第109章 新たなる教理

セバスチャンはその朝、オディール大司教との会合に何を着て行くべきか、悶々と思い悩んでいた。彼の服は態度の声明として取られるだろうから、誤ったものであって欲しくはなかった。あまりに無頓着な服装では拙い――彼がこの会合を軽視しているかのように取られるだろう。あまりに簡素な服装では、まるで罪を悔いる罪人のように捉えられよう。かといってあまりに飾り立てれば虚飾と取られても仕方が無い。もちろん彼の鎧は論外だった、如何に彼の心が慰められようとも、今回に限れば敵対的で不信を示しかねない。

結局最後に、彼は自分の姿に忠実な装いをすることで落ちついた――大公として。柔らかく鞣された革製の、淡い灰色のレギンスと、それと合う足首までのブーツ、手の込んだ金糸の刺しゅうを襟元と手首に施した長袖の白絹のシャツ、その上に幾何学模様を織り込んだ漆黒のビロード地のベスト。足首には一本の短剣を留めた。白いハラの角に跳躍する雄鹿の姿を彫った柄が鞘の外からも見えた。一族の家宝で、デーリッシュに対してスタークヘイブン領土の自由な通行を許す条約を結んだことに対する礼として、彼の何代か前の先祖に贈られたものだった。

彼は城を出て教会へと徒歩で向かった。道中までは普段通りの数の衛兵を従え、それもほとんど教会の外で待たせて、ただ二人だけを引き連れて元大教母の執務室、今はオディール大司教が使用している部屋へと向かった。彼はその衛兵も外の廊下に待たせて執務室へと入り、僅か一週間前に彼が訪れた時の様子から、室内の設えに対して行われた無数の変更を目にしても注意深く表情を無色に保った――一時的な変更であることを彼が心から願ったにせよ。
グリニスの素朴な木製の大きな執務机と座り心地の良い椅子は、ひょろ長く曲がりくねった脚に支えられた、派手なオーレイ様式の純白の机に置き換えられていた。オディール大司教はひときわ豪華な椅子に座っていた。高く床から持ち上がった座面、小さな踏み台が前に置かれて、彼女はそれを足置きとして使っていた。

セバスチャンのための椅子は華麗でも大きくもなかった。形式張らない会釈を大司教と交わし椅子に座りながら、家具を利用して彼を威嚇しようとする見え透いた企てに嫌な気分を感じて顎を固く引いた。装飾品も同じ目的に利用しているな、と彼は考え、オディールの背後に掲げられた、アンドラステを描いた大きなタペストリーに目を留めた。
火刑に処せられるアンドラステ、積み薪の下に今まさに最初の炎が燃え上がろうとしていた。炎はアンドラステを苦しめ、ついに執政官ヘサリアン、その絵の中では見物人の中に描かれているが、彼は剣を抜き彼女に慈悲を与えた。その火は全てを燃え尽くし、最後には彼女の遺灰だけが残った、と伝説では語られていた。

この接見は極めて内密なもので、彼自身とオディール以外には、ただ二人の人物がその部屋の中に居るだけだった。一人はごく小さく質素な机に座ったブラザーで、恐らく会話の記録を取るためにそこに居た。そしてもう一人は大教母グリニスが、暖炉の側に立ち、背筋を固く伸ばしたまま無表情を保っていた。彼が椅子に腰を降ろす時に彼女は一度だけ彼をちらりと見て、再びオディールを凝視した。

「ヴェイル大公」と大司教は切り出した。
「ようやく私達が本当にお話の出来る機会を得られましたこと、大変嬉しく思います。フリー・マーチズ内での数々の事件、ことに私の前任者がカークウォールで死去されるよりも以前からの事件について、私は多くの心乱れる噂を耳にしております。是非ともその場に居た者として、あなたがお話出来ることに非常に興味があります。そこでの多くの出来事に、あなたが直接関わられたと了解していますよ」

「はい、その通りです」とセバスチャンは落ちついて答えた。
「私は偶然からホーク――カークウォールのチャンピオンです――に、私の一族の殺害後程なくして知己を得ました、彼らを殺害した傭兵団への復讐を求めていた時のことです。彼は仕事を受け、フリント傭兵団を文字通り壊滅させました。その後で彼とは……友人とまでは言えますまいが、彼が成し遂げた成果は私の期待さえ遙かに超えていて、私は彼の助力に大いに恩を感じていました。私は精々傭兵団の何名か、一族の殺害の依頼を受けそれを指揮した指揮官を消し去るくらいしか出来ないだろうと考えておりましたから」

彼は難しい顔をして、いまや長い年月の彼方となったその出来事を思い返し、今更ながらにセバスチャンの望んだ復讐を、ホークが如何に容赦なく実行したかを知り衝撃を受けていた。
「その前から長年単なるブラザーとして教会にお仕えしていた身としては、彼が為した仕事に対する報酬を全て支払うのは難しく、いささかでも償いになればと、アーチャーとして彼の手伝いをすることを申し出たのです。私は当時、ここスタークヘイブンで一族に起きた事件の結果として信仰の危機を経験しており、エルシナ大司教は私の誓約の大部分を解除され、望むなら母国に戻れるようにもして下さっていましたので、ホークの手伝いをするのも自由でした。
どうやらそれは彼にも好都合であったらしく、彼は喜んでその後数年間、数々の冒険の仲間の一人として私を受け入れました。それで私も、カークウォールにおける事件の主要な登場人物の活動圏内に入る事になりました。ホーク自身は無論、メレディス騎士団長、ファースト・エンチャンター・オシノ、ヴァイカウント・ドゥマー、アリショク、そして他の者とも」

「カークウォール教会破壊の背後に居たと報告のあった、あのアポステイト・メイジについても?」とオディールは鋭く尋ねた。

セバスチャンは静かに彼女を見つめた。
「はい。アンダース、アポステイト・メイジでありかつグレイ・ウォーデン、ダークタウンで診療所を開き、助けを必要とする者を治療していました。彼はホークの冒険行に始終参加する仲間の一人でもありました」

「にも関わらずあなたは、教会のブラザーの身でありながら、その存在をテンプラーに報告する理由を見いださなかったと言うのですか?」とオディールは、両眉を高く上げながら尋ねた。

「いいえ。メレディス騎士団長も、その配下のカレン騎士隊長も、エルシナ大司教さえも皆彼の存在を承知していました。承知していて、誰も彼を捕縛したり、あるいは活動を禁止しようとする動きを見せることはありませんでした。アンダースが自由の身で在り続けるには何らかの理由があると、私は確信していました、とりわけ彼がある時、メレディスの執務室の中で彼女自身に向かい、メイジの扱いに関して大熱弁を振るうのを自ら目撃した後では。その後ですら彼は自由に行動していました」

オディールは何やら鼻声とも唸り声ともつかない音を出して、考えに沈むようだった。
「そして今もそのメイジはあなたの城に住み、自由に行動していますね」

「いいえ」セバスチャンは彼女の言葉に反論した。
「彼は決して自由に行動してはいません。彼は私の囚人です。彼には常時衛兵が付き、カークウォールで為したような、いかなる行動にも再び携わることの無いよう監視の下にあります」

「しかしカークウォールの事件で彼が果たした役割において、未だ罰せられてはいません」とオディールは鋭く言った。

「彼は当時、自らの意志においてのみ行動していたのではありません。彼はフェイドの精霊――あるいは悪霊の――影響下にありました。その精霊は事件後、後悔の念を示して去ったように思われます。今の彼は、その精霊の影響下にあった当時の彼が実行した行動に衝撃を受け、深く悔いています。彼は一生、二度と再び自由となることはなく、どれ程の悪事を自らが為したか、彼の命ある限りそれを承知して人生を送るでしょう。それでも充分な罰とは言えませんか?」と彼は静かに尋ねた。

オディールは首を振った。
「彼はメイジです。彼に対するしかるべき罰の決定はあなたの役目では有りません。チャントリーの役目です」

「そうでもありますまい。彼はグレイ・ウォーデンの一員です。それ故、彼に関しては彼らの権限がチャントリーの権威さえも超越するはず。彼の司令官は彼がここに居ること、彼の罪についても承知しています。彼女は殺人の罪において彼を有罪と認め、再び戻って彼に判決を言い渡し相応しい罰を与える機会があるまで、囚人として彼を留置するよう私に依頼しました。私は、彼女自身が戻り彼の返還を要求するその時まで、彼を安全に留置すると宣誓しました」
セバスチャンは平静な表情で答えた。

「彼の司令……ソリア・マハリエル、あのフェラルデンの英雄と呼ばれる?」とオディールは鋭く尋ねた。
「しかし彼女は行方知れずではありませんか!」

「はい、ですが彼女は、西方としか私には判りませんが、何処へかと向かう旅の途中でここに立ち寄りました。その件に関しては公の書類があります、署名と証人付きの。彼女のウォーデン司令としての権限の元に、私にアンダースの留置を求める書類です。それとその時以来、ブライトの仲間の一人であったゼブランが私の客人として滞在しています」
彼はあからさまに主張するわけでは無いにせよ、ゼブランがその場に居て、アンダースへの処分が軽々しい物では無かったことを目撃していたと示唆するように付け加えた。

「判りました」とオディールは、口を真一文字に引き結んで言った。アンダースをチャントリーの権威の元に引き据えようとするいかなる試みも、グレイ・ウォーデンというその埒外の権威によって巧みに躱されたことに気づき、彼女が不快に思ったのは間違い無かった。

「その件については、あるいはまた別の機会に話すことになりましょう。より重大な事態の中では些細な出来事に過ぎません。しかしその書類については、当然ながら後で見せて頂きますよ」

「もちろんです」とセバスチャンは淡々と答えた。

オディールは立ち上がり優雅な動きで足台から床に降り立つと、暖炉の側をひどく真剣な表情でせわしなく行ったり来たりし始めた。彼女の長いお下げ髪が、背中でゆらゆらと揺れていた。セバスチャンは、一体彼女は何にそう興奮しているのかと興味深く眺めた。

ようやく彼女は立ち止まると彼の方を振り返り、両手を前で固く握りしめた。
「ヴェイル大公。今こそそなたの……他に類を見ない立場について討論すべき時、チャントリーの一員であり、かつ世俗の権力を有するその立場について」と彼女は断固とした口調で言った。

セバスチャンは頷いた。
「私に残る誓約のことを指しておられるのですね」と彼は言った。

「そう。そなたが気づいているかどうかは判らぬが、ディヴァインはチャントリーの権威と、世俗の権力の間の関係を長きにわたり熟慮されておられる。世俗との親好回復宣言について聞いた事は?」と彼女は熱烈な視線を彼に向けて突然聞いた。

「世俗との…何でしょうか?いいえ、聞いたことは無いと……」と彼はためらいがちに言った。

「ここスタークヘイブンにおける、そなたのメイジ達に対する……手ぬるい扱いを考えれば、恐らくそうであろうな」
彼女はそう言うと再び椅子に戻り、少女のように軽やかに足台から椅子に登ると身体の下で脚を組んだ彼女は、実際の今の年齢よりずっと若く見えた。彼女は彼に向かって身を乗り出し、顔には真剣な表情が浮かんでいた。

「傲慢なるマジスター共が生者の身でフェイドに立ち入り、ゴールデン・シティを暗闇と化し、メイカーに我ら、彼の定命の子等に背を向けさせた、その彼らの恐るべき大罪は良く知られている。
後にアンドラステが今一度、彼の注目を我らへ向けようとしたが、彼女が無残に殺された後、メイカーは再び我らから御顔を背けられた――またもや呪われたメイジ共の仕業。
テダス全ての国々の、至る所から聖歌が聞こえる時初めて、メイカーは我らを赦し再びその御顔を我らに向けられる、これこそ世の常識、そうであろう?」

セバスチャンは用心深く頷いた。
「それがチャントリーの教義です、ええ」と彼は答えた。

オディールは彼の表情を気にも掛けぬ様子で、熱烈に語り続けた。
「一千年もの間、かの栄光の日をもたらすためにチャントリーは光の聖歌を広めて参った。アンドラステの死後当初は、聖歌は速やかにテダス全土に広まり、人々の心に輝かしい信仰の灯火を点していった。聖歌の広がりゆく、かの偉大なる足跡!多くの信者達が、ゴールデン・シティが聖歌によって清められ、メイカーが我らに再びその御顔を向けられる、その輝かしい日が存命の内に見られようと信じた。しかしその後、聖歌の広まる速度は衰え、やがて止まった。
かの愚かなるエルフ、デーリッシュ共は古めかしい信仰に固執し、聖歌の導きの元へと真っ当に寄り集う代わりに荒野へと逃げ去った。ドワーフは決して彼らの都市に聖歌が広まることを許そうとはせず、頑なに彼らを取り巻く『石』への信仰を守り、アンドラステへの信仰が彼らの暗黒の王国へともたらす新たなる栄光の輝きを無視している。テヴィンターは彼らの異端の教え、真なるアンドラステの信仰をねじ曲げた紛い物にしがみつく有様。あの男性に支配されたチャントリーとブラック・ディヴァイン!まさしく彼らの心根と同様、まさしくゴールデン・シティを略奪した彼らの祖先と同様、暗黒に支配されておる!」

セバスチャンは沈黙を守り、オディールを用心深く見守った。彼女の話す様子は大いなる信仰心を持つ者の情熱に溢れていた――あるいは、筋金入りの狂信者の。
果たしてその両者を隔てる線はどこに置かれるべきなのか、彼が確信を持てたことは一度も無かった。

彼女は不機嫌そうな顔で眉をしかめ、小鼻を膨らませて大きく息を吸った。
「そして近年、かの憎らしい巨人、クナリが東方より現れてまたしても忌まわしい彼らの信仰、キュンの教えとやらを持ち込んだ。かつて聖歌に満ちていた多くの地は沈黙するに至った。人も、エルフも、ある地では強いられ、ある地では自らチャントリーに背を向け、彼らの穢れた信仰に従っている。人、エルフ、ドワーフ、クナリであれ、の卓越性を認ようとせず、救いへと至る真の道を外れる全ての者達によって、我々はメイカーの栄光から遠ざけられようとしている」

彼女は再び、彼に鋭く輝く視線を向けた。
「お判りか?我らは怯み、退き、正道を失おうとしている。かつては手の届くところまで来ていた終着点、メイカーとの和解の道はより遙かな、より険しいものとなった。ディヴァインは、この迷宮から抜け出し、我らを再び正しい道筋へと戻すため、人々を真の信仰への道から迷わせる紛らわしき横道を取り除く方法を求め続けておられた。そして彼女は、まさにカークウォールの出来事の中に答えを見つけた。この最近のことではなく、何年も前に起きた出来事に。
ヴェイル大公、あなたもメレディス騎士団長と、ヴァイカウント・ドゥマーと話されたことがあるであろう。ヴァイカウント・ドゥマーはメレディスが彼を指定したが故にカークウォールのヴァイカウントとなった。彼は彼女の黙認の元、統治していたのだ。彼女こそ、真の権力者であった」

オディールは難しい顔つきになり、明らかに自分の考えに沈む様子でもはや聴衆には、ほとんど注意を払っていないようだった。
「エルシナ大司教は一度、そのような取り決めが果たして適切かどうか問い合わせをなされた。ディヴァインへ手紙を送り、メレディスなる女性を騎士団長の座に付けたことを後悔している、彼女の権限の下にメレディスを解任し、より……何と言ったか…そう、熱狂的でない者をその任に当てても良いかと。しかしディヴァインは、これこそ権力構造の変化がどのように人々に受け入れられるかを見る、またとない機会であると速やかにお認めになった。単なる世俗の権力者に代わって、チャントリーによる支配が行われた時、いかなることが起きるであろうか。そこでエルシナには、彼女が適切と思う限り自由にメレディスを行動させる様にと命が下された。
そしてこの最初の実験は上手く行った。実に上手く。カークウォールはフリー・マーチズの中に光り輝く宝石、平和で、繁栄し、そして敬虔なる街となった。教会の礼拝への出席率は素晴らしい高さを示し、メイジ共に対しては迅速かつ適切なる処置が行われ、街は商取引の中心となった。これこそまさに、チャントリーがより直接的に携わることで、街を上手く統治出来るという、希望溢れる印のように思えた」

オディールは顔を上げてセバスチャンを見つめ、その笑顔は彼女の高揚した気分を彼と分かち合おうとしているかのようだった。彼はともかくも彼女のために微笑んだが、もし尋ねられればその時代の街が、彼女の描くようなバラ色の姿では無かったと言いたい気分だった。
街の繁栄はひとえにドワーフ商人達が長きにわたりカークウォールで築き上げた富のお陰であり、チャントリーの如何なる行動も関係しては居なかった。その平和は偽物で、テンプラーによる平穏を信ずるどころか、彼らの秘密裏の行動に怯える人々の姿が有った。

彼女はセバスチャンの笑みに喜ぶように見えたが、しかしカークウォールの暗い時代に話を進めると一転して彼女の気分は急激に落ち込み、真剣な表情が顔に浮かんだ。
「それからブライトが起こり、更なる問題をあの街に持ち込んだ。溢れかえる避難民、大量のアポステイト、まるで永住するかのようなデーリッシュのキャンプ、そしてクナリの軍勢。我々が答えを見つけようとするありとあらゆる問題が、あの街にテダスの縮小図として詰め込まれた。
そこで我らチャントリーは、あの街からテダス全体に適用出来るかもしれぬ答えを見出そうとしたのだ。そこからは、多くの有望な徴が見出せた。例えばクナリを小さな居住区へと押し込め、他の善良なるカークウォール市民と厳格に区別し、忌まわしきキュンの教えが真の信者へと容易には広がらぬようにした上で、ついには完璧に殲滅した!我々はメレディスという一人の人物の手によるチャントリーの支配が、こうも有益な結果を現したことに歓喜した」

セバスチャンは沈黙を守った。無論彼は、アリショクの破滅はメレディスとは何の関係も無く、ホークがただ一度の戦闘で彼を殺害したためだと知っていた。メレディスは右往左往し、既に戦いが決着した後でようやく到着した。それに、オディールが言うようにクナリは『殲滅』された訳では無かった。アリショクが決闘によって倒されたという事実が、彼らの名誉に対する奇妙な考えを満足させ、彼らは自発的に退去したのだった。

オディールは再び立ち上がり歩き出した。もはや座って居られないほどの活力が彼女の身体に満ちているようであった。
「悲しいかな、カークウォールにおける実験は、メイジの反乱によるメレディスの不慮の死という形で終わった。現在のヴァイカウトは貴族出身ですらなく、武力によって権力を握り、そればかりかチャントリーの導きを受け入れようという僅かばかりの従順ささえ持ち合わせてはおらぬ。あの女が法による支配を正義の道よりも上に考えるのは、誠に遺憾なこと」とオディールは一時歩みを止めると、汚物の臭いでも嗅いだかのように顔をしかめた。

セバスチャンは唇を噛み、彼が大いに尊敬する女性、アヴェリンがこうも悪し様に言われることに、自ら反論しようとするのをじっと抑えた。

オディールは手で払いのけるような仕草をすると再び歩き始めた。
「しかしそれも些細なこと、今我らは二度目の機会を与えられた。そなた、セバスチャン、チャントリーに誓いを立てた敬虔なるブラザーがスタークヘイブンの大公となった、これこそ紛れもなくメイカーの御意志の現れ!」

セバスチャンはもはや沈黙を守ることが出来なかった。
「それで……その話は先に話された世俗との親好回復宣言の一部だと?」
彼にはオディールの思考の方向は想像が付き、それへの嫌悪感を押し隠すために彼の声の調子を平静に保とうと苦闘した――そしてどうやら、ディヴァインの思考も同じ方向と見えた。

「その通り!ディヴァインはメイカーがお導きになる我らの贖罪への道は、テダス全域の統治においてチャントリーがより直接的な役割を果たすこと、単なる精神的な権威に留まらず、世俗の権力を担うことにあると信ずるに至られた。ディヴァインはテダスにおけるメイカーの代弁者であられる。彼女の導きの元、我々は速やかにデーリッシュをアンドラステの教えへと転向させ、そして頑迷なドワーフもついに彼らの愚かな『石』への信仰を捨て、メイカーの御意志の元に立ち返るであろう。
我らが協同するならば、今度こそテヴィンター帝国のあらゆる砦を覆し、あの忌まわしきマジスター共と彼らの堕落した支配を最後の一人に至るまで壊滅させられよう。ならば残るはクナリのみ、そして彼らが消滅したその時こそ、テダス全土から聖歌が沸き起こりメイカーが今一度その御顔を我らに、彼の最愛なる子等へとお向けになる」とオディールは語り、彼女の顔は歓喜に輝いた。

一方セバスチャンは、ほとんど目が回り吐き気がしてくるようだった。彼は敢えてグリニスの顔をちらりと見た。彼女自身は無表情で……あまりに無表情に過ぎ、彼には間違い無く彼女が大きな感情のうねりを押し隠していると見えた。彼女も彼同様、オディールの宣言に空恐ろしいものを感じているのは間違い無かった。

オディールはその間、顔を輝かせながらセバスチャンを見つめていた。
「そしてそなた、ヴェイル大公が、世俗の権力と宗教上の権威を兼ね備え公然と統治する、新しき世界の導き手、最初の支配者の一人となろう。チャントリーの全ての力を背後に伴った、至聖なる大公」

セバスチャンはゆっくりと頷いた。
「私が想像するに、チャントリーは既に私が何をすべきか計画しておられる……このディヴァインの計画を実行に移すと?」と彼は用心深く尋ねた。

「もちろん!フリー・マーチズはカークウォールでのメイジの反乱に続き未だ動乱の最中に有る。多くの街が大いなる不穏に陥っている。まずはこれらの地を安定させる必要があるであろうな。これら周辺の都市国家がそなたの意のままに動くよう支配する。アンズバーグとオストウィックは手に取るのは簡単なはず、彼らの街は廃墟寸前、その統治は混乱の極みにある。タンターヴェイルはマイナンター川下流を抑えればもはや袋の鼠、容易にそなたの手に落ちるであろう。
そしてオーレイがネヴァラを叩きのめすならば、マイナンター川は全て我らの支配下となる。カークウォールは幾分難しいやも知れぬ、皆の意見では、かの新しいヴァイカウントは有能な指揮官であると。しかしながら残るフリー・マーチズ全ての力をそなたの元に結集し、必要に応じてオーレイの助力を受ければ、必ず敗れ去ろう」

「すると、あなたは私を王位に就けようと」とセバスチャンは静かに聞いた。

「そう!もはやただのスタークヘイブン大公では無く、フリー・マーチズ連合国の王となるのだ。フェラルデンはその頃までには再びオーレイの元へと戻り、そして我らは注意を北方、アンティーヴァとリヴァインに向け、それから再び西方へ赴きテヴィンターを殲滅する。その後にはクナリのみが対処すべき相手として残るであろう。彼らの脅威を終わらせるために、転向でも殺害でも適当な対処が求められような」

「実に野心的な計画です」とセバスチャンは言い、もはやオディールの言葉を座って聞いて居ることが出来ずに唐突に立ち上がった。
「お許し下さい、これは何もかも初めての知らせ。あなたへの回答の前に私は一旦退出し、お話になったことをよく考えなくてはなりません。城に戻り、しばらくの間祈りを捧げたいと思います」

オディールはやや落ちついた表情で力強く頷いた。
「もちろんですとも!あなたがこの考えを飲み込むには幾らかの時間が必要であろうとは予想していましたよ、ヴェイル大公。少し考えれば、あなたにも如何にこの問題が不可避であり、この栄光に充ちた役割を果たすことがあなたの運命であるとご理解頂けましょう。取りかかる準備が出来れば連絡を寄こされたく。
そう、それと私はディヴァインから、あなたの全ての誓約を復活する許可を与えられました、それ故あなたは大公であると同時に聖職者として統治することとなりましょう。あなたに既に充分な跡継ぎが居るのは実に好都合、とはいえ必要とあらば一部の誓約を免除し、あなたに相応しく敬虔な花嫁を見つけることも出来ましょうな。しかしその件は後のこと」
彼女はそう言うと再び手を振るような仕草をした。
「今の問題ではありません。私も部屋に戻り、あなたが私の言葉について考える間祈りを捧げましょう」と彼女は言い、彼に温かな、喜びに満ちあふれた笑顔を見せた。

「お心遣いに深く感謝します」とセバスチャンは言い、彼女に頭を下げた。
「今日のお話に適切な回答が出来るようになり次第、連絡を送りましょう。失礼します、閣下、大教母様」と彼は付け加え、常にも増して用心深い表情のグリニスに軽く頭を下げて部屋を退出した。彼は衛兵と扉の外で合流し、教会の表の階段を下りて丘の上の城へ戻る間も、あくまでも上品かつ礼儀正しい態度と快活な表情を崩さぬよう、自らを抑え付けた。


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