第99章 護るべきもの

イザベラは彼女に割り当てられた続き部屋を満足げに見渡した。
「まあ!良い部屋じゃない」と彼女は言い、たっぷりと詰め物の入った肘掛け椅子に腰を降ろして、足台にブーツに覆われた形の良い足を乗せ、ゼブランとフェンリスに向けて暖かい笑みを浮かべた。
「座って!あなた達がどうしてたか聞かせてちょうだい」と彼女は言った。

フェンリスは長椅子の端にためらいがちに腰を降ろし、ゼブランはその横にずっとくつろいだ様子で、だらりと座り込んだ。

「まあ良い調子だ」とフェンリスは言った。
「マイナンター川を遡る間に少しばかり問題が有った、だが上手い時にスタークヘイブンへ到着することが出来た」

ゼブランは鼻を鳴らし彼に微笑みかけた。
「君は大体控えめに過ぎるよ、友よ」と彼は言ってイザベラに振り返った。
「彼はセバスチャンへの暗殺計画をすんでの所で防ぐ、まさにその時に到着したんだ」と彼は説明するとニヤリと笑った。
「相当の危険と彼自身の怪我を押しての強行軍でね」

フェンリスは微かに頬を赤らめると肩を竦めた。
「彼とは長い付き合いだ。彼を暗殺しようという計画を聞いたからには、そうする他は無かった」

イザベラは暖かくフェンリスに笑いかけた。
「友達思いのところは変わってないわね。友達と言えば、今じゃアンダースとも上手くやっているということで良いのかしら?」

フェンリスは微笑みを浮かべた。
「彼とは友人になった」と彼は認めた。
「ジャスティスが去ってからというもの、カークウォール当時の彼とはひどく違う人間になっている」

イザベラの両眉が跳ね上がり、彼女は椅子から身を乗り出した。
「ジャスティスが去ったって?まーあ!あの石頭の頑固者が消えたからには、またあのビリビリ指をやってくれるようにって、何としても聞いてみなくちゃ」

ゼブランはニヤリと笑った。
「まあ幸運を祈ってるよ。あいにく、アンダースにはもう他の相手がいると思うけど」

「ま!ぷーっだ」とイザベラは頬を膨らませると、また椅子にもたれ掛かった。
「可愛らしい若いメイジを自分で見つけて、あの指の効果を真似させるように上手く説明するっきゃ無いわね。ちょっと!ビリビリ指のお相手って一体誰よ?ひょっとしたらその人、三人でやることに興味があるかもよ……」

ゼブランのにやにや笑いは更に広がった。
「どういうわけか、僕にはそうは思えないけど」

会話の進む方向にフェンリスは更に居心地悪そうな様子になり、唐突に立ち上がった。
「もう行かないと」と彼は言った。
「さもないと読み書きの授業に遅れてしまう」

ゼブランは座り直して彼の手を取り、顔を見上げた。
「また後で?」と彼は期待を込めて尋ねた。

フェンリスはゼブランの顔を見おろして微かに笑った。
「ああ」と彼は言って手を離し、イザベラに一つ頷くと身を翻してそそくさと立ち去った。

イザベラの両眉は彼の後ろ姿を見ながら更に高く跳ね上がった。それから彼女はゼブランに曰くありげな表情で振り向いた。彼女は下唇を噛むと、ウォーリアーの後ろで扉が閉まるやいなや形の良い脚を組み直して、ゼブランの方に身をかがめた。
「ゼブラン、あなた……フェンリス砦は陥落したと見て良いの?彼の城壁を襲って、壁に穴を開けて、降伏を受け入れたってわけ?」

ゼブランは声を立てて笑った。
「もし君が、僕と彼が恋人同士になったのかと聞いているのなら、答えはイエスだよ」と彼は僅かに気取った笑みを唇に浮かべながら答えた。

イザベラは頭を振った。
「なんてこと!一体どうやったのよ?何ヶ月もあたしの船に乗っていたのに彼のズボンに手さえ入れられなかったのに!その前のカークウォールでの何年もの間はなおさらよ」

ゼブランは肩を竦めた。
「残念だけど、可愛いイザベラ?君が女であることがまずかったんだと思うな。彼の過去に色々有ったと言うのは気付いてるだろう?」

イザベラは頷いた。
「もちろん。そのことで何か言ったりは滅多になかったけど、誰かと仲良くなることにすごく抵抗があるようだっていうのは、彼の態度を見れば判ることよ」

「とりわけ女性に対してはね。誰か、ヘイドリアナとかいう名前の女について話していたよ、彼の元主人の弟子で……」

イザベラは難しい顔をして頷いた。
「そう。覚えてるわ。彼がその女を殺した時――彼が真正面から嘘を付くのを見たのは、あれ一回きりよ。彼女が彼のお姉さんについて情報を持ってると言ったから、それを話す代わりに助けてやると約束した。彼女は話したけど、結局それから彼女を殺してしまった」

「そう聞いても驚きはしないな」とゼブランは静かに言った。
「知っての通り、彼が過去にあった出来事を詳しく話すようなことはないけどね。僕が受けた印象からすると、彼の主人とその弟子から受けた被害の中でも、その女から受けた虐待が一番酷いもので、それが今でも尾を引いている。だから彼と僕は……僕達はすごくゆっくりと事を進めている、本当だよ。彼は抱える問題の幾つかは克服したけど、まだ全部にはほど遠い」

イザベラは頷くと溜め息を付いた。
「まああたしよりはあなたの方が辛抱強いのは確かね。だけど根気ってところではあたしも負けないけど」と微かに気取った風にイザベラは言うと、彼ににっこりと笑いかけた。
「さあ、言いなさい、一体誰がアンダースを独占してるの?その、三人でのお楽しみには乗ってこないだろうっていう……待って、まさか……」
彼女は突然言葉を失うと、急に閃いたという様子で驚く顔を見せた。
「まさか、セバスチャンじゃないわよね?」

ゼブランはまたニヤッと笑った。
「多分そう、といっても彼らが本当に親密な関係になるところまで進んでいるとは思わないけど。だけど彼らがお互いを見る様子、時にはお互いを見ない様子というのは――実に多くを語るものでね」

「嘘でしょう」とイザベラはがっくりと肩を落とし、不機嫌な様子で呟いた。
「彼もどうしても落とせなかった一人ね。あの忌々しい誓約のお陰。あーあ、何もかもまずい時に来ちゃったみたい。じゃあ、アンダースも、セバスチャンも、フェンリスも無し……あなたもフェンリスと関係があるからには、ここに居る間だけあたしと遊びましょうって言っても、乗ってこないんでしょ?」

「あいにくと、ノーだね、魅力的な考えではあるけど……フェンリスが理解してくれるとは思えないな。彼を傷つけるようなことはしたくない、もう充分嫌と言うほど傷ついているから」

「忌々しいったら。まあいいわ、あの可愛いテンプラーで手を打つしかないってことね」

「誰かな?カレン?」

「いいえ、彼の副長――ケランよ。とってもハンサムなの……今すぐ食べちゃいたいくらい」

「ホイップクリーム付きで、それとも無し?」とゼブランは笑いながら言った。

イザベラは色っぽく笑った。「どっちでも!」


フェンリスはコテージの扉をノックした。メイジが扉を開けるまでに、普段より随分長い時間が掛かり、もう一度ノックした方が良いかと思ったほどだった。最初に彼が気付いたのはアンダースの浮かない顔で、肩を落とし口角は下がっていた。二つ目は彼の目が赤くなっていることだった。

彼はコテージに入りながら眉をひそめた。
「何かあったのか?」

アンダースは肩を丸めると顔を背けた。
「何も無い」と彼は鋭く言い、動揺していることが何であれ、それについては何も話したくないというようだった。

フェンリスはその話題を打ち切ろうかと思った。ほんの少し前の彼なら即座にそうしていたところだろう。しかし今の彼はこのメイジにかなりの関心を持つようになっていて、セバスチャンが誘拐されていた数日間を除いて、実に幸せそうに見えたこの数週間の後で、こうも落ち込んだ様子のメイジを見れば、やはり心配になった。

「何も無いわけは無いはずだ」とフェンリスはきっぱりと言って、考え込むように頭を傾げた。
「そのシーカー、レイナードとかに関する話か?」

アンダースは口を曲げて笑った。
「そう」と彼は短く言った。それから彼は身を翻し、紅茶を淹れるために湯を沸かそうと台所代わりに使っている暖炉の側へ向かった。
「本当にそのことについては話したく無いんだ」

「なら恐らく、話す必要があるということだろう」とフェンリスは言った。

アンダースは鼻を鳴らし、薬缶に水を汲みながらフェンリスを横目で眺めた。
「それで何時から君はそんな話に首を突っ込むようになったんだ?」と彼は尋ねた。

フェンリスは微かに笑った。
「君とセバスチャンの影響が有るのは間違い無いな。それとゼブランも。彼はとても良い聞き手だと君が言ったとおりだ。言わないことまで彼は聞き取る」

アンダースは微笑み、薬缶を火の上に掛けた。
「そう、そんな感じだ」と彼は同意した。
「君とゼブランの方は上手く行ってるのかな?」

フェンリスはやや居心地悪そうに肩を一つ竦めて、テーブルの側に腰を掛けた。
「かなり」と彼は言うと、それから少し顔を赤らめ嬉しそうな顔をした。
「とても」

アンダースはまた彼の顔をちらりと見て、紅茶の葉をマグカップに計り入れながら微笑んだ。
「それは良かった」と彼は静かに言った。

フェンリスは頷き、アンダースの方を興味ありげに見つめた。
「それで君とセバスチャンは……?」

顔を赤らめるのは、今度はアンダースの番だった。彼は腕を組んで扉の側のカウンターにもたれて、薬缶の湯が沸くのを待った。
「僕達は……その、ある種の合意に達してね」と彼は言うと、それから肩を竦めた。
「彼にはまだ誓約がある。それに僕も、軽々しく誓約を破り捨てたりしない彼を尊敬している」

フェンリスは頷いた。二人は共に沈黙した。薬缶の湯が沸き立ち、アンダースは紅茶の葉を入れた二つのマグカップに湯を注ぐとテーブルに持ってきて、テーブルの上に置き、それから自分も席に着いた。フェンリスはテーブルの側の棚から蜂蜜の壺を取って、彼のマグカップに優に数匙分たっぷりと入れた。アンダースは顔をしかめると、ごくささやかな量を彼のカップに入れた。

二人はそれからしばらくの間、座ったまま静かに紅茶を飲んだ。
「それでだ。シーカー・レイナードだが」としばらくした後で、アンダースをじっと見つめながらフェンリスが再び言った。
「イザベラが語った話が、彼と関係しているのではないかと君は心配している、そういうことだな」

アンダースはため息をつき、カップを押しやって椅子に腰掛け直した。
「そう、そういうこと」と彼は言った。
「僕を護ろうとすることで、セバスチャンがとてもやっかいな問題に直面するというのは判っている。シーカーだけではなく、彼の人生でとても重要な役目を果たしてきたチャントリーとの問題だ。とりわけあの後で……」
顔を背けると彼の声は低く震えた。
「護ってもらう価値などあるのか、僕には判らない」

フェンリスは突然立ち上がった。
「俺と一緒に来い」と彼は命じた。アンダースはびっくりした顔をして彼を見たが、フェンリスはその腕を掴んで引っ張った。
「来い」と彼は繰り返した。

アンダースは渋々立ち上がり、諦めて何も言わずに彼に従った。フェンリスは先に立ってコテージを出て庭を横切り、何も言わずに衛兵詰め所を通り過ぎて――アンダースの護衛二人が後に付いてきた――城内の敷地を横切って、診療所が目に入るところまで歩き続けた。
フェンリスは急に立ち止まって、振り返るとアンダースを見つめた。
「君とセバスチャンがあれを開いてから、治療した者は何名になる?」

アンダースは驚いた様子で言った。
「判らない」

「100人以下か?」

「いや、それよりは多い」

「200人以下か、それとも以上か?」

「以上、だと思う」

「500人以下か、それともそれ以上か?」

判らないって。あるいは以下かも。多分それよりは少ない」

「君がここで治療したお陰で、今日元気で過ごしている人々が何人居るか考えてみろ。もし君がここに居なかったら、何人死んでいたか」とフェンリスは言うと、彼の腕を引っ張って身体の向きを変え、また天守の中へ引っ張っていこうとした。アンダースは考え込む表情を顔に浮かべながら、黙って付いていった。

フェンリスは再び屋内に入り、幾つかの階を昇って長い廊下を進んでいった。彼はアンダースに静かにするように手振りをすると、大きな扉を開けて中に入った。アンダースは彼に続いて、沢山のろうそくが明るく照らし出す大きな部屋に入り、驚いて立ち止まった。

彼はこれまでここに来たことは一度も無かったが、何がこの部屋の中で行われているかは見ただけで想像が付いた。書写室だ。メイジと彼らの付き添いのテンプラーによる、セバスチャンの書写室だった。ただしここのテンプラー達は、サークルでそうしているように鎧に身を包んで立ち、黙って監視をしている訳では無かった。アンダースが彼らとメイジを見分けられるたのは、ただローブを着ていないからに過ぎず、それ以外はメイジとほとんど同じ活動に従事していた。彼らのほとんどは長い机にそれぞれ座って文書を忙しく書き写し、少しばかりが片方の壁沿いにある休憩のための場所に座って、穏やかに話をしていた。

そして大部屋の反対側の隅は……アンダースは再び立ち止まると、驚いてフェンリスの顔を見つめた。
「学校か?」と彼は声を潜めて聞いた。

フェンリスは頷き、そちらの方へ案内しながら彼の顔から笑みがこぼれた。
「ゲヴィン!」と彼は呼んで、一固まりの人々の中から慌てて立ち上がった、見慣れた顔のエルフの少年に向けて手を振った。そこには子供から大人まであらゆる年代の人々が、ヒューマンもエルフも混じっていて、そして一組のメイジが授業を行っていた。

images「フェンリス!」とゲヴィンはパッと顔を輝かせて叫び、彼の石版を横にそっと置くと、年長のエルフに挨拶しようと飛んできた。彼はにっこり笑って、はにかんだ様子ながらアンダースにもぺこりと頭を下げた。

「すると俺の言うことを聞く気になったようだな」とフェンリスは彼に言った。
「もうカイラに手紙が書ける位になったか?」

ゲヴィンは再び笑って頭を振った。
「ううん。まだ覚えた言葉の数が少ないから。だけど、多分もうすぐ書けるようになるよ」

「それは良い。さあ、勉強の邪魔をしてはいけないな」とフェンリスは言い、二人が少年に別れの挨拶をしたあとで彼はアンダースを廊下へ連れ戻した。そこで彼は振り向いて、断固とした顔付きでアンダースを見つめた。
「これも君がしたことだ、メイジ――テンプラーとメイジが協調して働き、読み書きを学びたい人々がメイジの教師から教わっている」

そしてフェンリスは再び歩き出し、スタスタと速歩で彼自身の部屋へと向かった。その部屋に入った後で彼はアンダースに座るように身振りをすると、ワインを一本とグラスを二個持ってきて、それから彼も椅子に座った。彼はグラスを低いテーブルにおいて、ワインを一杯に注ぎ、一つをアンダースに手渡した。椅子に深く腰掛け直すと、彼は一口ワインを啜って言った。

「君は過去に置いて悪事も善事もやって来た。今の君は善いことをしている、人々に善い方向に変えることを。診療所や書写室、俺やセバスチャンと取り組んでいるメイジをどう扱うべきかと言ったような仕事は、ほんのその一部に過ぎない。君の助言が無ければ、避難民キャンプは以前と変わらぬ、疾病の巣窟になっていただろう。ここスタークヘイブンで再出発しようとする職人達への援助にしてもそうだ」

フェンリスはワインを見つめて顔をしかめると、もう一口啜った。
「俺にとって理解するのが本当に難しかったことがある。ダナリアスから逃げ出して、彼がついに死んでからようやく判り始めたのは、自分の過去に俺の価値、あるいは未来を決めさせてはいけないということだ。過去が作ったのは俺の一部に過ぎない。その後の俺自身の選択が、俺をまた別の物に変えた。君という物を過去に決めさせては駄目だ、アンダース。君は君だ。今の君は護るに値する。かつてはいかなるメイジにも救う価値など無いと思った、俺がそう言っている」

アンダースは頷き、自分のグラスからワインを大きく一口飲んだ。
「ありがとう」と彼はひどく静かに言った。
「昔の僕とはもう違う人間だと言うことを、時々思い出すようにしないといけないな。反抗的な若いメイジでも、痛めつけられた囚人でも、お尋ね者のアポステイトでも、グレイ・ウォーデンでも、地下に潜むヒーラーでも、取り憑かれた革命家でも無く……君の言うとおりだ。今の僕は、どれでも無い。あるいはその全てかも知れない、原色が少しずつ違った濃さで混ざって、全く新たな色を作りだしたように」

フェンリスは微笑んだ。
「必要になった時は、いつでも俺が思い出させてやる」と彼はメイジに保証した。

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第99章 護るべきもの への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    HAHAHA!

    一足お先に100章記念イラストUPいたしましたw
    うえへへへへへへw(キモい

  2. Laffy のコメント:

    うわああああい\(^_^)/バンジャーイ
    ありがとうございますっ!大公は偉そうじゃないもん!また髪にクシ入れるの忘れただけだもん!w
    フェンリスはわんこと呼んで良いですかそうですか。ゼブラン、その指は何だ。
    そしてアンダースの嬉しそうな顔!これだけでご飯100杯頂けます!
    100章の方にもリンク張りました(^.^)。

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