぱり検討さえ付かないと言う話」と彼女は言って、ゼブランに向かって顔をしかめると彼を指さした。
「だけどあなたは最新情報を持ってそうね、アマランシンで聞いたところではあなたは、彼らと一緒に消え失せたってことだし?」

ゼブランはニヤッと笑ったが何も言わなかった。他の三名も視線を交わしたが、やはり何も言わなかった。イザベラは再びテーブルを見渡して鼻を鳴らした。
「いいわよ、あなた達だけの秘密ってことで。とにかく、他にも幾つか気になる噂を聞いたの、そこの二人の周りを飛び回ってる」と彼女は言ってセバスチャンとアンダースに視線を向けた。
「色々細かな違いはあっても、煮詰めると要するにアンダースがここに居て、そしてあなたが、理由は何にせよ、彼をチャントリーに引き渡すことを拒んでいるという

セバスチャンとアンダースは視線を交わした。
「シーカー・レイナードだ」とセバスチャンは怒りの籠もった声で言った。アンダースは頷いた。

「……そっちはまた別の噂に繋がっててね。一つはディヴァインが去年のカークウォールでの出来事に個人的な関心を持っているという話。それと二つ目は、テンプラーの大軍がオーレイ南部から船に乗って、何処とも知れぬ彼方へ向かったという話」

「シーカー・レイナードだ」セバスチャンとアンダースが今度は口を揃えて言った。

「地獄に堕ちろ」とセバスチャンは続けて言うと心配そうに顔をしかめた。
「まあ、ともかく警戒を続けるしかないだろうな。そしてもしやつがまた現れた時には、スタークヘイブンに対しての聖なる行軍を引き起こすこと無く、やつが扇動する問題に対応出来ることを望むしかない」

「そのシーカー・レイナードって一体誰?」とイザベラが尋ねた。セバスチャンはしばらく時間を掛けて、アンダースが被った感情的な衝撃と混乱については一切触れることなく、そのシーカーが引き起こした出来事について彼女に説明した。

彼の話を聞き終えて、イザベラは考え深げに頷いた。
「それで話が説明付くという物ね」

その後会話は、去年の秋にフェンリスを降ろしてからのイザベラの、沿岸沿いに奴隷商人を狩り立てて、奴隷を解放するか不法な利益を巻き上げるか、あるいは可能なときは両方という華々しい冒険行へと移った。その会話は食事の間中続き、それからイザベラは彼女に割り当てられた上等の続き部屋へゼブランを引きずって行き、どうしようかと悩む様子のフェンリスも結局彼女に続いた。

セバスチャンとアンダースはお互いの顔を見つめた。

「セリン衛兵隊長に話をしておいた方が良さそうだ、他の人々も含めて」とセバスチャンは厳しい顔つきで言った。

アンダースは頷いた。
「僕はコテージに戻る」と彼は唐突に言うと席を立ち、頭を下げ悄然とした様子で部屋から出て行った。

Notes:

  1. 連載当時、「もしまたアンダースの事をアポステイトとか呼ぶならアリスターの洗濯石鹸で口を洗ってやるぞ馬鹿セバ、お前の事を祈っていたにきまっとろーが」という(意訳)コメントがあった。
  2. フリーマーチズの小都市で、ウェイクニング海に面している。
  3. 女子爵、あるいは子爵夫人を指す用語。
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第98章 遠くからの噂 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    >私と、4人の素晴らしき殿方

    ああ、麗しのイザベラ、残念だったね。そいつら
    全  員  調  教  済  み  なんだ。
    君はおとなしくそこのやや腰の引けたイケメンテンプラーで
    我慢するしかなさそうだよ?

    イザベラ「地獄に堕ちろ」

  2. Laffy のコメント:

    3PのPはPersonなのだろうかPlayなのだろうか、誰か教えて。

    ……んなことはどうでも良くて。コメントありがとうございます(^.^)
    今さら上品ぶっても遅いっつの。
    居心地の悪そうなフェンリス君が可愛いですよ!ですよ!

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